北の遺跡でⅡ その7
僕達はついに教会の地下室に踏み入った。
念のため神聖魔法のセイクリッドバリアを使ったので臭いは分からないが室温はとても低い。
僕の肩に乗っているゲイルが寒さのせいか身震いをした。
僕の今の装備は全身トラファルガーの鱗で出来たものだからか平気だけれど前の金属装備のままだったら凍傷対策は出来ていたとはいえあっという間に身体が冷えていたかもしれない。
ただ僕達には精霊達がいる。
ライチーが地下室を照らしサラサが温めてくれる。
ちなみにヒビキはレナスさんに抱っこしてもらっているが特に何かをしている様子はない。
「おおっ」
共に来た学者さん達の口から感嘆のため息が出た。ついでにレナスさんのも聞こえた気がする。
皆ライチーの力に感心したというより隅々まで照らされ露になった室内を見て思わずため息が出たように思えた。
「壁が凍っていますな」
「昨日入った時は魔物おったからあんま見られへんかったけど、避難所にしては意外と狭いですね。あっ、でも奥の方に扉があるみたいやな」
学者さんの言う通りこの地下室は避難所としては狭く学校の教室二つ分の広さ位か。
しかも穴が開いている場所の他にも扉らしき物が出入り口の反対側の壁の左右両隅にある。
取っ手の存在と歪んでいるおかげでうっすらと見える隙間で何とか扉の輪郭を認識できるがライチーが明かりを作ってくれなかったら気づかなかったかもしれない。
「こりゃ地下室を調べるんは来年になりそうやな」
「今氷を溶かしても来年にはまた凍っているでしょうしな。もっと悪ければ地下室が崩落、なんて事もあるかもしれません」
「ほかんとこの教会の地下室も同じようになってる可能性がありますね」
「うむ。今回は口惜しいがこの部屋と穴を調べるだけになるでしょうな」
本格的な調査は来年か。
来年もこの依頼受けるか。
「それにしてもこの部屋の壁、神の文字がたくさん書かれてるね」
とりあえず暇なので学者さん二人の邪魔にならないくらいの声量でレナスさんに対して思った事を口にしてみる。
「神の文字……ですか? どこにあるのですか?」
「あれ? 分からない? 壁の模様全部魔法陣だよ」
「あっ……確かにそうですね」
僕の方が先に気づけたのは魔法陣をどれほど自作した事があるかどうかの差かな?
壁に書かれている魔法陣は一見するとただの模様に見える。
僕は魔法陣が模様に見える位自作していた。けれど知識の量は神の文字も歴史もレナスさんの方が上だろう。
「これは多分装飾として見えるようにしてるんだろうね」
近くにある模様を指さすとレナスさんは確かめる様に近づく。
「ワタシにはただの模様にしか見えませんネ。それで何の魔法の魔法陣なんですカ?」
ミサさんの問いに応えたくて調べるにしてもまさかマナを通すわけにもいかないので持っている知識から読み解くしかない。
「う~ん……地に浄化の結界……あっ、これ神聖魔法の結界の魔法陣に壁の強度を上げる魔法陣を組み合わせたものだね。なるほどこういう使い方もあるのか……他のは……」
壁の強度を上げると言ってもやってる事は簡単だ。アースウォールの応用でマナで土……ここの壁の場合は積み上げた石材か。
石材をマナで操り密集させ密度を上げてるだけの物だ。石材を使っているからマナの消費は土よりも多いだろうがここが避難所だと言うのなら避難してきた人達が協力して発動すれば問題ないだろう。
模様の種類は二つあり交互に置かれている。一つは言った通りの物。もう一つは……。
「なんだろう。こっちの奴は見た事ない文字使ってるなぁ。レナスさん分かる?」
「……いえ、私も分かりません。劣化のせいで変につながってしまったという風でもなさそうですね?」
「そうだね」
壁が凍ってしまっているからか塗料で書かれてるっぽい壁の模様の保存状態は良さそうだ。
「ふむ。これは風に関する魔法陣のようだね。けど……」
「ううん。私の勉強不足かもしれへんけど見た事ない文字が使われているような」
学者さん二人も気になったのかいつの間にか壁の魔法陣に近づいて観察していた。
「こ、これはもしかすると失われた神の文字を発見したのではないですかナギさん」
なんだかレナスさんが興奮してきてるな?
