告知
三月になるとまた雪が降るようになった。
しかし、降雪量は少なく十一月のように何日も吹雪く事はないようなのでお店も休まずに営業している。
そして、僕達は休みを挟みつつ依頼をこなしていた。
そんな三月の半ば、僕とアールスは治療士として組合経由で役所に呼ばれた。
アールスと一緒に役所へ行くと春から行われる遺跡調査に同行依頼が出るという告知をされた。
「遺跡って昔は雪に埋もれていた北の遺跡ですか?」
「ええそうです。知っとりますか」
「この間中級の冒険者として依頼を受けました」
「ああっ! あの! そんなら話は早いですね。遺跡の調査は調査団を大体一ヵ月毎に交代するんですわ。
もちろん都市からも治療士は出しますがお二人にも一ヵ月間遺跡に行って欲しいんです。もちろん報酬は弾みます」
「一ヵ月か……それって冒険者に依頼が出るのも同じ間隔ですか?」
「そうなんですが冒険者が全く集まらん可能性もあるんで軍からも護衛は出ます。というか規模的には軍の方が多いんかな?」
「僕は仲間と一緒に依頼を受けようと思っていたんですが行く時期を同じに出来ますか?」
「それはもちろん問題ありません。たださっきとは逆の事言いますが冒険者が集まりすぎて定員一杯になるっちゅう事も考えられます。その場合はさすがに特別扱いで……っちゅうんは無理なんですわ」
「じゃあ僕の護衛として役所が雇うとかは」
「無いですね。冒険者や軍人の護衛対象には治療士も含まれます。こちらから改めて護衛を雇う事はしません。
どうしても、となると個人で雇っていただく他ありませんけどその場合滞在にかかる経費も全てそちら持ちという事になります」
「なるほど。じゃあ続いて治療士として行く時期というのは私の方から決められるんですか」
「それは大丈夫ですわ。貴女達への今回の依頼はあくまでも任意で応えていただく事になってます。
都市に治療士が減ってしまいますから残ってもらっても全然問題ないんですわ」
「じゃあもしも私がこの依頼を受けずに組合に出される冒険者向けの依頼を受けた場合やこちらの依頼と組合の依頼を同時に受けた場合は治療士としての仕事はどうなるのでしょう?」
「んん? んー、そういうんはどっちもこちらとしてはして欲しくないんですけども、前者は通常の治療士としての判断を頼みます」
通常の、という事は緊急時以外は直接怪我人と交渉しろという事か。
だけど交渉するのは難しいだろうな。
今回の場合役所の依頼で雇われた治療士の報酬は役所が負担してくれるので怪我人がお金を払う必要はない。
ただで治してもらえるのにわざわざお金を払って治療してもらおうと言う人なんていないだろう。
「後者は……んー……すんません。確認させてもらってもよかですか?」
「もちろんです。でもその前に私がこの依頼を受けた場合私は護衛対象になるという事ですね?」
「そうですね」
「私は治療士ですが魔獣使いでもあります。遠征するというのならその魔獣達もつれて行きたいと思っていますが魔獣達は護衛対象に入るのでしょうか」
「んー……入らない……と思いますが、それも一応確認しときます」
「もちろん。ややこしい事を聞いてすみません」
「いえいえ」
「ですが他にも確認したい事がありまして、護衛対象である私は戦いに参加してもいいのでしょうか? 魔獣達は戦っても良いのでしょうか?」
「んんー……」
担当の役人さんの顔がどんどん難しい顔になっていくが確認しておかないといけない事だ。
「私にも仲間がいて、その仲間は遺跡の依頼を受けたいと思っています。私としては仲間を守る為にも共に戦いたいとは思っていますが護衛対象となると……」
「んー……分かりました。確認してまいりますので少々お待ちください」
役人さんが部屋から退出すると同時にずっと静かだったアールスに声をかける。
