とある日の一幕
遺跡の依頼の期間は暖かくなる七月の依頼に決定した。
七月までに遺跡に着くという事なので出発は六月の中旬。それまでは今まで通り動こうという事になったが、壁の外に出るような仕事は長期の物が多く報酬も割がいいとは言えない物ばかりだった。
酒場で仕入れた話によると外に出る依頼で報酬のいい物は全て有名な一団の所に直接依頼が出されているらしい。それを聞いて前にワイズマさんから同じような事聞いた事を思い出した。
ワイズマさんの一団はあれから大々的に『雪原の守護者』という名を名乗り名を広めていて羽振りが良いそうだ。
効率を考えると都市内や運送関係の依頼を受けた方がいい。皆との相談でもその方向で固まった。
そんなこんなで時はあっという間に流れ四月の半ば、まだ雪解けは始まらないが遺跡の依頼が注目を集める中僕達は変わらずそれなりに忙しい日々を過ごしていた。
「アリスさ~ん。この依頼一緒に受けませんか~?」
組合で次に受ける依頼を悩んでいる最中カナデさんが一枚の依頼書を僕に見せてきた。
「配達護衛依頼? 二人までか……」
「はい~。なんでもお祭りの飾りに使う飾りを村々に送り届ける依頼みたいですよぅ。主なお仕事は荷物の積み込みと荷下ろしですね~」
「ふぅん。いつもの肉体作業要員ですね」
「はい~」
こういう仕事は僕よりミサさんの方が向いている。それでも僕を誘ったという事は……。
「目的はヒビキですか?」
「うふふ~。ナスさんもですよ~。おふたりとも全然都市の外に出られていませんからこれを機にどうかな~って思ったんですぅ」
「そうですね。ふたりには留守番ばかりさせていましたしそろそろ一緒に外に出るのもいいかも」
「じゃあ決まりですね~」
「はい。受付に行きましょう」
カナデさんと二人で仕事か。誰かと二人で仕事をするっていうのはレナスさんとが多いから新鮮だな。
受付で依頼を受け手続きを終えるとすぐに依頼人と会いに行くと、依頼人は彫刻屋の店長で中年の小太りの女性だった。
名前はタバサ=ランヅゥリという。
どうやら飾りは女性の旦那さんが作っている物で夫婦二人三脚でお店を経営しているらしい。
女性はとても気っ風の良く僕達が依頼を受けた冒険者と知るとお菓子を渡そうとしてきた。
遠慮しても強引に押し付けてきて結局受け取る事になってしまった。
仕事の話はトントン拍子で進み特に問題もなく終了。
仕事の話を終えた後僕達は家に帰り魔獣達のいる倉庫へ足早に向かう。
倉庫の中ではヒビキとゲイルが元気に戯れていて、二匹を見守っていたのか少し離れた場所にいたナスは僕に気づき顔を僕達の方へ向かている。
アースは寝ていてヘレンはそのアースに寄り添っている。身体が大きく頑丈なアースはヘレンにとって安らげる相手なのかよく見る光景だ。
「皆ただいま」
そう声をかけると遊んでいたヒビキとゲイルもやっと気づいたようでこっちを向いた。
「きゅー!」
ヒビキがトテトテと走って来るので僕が抱き上げる。
「皆、依頼でカナデさんと一緒に南にあるラクソン村まで行く事になったけどどうする? 一緒に行く?」
「きゅー!」
「きー!」
「ぴー!」
ヒビキ、ゲイル、ナスが元気よく一緒に行くと返事する。
けどヘレンは僕とアースを交互に見ているだけで返事がない。
「ヘレン。アースと一緒に居たいならそれでいいんだよ。とりあえずアースが起きたら聞いてみようか」
「くー」
とはいえアースは一体いつ起きる事やら。
待つにしてもただ突っ立って待つというのをナスが許してくれるはずもなく……。
「ぴーぴー」
ナスが遊ぼうと僕に身体を擦り付けてくる。
「んふふ。遊びたい? じゃあ外に出ようか」
「ぴー」
「うふふ~。今日は何をして遊びましょうか~」
「ゲイルとヘレンもおいで」