「失われた? まぁそういうのがあってもおかしくないのか」
「もしそうなら大発見ですよ大発見! もしかしたら歴史的……」
「レナスちゃーん。知的好奇心もいいですケド、今は護衛のお仕事中だという事を忘れちゃダメですヨ~」
ミサさんの注意にレナスさんの動きがピタリと止まる。
「す、すみません……浮かれてしまいました」
ミサさんとその後ろで警戒してくれているレスコンシアの人達に向かい頭を下げつつ反省の言葉を述べてからレナスさんはそそくさと恥ずかしそうに壁から離れた。
「あー、僕から話しかけちゃったからね。邪魔してごめんなさい」
「夢中になったのはレナスちゃん自身の問題デス」
「うっ」
これ以上の擁護はあの子を追い詰める事になるかもしれない。余計な事はしないでおこう。
気を取り直して壁から離れもう一度部屋の中を見渡す。
所々に鍾乳石っぽい氷が地面から生えているが入り口近くの物は折れているのが多い。
天井を見ると氷のつららがあり、地面に落ちたつららなんかもある。
どちらも昨日の調査で魔物と戦ったらしいからその時に折れたり落ちたのだろうか。
床も凍ってはいるが入り口近くには氷は無く荒れている。これもまた戦闘の影響か。
冒険者がすでに中を調べているであろう穴は大人の男性が一人入れそうなぐらいの大きさだ。
さすがに穴の中には入れないがマナを操り調べることは出来る。
「……あれ? あの、ここって誰も掃除とかしていないんですよね?」
僕は学者さん二人にそう問いかける。
「そんな事したらさすがに私らが黙っとらんよ」
「ですよね。……この穴開けた時に土ってどこにあるんですか?」
穴を開ける事自体は魔法があるので難しくない。いや、多分難しくない……かな。精霊がいれば何とかなるだろうし……。
しかし、穴を掘れば当然土が残る。そして土を消す事は難しい。
燃やし溶かすなんて危険な真似をわざわざするとは思えないしする必要もあるか微妙だ。
押し広げて穴を作ったというには穴の壁はデコボコしていて平たんではない。
外に捨てるにしてもなぜわざわざそんな事を?
外に出られる状況なら穴を作る必要なんてあるだろうか? もしかして大進攻の際に掘られた穴ではないとか?
「それはもちろんまだ開けられない……扉の先ではなかろうか」
「せやな……こんな広い部屋でわざわざ運ぶのも大変やろうけどそう考えた方が自然やろな。うん。
あっ、後は土が魔物化したっちゅう可能性もあるな」
「ああっ確かにその可能性もありますな。たしか下級のゴーラムでしたか。あまり見かける魔物ではないが」
ゴーラム。僕も今まで見た事のない魔物だけれど学校で習った記憶はある。たしか洞窟のような暗く狭くて柔らかい土がむき出しの空間で発生する魔物だ。
液体の魔物ウィタエよりは強いらしいがやわらかい土で出来ているため大した脅威にはならないんだったか。
山が無く洞窟のないアーク王国からやってきた僕達には非常になじみの薄い魔物だな。
たしかにそれなら穴の近くに土がない理由がつくな。
『ああ、私からも少し気になる事があるんだよねー』
今度はアロエがそういいながら穴の前に姿を現した。
「気になる事?」
『この壁の壊れかた外から壊れた感じじゃない?』
学者さん二人が駆け寄ってすぐに調べ始めた。
「あ、穴には近づかないでください!」
レスコンシアの二人の護衛のうちの一人、メンナスさんが叫びながらミサさんと一緒に慌てて穴に入り盾を構える。
「確かにこの壊れ方は……」
「外側より内側の方が……」
「これは冒険者達の報告を待った方がいいかもしれませんな」
「せやなぁ」
外から壊れているという事はこの地下室から穴を掘り外に出たわけじゃないという事だろうか。
けど魔物が穴を開けたというのは考え辛い。
さすがに地下室の空間にわざわざ横から穴を掘るとは考えられないからだ。
まず地中にある部屋に対して同じ地中からだと生き物を探知して居場所を知るなんてことは出来ない……はずだ。少なくともそういう事が出来るとは聞いた事が無い。
さらに例えば空気穴を通して人間を探知したとしても魔物の力なら地上から地面を掘った方が早い。いや、掘らなくても地面を崩すくらいは出来るだろう。
穴を開けたのが魔物の仕業だとすると……元々地下には下水道のような魔物が通れる空間があり、地下室の空気穴がそこに繋がっていて魔物達はその空気穴を辿って穴を広げた……とかか?
さすがにそれじゃあ夢も希望も無いから穴を広げたのは人間で脱出の際に避難所である地下室に穴を掘り合流したと考えたいな僕は。うん。