結果
アイネが背中から離れても槍はアールスに掴まれたままだ。
アイネはすぐに槍を掴んでいるアールスの手に向かってファイアアローを使う。
アールスはすぐに手を離しアイネと距離を取った。ここで攻撃に転じない辺りアールスが手加減しているように感じる。
「あ、アイネさんがんばって~」
カナデさんが両手を大きく振って応援するがアイネはそれに応える余裕はなさそうだ。
アールスの方はというと片方で二本持っていた剣の内一本を空いてる方の手で持ち構え直す。
そして、アールスがまた魔法陣を作り十本のファイアアローを発動させつつアイネに向かって飛び込んでいった。
「はぇ~。魔法を動かしながら動く事も出来るんですねぇ」
「あれは魔力操作とは違う技能を必要とするんですよ。単純な動作なら誰でもできるでしょうけど、複雑な動きとなると……」
アイネは逃げずに真っ向からぶつかるつもりのようで真っ直ぐアールスに向かって行く。
ファイアアローに対しては魔法で対処する気のようでウォーターシールドの魔法陣が準備されている。
この時点でマナの残り量はアイネの方が少ない。とはいえまだ余裕があるので時間遅延は出来るだろう。
アールスがアイネの間合いに入ると同時にまた時が止まる。
また時を止めて死角からの攻撃だ。しかし、時を止めてからの攻撃はアールスの武器に防がれてしまった。
アイネは何度も同じように時を止めてから攻撃をするが全て防がれている。
「アイネさんもすごいですけどアールスさんもすごいですね~。いきなり違う所に現れるアイネさんの攻撃を全部防いでますよ~」
「どうやってるんでしょうね……」
魔眼に目覚めたにしては止まった時間の中で変化がなさすぎる。
ありそうなのは魔力感知でアイネの居場所を感知しているとかだろうか。
アイネの攻撃を防げてるのは止まった時間の中で攻撃を繰り出して時を元通りにした際の空間の重さの違いにちゃんと対応できていないからではないだろうか。
時を止めるたり遅くすると空気も動かなくなったり水中にいる時のように抵抗が増し、動かすにはマナが必要になる。
その止まった時間の中の空気抵抗と通常の空間の空気抵抗の差がアイネの攻撃を狂わせていている……のかもしれない。
数合打ち合った後アイネは時間を完全に止めるのをやめて時間の流れを遅くするだけに留め始めた。
それでもアールスにはアイネがいつもよりも早く動いているように感じるだろう。
だけどアールスは完ぺきにアイネの動きに対応出来ている。
「うわぁ~。アイネさん怖い顔してますよ~」
「僕じゃよく見えないけど……アイネが楽しそうで何よりです」
そういえば最近アイネが訓練の最中に怖い顔をしなくなっていたな。
アイネが怖い顔をしている時はその戦いが楽しい時だ。
こういうの時のアイネはのびのびと動いてとても強い。実際さっきまでの単調な動きと比べると今のアイネは自由に動き回っている。
今まで見せなかった動きまで見せている。槍を棒高跳びのように使い高く跳躍したかと思うと一瞬時を止めて空気の壁を蹴り軌道を変えて三次元的な軌道を可能にしている。
僕にはアイネのような身軽な動きは出来ないけれどアイネならソリッド・ウォールの応用で時間を止めなくても似たようなことは出来るかもしれないな。
自由に動くアイネに対してアールスは良く反応できている。けど徐々に押され始めているように見える。
「すごいですねぇ。これはアイネさん勝てるんじゃないでしょうか~」
「いえ、そろそろあの動きも終わりますよ」
アイネのマナが残り少ない。時間の遅延にどれぐらいマナを使っているのか詳しい数値は分からないが魔眼で見えるマナの量からしてもう何回も使えないだろう。
そして残ったマナは魔法の防御用に取っておかないといけないからもう時間遅延は使えないはずだ。
実際アイネは時間遅延を使わなくなった。
動きのキレ自体は衰えていないので体力的にはまだ余裕があるのかもしれない。
アイネは休む事なく攻め続ける。
しかしそれでもアールスに攻撃が当たる事が無い。
時間遅延を使わなくなってからアールスが盛り返したんだ。
けどアールスはまだマナに余裕があるのに魔法を使う気配がない。
「アリスさんの言う通り動きが変わりましたね~」
「アイネの方はもうマナが少ないですからね」
「さっきまでの動きって魔法なんですかぁ?」
「いえ、固有能力ですよ」
あそこまで見せてしまったんだ。これぐらいは教えても大丈夫だろう。
「はあ~。なんだかすごそうな力を持っているんですね~」
「ええ」
アールスは攻めには転じず守りに徹しているように見える。アイネの体力を削り取るつもりだろうか?
たしかにアイネの懸念点は体力の少なさだ。戦い方の関係上運動量が多いとはいえ五分程度も全力で動けないのは前衛としては少々心配になる少なさだ。
ここでアイネが距離を取って休憩を狙ってもアールスに邪魔されるだけだ。
とはいえこのまま攻め続けてもアールスの防御を突破できるかどうか。
まぁいつも通りだな。そう思うとすぐにカナデさんから思った事とは違った感想が出て来た。
「今のアイネさんはちょっと乱暴ですねぇ」
「そうなんですか?」
「力が入っているように見えますね~」
「なるほど。いつもよりも力を込めてアールスの防御を崩そうとしているのかな?」
「かもしれませんねぇ」
そう思って見ているうちに僕でも分かるような変化が表れてきた。
力を込めているかどうかは僕には分からないけど動きに遠心力を利用した動きが増えてきた。
アイネの体格だと振り回される事が多かったから前はあまり使っていなかったけれど……身体が成長したおかげで制御出来るようになったのだろうか?
