北の遺跡でⅡ その4
天幕内で待機し始めてから小一時間程が経った所で伝令の兵士さんがやって来た。
伝令の内容は護衛の冒険者達は現状維持で治療士の護衛を続ける事。それと天幕内ではなく外で軍属以外の調査隊の人達と共にいつでも逃げられる準備をして待機するようにとの事だった。
どうやら軍が破れた時やいない時に冒険者達の手に負えないような魔物がやって来た時の為の用心らしい。
とりあえず必要な荷物を持って伝令に来た兵士さんに案内される。
その際ミサさんとカナデさんには一度僕から離れてもらい行きの時にアースとヘレンに持ってもらった荷物、特に非常食を優先してもう一度二匹に持たせておいて欲しいとお願いした。
レナスさんとレスコンシアの人達にも自分達の荷物をまとめてくるように言うと、レスコンシアの人達から二人を僕の護衛に残してくれた。
レナスさんとミサさんも離れて護衛が出来ないからとディアナとアロエを残してくれた。
兵士さんに案内されたのは駐留地にやって来た時に通った入り口の近くで、土の壁の上では軍の鎧を着た兵士さん達が見える。
一般人の調査隊の人達はこういう事態にはなれているのか緊張はしているようだが混乱している様子はない。
それどころか調べ物でもしているのか本を読みながら皮紙に羽ペンを走らせている人までいる。
とりあえずナスとゲイルには護衛の人と一緒にいてもらい、ヒビキは僕が抱っこしておく。
用意されていた敷き物の上に持ってきた荷物を置き辺りを見渡す。
怪我人が出た場合の治療はどこですればいいだろうか。特に用意されてはいない様だから適当に空いている所で治療をするしかないか。
もっとも、最悪の場合怪我人を置いて逃げる必要性に駆られるかもしれない。準備と覚悟だけはしておこう。
さらに四半刻ほど待っていると兵士さん達が慌ただしく動き出した。
どうやら出陣の時が来たらしい。壁の上にいた兵士さん達はいつの間にか冒険者に変わっていて、調査隊の周りにも冒険者が完全武装して待機している。
今の僕には皆無事に帰って来る事を願うしかない。
「きゅい」
少し強く抱きしめてしまったようだ。ヒビキが苦しいと鳴く。
「ごめん」
腕の力を緩めるとヒビキは安心したように改めて僕に身体を預けてくる。
軍の出陣を見送った後は静かな物だった。
冒険者達の警戒は解けないが調査隊の人達は各々本を読んだり小さな声で話をしている。
そんな中カナデさんとミサさんが荷物を担いだアースとヘレンを引き連れてやってきた。
すぐさまカナデさん達の元へ行きお礼を言う。
「荷造りありがとうございます。アースとヘレンも急にごめんね」
「ぼふんぼふんっ」
「くぃー」
アースには文句を言われたがヘレンは気にしなくていいと言ってくれる。
ちなみにレナスさんはもうとっくに戻って来ていてレスコンシアの人達と周囲の警戒をやってくれている。
アースとヘレンの相手をしている横でアロエが興奮した様子で現れミサさんに詰め寄った。
『ミサーミサー。私すっごい発見しちゃったー』
『すごい発見? それってなんですか?』
『あのねーここの皆が調べてる文字ってミサのご先祖達が使ってた文字なんだよー』
アロエが言い終わると同時にずっと聞こえていた話声と紙のこすれる音が聞こえなくなった。
突然の異変にゆっくりと振り返ってみるとその先に見えて光景に息を飲んだ。
「ひぇっ」
学者と思われる人達が全員アロエの方を見ていたのだ。
『おぅ……。アロエ、その文字は読めるんですか?』
『うん! 今使ってるのとあんまり変わってないから読めるよ。でもミサが読むには面倒な言い回しがあると思うな』
こちらを見ていた数人の男性が音もなく立ち上がる。
同時に立ち上がった人達は互いに顔を見合わせた後頷いたり首を横に振ったり身振り手振りで合図を送り合った後一人の中年男性がこっちに向かってきた。
『すまない。ちょっと話を聞かせて貰ってもいいだろうか?』
中年の男性は流ちょうな妖精語でミサさんとアロエに話しかける。
『あー、はい……そうなりますよね。しかし、私達は護衛の仕事があるので話は空いた時間にしてください』
『ああ、分かってる。約束してくれただけでもありがたいよ。ありがとう』
それだけ話をして男性は元の場所へと戻っていった。
それにしてもミサさんのご先祖様が使っていた文字……古代ヴェレス語と呼べばいいんだろうか?
