告白
四年生からは僕とフェアチャイルドさんは女子寮で暮らす事になる。
部屋は一人部屋と二人部屋があるけれど、部屋の広さは前の寮の時と変わらないらしい。体が大きくなる分一部屋の人数を減らしたという事だろう。
僕としては一人部屋が良かったのだけれど、一人部屋は同じ学年の寮生が奇数になった時に割り当てられる部屋だ。
アールスがいないため僕達は偶数。つまり強制的に二人部屋で暮らす事になる。
僕達三年生が寮を出るのは新入生達が全員寮にやって来てからだ。
新入生が来たら部屋数が足りなくなるのではないかという疑問もあるだろうけど、今の寮生は全体的に数が少なく部屋数に余裕がある。アイネが来るまで待つ余裕はある。
希望をすればすぐにでも上級学年用の寮に行けるけど、僕はアイネを待つために引っ越さないでいる。
ルームメイトであるフェアチャイルドさんは律儀に僕に付き合って残っている。
気にしないで引っ越せばいいのにと思ったけれど丁度いい。僕は女子寮に引っ越す前にフェアチャイルドさんにあの話をする事に決めた。
部屋でフェアチャイルドさんと二人きりになった時に僕は頃合いを見計らってフェアチャイルドさんに話しかけた。
「フェアチャイルドさん。重要な話があるんだ」
「重要な?」
ベッドを整えていたフェアチャイルドさんは手を止めて僕の方へ向き直った。
緊張して喉が渇いてきた。フェアチャイルドさんがアールスの様にすんなりと僕の話を理解してくれるとは思わないし、理解したとしても受け入れてくれるとは思わ無い。……そう考えた方が楽だ。
これは頭がいいとかそういう問題の話じゃない。僕への信頼の問題だ。
普通は前世なんて話なんて信じてくれないだろう。信じたとしても中身が自分よりも年上の男なんて気持ち悪いと思われても仕方ない。
覚悟を決めるんだ。
「フェアチャイルドさん。僕実は男なんだ」
「……はい?」
「これだけ言うとなんだこいつって思うかもしれない。けど、ちゃんと最初から話すから聞いて欲しい」
「は、はい」
「僕は元々この世界とは違う世界から転生してきたんだ」
「転生とはザースバイル様が管理していると伝えられている?」
「うん。僕を転生させたのは別の神様だけどね。僕は前世の世界で死んでシエル様っていう神様にこの世界を紹介されたんだ。僕はこの世界に来ることを選んで、アリス=ナギとして生まれたんだ。けど前世は僕は男だったんだけど、男の記憶を持ったまま女の子の身体に生まれてしまったんだ。つまり心は男のままなんだ」
「そう……なんですか」
フェアチャイルドさんの目が怪しい人を見る目だ。もしくは可哀想な人を見る目か。
「証拠って呼べる物は僕が使えるシエル様の神聖魔法しかない。これで信じてくれるかはわからないけど」
「シエル様の神聖魔法……どんな物があるのですか?」
「まず『フォース』っていう攻撃魔法がある。これでナスを倒したんだ」
「……他には」
「ライトシールド……はゼレ様も使えるか。一応攻撃魔法の『サンライト』があるよ」
「神聖魔法に攻撃魔法があるなんて聞いた事ありません」
「うん。流石に今使うわけにはいかないんだけど……あっ、あと『ステータス』があるよ」
「『ステータスオープン』ではなくですか?」
「うん。自分のステータスだけ見れるんだ『ステータス』」
ステータス板を出してフェアチャイルドさんに見せる様に手渡した。
今の僕のステータスはこうなっていた。
名前 アリス=ナギ 年齢 九歳
種族 人間 性別 女?
