高望み
依頼には結局ナスとヒビキとゲイルがついて来る事になった。
アースが一緒に行くのを拒み、ヘレンはアースと共にいたい様なので大型の魔獣二匹は今回はお休みだ。
依頼人であるランヅゥリさんは幌馬車の御者をやり僕達は馬車の横を歩いている。僕とヒビキとゲイルは馬車の左側、カナデさんとナスは馬車の右側にいる。
道中は退屈だが護衛に集中するため話をしないのが普通なのだけど、ランヅゥリさんも黙っているのは退屈なのか気兼ねなく話しかけてくる。
内容は日常の他愛のない世間話や旦那さんへの愚痴不平不満からののろけ話。雨あられのように次々と話題がころころと変わり話について行くのが大変だったがとても楽しい時間を過ごせた。
一つ目の村を過ぎ二つ目の村に着くとそこで荷物を降ろすと少し早い時間だったが宿にある食堂で昼食を食べる事になった。
食事代はランヅゥリさんが出してくれて遠慮せずに食べて欲しいと言われたがさすがに遠慮無く、というのは気が引けたので常識的な量だけを頼んだ。
食事の間はランヅゥリさんは食べる事を楽しんでいるようで独り言は多かったが僕達に話しかける事はしてこなかった。
「ふわ~。この煮物おいしいです~」
「僕の方の野菜炒めはちょっと失敗ですね……僕にはちょっと味が濃いです」
「こっちの料理にはもう慣れたと思いましたけどまだ濃いんですかぁ?」
「ええ。味は良くまとまってて美味しいんですけどね……」
水を飲みながらじゃないととてもじゃないが食べられない。絶対に身体に悪い食べ物だ。野菜炒めだと思って油断したな。
「ちょっと味見してもいいですか~?」
「ええ、いいですよ」
少しでも減るなら願ったりかなったりだ。
カナデさんが僕のお皿から野菜を一切れ取り口に運ぶ。するとすぐに酸っぱい顔になった。そしてすぐにお水を口に含む。
「ん~! こ、これは香辛料の暴力ですね~」
「あははっ、カナデさんすごい顔してましたよ」
「うう~。恥ずかしいですぅ。でも本当においしいですね~」
「気に入りましたか?」
「ええ~。でも一口で十分ですよぉ」
「あはは……」
さすがに残りを食べてもらうのは無理か。
それにしても、ランヅゥリさんも僕と同じ物を食べてるのに平気なのはさすが地元民と言った所か。
水を飲みながらなんとか完食すると少しの休憩を挟んでから食堂を出て馬車の元へ向かい次の村へ向かう。
そして、今日最後の村に着く頃には辺りはすっかり暗くなっており、今日はその村に泊まる事になった。
ランヅゥリさんは宿に泊まり護衛である僕達は宿の食堂で夕飯を食べた後盗難対策に馬車の中で眠る事になる。
寝ずの番という訳ではないので気を張らなくて済む。
眠る前にカナデさんと軽く訓練をした後の休憩の時間に星空を見上げる。
グランエルにいた頃とは全く違うように見える星空。南の空に目を向ければ見慣れた星座は地平線の近くにあり、北の方を見れば地平の近くにあったはずの星座が高い位置にある。
「アリスさんは夜になるとよく星を見ていますね~」
星座を探しているとカナデさんが僕の横に座った。そして暖かいお茶を差し出してきた。
「ありがとうございます。きれいじゃないですか。星って」
「うふふ~。そうですねぇ。前世の世界でもよく見ていたんですかぁ?」
「いえ。僕の住んでいた所ではあまり星が見えなかったので空を見上げる事は無かったですね」
「星が良く見えないってお天気が良くなかったんですかぁ?」
「いえ、地上の光が強くて星の光が見えにくくなっていただけですよ。街灯が沢山ある都市だって見える星の数が減るでしょう?」
