目の前の問題
サラサが神霊になって一晩経った。
昨日は仕事を終えてから神霊となったサラサが何が出来るかの確認をしただけに終わった。
一応分かった事は魔力操作の腕が上がり細かい制御が出来るようになった事と神聖魔法であるヒールが使えるようになったことを確認してある。
サラサ自身が温度調整を細かく調整できるようになったのはいい事ばかりではない。
レナスさんとの繋がりが切れ制御出来なくなった事によってレナスさんの丁度良い温度設定がレナスさんからサラサに口で伝えないといけなくなってしまったんだ。
これに関しては今までが便利過ぎたと言っていいかもしれないけどね。
「うーん。レナスちゃんがサラサちゃんの魔法を操る必要が無くなって負担が減ったのはいいですガ、これってレナスちゃん自身は弱体化ですよネ」
「そうなんですよね。仲間全体の事を考えたら戦力は上がってるんですけど……やはり繋がりが切れ遠距離での意思の疎通が出来なくなったのは痛いですね。サラサが自分はレナスから離れる気は無いから影響は少ないと言ってはいましたが」
「やはりシンレイになり繋がりが消えて精霊魔法が使えなくなるのはアロエとエクレアには致命的ですネ」
「ヴェレスでは精霊魔法は生活に密接しているようですからね」
「ヴェレスに住んでいればむしろシンレイになりたがる精霊は多いでしょうネ」
「魔力操作の技術が格段に上がりますからね。精霊が自分の意思で自分のマナを操れるようになりたいでしょう。そうすれば契約者が寝ている時も対処しやすい」
「ですが精霊にそこまでの力を持たせると言うのも恐ろしいですヨ。生殺与奪の権利が完全に精霊側に移ってしまうのですかラ。
精霊は契約者やその縁者以外には興味を持たなかったり排他的な者がほとんどデス。契約者がそんな精霊の力を制御し行使するからこそ最低限の安全を保障している所があるんですヨ」
「た、たしかにそうですね。じゃあやっぱり神霊は秘密にした方がいいか……」
「そうですネ。公表したとして国がその存在を認めるかどうか……疑わしいものデス」
「とりあえず神霊の事は仲間内の秘密という事にしておきましょう」
「そうですネ。アロエとエクレアにも強く言っておきマス。後……ディアナちゃんは大丈夫でしょうカ?」
「レナスさんに任せるしかないのがもどかしいですね……」
ディアナは神霊の説明の後水晶の中に入り込んだまま姿を全く見せなくなってしまった。
レナスさんによると話しかけてもあまり返事が返ってこないらしい。
「やっぱり皆に秘密で神霊になる事を進めていたのが悪かったのでしょうか」
「そうなんでしょうネ。けど皆に話さないという判断も分かりマス。何せ前例がないから慎重にもなりますヨ」
「アロエとエクレアの様子はどうですか?」
「二人共繋がりが途切れるという所で興味を失いましたネ。二人は故郷にいるワタシの家族親類と契約しているので契約が消失してしまうのは致命的な事なんですヨ」
「予想通りといえば予想通りですね」
「ライチーちゃんはどうなのでショウ?」
「ライチーは不安になったのか甘えが強くなったそうですよ。その内落ち着けばいいんですけど。
しばらくレナスさんには仕事を休んでもらって精霊達の相手をしてもらおうと思ってます」
「そうですネ。そうした方がいいと思いマス。今なら金銭面では余裕がありマス。ここはじっくりと精霊達と話し合った方がいいでショウ」
ディアナとライチーはレナスさんと時間の流れにませよう。
目の前の問題は精霊達だけではないのだから。
夕方になるとアイネとの訓練が始まる。
訓練は朝と夕方の二回行っているがアイネは未だに僕に安定して勝つ事が出来ていない。負けが多いくらいだ。
闘技場で使える魔法と同じ階位の魔法を使っているだけだが魔法を使えるだけでこんなにも差が出るとは思わなかった。
それはアールス相手でも同じだった。昔アールスと試合した時よりも格段に動きやすく勝率が高くなっている。
元々手段を択ばなければ勝つ自信はあったが手段を選んでも勝てる様になっている事に自分の強さに自信と自覚が持てるようになった。
「むー。ねーちゃんとあたしの強さにここまで苦戦するとは思わなかった」
「それは僕も同じだよ。ここまでアイネ相手に勝率がいいとは思わなかった」
今までの戦いを振り返り問題点や改善点を話し合いする最中に勝率の話になり改めて僕がアイネに勝ち越し続けている事を再確認する。
十二月からの通算だと八割、ここ二週間の訓練結果を見ると六割の勝率で僕が勝っている。
「私はナギがこれぐらい強いって分かってたけどね」
などとえへんと誇らしげに言うアールス。