職業 なし
HP 180/180
MP 335/387
力 30
器用 50
敏捷 27
体力 31
知力 43
運 60
スキル
魔力操作
魔力感知
剣術Lv.2
神聖魔法Lv.5
裁縫Lv.2
炎系魔法Lv.1
水系魔法Lv.1
風系魔法Lv.1
土系魔法Lv.1
雷系魔法Lv.1
固有能力
魔獣の誓い
「神父様に見せてもらった物と少し違う……?」
「分かるのは僕のステータスだけだからその分詳しいんだよ。レベルの表記がないのはシエル様がこの世界の基準が分からないから僕の能力をレベルで表せなかったんだって」
「数値も違うのですか?」
「数値は同じはずだよ。シエル様が測る物差しは他の神様と同じ物らしいよ。共通規格ってやつだね」
「きょう……? 物差しが同じならレベルも分かるはずでは?」
「それがレベルの基準は世界毎に違うらしいんだ。例えば僕がいた前世の世界では魔法なんてなかったからその分レベルの測り方も違うみたい」
「魔法が……ない?」
魔法がある世界の住人からしたら魔法の無い世界なんて想像つかないだろうな。僕からしてみれば科学が全く発達していない世界みたいな物だろう。
「うん。僕がいた世界じゃ魔素がなかったからね。魔法は無かったんだ」
「じゃあ火をつけるのはどうやって……」
「……」
僕はフェアチャイルドさんの疑問におでこに手を当てて考えた。いや、分からない訳じゃないからね?何処から話すべきか迷ったんだ。そもそもフェアチャイルドさんは魔法以外に火をつける方法知っているのか?
お父さんは摩擦でつける方法を知っていたから魔法以外で火をつける方法が認知されてる事には間違いない。けど、学校に授業に理科は無いし、他の授業で習った覚えもない。
いやいやいや、そもそも僕達の世界ではそんな原始的な方法で火はつけない。火をつける物と言ったらライターとかコンロとかマッチだ。摩擦でつけるとしたらキャンプとか遭難してる時とか、サバイバル状態な時くらいだと思う。単純に道具でつけていたと答えよう。
「魔法は無かったけど代わりに科学が発達していたんだ。火をつけるには道具を使ってたんだよ」
「かがく……」
「ま、まぁ僕はあんまり詳しくないから本当に簡単な物しかわからないけどね」
「そうなんですか……」
「うん。それでその、信じてくれた?」
「……正直、よく分かりません。」
「そうだよね」
「アールスさんは、その話を知っているのですか?」
「うん。アールスが首都に行くって僕に打ち明けた時に僕も話したんだ」
「私にはすぐに話してくれなかったんですね」
「そ、それはアールスの事が落ち着いてからって思って」
「……そうですか。それならいいです」
いいですと言いながらもフェアチャイルドさんの目尻が吊り上がっている。怒っているのだろうか。うう、やっぱり僕は許されないんだ。
「でも、その……心が男性だとどうして話す気に? 隠し通しても良いと思うのですが」
「それは、いずれはばれるだろうから、後でばれる位ならって思って」
「ばれる?」
「神聖魔法は神様によって魔法で誰の物かわかるから……特に『フォース』や『サンライト』は他にはない光属性の攻撃魔法だから、説明する時絶対にシエル様の事に触れないといけない。シエル様の事に触れると前世の話になるから、僕が男だった話になると思う」
「前世も女性だったと嘘をつけばいいのでは?」
「……」
「……ナギさん?」
「その手があったかぁ……」
気付かなかった。今までは隠す事やバレた後の対応だけを考えていて、前世の事について嘘をつくなんて考えもしなかった。
……いや、でも思いついたとしてアールスとフェアチャイルドさんにその嘘を僕はつけただろうか?
