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別れ

 夏が過ぎ秋が終わるその前に別れの日はやって来た。

 今日の正午に首都に行っていた小母さんがグランエルに戻ってくる予定だ。そして、アールスは小母さんと一緒に首都へ引っ越す事になる。

 いつものように僕は夜明けと共に起き出した。

 アールスは今日はランニングどうするんだろう。

 さすがに部屋まで行って確認する事はしない。一階まで降りてロビーでアールスを待つ事にしよう。

 ロビーで待つ事数分。アールスが寝間着姿のままロビーへやってきた。

 そして、アールスは僕を見ると挨拶をするより早く僕の下へ駆け寄って抱き着いてきた。


「アールス?」


 突然の事に僕の頭が上手く回らない。一体どうしたんだろう。今までこんな事は無かったのに。


「ナギ、ナギ……」

「どうしたの?アールス」


 ずずずっという音が鳴り響く。何処から聞こえたのか想像したくない音だ。

 ああ、でもそういえば前にも同じような事があったな。あの時は不穏な音はしなかったけれど。

 僕はそのままアールスの頭を抱え込み右手でアールスの髪を軽く撫で始める。


「アールス。昨日は寝れた?」

「ううん……」

「ずっと起きてたわけじゃないよね?」

「ん……日が昇る前に起きた……」

「じゃあいつもよりも早いくらいだね」

「あのね、嫌な夢見たの……」

「聞かせて」

「ナギがね、ナギがね……いなくなっちゃう夢見たの」

「それは……」


 どういう意味なんだろう? 死んだのか? 行方不明になったのか? 旅に出たのか?


「お父さんみたいにいなくなっちゃったのぉ……」


 泣き出しそうな声と共に僕に抱き着く腕の力が強くなる。


「う~……」


 落ち着かせる為に今度は左手で震えている背中をポンポンと軽く叩いてみる。前世で僕が泣き止まない時にお母さんがよくこうしてくれたっけ。アールスは僕とあんまり大きさ変わらないからちょっとやり辛いけど。


「怖い夢を見たんだね。でも大丈夫。僕はここにいる。僕は生きてるよ」

「ナギ……」

「大丈夫だから泣かないで、アールス」

「うぅ……」


 ロビーに来るのは僕達だけではない。階段から下級生の子が降りてくる。いつもランニングしている子だ。抱き合っている僕達に視線を向けている。


「アールス、食堂の方に行こう」

「う~……」


 アールスはしがみ付いて離れようとしない。

 仕方ない。このままの体勢で食堂まで行こう。

 アールスが転ばない様にしっかりと支え歩き出した。

 それにしてもどうしていきなりこうなってしまったんだろう。昨日までは普通にしていたのに……いや、普通にしていたのが普通じゃないのか?

 九歳になったばかりの子供が三年間一緒に育った友達と別れるのに、今まで普通にしていられるなんて事あるだろうか。

 アールスは子供なんだ。僕はまた間違えたのか? また見えてなかったのか?

 食堂に着くと僕は改めてしがみ付いているアールスを見た。

 顔は僕の顔の横にあるから見る事は出来ないけれど、この三年間で伸びた髪は見える。

 昔は襟足の辺りで切り揃えられていて、いわゆるおかっぱという髪型だったけれど、今は背中まで伸びている。

 いつもはさらさらで癖のない髪を襟足の辺りで僕が一年生の時にあげた髪飾りで纏めて一本結びにしているのだけど、今は寝起きだからか髪飾りは無い。


「この三年間でアールスは髪が伸びたよね。昔は髪は短かったんだ。それなのにいつの間にか胸位まで伸びてさ。この長さになるまでフェアチャイルドさんとはずっと一緒にいたんだよね。僕とはそれ以上だ」


