北の遺跡でⅡ その9
四日目、五日目と調査はおこなわれた。
幸いな事に僕の治療士としての仕事は無かった。
さらに初日に見つけた魔法陣に使われた謎の神の文字の他に倉庫らしき小部屋からから貴金属品を見つける事が出来た。
これに関しては他の場所でも似たようなものが見つかっていたので特に目新しい発見ではない様だ。
そして、調査が終わると遺跡調査で使っていた資材の引きあげの準備が始まった。
この引きあげが終わると全体の帰る準備が始まるようだ。
引きあげは一応一日で終わり、夜には今年の調査の終了を祝う宴が開かれた。
宴は夜通し行われもちろんお酒もふるまわれるのだけど夜警要員は交代で楽しむ様だ。
明日には撤収作業が始まりここを発つ事になるから事前に酒を飲み過ぎないようにと注意はされている。
もっとも僕はお酒を飲む気は無いからあまり関係ないけれど。
一応僕の護衛としてレナスさんが僕の左隣に座って食事をしている。お酒は仕事中という事で飲まない様だ。
「あ、あのお隣ええですか?」
お酒の代わりに食事を楽しんでいると冒険者さんらしき青年が話しかけてきた。
「えっ、はい。いいですけど……」
頷くと青年は僕の隣に座る。
若い。僕よりは年上だろうけど二十歳は越えていない位だろうか?
いや、この世界の人って年とっても僕の感覚よりも若く見えるから本当はもっと年上なのかもしれない。
なんにせよ若い青年だ。
ちょっと挙動不審で何が目的かはすぐにピンときた。
狙いは僕だな。
「ここも明日で最後ですね」
「そうですね」
とりあえず食べる事を優先させてもらおう。
ここの料理はグライオン料理にしては味が薄くておいしいのだ。
グライオン生まれの人達には不評だけれどアーク王国から来た僕達にはこれぐらいが丁度いい。
味が薄いのはきっと食材を優先させ調味料は数を持ってこれなかったからなんだろう。
当たりさわりのない話を振って来る青年になるべく失礼にならないように気を付けながらもご飯を食べながらあなたに興味はありませんよという雰囲気を醸し出す。
すると青年も話しを止め困ったような表情で聞いてくる。
「……それにしてもよう食べますね。そんなにこの料理が美味しいんですか」
「アーク王国じゃこれくらいの味の濃さですからね。これでもちょっと濃いくらいかな? レナスさんはどう思う?」
「アーク王国では大分濃いめの味付けだと思いますよ」
「こっちの味付けに慣れてきちゃってるなぁ。戻ったら物足りなくなってるかも」
「ア、アーク王国に戻られるんですか?」
「ええ……来年の秋までにはガルデを発つ予定です」
「そ、そーなんですかー。はは、それはなんとも……寂しくなる話ですね……」
青年が見るからに意気消沈している。やはり流れ者であることを強調すると良く効くな。
まぁそれでも押してくる人はいるんだけど。
けどこの青年は強引に押してくるような性格ではないようで分かりやすく口数が減ってしまった。
少し可哀そうにも思うがここで下手に情けをかけるとやる気を出してしまうかもしれない。それで以前一度失敗した事がある。
食事を堪能しお腹一杯になった所で青年とのおしゃべりを切り上げ、さらに宴を中座し護衛としてレナスさんを伴い少し散歩する事にした。
レナスさん以外の護衛には交代の時間まで休憩していたり宴を楽しんでもらっている。
宴から少し離れた場所で立ち止まり空を見上げる。
きれいな星空だ。
「レナスさん、今回の依頼はどうだった?」
「とても勉強になりました。それと同時に迷いが生まれました」
「迷い?」
「はい……将来私は考古学に関する職の中の特に研究に携わりたいんですけど、今回の様に調査員として働くのも悪くないかな、と思いまして……」
「それって考古学者ならどっちもやるんじゃないの?」
「人によるそうです。調査を主にやる人や遺跡の保護を主にしてる人、資料の管理に携わっている人もいますし研究に情熱を燃やしている人もいます。もちろん全てをやっている人もいるでしょう」
「考古学者に成れればどっちも出来るんだし悩む必要は無いと思うけど」
「問題なのは研究ならアーク王国でもできますけど、アーク王国内の遺跡は全て調査が終わっているので調査員だとグライオンかイグニティを拠点にする事になるんですよね」
「あっ、そうか……レナスさんがどっちかに行って僕がアーク王国を拠点にしてたら中々会えなくなるのか」
魔の平野にも遺跡はあるかもしれないが魔人がいる限り遺跡調査なんてできないだろう。
「はい……」
口では中々なんていったがレナスさんが調査員として生きたいという事になったら僕の進む道によっては今生の別れになるのかもしれない。
グランエルには首都ですら一度も訪れる事なく一生を終える人がいるのにグライオンやイグニティだなんて今のような自由な時間のある身分じゃないと行くことは出来ない。
今世のお母さんだってイグニティ出身だがリュート村に住む事になり自分の家族とは今生の別れを済ませたと聞いている。
「あと歴史学者もいいかなと思っているんです」
「歴史学者? 考古学と違うの?」
「簡単に言うと歴史学は未来の為に今という歴史を書き残し、過去の文献を調べ検証し学ぶ学問で考古学は出土した遺跡や遺物を調べ大昔に何があったのかを研究し考察する学問です。
考察するのも楽しいですが東の国々の文献をあさり歴史を検証するというのも興味が引かれるんですよ」
「今の所はどっちの気持ちが強いの?」
「考古学者です。やはり未知を発見した時の高揚感はいい物です。
あっ、そう言えば地下室で見つけた魔法陣がどういうものかシエル様から教えていただけましたか?」
「ん? うん。あれはね、いわゆる空気中の成分を調整する物なんだよ」
「空気中の成分を調整する?」
「うん。僕達が普段吸っている空気は吐き出すとちょっと成分の比率が変わる事は知ってるよね。
狭く密封された所で呼吸をすると苦しくなる奴。あの魔法陣を使えば範囲内の吐いた空気の成分比率を吸う前と同じにする事が出来るみたいなんだ」
「それは毒の気体が混じっていても浄化できるのですか?」
「浄化というか作り変えちゃうからね。無害の空気に出来るんだよ。
ただあの魔法陣手を加えるのは危険だよ」
「どうしてですか?」
「あくまでも魔法陣に記されたとおりの成分比率で空気を生み出すだけだから下手に変えて必要な成分が無くなったり、逆に過剰に作られたら死んじゃう可能性があるんだ」
「それは危険ですね……」
「うん……教えた方がいいのかなって思ってるんだけど……」
「それは大丈夫だと思いますよ。未知の魔法陣はまず精霊達に安全な場所で使ってもらい調べるはずですから」
「それなら安心……していいのかなぁ」
「……私はいいと思います。というか話そうとしたら止めます。絶対困る事になるので」
「レナスさんにとっての困る事って?」
「ナギさんに危険が迫る事と一緒に旅を続けられなくなる事です」
「危険……あるかなぁ。旅は続けられなくなりそうではあるけど」
「ですから気を付けてくださいね」
「うん。分かった。とりあえず誰にも言わない事にするよ」
僕だって旅を最後まできちんと続けたいしね。