一体どんな由縁があって千年前に滅んだ都市国家と同じ文字を使っていたのだろう。
たしかヴェレス人が今の土地に流れ着いて国を興したのは五百年前だったはず。
五百年の空白があるけど、もしもヴェレスの人達が都市国家の生き残りで長い旅を経てヴェレスにたどり着いたのだとしたら……なんて希望と浪漫に満ちた話だろう。
可能性はある。大進攻を生き残った人々が魔物から隠れ逃げながら西に向かったとすれば今まで生き残った痕跡が見つかってなくてもおかしくない。
ミサさんは言った通りにアロエを連れてカナデさんと一緒に護衛の仕事に戻る。
……あっ、レナスさんがミサさんに駆け寄って行った。
レナスさんが今からミサさん達と何を話すか何となく分かる気がする。
空が暗くなり始めた頃ティタンを倒しに出陣した部隊が戻って来た。
部隊が帰ってくるまで結局駐留地には魔物が襲ってくることは無かった。どうやら僕の予言の魔物はまだまだやってこないようだ。
冒険者達はこれに安堵していたが僕の仕事はこれからだった。
一足先に重傷人が戻って来たんだ。
腕がひしゃげている人、両脚の無い人、半身が削れたような怪我をしている人、皮膚が爛れてしまっている人までいる。
痛ましい姿だが痛みは神聖魔法のカームのお陰で抑えられているのだろう。
ティタン以外にも中級の魔物が複数いて激戦だったようだが幸いな事に死者はいないらしい。
よく生きてたなと思う怪我人も多いが割合としては重傷人は一割もいないんだとか。
皮膚が爛れている人と削れたような怪我をしている人はエリアヒールで使ってから指や耳、目などの欠損があったらそこを治せばいい。。
ぶっちゃけこの世界では全身火傷であろうと炭化していなければエリアヒールがあるから時間との勝負ではあるが軽傷の部類だ。
両足の無い人は時間がかかるし食事かなんかで血も増やしてもらった方がいいから後回しだろうな。
昔前線基地では時間かけている余裕が無かったから血の量の事は考えずに治していたがここではそこまで余裕が無い訳ではないからきちんと考えた方がいいだろう。
正直腕がひしゃげてしまった人が一番治しにくい。一応ヒールで元の形に戻せるが時間がかかるし、しかも指も欠損している。
一度腕を切った方が時間がかからない位だ。
けどその方法は取れない。もちろんそんな事はしたくないというのもあるが、しかし倫理観の問題とかだけではなく単純に血の量の問題だ。
欠損した部分を元通りにするとその分血が必要になるのだけど、輸血という方法が取れない以上栄養を取って身体に血を作ってもらうしかない。
余裕が無い訳じゃないだろうが食料が限られている現在両脚がない人はもうしょうがないとしてもまだ腕がくっついているのにわざわざ切り落とすとなると倫理観や食糧問題という二つの壁が立ちふさがるのだ。
とりあえず僕がやるのはエリアヒールだ。
自分達でもエリアヒールは使っているが戦いの後の所為かマナが少なく完治するまで絶対に持たない。
ここから先はマナが豊富な僕の出番だ。
近くにいた元気そうな兵士さんに他にもエリアヒールが必要な人を呼んでもらおう。
皆、マナを借りるよ。