お祭り 後編
お祭りも三日目になるとさすがに見ていない場所というのはそうそう無いが、大道芸は新しい人が来てたりして新しい物が見れるし演劇なんて皆で一緒に見る為に今まで見ないでいたのでまだ回れる場所はある。
とはいえそう長い時間遊ぶわけじゃない。
アイネはどうもお酒に弱いらしく試しに一杯飲んで貰ってみるとそれだけでかなり酔っ払った状態になってしまった。
だから街中にアルコールが漂っている中だと酔ってしまう為休みを挟みながら遊ぼうという事になったのだ。
まず最初に向かったのは演劇が行われている野外劇場だ。
演目はガルデよりも南にあったと言われる魔物の大進攻以前の国の遺跡から奇跡的に見つかった英雄を称える詩を元に作られた短い英雄譚だそうだ。
そして、その英雄譚を再現する劇団はグライオン西部を中心に活動していて評判も良い『イエンスタ劇団』という劇団らしい。
劇自体はお祭りの為か無料で見られるが座席は用意されておらず地面に直に座るか立ち見をしなければならない。
しかし、一回の公演時間は短い為気軽に見れる。
ただその気軽さから物を食べながらどころかお酒を飲みながら見ている人がいるのでお酒臭さは変わらない。
劇の内容はいわゆる活劇物でとある英雄が仲間と共に村を襲う魔獣を懲らしめるというよくありそうな内容だ。
しかし、実際に大型の猫科っぽい魔獣を採用している辺り本格的だ。さすがは評判の劇団と言った所か。
ナス達も僕が死んだ後でも暮らせるようにこういう手に職を付けてもらった方がいいかな。
大森林に戻るにしたって大森林の土地は無限じゃない。魔獣達には寿命がない為いずれ土地が無く住めない魔獣が現れるかもしれない。
そういう魔獣達の受け皿に、さらに魔獣達との交流を途切れさせない為の仕組みも重要か?
大森林の主の一匹である森の聖者カワイアが積極的に人と交流をしている。一度会って話を聞くのもいいかもしれない。
劇は佳境となり演者と魔獣との殺陣が始まった。
動きは大振りで大げさで無駄が多いけれど不思議と目が離せなくなる。きっとこれは魅せる為の動きなんだろう。
けれどアイネは気に入らないようで変な動きと笑っていてアールスも苦笑しながら同意している。
「レナスさんはどう思う?」
「たしかに不自然に見えますが舞台なので分かりやすいように大げさにしているのではないでしょうか?」
「そっか……」
かっこいいと思うんだけどな。
「でもすごいよ。魔獣もちゃんとその役になり切ってる」
「そうなのですか?」
「うん。ちゃんとそれっぽい台詞言ってるよ」
「誰も分からないだろうに律儀ですね。でもそういう律義さがきっと迫真の演技に必要なんでしょうね」
「そうかもしれないね」
手を抜かないで役になり切る。魔獣でもそういう事が出来るんだ。
ナス達にも見せたかったな。
でもさすがにアースとヘレンを人がごった返している場所に連れてくるわけにはいかない。
ナスも角が危ないから連れて来にくいんだよな。
魔獣達と一緒に楽しめる催し物……大森林の魔獣達とのふれあえるお祭り……そういう催し物があったら楽しいかもしれない。
劇を見終わった後はお酒の匂いがしない茶店に入って一休みする。
アイネの様子を確認してみると少し顔が赤いか。でもまだ言動に不穏な物は無い。いつも通りだ。
「この後お化け屋敷行かない?」
「断固拒否します」
アールスの提案に口が勝手に動いた。
「早いよ! 即却下ってなんかナギらしくない!」
「ねーちゃん怖いだけでしょ?」
「断固拒否します」
「むー。ナギ怖がりだもんね。仕方ないか。アイネちゃんは行きたい?」
一昨日お化け屋敷に行った事はレナスさんとカナデさん、そして精霊達含めて皆秘密にしてくれている。
だからこそアールスが行こうと言い出したんだろう。
「ナギねーちゃんが泣いてるとこ見たい」
「断固拒否します」
アイネは僕に対してこじらせすぎではないだろうか?
