北の遺跡で その8
新しい指示は休憩したのち壁の中の安全確保と壁の外の監視だった。
遺跡の方面からの魔物も今は落ち着いていて相変わらず僕達の手を借りる必要は無いそうだ。
警備役である僕達ともう一方の冒険者達は休憩中の相談でお互いの仲間を半分ずつ選んで交代で眠らせる事にした。ただし、この半分というのには魔獣達も含まれる。僕達の方が人数が少ないから仕方ない。
壁の中と上どちらを担当するかだが壁の補修の件もあり僕達が担当する事になった。
そして、相談が終わった後向こうのまとめ役の男性が気安い様子で話しかけてきた。
たしか名前はバーナ=ワイズマさんだ。
「いやぁ、あんたらのお陰で助かったわ。特に精霊術士のねーちゃんのあの精霊魔法! ピカッって光かったと思うたら地面がえぐれてたんやからな。
普通の魔法やったらああはいかん。うちにも精霊術士がおるんやけど何したんか気にしとったで」
「あー……あれはですネ。えーと、ワタシには二人の精霊がおるんデス。雷と風、精霊の二人でしテ」
たどたどしくグライオン語で説明を始めるミサさん。僕が助け舟を出した方がいいだろうか?
「ミサさん。僕が通訳しましょうか?」
「頼めますか?」
「はい」
「あっ、俺アーク語分かるんでそちらでも大丈夫ですよ」
そう言ってワイズマさんはアーク語を話してくれた。
「オゥ、すみません。聞き取りは大丈夫なのですガ、喋るのはまだ慣れていなくテ」
「そう言えば魔物が攻めてきた時に護衛組の冒険者と話しましたけどアーク語話してたな。アーク語ってこっちでも普通に話されてるんですか?」
組合や酒場とかで情報交換する時は皆グライオン語を話していたが。
「アーク王国からの冒険者は多いから覚える機会は多いんですわ」
「やっぱりそうなんですか」
「あー、それでワタシが何をやったかですネ。雷の精霊に大きな雷を落としてもらったんデス。
とても大きな音が鳴って耳を保護しないとしばらく使い物にならないので風の精霊には空気の壁を作ってもらって音を防いでもらいましタ」
「はー、聞けば単純な事やったんやな」
「精霊お得意のマナのごり押しデス」
「空気の壁か。サラサが攻撃する時も応用は効きますね。空気の壁で熱を防ぐとか。あれ? それやってもらえば氷の壁の近くの敵もっと楽に倒せたんじゃ」
「正直一日中温度を保ってくれているサラサさんのマナの量が分からなかったので頼れませんでしタ」
「ああ、たしかに……飛んできた魔物を倒すのにもサラサの力使ったからな」
「それに一応他にトロールがいた時の事を考えて温存して欲しかったんですヨ。もちろんレナスちゃんには伝えてありましたヨ?」
「気づきませんでした。やっぱ緊張してたのかな……」
「アリスちゃんはこういうのは初めてですからネ。無理もないデス」
「なんやそのお嬢ちゃんこういうん初めてなん?」
「あはは、恥ずかしながらその通りです」
中級の魔物をまともに相手にしたのも今回が初めて……というのは話しておかない方がいいか。
「ふぅん? それでお嬢ちゃんがあんたらのまとめ役らしいけど、そっちのねーちゃんの方が慣れてるように見えるけど保護者役か?」
「みたいなものデス。といっても場数がアリスちゃんよりは多いだけでワタシも今回のような壁を使った防衛戦は初めてですネ」
「ミサさんは元々遠くの東の国々から魔の平野を越えてやってきたんです。だから僕達より経験はあるんですけど言葉の壁とか常識の違いがあって僕がまとめ役になったんですよ」
「あー、なるほどな。たしかにそういうん多いわ。流れもん同士が仲間を組む場合は交渉の出番の多いまとめ役がグライオン人になりやすいな。
でもへー、あんた東から来たんか。何しに魔の平野を渡ったん?」
「軍神ゼレ様の神官として勉強しに来ましタ」
「はぁー、勉強の為に! そりゃまた熱心なこって。ちゅうことは元々グライオンが目的で?」
「そういうわけではないですネ。グライオンが国を挙げてゼレ様を信仰しているというのはアーク王国に着いてから初めて知りましタ」
「んー、グライオンの軍神信仰の盛んさも東の国には届いてへんか。でも神官さんね?」
「ワタシの話ばかりするのはずるいですヨ。あなたは何が目的で冒険者ニ?」
「俺? 俺はまぁ最初は出会いを求めて~、やけど今は金を稼ぐ為やな。手っ取り早く金を集めるならこの仕事が一番や。
なぁあんた、ピュアルミナっちゅう神聖魔法知っとるか?」
「ええ、知っていますが誰か使用してもらいたい人がいるのですカ?」
「ああ、俺の娘なんやけどな。将来重い病気にかかるっちゅう占いが下されたんや」
「占いですカ? 時期はいつ?」
「今五歳なんやけど四、五年後位やな。それまでに金を稼いどこうってうちのカミさんと相談してこの仕事してるんや。
なぁ、あんたもしもピュアルミナの使い手が知り合いにおったら紹介してくれへんかな。
この国にも使い手はおるけど今の内に頼れる手は増やしときたいんや」