「……うん。無理だ」
「無理、ですか?」
「いやほら、僕からにじみ出る男らしさがそんな嘘を許さないっていうかさ」
「え?」
「すぐに嘘だってバレちゃうよね」
「あっはい」
「でももしまた答えなきゃいけない時になったら頑張って女の子らしくしてみるよ」
「そ、そうですね」
「それでその、来月からは女子寮に住む事になるんだけど……」
「はい。そうですね」
「同じ部屋になるけどフェアチャイルドさんは平気?」
「何か問題があるんですか?」
不思議そうに首を傾げるフェアチャイルドさん。今まで男の子と一緒に暮らしていたから異性とか意識していないのか。しかし、今はいいかもしれないけど……。
「男と二人っきりになるんだ。不安じゃない?」
「大丈夫です。ナギさんですから」
信じてもらったっていう事でいいんだろうか? でもいくらなんでも信じやすすぎじゃないか? いや、ここは感謝するべきだろう。
「ありがとう」
何か問題があったらその時また話すしかない。今は成り行きに身を任せる時だ。
「……ナギさんにはいつも助けてもらっていますから」
「え? そう、だっけ?」
「はい。このマスクを作ってくれた事や体調を崩した時いつもアップルを買ってきてくれた事……私、本当に嬉しかったんです」
「でも僕は一応中身は年上なんだからそれぐらいは普通っていうか……」
「それでも私は嬉しかったんです。ナギさんの気持ちが」
フェアチャイルドさんが僕の手を取り微笑んでくれた。例えマスク越しからでもそれぐらいはわかる。
フェアチャイルドさんの手は冷え性なのか体温が低い。けれど触れられている手から確かに温かさを感じる。その温かさは僕が感じているフェアチャイルドさんの心なのかもしれない。
「そう言われると照れるな」
「ふふふ」
フェアチャイルドさんの手が離れると僕の手に名残惜しさが残った。
自分にもっと知識があれば、もっと勉強していればもっと人が救えるのに。こういう風に思う人間は漫画やアニメだと傲慢だの思い上がるなだのよく説教されていたけど、思う事をやめられない。もっと、もっとって考えてしまう。僕は説教をするキャラクターの言う通り傲慢な人間なんだろうか。
僕はもっとフェアチャイルドさんを笑顔にしたい。前世というこの世界よりも進んだ科学世界の知識を持っているのだからもっと……何かもっとないか。
……でも僕は情けないくらいそういった知識がない。結局分をわきまえた生き方しかできそうにない。
せめて今世では勉強を頑張ろう。
話を終え、日課である各種トレーニングを終えた僕は一人でお風呂に入っている。
お風呂場に僕以外の人はいない。誰もいない時間を狙っているんだからそうじゃないと困る。
湯船に浸かりながら自分の身体を確認してみる。
僕の身体は筋トレをしているお蔭か九歳児にしては引き締まっていると思う。怪我とかは魔法で治すから肌はつるつるの卵肌。
ただ手だけはまめやら剣だこの所為で不格好だ。白くて細長いフェアチャイルドさんの手とは大違いだ。でもこれはこれで強くなっているような気がして悪くはない。
胸は……まぁ九歳児だからね。思わず苦笑いしてしまう。出来れば大きく育たないでほしい物だ。見る分には大きいのも好きだけど、自分の胸に西瓜がぶら下がるとか溜息しか出ない。あんな物人間がぶら下げていい物じゃないよ。体育の時間とかで大きな子が運動してる所見ると上下に揺れてて物凄く痛そうだった。
お母さんは大きい訳じゃなかったから期待はできるかもしれないけど。ミルクは取らない方がいいかな。ああ、でも身長は欲しいんだよな。
僕の身長は同い年の子と比べると多分平均的な所じゃないだろうか。前世は低かったから今世では高くなりたいんだけど、食糧事情とか考えると厳しいかな。
どうにか身長を伸ばす方法はないだろうか。しかもできれば足を伸ばす方向で。ぶら下がるといいって前世では言われていたけど本当なんだろうか? あれって腕に負担がかかってむしろ腕が伸びそうだけど。
懸念と言えば最大の懸念がある。
いつ来るのか分からないせ……せい……女の子の日だ。僕にも来るのだろうか。噂によるとアレはひどく痛いらしいじゃないか。僕に耐えられるだろうか……。
神様、僕にはアレが痛くないようにしてください……なんて祈ったらシエル様に本当に改造されそうだから祈る事はしない。
何か間違ってこの世界にはアレがないって事にならないかなぁ……。
ガラァ
お風呂場の戸が開く音がした。誰だろう?
戸の方を見てみるとそこにはフェアチャイルドさんが立っていた。はて? 今日はまだ入ってなかったのだろうか?
「まだ入ってなかったんだ?」
「あっ、はい。つい本に夢中になってしまって」
「そうだったんだ」
同じ部屋にいたはずだけど、僕も魔法の練習で集中していたからフェアチャイルドさんがお風呂に入っていない事に気が付かなかったようだ。
フェアチャイルドさんは近くにあった桶を手に取って湯船のお湯を汲み取って行く。
そして、湯船の近くの椅子に座るとタオルをお湯につけてから体を洗い始めた。
「あの、ナギさん」
「ん?何?」
「さっき聞き忘れていたのですが……ナギさんは女性が好きなんですか?」
「好きだよ。将来結婚したいと思えるのは女の人だよ」
「……やっぱりそうなんですか」
「うん……やっぱり気になる?」
「気になるというか、納得したというか」
「え?」
「……フォンティーヌ先生」
呟くような声だったがフェアチャイルドさんの言葉は剣よりも鋭く僕の耳に突き立てられた。
「綺麗な先生だよね」
そう、綺麗な先生だから男の僕が見てもおかしくない。おかしくないんだ!