「アールスはどうする?」
「私が行っちゃうとアイネちゃんが一人になっちゃわないかな」
「そこは行く時期をずらせばなんとかなるだろうけど……その場合はアールスだけ行くか僕以外の三人も依頼を受けさせるか、だね。
それかアールスと僕が二人で治療士として北の遺跡に行って他の皆には残ってもらうか……こっちの方がいいかな?」
二人同時に遺跡に行けるのかを確認するのを忘れたな。まぁ帰って来てから聞けばいいだろう。
「ナギは私だけだと心配?」
「強いのは分かっててもね……慣れない土地で知り合いが誰もいないとなると辛い事もあると思うよ」
「そっか……遺跡の近くって本当に何もなさそうだしね」
「そうだね。そういう意味でも僕は皆と一緒がいいんだけれど……さすがに僕の要求は我儘かな」
「でも言わなきゃ相手にとっても我儘かどうかなんて分からないよ」
「そうだね。丁度いい落としどころが見つかればいいんだけど」
そうして役人さんが戻るのを待つ事数分。
戻って来た役人さんは難しい顔はすでになく、代わりに申し訳なさそうに切り出した。
「待たせてすんません。結論から申しますと依頼を同時に受けるのは止めて欲しいんですわ。
護衛であり護衛対象っちゅうんはやっぱ混乱の素になるんでね。
それと魔獣は護衛の対象にはなりません。そして、魔獣を使って戦うちゅうのも緊急時以外は極力避けてください。
やはり戦うんはきちんとした仕事を受けた人間にやらせるべきという訳なんです。
で……ですね。お仲間さん達が一緒に依頼を受けた場合なんですがやっぱり特別扱いは出来ないっちゅう事でお願いします。
ただ仲間に魔獣を預けて戦ってもらう分には問題ありません」
「そうですか……すみません。我儘を言って」
「いえいえ。他になんか確認しておきたい事はあります?」
「二人一緒に同じ時期に行くというのは出来るんですか?」
「出来ます出来ます。治療士は一度に二人ずつ派遣する予定で依頼を受ける形の治療士にはいつ行くのか決められますんでお二人同時でもなんも問題ありません」
「なるほど。ちなみにこの依頼はいつまでに受ければいいんですか?」
「四月になってから期間内ならいつでも大丈夫です。っちゅうてもさすがに受け付けるんは八月の最後の派遣までですけどね」
「なるほど私からはこれ位でしょうか。アールスは何か聞きたい事ある?」
「私は去年冒険者になったばかりでまだ初級なんですけど、向こうに行っている間は初級の依頼は受けられませんよね? 階位を上げるのが遅れる可能性があるのですがそれについては何か補填とかありますか?」
「すんません。この依頼は組合とは別口何でそう言うのは無いんです」
「そうですか……私からもこれくらいかな。あとは依頼の報酬と内容の詳細を聞きたいですね」
「そうだね。書類とかはもう出来ているんですか?」
「今回はそう言う依頼がありますよって言う誘い何で正式な書類はまだ出来てません。ただ現時点での概要を書類はあるんでこれをお持ちになって読んで考えておいて欲しいんですわ。
予定の報酬金額とかもそれに書かれてるんで確認しといてくださいな」
「現時点……ですか」
後から変わるという事もある訳か。
「はい。軍との調整で内容が変わる時があるんで正式な書類を見せる時は変更点も説明します」
「となるとこれ以上の詳しい話はまたその時という事ですか」
「はい。ただ先ほど確認し答えた件に関しては変わらないという事は承知してください」
「分かりました」
「ほな資料を渡してっと……今日の所はこれくらいで大丈夫ですか?」
「はい」
「ほなら今日はもう帰っていただいて大丈夫です。わざわざお越しくださってありがとうございます」
「こちらこそ」
僕達三人はほぼ同時に椅子から立ち上がり互いにお礼を言い、僕とアールスから先に部屋を出た。