光陰矢の如し
道場で情報を集めた後アイネが仕事に行く前に一緒に昼食を取る事にした。
アイネがお肉を食べたいと言うので最近良い評判を聞くお肉料理が中心の食事処へ向かった。
「お野菜も食べないと駄目だからね」
「はーい」
お品書きの中からナビィやアライサスのお肉を使ってなさそうな物を選ぶ。
「大会の訓練さー、ミサねーちゃんにしてもらったほーがいーと思う」
お品書きを見ながらアイネがそんな事を言ってくる。
「ミサさんか」
道場で確認した大会での詳しいルールを思い出す。
まず審判は三人いて、役所、冒険者組合、大会役員から戦いに精通している人間をそれぞれ一人ずつ選ぶようだ。
そして、この三人の審判が『選手が相手に有効打を与えられた』と思った所で旗を揚げる。
その旗が三本同時に上がるか武器を相手から手放させた時点で勝ちとなり、これで二回先に勝った方が勝者となる。
もしも旗が三本上がらなくても一つの旗が一点と数え合計六点先取した方が勝ちとなっている。
三本同時と六点はどう考えても旗一本に対する点数が合っていないが三本同時の判定は厳しいらしく、六点取って終わる事がおおいそうだ。
そして、問題の有効打の判定基準は……審判の裁量に任されているらしい。
この審判任せの裁量が三本同時の難しさを上げている様だ。
「とりあえずさ、男女で分かれてないんだから力で剣を飛ばされたり落としたりしたらそこで負けなんだから対策しとかないと」
「だねぇ」
「後はねーちゃんお得意の守って相手の隙を突くってゆー基本戦略でだいじょーぶだと思う。むしろこれで勝てなかったらそこがねーちゃんの今の実力って事だよ」
「うん。分かりやすくなったね。詳しい話を聞いてよかったよ」
「はんてーに関してはちょっと不安残るけど……」
「そこはもう気にしても仕方ないよ。それより注文は決まった?」
「決まったー」
「じゃあ頼もうか。すみませーん」
店員さんを呼び注文をする。
「そういえば僕とアールスがイグニティ料理を食べた話したっけ?」
注文を終えた後ふとイグニティ料理の事を思い出しアイネに確かめてみた。
「きーたよ。ねーちゃん達の話きーてあたしも行ったし」
「そうなんだ? どうだった?」
「おいしくなかった」
「そ、そうか。口に合わなかったか」
「ごちゃごちゃしててよく分かんなかった。あれだったらねーちゃんのりょーりのほーがおいしーね」
「あはは、それはどうも」
けどイグニティ料理は戦ってる土俵が違う気がする。
「普段のご飯はちゃんとお野菜や穀物も食べてる? お肉だけになってない?」
「だいじょーぶだし。ちゃんと食べてるよ」
「ちゃんと歯磨きと手洗いうがいはしてる? 寝る時お腹出してない?」
「ちゃんとしてるって」
「病気になったってすぐにアイネの所には行けないんだから気を付けるんだよ?」
「分かってる」
「隣の部屋の人とかと問題起こってない?」
「んもー! ねーちゃんはあたしのかーちゃんか!?」
「こういう所で大声出しちゃ駄目だよ」
「んもーんもー!」
牛の鳴き声みたいだなぁ。
「僕としては心配なんだよ。初めての一人暮らしでアイネが体調を崩したりしないか。何か問題に巻き込まれたりしないか。
それとまとめ役として仲間の状況を把握しておきたいっていうのもあるんだ。何かあってからじゃ遅いからね。
どうか僕のまとめ役としての責任を全うさせるためだと思って教えてくれないかな?」
「ぐぬぬっ。ほんとに何もないんだけど」
「一応ね。それで隣の部屋……というか宿で問題とか起こってない?」
「ないよ」
「友達とはどう? うまく行ってる?」
「そんな事まで聞くの? だいじょーぶだよ」
「仕事の方で困った事ない?」
「ない……あっ、そーだ。ちゅーきゅーになる為のしょーい試験どこでやろっか。こっちだと出来る頃には雪に囲まれてんだよね」
アイネが冒険者(見習い)になったのは十二月の終わり。
組合に登録してから二年経てば第四階位に上がる為の試験を受けられる。
分かりにくいのが正式に冒険者になった日からではなく、最初に組合に登録した日からだ。
「もうそんなになるのか……」
「でもなんで冒険者になってから二年じゃないんだろ? ふつー正式に冒険者になってから二年だと思うんだけどなー」
「ああ、それはね……」
アイネの疑問はもっともなのでレナスさん直伝のうんちくを披露する事にした。
冒険者見習いは正式な冒険者という訳ではないが組合に登録されているので組合の一員という事になっている。
何故こんな事になっているのかというと、昔からの慣習だ。
組合が出来た頃は今ほど国土が広くなく他の国もなかったのでアーク王国内だけで組合内の情報は完結していた。
見習いという制度も当時は無く、首都にあった本部で登録すればそれで晴れて冒険者となれたのだ。
けれど時代が下るにつれて国土は広がり三ヶ国同盟も出来た事で
組合本部は三国の中心に移転された訳なのだけど、端っこの方に住んでいる人間からするとものすごく遠い。グランエルから行こうとしたら三ヵ月以上かかってしまう。
なら各地の支店で登録を済ませられるようにすればいいのだけど、組合の本部は新たな組合員の情報の共有と本人確認は必須だとして一度本部に来る事を絶対とした。
そうなると問題になるのは本人確認の為に本部に行く人間の旅費だ。
組合はこの問題を冒険者見習いという制度を作って解決させた。
見習いは正式な冒険者ではないが組合の一員なので組合内で仕事をまわす事が出来る。
そこでお金を稼いでもらって本部まで来てもらおうと言う魂胆だ。ついでにそのたびで冒険者としての適性も図っているつもりなのだろう。
「つまり組合の我儘?」
「身も蓋もないね……一応擁護すると冒険者って信用商売だから本部で組合員の情報の収集と本人確認はしておきたいんだよ。ここらへん曖昧にしておくと信用にかかわると思ってるんだろうね。
実際問題起こしたら組合の責任になる訳だし」
「ふーん」
「それでアイネは試験について何か希望とかある? 雪がない所でやりたいとかアーク王国に戻ってから受ける、でもいいし」
「四階位になったらいい事あったっけ」
「すぐに意味あるものは受ける仕事の種類と報酬が増える以外ないね。しいてあげるなら出入国にかかる値段と訓練所で受けられる訓練の値段が変わるぐらい? ここじゃ道場に委託してるから関係ないけど」
「じゃー雪解けまで待ってから受けよーかな」
「うん。それがいいね。九月までは滞在するつもりだし。アールスにも聞いておくよ」
アイネも来年で成人か。時間が経つのが早い。