神霊
暖かな日差しが差し込む五月のある日の事、それは突然だった。
「あっ」と誰かが声を出した次の瞬間、朝食を食べていた僕達を光が包み込んだ。
不思議な事に光を直視しているのに全くまぶしいと感じず瞼を反射的に閉じるどころか閉じる必要する感じない。
視界が白く塗り替えられたと言った方が近いのかもしれない。
「えっえっ、なにこれ!?」
アイネの叫び声が部屋に響く。
「な、なんですか~?」
カナデさんのうろたえる声も聞こえる。
「うわっ、なにこのマナ! サラサ何やってるの!?」
アロエが驚きの声を上げる。
「サラサさん……」
「皆とりあえずその場を動かないで」
魔力感知で部屋の中を探ってみるが濃いマナが部屋の中に満ちているようで上手くマナを広げられない。
「サラサ、マナを収めて! 苦しい!」
ディアナが悲鳴のような声で懇願すると部屋を満ちているマナが少しずつ収縮していく。
そして、それと同時に光も少しずつ収まっていく。
「ごめんなさい……いきなりの事でマナを制御できなかったわ」
光の中心からサラサの声が聞こえてくる。
『サラサどうしちゃったの?』
「もう少し待って……後少しで安定するから」
ついに神霊に至ったのか。サラサ……もう少し時と場所をどうにかできなかったのか。
とはいえ昨日の時点でレナスさんがサラサとの繋がりがほとんどなくなっていたと言っていたので近々神霊に至るだろうとは予想してはいた。
しかし、まさかこんなにも急にサラサのマナが増えるとは思わなかった。
マナを繋いで分かる事だけれど以前の倍以上のマナをサラサは今持っている。
そして、そのマナが一ヶ所……恐らくサラサの核ともいうべき場所に集まっているのが分かる。
光が収まりレナスさんの横に浮いているサラサを確認してみると何となくだがさっきまでよりも存在感が希薄になっている気がする。
それは他の精霊と比べてもそうだ。
「サ、サラサ何があったの!?」
「なんか変わってる!」
「はえ~」
「な、ななななにがあったんですカー!?」
皆うろたえている。
「皆、落ち着いて。とりあえず話を聞こう」
そう言うと皆静かになってくれた。
「レナスさん。大丈夫?」
ずっと静かだったレナスさんに声をかけるとぼーっとしていたのかびくりと身体を震わせた。
「え……あっ、大丈夫です」
「それならいいけど……サラサ、何か変わった事はある?」
「生まれ変わるのかと思ったけど違うのね。変わった事といえば核を維持するためのマナが必要なくなったから使える量が増えたくらいかしら」
「さっきの光は?」
「さあ? マナを集めてみたら消えたわね」
「そうか……」
シエル様に聞けばわかるかな。
(教えてくださいシエル様!)
(お答えしましょう。那岐さんの見たと感じた光は魂の輝きです。本来魂は那岐さん達の認識している次元とは別の次元に存在します。
そして、魂は生きた肉体に守られて初めて那岐さんの認識している次元に存在する事が出来るのです。
ただマナの塊から魂に昇華された精霊の場合は事情が少し違いますね。何せ魂を守る肉体は無くマナしかありませんから。
説明の必要はないと思いますが念の為に。マナは魂からは発生せず肉体が無いと自分のマナというのは存在しません。
なので魂だけの存在、那岐さんに分かりやすく言うと幽霊のような存在はマナを持っていないのですが、神霊の場合はマナの塊が自我を得て魂に昇華されたので転生するまではマナを保有する希少な魂という事になります)
(マナを保有している魂か……)
(光が収まったのは魂が元の次元に戻って行き認識できなくなったからです。
そして、マナを保有している魂は普通の魂と違い肉体が無くても那岐さんの認識している次元にマナを通して干渉する事が出来るので神霊として存在できるのです)
(そういえば神霊って転生出来るんですよね? マナが無くなる以外に転生する条件ってあるんですか?)
(正確にはそちらの次元に干渉できなくなったら、ですね。マナが一時的にでも尽きても転生してしまいますが神霊が望めばいつでも転生できるんですよ)
(なるほど。核が無くなったとしても無理はさせられないな……シエル様、ありがとうございます)
「他に変わった所はないんだね?」
「あるかもしれないけど今の所自覚は無いわね」
「レナスさんはどう?」
レナスさんはサラサをじっと見つめ語り掛ける。
「サラサさん。私の傍からいなくなりますか?」
「私はあなたの傍に居るわ」
そう言ってサラサはレナスさんのおでこに口づけをした。
おでこへの口づけは三ヶ国同盟では家族や本当に親しい友人への親愛の証を意味している。
そういえば今まで精霊達がこういう事をする姿は見た事が無かったな。
「そう言ってくれると嬉しいです。皆さんお騒がせしてしまってすみません。お料理が冷めてしまうので食事を再開させましょう。
サラサさんの事は食事の後詳しく話します」
「レナスちゃん大丈夫なの?」
「はい。大丈夫です。少し来るものがあっただけですから」
レナスさんの言葉にアールスは心配そうな顔をしつつもとりあえずといった様子で自分の席へ戻り、皆が落ち着いた所で食事が再開された。
そして、食事が終わった後の食休みの時間に説明が始まる。
まずレナスさんがサラサに何が起こったのかを話し、神霊についての詳しい説明は僕が引き継いだ。
もちろん神霊になる方法は伝えない。
「と、いう訳でサラサは今レナスさんとは契約が切れた状態なんだ」
あらかた説明が終わり皆の様子を伺うとやはり精霊達は動揺しているような姿を見せる。
そして、ディアナがゆっくりと確かめるような口調で話し始めた。
「サラサの様子がおかしかったのはシンレイになる為だった。そしてそれをレナスは承知していた」
「はい」
「私には分からない。繋がりが消えると分かっていて、レナスに力を貸せなくなるのが分かっていてサラサはどうしてシンレイになろうと思えるの?」
「シンレイになった方がレナスの力になれると思ったのと転生できるようになりたかったからよ」
「それは繋がりを失ってでもする事なの? 力になるのならそれこそ繋がりを持ったままの方が役に立つ。遠距離でも意思の疎通ができるしレナスが精霊魔法も使える」
「それは確かにその通りよ。でも、私は神聖魔法を使えるようになりたかったの。神様の力を借りれれば私はもっとレナスの助けになれると思ったのよ」
「……分からない。私にはそれが正しいのか分からない」
「私だって正しかったのかは分からないわ。でも私はなりたいと思ってしまったのよ。私の様にシンレイになれとは言わないわ。ディアナはディアナもしたいようにしなさい」
「私は……レナスとの繋がりを断ちたくない」
ディアナはそう言って全てのマナをレナスさんの所持している青い水晶の中にしまい込んでしまった。