「きー」
「くー」
皆を連れて倉庫から庭に出ると早速皆で何して遊ぶかを考えた。
ヘレンがいる為普通の追いかけっこやじゃれ合いは出来ないがヘレンの力を使えば遊び方は広がる。
例えばヘレンの操る水の縄から逃げる遊びだったり水の縄を使っての縄跳びだったり柔らかく固定してもらった水の上で遊んだり……。
とにかくほとんどヘレンに遊ばせてもらっている形だ。
ヘレン自身はそれで満足しているようなのだけど僕としてはヘレンと思いっきり遊べないのはちょっぴり寂しい。
「きゅーきゅー!」
「ヒビキは滑り台やりたいの?」
「きー」
「ゲイルは追いかけっこ?」
「ぴーぴー」
「ナスも追いかけっこか。分かれる事になるな……」
ヘレンは追いかけっこは出来ないかし滑り台を作ってもらわないといけないのでヒビキと一緒だ。
「いつも通り僕とカナデさん別れましょうか。交代するという事で……カナデさんはナス達と追いかけっこするのとヒビキたちと一緒にいるの、どっちが先がいいですか? 」
「うふふ~。ナスさんはアリスさんと一緒に遊びたいようなので後でいいですよ~」
「ありがとうございます。じゃあナス、ゲイル。追いかけっこしようか」
「ぴー!」
「ききっ!」
ナス達との追いかけっこはいつも角があって危険なナスが逃げて他の皆がナスを追いかける。
今回も鳴き声を上げると同時にナスが走り出した。
元々商人向けの物件という事もあって庭は複数の馬車の荷下ろしを同時に行えるほど広いので追いかけっこするだけなら問題ない。
とはいえナスが本気になって走れるほど広い訳でもない。なので割といい勝負が出来るのだ。
ゲイルと協力しナスを小一時間ほど追いかけて二回捕まえられたところでカナデさんと交代をした。
交代の際にカナデさんからヒビキが眠った事を告げられた。
確認するとたしかにヒビキは遊ぶのに疲れたのかヘレンの作った柔らかい水のベッドの上で眠っていた。
つんつんと指先でヒビキを軽く突いてみるが起きる気配はなく気持ちよさそうに眠り続けている。
カナデさんが温めてくれていたおかげかまだ少しヒビキの周りは温かい。
「ヘレン。ありがとうね。午後になったら散歩に行こうか」
「くー。くーくー」
「言葉を教えて欲しい? もちろんいいよ」
こうして暇な時間を見つけて僕はヘレンに話しかけ言葉を教えている。
ヘレンは今はまだ人の言葉を理解するのに精一杯でマナを利用した発声方法は習っていない。
ナスだって僕以外の人の言葉を理解するのには時間がかかったのだから気長にやるしかないだろう。
ちなみに教えている言語は妖精語だ。
妖精語ならどこに行っても妖精や精霊、精霊術士ならば理解してくれるはずだし、夜中に精霊達が話しかけてくれればヘレンも退屈せずに済むだろうと思い妖精語を優先させている。
三十分ほどヘレンに言葉を教えているとゲイルがふらふらとやって来て水のベッドに飛び乗りヒビキの隣で横になった。
「ゲイルもお休み?」
「きー」
「んふふ。ゆっくりしていきな」
カナデさんとナスの方を見てみると追いかけっこはもうやめたようでナスが立ち上がっていて、カナデさんはナスの前足を手に取り揺らしながらナスと一緒に歌を歌っている。
妖精語の歌があればヘレンと一緒に勉強しながら歌えるのだけどな。
勉強の再開の為にヘレンの方を向き直ると何やらヘレンはじっとカナデさんとナスの方に顔を向けていた。
「ヘレンも歌いたい?」
「くー」
「んふふ。じゃあ僕達も歌おうか。向こうのふたりと寝てるふたりの邪魔にならない位の声でね?」
「くーくー」
ヘレンは小さく返事をする。
歌と言っても歌詞のない旋律だけを口ずさむ。
小さい声だがヘレンは僕に合わせてくる。
なんだかヒビキとゲイルの為に子守唄を歌っている気分だ。