「ちぇー。でもあたしも行きたいなー」
「じゃあナギは置いといて行こうか。他の皆はどうする?」
「私も行きましょう」
「わ、私は遠慮しておきます~」
「もちろん行きマース。お化け屋敷、フソウにもあった遊戯施設ですネ。ここにもあるとは思いませんでしタ」
「へぇ、フソウにもあるんだ? フソウから伝わったのかな? それにしてはアーク王国じゃ見ないけど」
「グラード山にフソウ好きの露天風呂の管理人さんがいましたし意外とグライオンではフソウの文化が人気あるのかもしれませんね」
レナスさんの言葉に露天風呂の建物の内装を思い出しつつ頷く。
「ああ、たしかにそうかもしれないね」
とりあえずお化け屋敷には行かないで済みそうだ。
夜になるまで休憩を挟みながらお祭りを楽しんだ僕達は最後の催し物である自由参加の踊りを見る為に都市の中心部である噴水広場にやって来た。
暗くなり明かりに照らされた中心の噴水にはさまざまな楽器を持った演奏団が準備をしている所でまだ演奏は始まっていなかった。
「まだ始まっていないみたいだね。長椅子に座って休んでいようか」
「そうですね」
「じゃあ私ちょっと屋台見てくるね」
「あっ、あたしも行くー」
「ナギさんはアールスさんと一緒に行かなくていいのですか?」
「え? うん。特に買いたいものもないしね」
「そうですか……」
「それより早く座っちゃおう」
レナスさんの手を引きカナデさんの座っている長椅子まで行き、隣に座ってレナスさんを僕の隣に座らせる。
「踊りってどんなものでしょうね~」
「さすがに難しくは無いと思いますが踊りやすいといいですね」
「アリスさんは踊れるんですかぁ?」
「あははっ、全然。学校で習ったきりですよ」
「レナスさんはどうですかぁ?」
「私もナギさんと同じです。ミサさんはどうなんですか?」
「ワタシの故郷でもお祭りでは踊っていましタ。
神様達に奉納する為の踊りなのですガ、中でも踊りの中心となる巫女には憧れていましたネ」
「ミサさんはその巫女様にはなれたんですか?」
「無理でしタ。私にはどうも踊りの才能は無かったようデース」
「あっ、始まったみたいですよ~」
カナデさんの言う通り演奏が始まった。
陽気な音楽が流れ周囲の人達も音楽に合わせ踊り始めている。
「なんだかみんな自由に踊ってるね」
「そうですね……決まった型は無いみたいですね」
「そういう事でしたらワタシ達も早速踊りまショー!」
ミサさんが勢いよく飛び出し音楽の調子に合わせて見た事のない踊りを踊り出した。
きっとあれがミサさんの故郷の踊りなんだろう。
カナデさんも遅れて飛び出してぎこちなく踊り出す。カナデさんは周囲の踊りを参考にしながら踊っているようだけど表情から見るに楽しめている様だ。
「ナギさん行かないのですか?」
「ううん。行くよ。何を踊ろうか考えてただけだよ」
一人で踊る人も多いが恋人同士なのか男女が二人で踊っているのが目立つ。
仲睦まじい光景を見て羨ましい……そう感じてしまう。
「レナスさん。一緒に踊らない?」
これぐらいならいいかな。
「え? わ、私とですか?」
「一人で踊るの恥ずかしいからさ。ほら、女の子同士で踊ってる人達もいるし変には見られないと思うよ?」
この機会を逃したら二度とレナスさんと踊れないかもしれない。
「あ、アールスさんはいいんですか?」
「うん。あー、ほら、僕達が学校で踊りを習ったのはアールスがいなくなった後だからさ。それに二人で一杯練習したじゃない」
だから今くらい少し素直になってもいいよね。
「ナ、ナギさんがそう言うのでしたら喜んで」
「ありがとう」
僕は長椅子から立ち上がりレナスさんに手を伸ばす。
そしてレナスさんは僕の手を取り立ち上がる。
二人で踊る為に距離を詰めると身長差がよく分かる。
頭一個分くらいレナスさんの方が大きい。
悔しいな。僕にも身長があればいいのに。
……ああ、そうか。僕が男らしくありたいのはこの子に男として見てもらいたいからか。
僕はこの子にかっこいい男性として見てもらいたいのか。
諦めたはずなのに未練だな。
だけど、確かにこれは手放したくなくなる理由だ。
たとえ結ばれる事が無くてもこの子の前でかっこつける位の事はしてもいいよね?