お祭り 中編
「んふっ……これお酒ですね」
カナデさんが買ってきてくれたのは温かく甘い果実酒だった。
街中にお酒の匂いが充満しているから気づかずに飲んでしまってむせてしまった。
「あっ、お酒でしたかぁ……代わりの物買ってきますかぁ?」
「いえ、驚いてむせただけですよ。大丈夫です。街の匂いのせいでお酒だと飲むまで気づきませんでしたよ」
アルコールの味は相変わらず駄目みたいだ。
「街中のお酒の匂いで鼻が悪くなってしまいそうですね」
「むしろ匂いだけで酔ってしまいそうですよぉ」
「子供の姿が少ないのはその所為だろうね。子供はどこで楽しんでるんだろう?」
アイネは大丈夫だろうか? 友達に勧められるまま飲んでしまって酔っ払って前後不覚……最悪急性アルコール中毒になったりしないだろうか?
「アイネにお酒との付き合い方教えておけばよかったな……」
「あ~、たしかにそうですねぇ」
「心配ならアイネさんを探し注意しましょうか?」
「う~ん……そうだね。ちょっと探してみるよ」
蜘蛛の糸を使うとアイネはすぐに見つかった。
アイネは日頃から魔力操作の鍛錬を行っているからマナが形良く纏まっていて分かりやすい。
他にもアイネと同じくらいのマナの量の人は大勢いるがアイネの様に形良く纏まっている人はほとんどいない。
そして、その数少ない人もアイネとは体格が違うからすぐに別人だと分かる。
「アイネ見つかったよ。大通りの南の方にいるみたい」
「そのままアイネさんのマナに干渉してマナで文字を書いて伝えることは出来ないのですか?」
「さすがに相手に許可なく勝手に繋げて連絡取るのって失礼じゃない?」
「気づかれないとはいえ蜘蛛の巣で勝手に繋げて探ってる時点で手遅れだと思いますが」
……ぐうの音も出ない正論だ。
「ん~。今の所ナギさんとナスしか出来ないので意識していませんでしたけどぉ、正式に連絡方法の一つとして皆さんに提案してもいいかもしれませんねぇ。
ただ私は魔力感知苦手なので無理かもしれません~」
「精霊達がいるから今まで連絡に困らなかったんですよね……今晩辺り皆に聞いてみましょうか」
「とりあえずアイネさんに会いに行きましょう」
「そうだね」
「アリスさんは怖いのはもう大丈夫ですかぁ?」
「あっ、はい。大丈夫みたいです。アイネの事考えたらいつのまにか」
「うふふ~。アリスさんらしいですね~」
まだ飲みかけのお酒をちびちび飲みながらアイネの元へ向かう。
そして、アイネを肉眼で発見できたのはお酒を飲み切った後だった。
アイネは友達らしい女の子三人と一緒に楽しそうに屋台で買い物をしている。
買い物している屋台は食べ物で、手にも飲み物の容器は手に持っていない。間に合っただろうか?
屋台の傍に置かれているゴミ箱に紙の容器を捨てからアイネに近寄り声をかける。
「アイネー」
まだ距離のあるアイネは僕の声に気づいたようで友達と一緒に辺りを見回し僕を見つけた。
アイネ達に見つかったのでアイネの友達に会釈をしてからアイネに向かって手招きをする。
アイネは確認を取るように他の子に顔を向けてから何かを伝え、相手が頷くと僕の方へ小走りで寄って来た。
「なーに?」
「今日はお酒飲んでいいけどあんまり飲み過ぎないようにね」
「えっ、いいの?」
「うん。友達との付き合いもあるだろうからね。でも友達共々飲みすぎちゃ駄目だよ。酔っ払って迷惑をかけたって言うのだけならともかく倒れるような飲み方は絶対にしないように。ああ、もちろん酔っ払って迷惑かけていいって訳じゃないからね?」
「ん。分かった。一気飲みとか飲み過ぎだよね」
「そう。度数にも気を付けてね。どれくらいの強さかはお店に聞けばわかると思うから、いくら美味しくて飲みやすかったとしても度数が強かったらゆっくりと飲む事」
「はーい」
「じゃあ後は思う存分楽しんできてね」
「うん! じゃあね!」
ちゃんと伝えられてよかった。
アイネを見送り残った僕達三人は改めてお祭りを楽しむ事にした。
屋台以外にも普通の雑貨屋のようなお店でもお祭りに合わせて値引きしたり特別なお祭り限定品を売っているので見て回るだけでも大分楽しい。
そして、お昼の時間になる前に僕達は屋台で買った昼食と魔獣達用のおやつとお酒を持って家に帰る事になった。
家に帰って来たのはお酒を飲んだ僕だけではなく街に漂う酒気に当てられてカナデさんとレナスさんも酔いが回ってきてしまったからだ。
僕自身もちょっと頭がくらくらしてきた。お祭りの間は長く大通りにいない方がいいのかもしれない。子供が少なかったのはこの事を知っていたからか?
