武術大会へ向けて
武術大会に出る事が決まってから僕は今まで以上に訓練に力を入れた。
仕事があるアールスと仕事がありさらに離れた場所で暮らしているアイネにも時間があれば訓練の相手をしてもらっているが主に利用しているのは組合から紹介してもらった訓練所だ。
この都市の訓練所は組合が運営している物ではなく個人経営の道場と提携して訓練を受けられるようになっている。
道場自体は本来は訓練所としての役割は無く、組合から紹介された冒険者の訓練を担ってくれているだけだ。
そこで僕は主に門下生を相手に他流試合という名目で経験を積んでいる。
きちんと学び鍛え上げているだけあってどの人も強い。
僕に盾がなかったから試合にならなかったかもしれない。
剣筋はアイネよりも素直だけれどその分しっかりと重さがあって受け止めるのも一苦労だ。
正統派な強さ。流派が違う事もあって型は全然違うけれどカイル君を思い出す。
僕の苦手な型は二つある。
一つはミサさんやガーベラの様に力のある人間。
強靭な筋力で迫られたら僕は防ぎきれない。回避するのも装備の関係上得意という訳じゃないから叩き潰されたら終わりだ。
そして、もう一つが格上で純粋に強い人間だ。
僕は格下相手ならどんな奇策を使われても防ぎきり勝てる自信がある。
けれど格上が相手となるともう駄目だ。僕は防御が主体であり奇策の類を行うのが苦手なため格上が相手だとじり貧になり負けやすい。
分かりやすい例がアールスとカイル君か。
道場の人はそんな僕に力量の合った相手を当ててくれる。
試合は大体五分五分と言ったところで勝ったり負けたりといった具合だ。
もしかしたら大会に向けて僕の手の内を調べてるんじゃ、という疑心もあるがそれを差し引いてもいい勉強になる。
道場での経験を朝の訓練にも発揮するとアールスに着実に強くなっていると認めて貰えた。
アイネも武術大会に出る事を伝えてから時間があり尚且つ僕と時間が会う時は訓練に付き合ってくれる。
アイネからしたら僕はまだまだ攻めが下手だそうだ。
それでアイネは僕に手ほどきをしてくれる。
アールスは感覚派で人に教えようとすると僕は自動翻訳を持っているはずなのに意味が分からない事がある。
けどアイネの場合は理論が合っているかはともかくアールスよりも数段分かりやすい説明で僕に教えてくれる。
ついでにアールスの感覚的な説明の翻訳をしてくれるのもアイネだ。
「むふー。ねーちゃん。今の攻めそのまま行くか右から行くかちょっと迷ったでしょ」
「うん」
なんで分かるのかは謎だがアイネは戦いの中の迷いに聡い。
僕の剣を槍で受け止めたまま得意そうにしゃべり始める。
「どーじょーでの訓練で選択肢が増えたお陰だね。その迷いは悪いもんじゃないよ。ちゃんとせーかい選んでるし後は数をこなしてけーけんを積んで慣れるだけ!」
だから何故そこまで分かるのか。これが才能の差なんだろうか。
こうやってアイネはいちいち助言をくれる。
悪い所があれば不機嫌になり、良い所があれば今の様ににやける。分かりやすい子だ。いや、分かりやすくしてくれているのかもしれない。
「正解を選んでもこうやって防がれてるんだけど」
「迷いの差だよ。迷いが無かったらその分剣が届くのが早くて危なかったかな」
「なるほど……ねっ!」
アイネの力が弱まった所で剣を一度引き即座にアイネの槍を下から上に剣で弾き飛ばす。
アイネは分かっていたと言わんばかりに即座に槍を反転させ衝撃を逃がし、石突の部分で僕に牽制した後即座に距離を開けようとする。
距離を開けられたら僕の方が一方的に不利になるだけなのでアイネの思惑通りにはさせられない。
けどアイネの使っている武器が槍だからといって接近して僕が有利になるかというとそういう訳でもない。
槍は持ち方を変えるだけで接近戦にも対応できる。
そしてアイネはその接近戦でも強い。
アイネと戦うと才能の差をまじまじと見せつけられる。
僕が一歩進むのに対しアイネは十歩、五十歩も差をつけられている気がする。
技量の差を埋められるほどの体格の差だってもうない。
凡人は凡人らしく地道にやって行くしかないのか。
「ねーちゃん! 間合いを詰めるのが遅い!」
「くっ!」
考え事をした所為で思考が遅れた。もっと集中しないと。
朝の訓練を終えてお風呂で汗を流した後居間に戻るとアイネがいた。先にお風呂に入ってもうとっくに仕事に向かったと思ったのだけど。
「アイネお仕事はいいの?」
「きょーは午後からだからだいじょーぶ。それより暇なら武術大会の対策考えない?」
「いいけど、何か考えがあるの?」
どんな相手が出るか分からないから訓練するしかないと思うが。
「とりあえず試合形式の確認。たしか剣の部は木剣一本で戦うんだよね?」
「うん。木の鎧を着てね。攻撃は鎧以外の所もしていいけど審判が認める一撃が入ったらそこで勝ちらしいよ」
剣道のようなルールなのだろうか? 剣道のルール知らないけど。
「その試合ほーほーだと……うーん、あたしとねーちゃんだとねーちゃんがゆーりかな」
「そうだね。アイネの攻撃は使ってる剣が同じなら何とか対応できると思う」
「ねーちゃんは守って相手の間違いを咎めるよーな戦い方がいーかな」
「攻めたら駄目かな?」
「攻める事も大事だと思うけど、こーしゅの切り替えが大事になると思う。相手が攻めてきたら引いて相手が引いたら攻める。その見極めが出来るかどーか」
「攻守の切り替えか……実際にやってみないとどんな物か分からないな」
「攻めから守りは問題ないと思うよ。ねーちゃん典型的な守る人間だし。
守りから攻めは……あたしから見たらまだまだ遅く感じるけど同じりきりょーの相手なら問題ないと思う。
アールスねーちゃん位りきりょーのある相手だったら諦めて?」
「そんな相手がいない事を祈るよ」
実際に当たったとしてもそう簡単にあきらめる気はないが。
「とりあえずあたしも一度大会の形式で試合してみたいな。そーすればどんな助言すればいいか分かりやすいし」
「じゃあ今からやってみる?」
「んー。審判がちょっと気になるんだよね。勝ち負けを決めるのは審判で、審判が認める一撃ってゆーのがどんなものなのかまず知りたいな」
「……たしかに。こっちが大したことない一撃だと思ってもそれを食らって負けたっていう事もあるかもしれないし」
「うん。だからまずはやっぱ大会のじょーほーを集めたいけど」
「それなら道場の人達に聞くのがいいかな。次道場に行くのは明日だからその時に聞いてみるよ」
「判断が感覚的なものだったらねーちゃん分かるの?」
「……分からないと思うけど大会の審判だよ? さすがに不鮮明な判断基準はしてないと思うけど」
「いちおーあたしも聞きたいからきょーどーじょー行く」
「まぁアイネがそういうのなら……」
「じゃー決まりね!」