 もしかしたら小母さんよりも長く一緒にいるかもしれない。


「本当、僕達は長い間一緒にいたんだ……」


 そんな相手との別れが寂しくない訳がない。その感情が夢になって表れたのかもしれない。

 アールスの体の震えが強くなっている。大きな声を上げてないのが不思議なくらいだ。アールスはこんなにも我慢強い子だったんだ。


「アールス、僕はアールスと一緒に居られて楽しかったよ。この世界に転生して来てよかったと思う。アールスのような子と……友達になれて僕は本当に嬉しいんだ」

「ナギ……」

「僕もアールスと離れ離れになるのは寂しいよ」

「うぅ……ナギ……私も寂しいよぉ……レナスちゃんとも一緒にいたいよぉ」

「僕もアールスと別れるのは寂しいよ」

「ナギも……?」

「当たり前じゃないか。……友達が遠くに行くのに寂しくない訳ないじゃないか。フェアチャイルドさんだって引っ越す事最初に聞いた日の夜泣いてたんだよ?」

「レナスちゃん……」

「僕達だけじゃない。カイル君やラット君、アールスの友達皆が大好きなアールスと別れるのは本当は寂しくて嫌なんだ」

「でも……私……」

「でも、首都に行く事を決めたんだよね」


 アールスの身体が動きを止めた。そして、僕の身体を締めている腕の力が弱まるのを感じた。


「……うん……強くなるの……強くなってお母さんやみんなを守るの」

「偉いな。アールスは偉くてすごいよ」

「偉い? すごい?」

「うん。偉くてすごい。寂しくて苦しいはずなのに首都に行く事を選べるんだ。普通だったらできないよ」

「そんなの……偉くないよ」

「ううん。偉いよ。守る為に必要な道を選んだんだ」

「ん……でもすごくないもん」

「いや、すごいよ。寂しいのに、別れたくないのにアールスは後戻りしないんだから」


 僕がアールスと同じくらいの歳に同じ選択が取れただろうか? 断言する。僕には絶対に無理だ。周りに流される事ならできたかもしれないけど、それでも文句は言っていたかもしれないし、泣き言は絶対に言ってる。


「そんなアールスの事を、僕は尊敬するよ」

「大げさだよ、ナギ」


 アールスはそっと僕から離れ寝間着の袖で目尻を擦っている。


「少しは落ち着いた?」

「うん……ありがとう、ナギ」

「どういたしまして」





 お昼になるとアールスを見送る為寮の前に大勢の子供達が集まった。

 ナスも先生から許可を貰って僕の隣にいる。ただ、監視の為なのか兵士が二人僕らの後ろにいるけれど。

 ただ、子供達の中にフェアチャイルドさんの姿はない。フェアチャイルドさんはまた体調を崩し今は先生が看ている。

 アールスは友達と最後の別れを一人ずつ交わしている。


「ぴー」


 ナスが大通りの北の方を向いて鳴いた。

 釣られて僕も見てみると馬車がやってくるのが見えた。大通りに馬車は珍しくはない。けど、ナスには予感があったのかもしれない。あの馬車がアールスを迎えに来たのだと。

 事実その馬車は寮を通り過ぎた後暫くしてから戻って来て寮の前で止まった。

 そして、幌からアールスの小母さんが降りてきた。

 アールスが小母さんに駆け寄って抱き着いた。朝泣いてたなんて嘘の様な笑顔だ。

 荷物はもう寮の前に置いてある。みんなで集まって描いてもらった絵もちゃんと包装されて置いてある。

 アールスが再会を喜んだ後荷物を馬車に積み込み別れの時間が迫って来た。

 みんな名残惜しそうな表情をしている。

 荷物が積み込み終わるとアールスは僕の前に駆け寄って来た。


「ナギ、行ってくるね。向こうに着いたら手紙書くね」

「うん。手紙待ってるよ」


 それだけ言葉を交わしアールスは馬車の幌の中に入って行った。

 馬車が動き出すと子供達が手を振り別れの言葉を大きな声でアールスに送る。


「ぴー!」


 ナスも声を上げる。

 僕も声を出そうと思ったけれど、何故か声は出なかった。


「ぴー?」


 大丈夫?とナスが耳を僕の右頬に当ててきた。


「……大丈夫だよ」


 僕は外見子供でも中身は大人なんだ。別れは何度も経験してる。しているんだ……。


 アールスを見送りナスを飼育小屋へ戻した後、僕は寮に急いで戻りフェアチャイルドさんが寝ている部屋のドアをノックした。

 看病をしている先生から返事がくるとドアを開け部屋の中へ入る。

 フェアチャイルドさんは起きていた。


「アールス行ったよ」

「そう……ですか」


 よく見てみるとフェアチャイルドさんの目がナビィの様に真っ赤になっていた。


「ナギさん、目がナスさんみたく真っ赤になっていますよ」

「フェアチャイルドさんの方こそ」

「私の瞳は元々赤いです」


 拗ねたように言う所が可愛らしく僕は思わず吹き出してしまった。


「酷いです」

「ごめんごめん。それより体調はどう?」

「少し、良くなりました」

「良かった」

「……アールスさんの様子はどうでしたか?」

「笑顔でいたよ」

「寂しく、なりますね」

「うん」

「この寮とも今年でお別れなんですね」

「そうだね。今年は……なんだか別れが多かったような気がするな」

「来年は……そうじゃないといいですね」

「そうだね……」

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