「この国の使い手に要請するものなのではないのですカ?」
「基本はそうやけどももしも遠い所や依頼がかぶった場合がな……後回しにされて間に合わなかった、なんて事もあるかもしれん」
そういう事態はよくある。例えば昔グランエルで病が流行った時があったがあれは実はグランエル近郊で流行り出したわけじゃない。もっと西の方から感染でグランエルに伝わり流行ったんだ。
ピュアルミナの使い手は病が見つかった当初はグランエルの西の発生源で治療を行っていた。
発生源からグランエルだけに病が広がったわけではなくさらに西や北にも広がった為一人しかいない使い手は中々広まった地域の中心地から動けなかったようだ。
もしも僕がピュアルミナを授からなかったらグランエルでも死亡者は出ていたかもしれない。少なくともレナスさんは間に合わなかっただろう。
ミサさんが僕に視線を送ってくる。僕の事を話してもいいのかを問いたいのだろう。僕は首を横に振る。
ガルデに滞在中ならともかく四、五年後だとさすがに保証は出来ない。
多分その頃には僕はグランエルを拠点にしているはずだ。さすがに気安く約束するにはグランエルからグライオンは遠すぎる。
それにこの手の話は一度受けたら後が怖い。際限無しに話が舞い込んできてしまう可能性がある。
「残念ですガ……」
そう言ってミサさんも首を横に振る。
「そっか。神官に会ったらいつも聞いとるんや。俺もそこまで期待してへんかったから気にせんといてや」
「……」
「そういやあんたらの一団には名前とか付けへんのか? 俺らはこの仕事終わったら大々的に名乗りを上げるつもりなんやけど」
「名前か……やっぱりそう言うのってあった方がいいんですか?」
「そうやな。この仕事長く続けていくんならあった方がええで。名前を覚えられれば次の仕事に繋がりやすいからな。
ちゅーてもやっぱ実績がない状態で名乗りを上げてもなんやこいつとしか思われへん。俺らは今回の防衛で十分実績が稼げた思うたから名乗りを上げるんや。まぁ生きて帰れたらの話やけど」
最後にワイズマさんはおどけて笑う。
「ワタシ達……というかアリスちゃん達は東の国に旅行するのが目的なんデス。ワタシは故郷へ顔を出したいのでついて行くのですが」
「ああ、その為の資金稼ぎな。うーん……それやたら長くはいないんやろ? せやたら別に名前つけんでええんとちゃう? つぅかどれくらいこっちで仕事してるんや?」
「去年の九月にやってきました」
「あー……ならこっちでの壁の外での実績は少ないか。名乗りを上げるなら魔物相手の依頼を最低でも五個は完遂してからの方がええな。
いくら強うても大事なんはそれを証明する実績や。実績を積み上げて自分達の実力を証明せなあかんのや」
「分かります。いくら自分達が強いと声高に叫んでも依頼人を守れるという保証にはなりませんからね」
「せやな。お嬢ちゃん達は今回の依頼でそこんとこ実感したと思う。
ぶっちゃけ俺らは依頼人達にとって護衛であり実力がはっきりしてるハモラギの連中をなるべく消耗させない為の捨て駒や」
「そうでしょうネ。そして今増援を拒むのは足手まといはいらないという事なのでショウ」
「正直いい気はしませんが、そうでもないと実績と呼べるものがない僕達を雇う理由って魔獣や精霊達の力目当てぐらいなんですよね」
「せやな。でもお嬢ちゃんらの戦力は実績がなくても十分欲しくなる位魅力的やからな? そこんとこは自覚しといた方がええで」
「あっ、やっぱりそうなんですか?」
「実力があっても実績がないと意味がない言うたけどさすがに精霊五人に大型の魔獣二匹は別やろ。名乗りを上げへんでもその内勝手に名が知れ渡るやろな。
まぁ依頼をこなして名乗りを上げた方が早いのは変わらんだろうけども」
「あの、やっぱり名前が売れた方が危険は減るんですか?」
「そうとは一概に言えん。今回の依頼は行政から金が出てるから俺らを雇う余裕があるけどな、普通はハモラギの連中を雇うだけで精一杯のはずや。
そんでな、名の通った一団には高額な分危険な依頼が来やすいんや。 逆に危険度が低いのはあいつらんとこにはいかんやろな。知名度が高うなるとその分依頼料も高うなる傾向がある。これは自分とこを優先的に受けて欲しいっちゅう依頼人側の思惑やな。
とはいえ報酬がやっすいのに命の危険がある依頼っちゅうんはまずないと思ってええで。それで冒険者が命落としたら依頼人に責が行くからな。
知名度と舞い込んでくる依頼の危険度は比例すると思った方がええで」
「う~ん。そうなると別に名を上げる必要はないかなぁ」
僕達の目的は魔の平野を渡る事。資金稼ぎの時に無闇に危険度を上げる必要はない。ただ一度に貰える報酬が増えればその分早く目標金額に達するわけで、危険な依頼をこなす回数を減らせるのだけど。
でも人の不幸を願うようで心苦しいが僕達には治療士としての収入も期待できる。
それを考えればわざわざ名を広げる必要はないか?
さてどうしたものか……まぁ僕達だけで考える事でもないか。