北の遺跡でⅡ その3
遺跡の駐留地にやってきて半月が過ぎた。
小さな問題は起これど大きな問題は起こらず今日もいい天気だ。
朝の食事の時間、僕はウェイリィさんと並んで座り配膳されるのを待つ。
護衛の皆も僕達の傍に居る。特にガタイのいいミサさんとレスコンシアのシェスカという女性は僕達を身体を張って守れるようにと二人で僕達二人を挟むように座っている。
「今日もいい天気ですね」
「せやねぇ。今日はナスちゃん達と日向ぼっこでもしようかと思うてます」
「ああ、いいですね」
ウェイリィさんとナス達はすっかり仲が良くなったな。
「ナギさんは今日もヘレンちゃんとお勉強ですか?」
「そうですね。特に予定もないですからね」
「平和なのはいい事です」
「あはは、その通りなんですけどやっぱちょっと退屈ですね。僕達の仕事にならない事で何か起こって欲しいなって」
「うふふ、それは私もそう思うわ」
でもきっと今日も何事もなく終わるだろう。この時の僕は根拠もないのにそう信じていた……という縁起の悪いナレーションが入らない程度の出来事を求む。
緊急事態を告げる笛の音。
午前の魔獣達との憩いの時間にそれは響き渡った。本当に何かが起きる奴があるか!
護衛の皆は僕とウェイリィさんの近くにより、遠くの兵士さんや冒険者達は慌ただしく動き始める。
「ナギさん。私達は一先ず天幕に戻りましょう。けが人が出るかもしれません」
「そうですね。ヘレン。勉強はここまでね。アースと一緒に僕達について来て」
「くー」
「ぼふー」
「ナスとゲイルはレナスさん達と一緒に。ヒビキは僕と一緒に」
「ぴー!」
「ききっ!」
「きゅー!」
とりあえずアースとヘレンは天幕の近く、人の通りの邪魔にならない所にいてもらう。
そして待機する為に天幕の中に入ろうとするところで呼び止められた。
呼び止めたのは衛生隊の責任者であるベイリィ=シュトゥライト大尉だった。
シュトゥライト大尉は僕とウェイリィさんに隣の会議所に一緒に来て欲しいと告げた。
断る理由なんてものはないからミサさんに変わってレナスさんと引き続きシェスカさんについて来てもらう。
ミサさんに変わってもらったのは単純に言語の問題だ。何か重要な話をされた時言語の壁がミサさんよりも薄いレナスさんについて来てもらおうという事だ。
会議所には僕達を呼び案内したシュトゥライト大尉以外の軍の各部隊及び冒険者のまとめ役をしている責任者達が円卓を囲って集まっていた。
促され席に座ると話が始まった。
今回の警報は単刀直入に言うと西に巨大な魔物を発見したとの事だった。
トロールよりも大きく上級に位置づけられている魔物……ティタン。
ティタンの大きさはトロールの二倍ほどあり群れで現れた場合は軍でも大きな被害を覚悟しなければならない魔物だ。そして、僕が昔予言された魔物ではないかと予測している魔物でもある。
発見した場所への距離は徒歩で三時間位の場所であり、進路が変わらなければ今日中に発見されるだろうと予想されている。
しかし、今回確認できたティタンは一体だけであり、それだけなら現状の軍の戦力だけでも十分倒せると全員太鼓判を押してきた。
問題なのは他にも中型以下の魔物がおり、軍の戦力をすべて出さなければならない事。
そしてそれに伴う駐留地の戦力が減る事だ。
全員魔物達が自分達に気づかずに他の場所に行くとは考えないようで、むしろこちらから打って出る様だ。
冒険者達はこの駐留地を守るために待機してもらい、もしも別のティタンが駐留地に現れた場合は調査隊の人達の安全を優先し逃げる事になるらしい。
治療士である僕とウェイリィさんには軍について行く者とここに残る者に分かれる事になり、僕はここに残り軍属であるウェイリィさんには軍の方について行って欲しいと説明された。
大型の魔物に対する戦い方というのを直に見てみたい気もしたがさすがに今の状況でそれを望むというのは不謹慎か。
それに素人で部外者の僕がついて行っても足手まといになるだけかもしれない。
素直にここに残るとしよう。
それにしても気になる事が一つ。
ティタンは海からやってくる魔物だと考えられている。
確証というほど確認は取れていないけれど過去何度か大森林の南にある海からティタンが現れたという記録と大森林の主であるバオウルフとカワイアの証言がある。
見た目は人型になった岩のような姿で、貝の殻やフジツボにによく似た外殻を身に纏っている。いや、もしかしたらよく似たではなくそのものなのかも知れないけど。
質問の有無を聞かれたのでその事を聞いてみると驚くべきことが分かった。
なんとアトラ山脈の向こう側には海があるらしい。
学校の授業で見た地図や一般的に出回っている地図はアトラ山脈のふもとまでしか描かれていないし、向こう側の話なんて聞いた事が無い。
これに関しては本当に東方の国々との学術的な交流のおかげで最近になって分かった事らしい。
もっと詳しい事が聞きたかったがこれ以上は話が脱線するという事で詳しい事は聞けなかった。
会議が終わると部隊について行く上で話があると言われたウェイリィさんと別れ僕は自分達の天幕へ戻った。
そして外にいる護衛達も全て呼んで説明をする。
とりあえず護衛のやる事は新たに指示がない限りは全員僕を護衛する事で決まった。
説明が終わったらあとは特にする事は無い。異変があるまで天幕で怪我人が出ない事を祈るだけだ。
緊張の面持ちが皆に浮かぶ中、ミサさんはいつもよりも少し緊張した様子で口を開いた。
「ワタシはティタンという魔物は知らないのですガ、どれほど恐ろしい魔物なのですカ?」
「僕は授業で習った事くらいしか……」
天幕の中にそれを答えられる人はいないようで皆僕と同じように伝聞しか知らないようだった……精霊達を除いて。
「……私は知ってるわ」
「私も」
サラサとディアナは大森林に暮らしていたからティタンの襲撃に遭い知っていてもおかしくはないか。
「強いのですカ?」
「一匹や少数なら軍人さんが言ってるように大した脅威じゃないわ。強固な外殻と膨大な魔素を纏ってるって言っても動きは鈍いし関節部分の外殻は薄いからそこ狙えば簡単に転ばせられる。転ばせられれば後は簡単ね。魔法は使ってこないから後は集中攻撃すればいい。
脅威なのは大群でやってくる時ね。ただでさえ魔素の量が馬鹿みたいに多いのに圧倒的な物量で来られたら精霊も全身全霊で立ち向かわないといけなくなって地形が変わるわよ」
「そ、そんな大群出来た時あるの?」
「あるわよ。十七年前に」
「十七年前って……」
僕達が生まれた年だ。
とっさにレナスさんを見る。
レナスさんの表情は特に変わらず動揺している様子は見られない。
知っていたのだろうか? 知っていてもおかしくはないか。
僕の運命はレナスさんのお父さんを殺した魔物と戦う事なのか?
まだ何も分からない。今回の事が占いで予言された魔物どうかも分からないんだ。