お祭り 前編
五月になるとガルデでお祭りの告知がされ街中が活気づき始めた。
雪解けと春の到来を祝うお祭りで三日間行われる様だ。
雪解け自体は四月の終わりに始まっていて春も暦上では四月からという事になっている。
しかし、ガルデ周辺では四月でも気温は低く桜の木の様に春を告げる花が咲くのは五月になってからだ。
お祭りは都市の中心部で三日間行われ、最終日の夜には自由参加の踊りが行われるらしい。盆踊りみたいなものだろうか?
皆もお祭りを楽しみにしているようでアールスやアイネ、ミサさんは初日にはこの都市で出来た友達と見て回るようだ。
ちなみに僕とレナスさん、カナデさんにはガルデに友達がいない事がこの件で発覚した。
アイネは仕事先でよく合う冒険者仲間と仲良くなり、ミサさんはゼレ様の神殿に通っているうちに仲がいい人が出来たみたいだ。
そして、アールスはアイネとミサさん二人と同じ様に交友関係を築いたようだ。
僕は知り合いはいるが友人と呼べるほど親しい人はいない。
レナスさんは自分から積極的に人に関わっていく性格ではない。
カナデさんがいないのは意外だったがよくよく考えてみれば仕事ばっかりでミサさんの様に交流の場に行かなければ友人が出来なくてもおかしくはないのかもしれない。
そんな訳で初日は僕とレナスさんとカナデさんの三人でお祭りを楽しみ、二日目は自由行動とし最終日は皆で楽しむ事となった。
そして、待ちに待ったお祭りの一日目。
道には屋台の他に大道芸人や吟遊詩人で人が賑わっていた。
道沿いにあるお店も今日は気合を入れているようできらびやかに店を飾り呼び込みの声も良く聞こえてくる。
しかし、何よりも特徴的なのが……街中が酒臭い!
屋台でもアルコールの入った飲み物を紙の容器を使って売っておりこの祭りを楽しんでる人は老若男女問わず朝からお酒を楽しんでいるようだ。
この光景を見るとアイネにお酒を飲まないように言ったのは失敗だったか?
友達との付き合いでお酒を飲もうと誘われた時に余計な軋轢を生むかもしれない。
アイネに会ったらお酒を飲んでもいいと伝えようか。
「ナギさん。あの吟遊詩人の歌、アールスさんについての歌ですよ」
「え? 本当?」
レナスさんが教えてくれた吟遊詩人に近づき声高々に歌うその内容を聞くと確かにアールスの事の様だ。
内容は闘技場であっという間に勝ち抜きトラファルガーへ挑戦した若草色の髪をした麗しい美少女の活躍を歌うものだ。
「アールスもついに歌われるようになったかぁ」
「当然です。アールスさんはそれだけの事をしましたから」
まるで自分の事の様に誇るレナスさんに思わず口元が綻びた。
「ん~、事実を知っている身としてこういう物語を改めて聞くとどれだけ盛られているかよく分かりますね~」
「あははっ、ですね」
カナデさんの言う通りアールスの物語は盛り上げる為かそれとも歌うのにちょうどよい長さにする為か少々誇張されている所がある。
例えば一日に三人も相手にしたとか最後の十人抜きまでは大した苦労もなく勝ち抜いただとか過大評価されている。
しかし、トラファルガー戦になると盛り上げる為かそれはもう壮大で壮絶な戦いに変わっていて、実際は半日もかからなかったのに三日三晩不眠不休で戦っていた事になっていた。
歌が終わると僕達は拍手をした後投げ銭をしてその場から去った。
そして、どんな催し物があるかを調べる為に大通りをぶらりと見る事にしたのだが、その途中で嫌な物を見てしまった。
「あっ、ナギさん。お化け屋敷というものがありますよ。あれって昔ナギさんが教えてくれたものですよね?」
「そ、そうだね」
お化け屋敷とグライオン語で書かれたおどろおどろしい看板を掲げているお店は確か元は魔法石や簡単な魔法陣作成例が載っている本といった魔法関係の品物を扱っていたお店だったはずだ。何故お化け屋敷になっているんだ。
「お、お化け屋敷ってお化けが出るんですか~?」
「さすがに本物ではないと思いますが」
「結構人が入ってるみたいだね」
「どういう内容なんでしょう」
「……興味あるの?」
「え? まぁ少し……」
「そ、そっか。じゃあ……入ってみる?」
怖いけど……この子の前でここで尻込みする所なんて見せられない。
「いいんですか?」
「うん。時間は一杯あるしね。か、カナデさんはどうしますか?」
来てくれ来てくれ来てくれ……。
「わ、私は怖いのは嫌なので遠慮しますぅ。なのでお二人で入ってください~。私はここで待っていますから~」
おーまいごっど。
(呼びましたか?)
(神様違いです)
「そ、そうですか。じゃあ少し待っていてください」
「はい~。アリスさん。お気をつけて~」
大丈夫。所詮は作り物だろう。色んな事を経験してきた僕だ。今更何を恐れる。
「あっ、そうそう。サラサ、ディアナ、ライチー。お化け屋敷はお客を脅かす物だからレナスさんが怖がったりびっくりして声を上げるかもしれないけど危険な事は事は無いから力を使っちゃ駄目だよ?」
「そうなの?」
「分かった」
『がまんするー』
「うんうん」
「じゃあ入りましょうか」
「そうだね」
レナスさんが僕の手を繋いでくる。
大丈夫だ。大丈夫大丈夫大丈夫……。
お化け屋敷には勝てなかったよ……。
「な、ナギさん。もう外ですよ」
「ごめん……ごめんね」
中で泣いた上に足ががくがくになって上手く歩けなくなってレナスさんに泣きながら手を引かれて歩くと言う醜態をさらしてしまった。
レナスさんに格好悪い所を見られてしまった。情けない姿を見せてしまった。
作り物のお化けを怖がるおこちゃまだと思われたに違いない。穴があったら入りたい。
湧き出てくる後悔が涙に変わっているかのように涙が止まらない。
「すみませんナギさん。ああいうのがそこまで苦手とは気づかなくて……」
「僕もここまで苦手だとは思わなかったよ……魔物相手なら平気なのに……」
怖い物が苦手という自覚はあった。だけどまさか魔物と戦った経験があると言うのにここまで自分が怖がるとは。戦いとお化けは別物という事がよく分かった。
「あ、あの~……大丈夫ですかぁ?」
外で待っていたカナデさんが心配そうにやってきた。
「……カナデさんも入りましょう?」
「や、やですよ~。アリスさん道連れにしたいだけですよね?」
「うん……」
もう二度と入りたくない。
「これは重傷ですねぇ……」
「ナギさん。なにか暖かい物飲みましょう。そうしたらきっと落ち着きます」
「うん……心配させて本当にごめんね」
「私がお飲み物買って来ますね~」
カナデさんを待つ間に心を落ち着かせる為に、そして涙を止める為にさっきまでの事は忘れて楽しい事を考えよう。