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下調べ

 サラサと話をした後レナスさんにお茶の差し入れをするよう頼まれた。

 僕にレナスさんに優しい言葉をかけさせたいのが見え見えだ。

 別に嫌なわけじゃないがこれは特別扱いにならないか? さすがに気にするほどでもないか?

 ……いや、本当は分かってる。僕かレナスさんを意識して優しくする事に対して意識してしまっているんだ。

 いつも通り。いつも通りにすればいいんだ。


 レナスさんの部屋の前で小さく息を吸い呼吸を整える。

 トントンと戸を叩くと少し時間を置いてから返事が来た。

 許可を貰い中に入るとレナスさんがわざわざ立って出迎えてくれていた。


「邪魔しちゃったかな?」

「いえ、ちょうど休憩しようと思っていた所ですから」


 この子はいつもこうだ。どんな時に僕が訪ねても迷惑そうな顔一つ見せず微笑みを浮かべ迎えてくれる。

 こんな健気な子に優しく出来ないはずがない。むしろ今以上に優しくしてしまうとそれはもう特別扱いじゃないだろうか?

 いつも通り。いつも通りにするんだ。


「そっか。丁度良かったんだね。これ、お茶はサラサからだけどお菓子は勉強を頑張ってるレナスさんへ僕からの差し入れ」


 そう言ってポットとカップとお菓子の載ったお盆を少し持ち上げて見せる。


「わぁ! ありがとうございます!」

「頭を使った後は甘い物がいいからね」


 お盆を近くの机の上に置き、部屋を出る前にもう一度レナスさんと向かい合う。


「勉強頑張ってね」

「はい」


 そして立ち去ろうとする……と、何やらサラサが不満そうな顔をしている。足りないと申すか。


「ナギ、少しレナスの話し相手になってくれないかしら?」


 直球で来たな。


「ええ? どうしたの急に?」

「そうですよサラサさん。ナギさんだって忙しいでしょうに」

「忙しそうにしてたらお茶の差し入れの代わりを頼んでいないわ」

「確かに暇だから話すのはいいけど」

「サラサさん」

「気分転換よ気分転換。いつも私達だけと話ししてたら代り映えしないじゃない」

「そういう事ならいいけど……何話そうか?」

「サラサがすみません……シンレイになってからなんだか積極的になっているんです」

「ちょっとはしゃいじゃってるかもしれないわね。見える世界が変わったんだものこれから気を付けるから許してくれないからしら?」

「ナギさんはどう思います?」

「人の迷惑にならないようにほどほどにね」

「気を付けるわ」

「レナスさんから見てもサラサは変わった?」

「少し。今言ったように何事にも積極的に……好奇心を持つようになったように見えます」

「なるほどね。おっと、話すのに僕だけ何もないっていうのは寂しいね。僕の分のカップとお菓子持ってくるよ」

「それなら私が」

「いいからいいから。元々レナスさんの差し入れに持ってきたんだから先に座ってお茶を飲みながら待ってて」

「でも……」

「いいからいいから」


 手を横に振りながら断り部屋を出た。





 サラサに誘われレナスさんと話しているといつの間にかお昼を過ぎて夕飯の材料を買いに行く時間になっていた。

 サラサの事や今公演している劇の話、新しい本や今流行っている髪型に化粧品などでつい話し込んでしまった。

 今日はレナスさんとミサさんの料理当番の日だが、僕は買い出しに付き合うついでに一緒に遅いお昼ご飯を食べに行く事にした。


「今日はまだ行った事のないちょっと高いお店に行こうか」

「えっ、急にどうしたんですか?」

「ほら、遺跡の依頼で二ヵ月はいいもの食べられなくなるからさ、行く前に皆で食べに行こうかと思ってるんだけどその下調べだよ」

「なるほど。いい考えですね。でも今その場にふさわしい服を着ていません」

「いやいや、さすがにそこまで高いお店には行かないよ」

「そうでしたか。前にナギさんが出た大会の打ち上げの時に行ったようなお店ですね」

「そうそう。知り合いから汁物で評判のいいお店を聞いたんだ」

「それは楽しみですね」


 紹介されたお店の場所は冒険者組合のある商業区で、主に依頼をこなして小金持ちになった冒険者が奮発していくようなお店らしい。

 評判は良く服装も問われないので高価なお店の雰囲気に慣れていなくても気軽に入れるお店なんだとか。

 

