心を折る戦い
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
「アイネ、合格の条件は分かってるね」
「あたしが勝ち抜けるだけの力を持ってるかどうか、それをアールスねーちゃんに見極めてもらうんでしょ」
「そう。だからどんなに頑張っても諦めなくても認められなかったら不合格だ」
「分かってる」
ついにアイネが六月に闘技場に出場できるかどうかの試験の日がやって来た。
ここで不合格でもガルデを引き払ってアーク王国へ帰る途中にドサイドに寄った時に挑戦する事は出来る。
あくまでもアイネが一刻も早く闘技場に出場したいという願いを聞き入れるか否かを決める為の試験だ。
今日のアイネは引き締まった真剣な表情している。
「じゃあアールス。頼むよ」
「まっかせて!」
そして、アールスとアイネが庭の中央につき、離れた距離で見合う。
「始めっ!」
僕が開始の掛け声を上げるとアールスはすぐに魔法を発動させる。
十発のファイアアローがアイネに向かって行く。
けれどアイネは掛け声と同時に走り出している。
「おっ、始まってますね~」
「あっカナデさん。お帰りなさい」
「ただいまですぅ。お隣お邪魔しますねぇ」
「今日は帰って来るの早いですね」
今は昼食を取って食休みを取った後の昼過ぎの時間。仕事から帰って来るには少し珍しい時間だ。
「お仕事は午前中に終わったんですけどぉ、その後お買い物してたので帰って来るのが遅れたんですよぉ」
「ああなるほど」
「始まったばっかりですかねぇ。アイネさんよくあんなに避けられますね~」
アイネはファイアアローを最小限の動きで避けたりアイスシールドを使って防いだりしてアールスとの間合いを詰めていく。
「訓練してますからね。あれくらいは」
「でもアールスさんも引き撃ちとは意地悪ですねぇ」
「アイネは体力が無いですからね。そこをどう補えるか」
アールスは魔法を使いつつアイネと距離を取っている。
しかし、差は縮まる一方だ。
アイネは足が速い……以外にも差が縮まっている理由がある。
それはアイネは自分の固有能力で時の流れを遅くしている。
闘技場では階位認定され尚且つ第六階位までの魔法と回復魔法しか使えない。
しかし、アイネの時間遅延は魔法ではなく固有能力の力だから闘技場の規則で制限される事はない。
固有能力の力を制限しないのは制限する事が事実上無理があるからだ。
例えば僕の『魔獣の誓い』は魔獣と心を通わせ仲間に出来る力だけれどこれは制御できないパッシブスキルと呼ばれる能力で無効化できない。
もちろん無効化できるアクティブスキルと言うのもあるのだけど……問題なのがこのアクティブスキルだ。
基本的に能力の発動を発動するかしないかは自分の意思で行われる。そう……自分の意思だ。発動させる気が無くてもふとした瞬間に発動させてしまったりそもそも自分の意思とは関係なく発動されるものまである。
自分の意思を完璧に制御できる人間なんていない。固有能力を発動させたから失格、なんて事をしていたら試合にならないんだ。
だから闘技場では固有能力の使用を許可されている。
「アイネさん認められるでしょうかぁ」
「どうでしょう……」
アイネは認められるために固有能力まで使っている。
だけどアイネの固有能力には弱点がある。それは消費が激しいという事だ。
時の流れを遅くすればするほどマナの消費が大きくなりさらに停滞し始めた空間の中を自由に動くのにマナが必要になる。
たとえマナが必要ない程度の遅さにしても今度は水中のように重い空気の中を動くために体力を使う。
マナはほどほどにあるが体力が少ないアイネには十全に使うにはまだ早い能力だ。
そして、自分の姿を認識できない速さにまで時の流れを遅くしない限りアールスには通用しない。
時の流れを遅くしたまま槍が届くまで間合いを詰め攻め立てるアイネだが、アールスはアイネの攻撃をことごとくかわしている。
そして、アールスは魔法も交えて反撃をする。
アイネは魔法はアイスシールドで防ぎ、武器での反撃は槍で受け止める。
そして、時が止まった。
止まった時間の中アイネが槍をアールスの首元に突き付ける。
終わりか、そう思った時再び時が動き……槍がアールスの剣で弾かれた。
「あれぇ? 今何が起こったんですかぁ?」
「アイネが突き付けた槍をアールスが弾いたんですよ」
「ん~? 私の目でも全然見えませんでしたぁ」
今のはアイネの油断だ。止まった時間の中で動けばアールスは反応が出来ないと思って見逃していたのだろうか?
アールスは完全にアイネの動きを読んでいた。槍を受け止めた右手の剣に隠れて左手がすでに次の行動の準備をしていた。
アールスはアイネが時止めを出来る事は知らないはずだがそれでも動けたのはアールスの恐怖を感じない心とアイネのこれ以上やったらいけないという抑制の心の結果だろう。
要はアイネが降伏勧告をしようとした時の僅かな隙をアールスが突いたんだ。
「今のは早すぎたのが仇になってますね」
「はえ~」
まぁたとえ降伏勧告が間に合ったとしてもアールスは止まらなかっただろうけど。
少しくらい首を斬られたとしても回復魔法があるこの世界では致命傷にはなりにくい。
闘技場で勝負を決めるのは多分……相手の心を折る戦い方だ。
疲れて動けなくする、この相手には絶対に敵わない、もう痛いのは嫌だ……理由は何でもいい。
相手を殺さずに負けを認めさせればいいんだ。
だけど、それはアールスと相性が良すぎる戦い方なんだ。
アールスは無限とも思える体力を持ち強い相手でもひるまず戦える精神力を持ち、痛みを堪えて動く事が出来る。
アールスを殺さずに負けさせるには四肢を動けなくする以外に方法はない……といいたいがさすがにそこまでされたら皆悲しむのでその前に降参してくれると信じている。
「アイネはどこまで戦い続けられるか……続けてしまうのか、それをアールスなら見極めてくれるはずです」
「アールスさんに勝てばいいという訳ではないんですねぇ」
「その通りです」
アイネは続けて時を止め、今度はアールスの背中に回り槍で首を絞める態勢に移った。
「ふぁっ!? い、いつのまに? アイネさん速すぎですよぉ!」
「悪手だなぁ」
アイネの力じゃアールスには勝てない。いくら首を絞めようとしても片手で抑えられてしまう。
アールスは槍を片手で抑えたままアースウォールをアイネめがけて発動させる。
しかし、アイネはアースウォールの攻撃を時の流れを遅くしギリギリまで引き付けてから回避しアールスに当てさせようとした。
けれどアースウォールはギリギリアールスの背中には当たらない。ちゃんと自分には当たらないように計算して発動させたんだ。
「うう~、アイネさん頑張ってるんですけどね~」
「そうですね……」
アイネがアールスに勝ちを狙うのなら容赦を捨てるしかない。
つまりアールスの四肢を切り落とすか腱を切るか。
一番簡単のは手足の腱を切る事だ。アイネは時を止められるのだからいくらでも機会はある。そして腱を切ってヒールを使うとしても治るのには時間がかかる。さすがにそこまでやれたらアイネの勝ちでいいだろう。
それをやらないのは思いつかないからなのかやりたくないからなのか。
後者だったとしたらそこまで修羅として生きていない事に安心するのだけど。
なんにせよ時間遅延が今回のアールス相手の試験とは相性が悪いな。