「まほーの使い方上手すぎていっつもあと一歩を踏み込めなんだよね」
「そりゃアイネに踏み込ませたくないから妨害するよ」
「それを対策しよーとするとまたそれをぼーがいしてくるし」
「僕ってアイネ相手なら相性いいのかもね。何となく動きが分かっちゃうんだよ」
「むむー」
「アイネちゃんがちっちゃい頃から相手してあげてるんでしょ? それなら仕方ないかなー。
それに対してナギの守りは基本に忠実で動きの熟練度がそのままアイネちゃんとの差になってるんだよね。そこに魔法で妨害するんだからそりゃなかなか勝てないよ」
「今のままじゃごーかくてんもらえない?」
「無理かなー。ナギよりも魔法の使い方が上手くない人は一杯いるけどナギよりも守りも攻めもどっちも上手い人は一杯いるもん。
守りが主軸のナギに勝ちきれない今のアイネちゃんじゃまだまだだね。せめて六割は勝てるようにならないと」
「くそー」
闘技場に出る為の試験は明後日だけどこの分だと無理かな。
だけど今のアイネは焦ってはいるけれど危ないと言うほどではないように見える。
「ドサイドへ出発するのは来週だよね。二人とも準備は出来てる?」
「大丈夫だよ」
「後はひじょーしょくを買っておくくらい?」
「馬車で行くんだっけ?」
「うん。高速馬車で行くつもり」
大丈夫かな。アールスは普通の馬車はもう克服してるけど揺れの大きい高速馬車はまだ試してないはずだけど。
けど馬車へのトラウマも克服してるし大丈夫だと信じよう。
「七月の遠征について行くんだよね? 依頼の締め切りっていつまでだっけ?」
「依頼受け付け開始が今月の後半からで締め切りが六月の二週目だったかな。だけど団体で登録するから二人が居なくても大丈夫。出発するのが締め切りの三日後だからそれまでに戻って来てくれないと困るけど」
「ちゅーきゅーの仕事のやりかたって知らないけど依頼受ける時本人確認とかしないの?」
「集合は組合でその時にするよ」
「締め切りから出発まで短くない? 食料の準備とかどうしてるの? ちゃんと人数分用意してくれるの?」
「依頼には人数制限があってその人数分の食糧があらかじめ用意されてるんだよ。
だから団体登録の時の申請人数よりも多くつれていくのは絶対に駄目。ただ少ない分にはそれほど問題にはされないらしいよ。
もちろん申請した時よりも半分以上少ないってなったら信用問題になるみたいだけど。
あっ、非常食はちゃんと各自で用意しなきゃ駄目だからね。非常食を忘れて他からもらおうと思ったら割高になるから」
「非常食かぁ。何日分くらい?」
「動くのに支障がない位。少なく運べてお腹が膨れる物がおすすめだね」
「となるとスカットがいいかなー」
「えっ、あれあたし嫌い」
「あれ好きな人はいないと思うよ」
スカットというのは木の実と香辛料とつなぎ粉を混ぜ合わせ固めたグライオンで開発され軍でも採用されている非常食だ。
一かじりするだけで空腹が満たされると言われているが味は最悪と言っていいほどまずい。
「でも一口食べるだけでお腹一杯になるんだから非常食としては優秀だよ?」
「ちなみに僕もスカットにしています」
いや、本当に便利なんだ。他の非常食と比べて量が少なくても問題ないから持ち運びやすい上にブリザベーションを使わなくても腐らないからマナの節約にもなる。
「……美味しく出来ない?」
「手をかければ出来るけど手をかけられない時に食べるのが非常食だからね。諦めな」
「ゆーよーなのはわかってるんだけどさー……まっ、いっか。食べられない訳じゃないしあたしもスカットにしよー」
「ちなみにナギ以外でスカットにしてる人いる?」
「いないよ。レナスさんはどうしても食べられなかったから他のにしてカナデさんは自分で似たようなの作っててミサさんもカナデさんのにしてる」
「カナデねーちゃんの作った……ああ、あの激甘な奴?」
「そう。高価な砂糖をふんだんに使った奴。普通のスカットよりはましらしいよ」
それもまずい事は変わりなくてレナスさんは食べられなかったけど。
「あたしもそっちにしてもらおーかな……」
「ナギはそっちにしないの?」
「食べやすいと必要以上に食べちゃいそうだからね」
「そっか、スカットって必要以上に食べない為にわざと不味くしてあるんだ!」
「んふふ。そうかもしれないね。とりあえずドサイドに行く準備も北の遺跡に行く準備もしておくようにね。特に中級試験受けに行って戻って来るだけで一ヵ月近くかかるんだから準備は出来るの時間は少ないから事前にしっかりやっておく事」
「はーい」
高速馬車を使うなら半分の時間で行き帰りは出来るだろうけどね。