「ただやはりこちらのお料理は味が濃いですから自分達で作った方が舌に合うんですよね」

「そうだね。前大会の打ち上げの時に行ったお店も美味しかったけど濃かったのは変わりなかったよね」

「はい」

「それこそ正装して行くような高級店だと味が落ち着くみたいだけど……」

「さすがにそういうお店は縁が無いでしょう」

「そうだね。さすがにそこまでの高級店だと緊張して味が分からないかも」

「たしかにそうですよね」


 お互いにふふっ、と笑う。

 でもレナスさんならかしこまった場所でも絵になるんだろうな。

 お淑やかで仕草も楚々としていて品がある。一緒に育ったはずなのにそんな所作を一体どうやって身に付けたのだろう。

 

 二人で並んで話をしながら商業区まで歩いて行く。

 本当なら二人乗り馬車を使いたかったけれど運悪く馬車の待合場所には一台も停まっていなかった。

 時間的に買い物に使っている人が多いんだろう。

 お店は大通りの近い所にあるから歩いても三十分とかからないはずだ。


 馬車や人の行き交う大通りを横切り商業区に入ると用意しておいた地図を取り出して場所を確認する。

 そして地図を頼りに小道に入り歩いて行くと人が徐々に少なくなっていく。

 歩いている人も僕達とは逆の方向に行く人が多いので人が少ないのは多分時間の問題なんだろう。

 人の流れに逆らっていると目的のお店はすぐに見つかった。

 お店の外観は赤い煉瓦造りで大きな色付き硝子がはめられた窓が付いていてなんともお洒落な感じのお店だ。

 入り口に張り出されている営業時間を確認し、問題がないのでとりあえず中に入ってみる。

 中は魔法の光によって明るいけれど内装は品が良く落ち着いた物ばかりででまさに大人の憩い場という雰囲気の場所だった。


「お、おお。食事処でこういう雰囲気の所は初めてだね」 

「そ、そうですね。なんだか大人って感じのお店です」


 宝石店とか服飾店なら経験あるが食事処で高級店のような落ち着いた雰囲気の御店に入ったのは今回が初めてだ。

 服は……普段着だ。


「ば、場違いじゃないかな」

「ど、どうでしょう」

「大丈夫じゃない? 汚れた服で食事してる冒険者風のお客もいるみたいよ」


 サラサがマナでその方向を指し示してくれる。

 たしかにサラサの言う通りよれよれの服を着た若い人達が卓を囲んでいる。

 しかし、遠目からでも落ち着いた雰囲気で和気あいあいといった風に食事が進んでいる。

 失礼だと思いつつも落ち着いて他の客も観察してみると高そうな服を着ている人は確かにいない。


「でも大丈夫? 大人しか入れないとかない?」

「成人してるでしょうが」

「ここは本当に冒険者に人気のお店なんでしょうか……」

「それっぽい会話してるからそうだと思うわよ?」

「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」


 入り口でまごまごしていると給仕の人がやって来た。

 質問に答えて席を案内される。

 案内されたのは店内でも奥の方にある窓際の二人席だ。


「大きな硝子ですね。ここまで大きなものを使っているのは教会以外では珍しいのではないでしょうか?」

「そうだね。安くなってるのかな?」

「そうかもしれませんね。光の透過率も高いようです」

「技術の進歩だねぇ」


 品書きを見て注文を選び給仕さんに注文をする。

 そして、給仕さんを見送ってからもう一度品書きを見てみる。


「やっぱそれなりの値段はするね」

「ええ。一品で銅貨十枚は少々高いですね」


 大衆向けの食事処では安くて銅貨五枚、安くなくても銅貨八枚が一般的だ。

 高級店になると一気に銀貨一枚まで行くらしいけどね。


「でも皆で食べる時に奮発するならもっと高いお店でもいいかな……」

「たしかに奮発したい時にこのお値段はちょっと寂しいですね。けどとりあえず味を確かめましょう」

「そうだね。そこが重要だ」


 他愛もない話をしながら待つ事十数分。頼んだお料理がやって来た。

 僕が頼んだのはたっぷりと肉と野菜の入った汁の白い煮込み料理。

 レナスさんが頼んだのは汁が赤い鶏肉と野菜の香草煮込みだ。

 早速一口食べてみるとやはり味が濃い。


「美味しいとは思うけど、味の濃さはどう?」

「確かに濃いですが悪くない濃さだと思いますね。このお汁甘辛いですが野菜の苦みと良く合っていて苦みを上手に旨味に変えていますね」

「へぇ、なるほどね」


 僕ももう一度意識して味わってみると確かに味は濃いが複数の味が絡み合っていて単純な味はしていないように感じる。


「うん。お肉に野菜や汁の味が良くしみ込んでいるけどお肉の味も損なわれてなくておいしいね」

「お野菜の切り方もきちんと大きさがそろっていて食べやすいです」

「うんうん」


 味はおいしいしお店の雰囲気も良い。今の所総合するといいお店だな。

 これなら候補の一つに入れていいかな。

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