「大きいのが好きなんですか?」
僕はお湯の中に逃げ込んだ。アールスにばれていたからフェアチャイルドさんも気付いてるんじゃないかと思ったけど、やっぱり気付いてた! すごく恥ずかしい! 僕はこのままお風呂の中で貝になる!
いくら恥ずかしいといえどもエラ呼吸何てできない訳で人間である僕は水中から出るしかなかった。
「好きなんですか?」
フェアチャイルドさんの追及の手は止んでいなかった。というか九歳児がそんなこと聞くってどういう事なんだろう。
「なんでそんな事聞くの?」
「興味半分です。ナギさんから借りた本に男性は大きいのが好きだと書かれていて、本当なのか気になったんです」
原因は僕だった。
ふぅ、ここは正直に答えるしかないか。
「フェアチャイルドさん。男が皆大きいのが好きというのは物語の中だけだ。つまり嘘なんだ。実際は好み何て千差万別。男ならこれが好きという事は無いんだ。わかる?」
「はい。分かりました。それでナギさんはどうなのですか?」
どうやらどうしても聞きたいようだ。
「……僕は大きいのも小さいのも好きだよ」
「節操無し?」
「何処でそんな言葉覚えるの!?」
「ナギさんから……」
「ごめんなさい」
今日のフェアチャイルドさんの切れ味は研ぎたての刃物のようだ。
ちなみに僕は節操無しではない。ただ僕の急所はソコじゃないというだけだ。
けど子供のフェアチャイルドさんには些か刺激が強い話。これ以上この話を続けるのは危険だ。何とか話を逸らせないだろうか。
話題を考えている間にフェアチャイルドさんは体を洗い終え僕の隣に位置取り湯船に浸かった。
ちょっと怖いです。
「あ、あのさ。明日のはずなんだよね、アイネが来るの」
「はい」
「アイネのお祝いみたいな事をしようと思うんだけどフェアチャイルドさんはどうする?」
「……私は遠慮しておきます。面識がないので」
「そう?」
「はい。その間にナギさんの荷物を運んでおきましょうか?」
いくらゆっくりできるとはいえ何時までも下級生用の寮にいるわけにはいかないから、僕はアイネが来る日に引っ越す事に決めていた。
「そんな悪いよ。自分の分は自分でやるよ」
「いえ、いつもお世話になっていますから少しは返させてください」
気にしなくていいのに。けど返したいというのならそれを無碍に扱うと言うのも相手に悪い。少し考えてから僕はフェアチャイルドさんの申し出を受ける事にした。
「わかった。頼むよ」
「任せてください」
「ありがとう」
「いえ……こちらこそいつもありがとうございます、です」
そろそろ流石に長湯してきたかちょっとくらくらしてきた。
「ん……フェアチャイルドさん。僕もう上がるね」
「はい」
「フェアチャイルドさんもあんまり長湯しないでね」
「私心配されるほど子供じゃありません」
口を尖らせて言うけど目は怒っていないから多分本気で気分を害したって事は無いと思う。
僕からしたら十分に心配になるほど幼いんだけどね。
「あはは、ごめんごめん」
「ナギさんはちょっと過保護だと思います」
「そうかな?」
口ではそう言いつつも実は自分でも少し過保護かな? って思わない訳でもない。
湯船から上がり頭に乗っけてたタオルで水気を軽くふき取り脱衣所へ上がる。
心の中で『ウォーター』と唱え身体に残っている水滴を一か所に纏める。ウォーターはマナポーション作成の応用で水に魔力を染み込ませ自由に水を操る魔法だ。クリエイトウォーターよりも消費魔力が多くなるけど洗った後のナスの脱水をするにはかなり便利な魔法だ。
集めた水はお風呂場に捨てる。これで後は服を着るだけだ。
さて、明日はアイネがやってくる。準備は出来ているけど部屋に戻ったら確認はしておこう。