アイネの今までにない動きにもアールスは隙を見せず対応している。
隙が無さすぎる。魔法を使わない場合どう攻めればいいのか僕には想像がつかない。
というか今のアイネの攻撃だってさばききれるかちょっと自信がない。
ここに来て二人共さらに上の戦いをしている。これならアイネに合格が出るのでは?
そして、状況が膠着したまま三分ほど経った頃ついにアイネの動きが鈍くなる。
そこをアールスが攻めてアイネを地面に膝をつかせた。
結局今回もアールスに勝つ事は出来なかったか。だけど試験としては結構いい所まで行ったんじゃないだろうか?
アールスがアイネに手を伸ばし立つ上がるのを手助けする。
その後二人は話しているが距離のある僕には聞こえない。
アイネの様子を見て結果を予測してみるがどうも様子がおかしい。喜んでいる様子も落ち込んでいる様子もない。
話が終わったのかアイネが家の方に駆けて行く。一体何があったのか。
アールスがこちらにやって来たので聞いてみよう。
「アールス。結果はどうだったの?」
「ぎりぎり合格。でもアイネちゃん辞退したよ」
「えっ、なんで?」
「興奮しすぎたの自覚して自分一人で残って闘技場に挑戦したら危なそうだって」
「ああ……今日のアイネ調子よかったもんね」
「うん。動きは良かったけどやっぱ情緒面が心配かな。アイネちゃんの懸念通り止める人がいないと心配だよ」
「止められる人か……」
僕なんだろうなぁ。
夜になり、そろそろ寝ようとした所で扉をたたく聞こえて来た。
「はーい」
「あたし。今いい?」
返事をするとどうやら相手はアイネのようだ。
「ちょっと待ってね」
ベッドから降りて扉を開けると寝間着姿のアイネが枕を持って立っていた。
「何か用?」
「今晩一緒に寝よ?」
「……突然どうしたの?」
アイネは今までこういう事を言ってきた事はななかったはず。一体突然どうしたのだろう。
「一緒に寝たい気分になった」
「んー……僕男だよ?」
「でもねーちゃんだし」
「襲うかもよ?」
「レナスねーちゃんにはしないのにあたしにはするの?」
「むぅ。女の子としてもっと警戒心持ってほしいんだけど」
「あたしだってそれくらい持ってるよ。ねーちゃんにはしないけど」
「それはそれで複雑なんだけど」
まぁ僕が男らしくないと思われているのはいまさ……いまさらだけど……。
「まぁいいや。おいで」
アイネを招き入れるとアイネは早速ベッドに飛び込んだ。
そんなアイネの行動に呆れつつ僕もベッドの中に入る。
「それで、今日は本当にどうしたの?」
「んー……アールスねーちゃんとの戦いが楽しかったんだ。でも切り札使っても勝てなかった上に簡単に対処された事も悔しくてさ……寝れなくなっちゃった」
「……そっか」
そりゃそうだよな。とっておきを使ったのに勝てなかったんだ。悔しいに決まってる。
頭にそっと手を伸ばし優しく頭を撫でる。
「ん……くっついていい?」
「いいよ」
アイネが詰めてきてアイネの体温が寝間着越しに伝わってくる。
「……ちょっと暑いね」
「離れる?」
「レナスねーちゃんとはくっついて寝てたって聞いたけど平気だったの?」
「サラサがいたからね」
「あっ、そっか」
レナスさんが布団の中を丁度いい温度に調整してくれたので寝苦しくなるという事は無かった。
「もーちょっと」
そう言ってアイネは僕に抱き着いてくる。
「やっぱねーちゃんって安心するな」
「そう?」
「うん。実家のよーな安心感ってゆーの? またここに帰ってきたくなるんだ」
「そう言われるとなんだか照れるな」
「ねーちゃん。時々またこうしに来ていい?」
「いいけどレナスさんも時々来るからね」
「アールスねーちゃんはこないの?」
「そう言えばガルデに来てからはほとんど一緒に寝た事ないな」
「ふーん。ねーちゃん立ちしてるのかな」
「何それ」
「巣立ち的な?」
「僕は皆のお母さんじゃないんだけど」
「こーやって一緒に寝てくれてる時点で説得力無いと思う」
「くっ」
「嫌なら断ってもいーのに」
「別に嫌じゃないし困ってるなら助けるのは当然じゃないか」
「その助け方がかーちゃんっぽいんだと思うよ?」
「むっ。その発想は無かったな」
助け方か……。
「男らしい助け方ってどんなだろう」
「知らなーい。あたし男じゃないもん。むしろねーちゃんこそ知ってるはずじゃないの?」
「いやぁ、こういうのはむしろ女性の意見の方が広まってるもんなんだよ」
「そーゆーもんなの?」
「アイネの思う男らしい助け方ってどんな感じだと思う?」
「んー。心を広く持って受け止める感じ?」
「……それは僕のやってる事とどう違うのだろう」
「力強さ? ねーちゃんは頼りになるってゆーより暖かく迎えてくれるって感じだから。あっ、別に頼りにならないって言ってるんじゃないよ? ただ暖かいってゆーほーが強いだけだからね?」
慌てた口調で補足するアイネの頭をもう一度撫でる。
「んふふ。まぁそういう事にしておくよ。じゃあもう寝るから明かり消すね」
「うん。おやすみねーちゃん」
「うん。おやすみ」