ともあれ家に帰り魔獣達のいる倉庫に行くとナスが嬉しそうに声を上げた。
「お祭りのお土産買って来たよー。一緒に食べよう」
「ぴー!」
「きぃ」
ゲイルが臭いという。
「ごめんね。街中お酒の匂いだらけでさ」
ゲイルはお酒は飲めるが匂いは嫌いなようでお酒臭いと近寄ってこなくなる。
「きゅーきゅー」
ヒビキは鼻がいい訳ではないので気にせずに僕に飛び込んでくる。
「きゅい」
抱き着いてきた途端に臭いと言われた。
ヘレンはどうだろうか? ヘレンはお酒は大丈夫なんだろうか?
確かめる為にヘレンに近づいてみるが特に反応はない。
ヘレンは食べ物を食べない。食べる習慣が魔獣になってから無かったのかお肉どころか野菜や果物もあまり食べようとしない。
けれど飲み物は別だ。ヘレンはどうやら果汁水が好きなようで長い時間をかけて少しずつ舌で舐めて飲むのだ。
「ヘレン。これちょっと味見してみて」
味見させるのは果実酒で度数の低い物だ。
ヘレンに頭を下げて口を開けてもらい舌の上にお酒を垂らしてみる。
「どう?」
「くー? くーくー」
よく分からないけど平気と答えた。美味しいとかじゃなく平気という事は味はいまいちか?
「これといつもの果汁水どっちが好き?」
「くー」
予想通り果汁水と答えた。
なら度数の高い物はどうかと思いもう一度試してみるがやはり答えは果汁水だった。
そうなるとお酒を飲むのはナスとゲイルだけか。そう言えばこの二匹って元は雄っぽいが好き嫌いに関係あるのだろうか?
念のためにヘレンに買ってきた食べ物を見せるが首を横に振るだけだった。
ならば仕方ない。保存してある樽を出すか。
皆で宴会もどきの昼食を取った後特にする事が無いのでそのまま倉庫でヘレンに言葉を教える事にした。
カナデさんはナスに付き合ってお酒を飲んだのでナスに抱き着いたまま眠ってしまった。
レナスさんは本を読むために家に戻って留守番をしてくれるようだ。
少し時間が経つとアールスが帰って来た。
アールスもお酒の匂いを纏わせていて、話を聞くとお昼に宴会とばかりにお酒を飲まされたそうだが酔っ払っているようには見えない。
アールスはやはりお酒が強い……というか分解が異常に早いんだと思う。固有能力の影響だろうか?
少し話をした後アールスはヒビキを抱えて僕と一緒にヘレンに言葉を教える手伝いを申し出てくれた。
夕方頃にアイネがようやく帰って来た。
アイネは倉庫に入って来るやいなやいきなり僕の背中に抱き着いてきた。
「ねーちゃんだー」
「アイネ、酔ってる?」
「んー? んー……酔ってないよ」
「お酒どれくらい飲んだの?」
「全然飲んでないよー」
「本当に?」
「だってみんなお酒好きじゃなかったもーん。だからお酒飲まなかったの」
「多分お酒の匂いで酔っちゃたんだよ」
アールスがそう耳打ちしてきた。
「ああ……ずっと外にいればそうなるか。とりあえず離れてアイネ」
「やーだ。ねーちゃんはあたしのねーちゃんなんだからずっとこーしてるの!」
「ええ……」
「あははっ、ナギってアイネちゃんに愛されてるよね」
「う、うーん……愛なのかなぁこれ」
「アイネちゃんナギの事大好きだよねー?」
「んー? うん。好きだよー。ねーちゃんやさしーから好きー」
「あはは……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。まぁもういいか。ヘレン。中断させてごめんね。再開させようか」
「くー」
背中にくっついたままのアイネの事は置いといて勉強を再開させる。
そして、結局しばらくして様子を見に来たレナスさんが引き剥がすまでアイネは僕にくっついたままだった。