閑話 精霊は人の心が分からない
「アイネさんからナギさんの匂いがしますね」
朝、レナスがアイネに会うなりそんな事を言い出した。
「きのーねーちゃんと寝たからかな」
「ナギさんと? ……何故ですか?」
「えー? それ説明する必要ある? レナスねーちゃんだってナギねーちゃんとよく寝てるじゃん」
「そう……ですね。ぶしつけな事を聞いてすみません」
「いーよ別に。でもさ、ナギねーちゃんはレナスねーちゃんだけのねーちゃんじゃないんだからね」
「!? そんな! ……風には考えてません」
レナスは一瞬大声を出そうとしてすぐに自分を落ち着かせた。
「じゃーその怖い顔止めなよ」
アイネに指摘され始めて気が付いてレナスは確かめるかのように自分の顔を触る。
「怖い顔、していますか?」
「してる」
確認して欲しいのか私とライチーにも視線を送ってくる。
アイネの言っている事は正しい。
『してるー』
「してるわね」
レナスは自分の頬をぐにぐにと両手で揉みまわした後真顔になってアイネと向き直った。
「直りましたか?」
「直ってるけど、レナスねーちゃんって意外と天然だよね」
「どういう意味ですか?」
「怖い顔止めてって言ったのに真顔になるのはちょっとズレてると思うよ?」
「アイネさん相手に笑顔というのも気持ち悪いかと思ったので」
「それは確かに」
意外と息が合ってるのかしらこの二人?
「……じゃあもーよーないならあたし行くね」
「ええ」
まるで武器を持ってけん制し合っているかのような雰囲気のままアイネはこの場を離れて行く。
レナスもアイネが十分距離が離れた所で動き出し居間へ向かう。
「レナス、私最近思うのよ」
「なにをですか?」
「レナスも自分の気持ちに素直になってナギを諦めなくていいんじゃないかって」
「ナギさんは……」
「ナギの気持ちは関係ないわ。レナスの気持ちをもっと大切にすべきじゃないかしら?」
「どうして突然そんな事を?」
「アイネを見ていてね……アイネって自分の気持ちに素直じゃない。今のままだとアールスどころかアイネにナギを取られちゃうわよ?」
不意にレナスが立ち止まった。
「人って好きだって言われ続けるとそっちに傾くものなのでしょう? 昔読んだ恋愛小説にも書いてあったじゃない」
「ナギさんは……そんな人じゃありません」
「そうだといいけど。でもそれはそれとしてレナスはもうちょっと自分に素直になってもいいと思うわよ」
「どうしてそこまで私に行動させようとするんですか」
「素直な気持ちでいるレナスの方が好きだからよ。ライチーもレナスは自分の好きに生きて欲しいわよね?」
『うん! レナスがえがおのほうがすき!』
「私は……私はアールスさんを嫌いになりたくありません」
そう言ってレナスは再び歩き出した。
どういう事なのかと聞く前に他の人がやって来て結局聞く機会を失ってしまった。
お店の臨時の店員の仕事を受けたレナスは忙しそうに店内を動き回っている。
レナスがお仕事をしている間私の出番はない。
前ならレナスの心に語り掛けて話が出来たけれどシンレイになった今はそんな事は出来ない。
仕事中のレナスの邪魔になるから出来たとしてもやらないけれど。
私はレナスの周りの空気の温度を維持してるけれどそれだけなので暇だ。
なのでいつものようにライチーとマナを繋げて内緒のお喋りをしているとディアナが混じって来た。
(あらディアナ。もういいの?)
(ディアナだー)
(うん。色々考えたけど私は今のままでいいと思う)
(そう。ディアナのしたいようにすればいいわ)
(それはそれとしてサラサに聞きたい事がある。精霊は精霊のままだと本当に転生が出来ない?)
(本当らしいわね。私もナギからの情報でしか知らないけど)
(もしかしてサラサはレナスと一緒に転生する気でシンレイになった?)
(な、なんの事かしら)
(別に答えはいい。私はレナスの子供が生まれたら守るために精霊で居続けるから)
(……子供できるかしら?)
(できなかったらその時また考えればいい。今はシンレイになる気はないだけ)
(そういう事なら私が言うべきことはないわね)
少々薄情かもしれないけれどレナスのいないこの世界に今の所未練はない。たとえレナスの子供が産まれたとしても……多分この気持ちは変わらないだろう。
けれどシンレイになって転生できるというのなら、たとえ来世でレナスと同じ場所に産まれる可能性が低くてもその可能性にかける為に私はシンレイになった。
(むずかしーはなしはもういいからレナスのことはなそーよ)
そう言ってライチーが私に自分のマナをぐいぐいと押し付けてくる。
(はいはい。分かったから押さないの)
(ディアナはさー、レナスのいってたアールスをきらいたくないってどういういみかわかるー?)
(そんな事言っていたの?)
(言っていたのよ)
ディアナに朝あった事を話す。
(レナスがもっと素直になるのは私も賛成。でもアールスを嫌いたくない? どうして嫌う? 二人は仲がいいはず)
(だからそれはナギを取り合って喧嘩したくないって事じゃない?)
(喧嘩しても仲直りすればいい)
(まぁそうよね。レナスとアールスが出来ないはずないわね)
(でしょー? だからレナスのことわかんないなーっておもったの)
(分からないならレナスに聞けばいい)
(答えてくれないから考えてるのよ)
(なら他の人に聞けばいい。ナギやアールスに……はちょっと止めといた方がいいかもしれないけど)
(どーしてー?)
(レナスがアールスの事を嫌うかもしれないと知ったら二人共レナスに話を聞こうとするかもしれない。けどレナスはどうもこの話題には触れられたくないみたいだから二人に問い詰められそうな状況は避けた方がいい)
(なるほど。ならミサ達かカナデにまず聞きましょうか。なるべく話を聞く時もなるべく内容をぼかした方がいいと思うわ。例えば前読んだ小説でこんな事があったけどよく意味が分からなかったとか言って聞くのがいいかもしれないわね)
(じゃあ聞くのはサラサに任せる。私は良く事情をしらないから)
(まぁ私しかいないか)
(わたしはー?)
(レナスに付いていてあげて?)
(わかったー!)
さて、聞くならまずはごまかしやすそうなカナデかしらね。