「都市で星の数が少なくなるのって結界の所為じゃないんですかぁ?」
「えっ、その発想は無かったな。た、多分違うと思いますよ」
「そうなんですか~。私初めて都市の外に出た時の夜に空を見上げてびっくりしましたよぉ。なんでこんなに星があるんだろ~って」
「カナデさんは都市育ちですもんね」
「本当星が一杯ですよね~」
「はい」
そうしてカナデさんと並んでとりとめもない事を考えつつ星空を眺めているとナスの呼ぶ声が聞こえて来た。
「ぴーぴー」
「どうしたのナス?」
「ぴー」
ナスがもう寝た方がいいと言う。寝るにはまだ少し早いんじゃないかと月と星の位置を確認してみる。
「ふぇ? もうこんな時間!?」
月が高い位置にあり時間にすれば大体十一時頃と言った所だ。星を見始めたのは確か八時頃だったと思うから三時間近く空を見ていた事になる。
気づけばお茶もすでに飲み干してしまっていた。
「どうかしましたかぁ?」
カナデさんも時間を忘れていたのか暢気な声だ。
「カナデさん月の位置確かめてください」
「あれ? もうこんな時間ですか~……もう寝ないと駄目ですねぇ」
「そうです。寝る支度をしましょう」
お茶の入っていた器を洗いマナを操り水気を十分に取ってから乾いた布で拭き馬車の中に置いてある荷物袋の中にしまう。
そして代わりに毛布と暖房用の魔法石を取り出して幌の入り口を閉めれば準備完了だ。
魔法の光が幌内を照らす中全員がいる事を確認して……カナデさんと視線が合う。
「……」
「……」
嫌な緊張が走る。
ナスは真ん中。それは決まっている。しかし、問題なのはヒビキとゲイルだ。二匹は僕とカナデさんどちらを選ぶか……。
「ヒビキ、ゲイル。どこで寝る?」
「ききっ」
ゲイルはナスの背に乗った。
「な、んだと……」
「ヒ、ヒビキさんはどうしますかぁ?」
「きゅー? きゅー」
ヒビキは……ナスの顔の頬の辺りに寄りかかった。
「……ナスかぁ」
「……ナスさんですねぇ……」
しかも当のナスはいつのまにか隅に寄ってしまってナスを挟んで僕とカナデさんが寝る事が出来なくなってしまった!
なんて事だ。なんて事だ……。
「……」
「……アリスさん。寝ましょう」
「そうですね……」
先にナスに一緒に寝ようって提案しておけば! 今から言う? ナスは今まで我慢してたのかもう眠る態勢に入ってる! 駄目だ。僕には今更ナスに移動してほしいなんて言えない!
寝よう。適当に横になるとカナデさんも横になった。
しかし、僕より身長の高いカナデさんには狭いのか身体を丸めている。
「カナデさん狭くないですか?」
「大丈夫ですよぉ。寝る時はいつもこういう体勢ですから~」
「そういえばそうですね」
「うふふ~。アリスさんもうちょっと近寄ってもいいですかぁ?」
「え? いいですけど」
そう返すとカナデさんはずずずいと僕に密着してきた。
「え、さ、寒いですか?」
「少し。迷惑ですかぁ?」
「い、いえ。大丈夫です」
密着と言ってもレナスさんの様に抱擁してきている訳じゃないから大丈夫だ。
「ではおやすみなさい~」
「はい。おやすみなさい」
光を消すと真っ暗闇となりいやがおうにも近くのカナデさんの体温を感じた。
カナデさんがこんな近くで一緒に寝るのはいつ以来だろう。ヒビキと会った日以来か?
こんなに近づいてカナデさんは僕に対して何も思わないのだろうか? 警戒ぐらいしてくれると僕としては嬉しいのだけど……ナス達が傍に居るのに馬鹿な事なんてできないと見抜かれているのか、それともただ単に男として見られてないのか……十割男として見られてないだけだな!
変な事はしないけど警戒ぐらいはして欲しいなぁ……。