旅に出る理由
ヘレンの能力の確認を終え外で少し遊んだ後家に戻りアースとヘレンの体毛の手入れに取り掛かった。
ヘレンの体毛はアースの時のように毛が集まり固まっているという事は無く一本一本が太く、そしてまるで絨毯のように短く柔らかい。
今はアースのブラシを使っているがヘレン用のブラシは柔らかい毛ブラシの方がいいか。ただ大きさが大きさだから毛ブラシだと交換の頻度が高くなってお金がかかってしまうかもしれない。
それともブラシはマッサージ用と割り切って木製の物にするか?
その場合は外に出して日光浴させたいか。さいわいアースのように出不精という訳ではない様だし。
手入れはまずアースとヘレンには暖かいお風呂に入ってもらう。
暖かい水という物が初めてらしいヘレンは最初戸惑い入ろうとしなかったが、アースが気持ちよさそうにしている所を見てようやく入ってくれた。
そして、いつものようにレナスさんにお湯を操ってもらう。
サラサとディアナ、二人の違うマナを同時に操るというのは一体どんな感覚なのだろう。
僕は精霊と契約できないから自分以外のマナを動かすというのは共有出来るようになって初めての経験だ。
けど、共有化と二人の精霊のマナを操るというのはやはり違うんだろう。
マナの共有は僕と魔獣達のマナが混じり合った感覚がする。
けどレナスさんが操る精霊達のマナはそれぞれ全くの別物で混ざり合っているわけじゃない。
今まであまり気にしていなかったが自分を含めた四種類のマナを同時に操れるって一体どんな感覚なのだろう。
気になって聞いてみるとある程度自動で動く土人形をマナの感知なしに動かすような物ではないかと答えた。
分かったような分からないような。
でも土人形一体でも苦労する僕としてはやはりレナスさんのやっている事はすごい事なんじゃないかと思う。
ミサさんもレナスさんと同じなのだろうか?
ミサさんは今は暇だと言ってカナデさんを連れて散歩に出ているらしく家にはいない。
雪が降っていないとはいえ寒い中散歩に出るとはさすがは北国育ちといった所か。
頼りになるレナスさんに手伝ってもらいアースとヘレンの湯浴びは終わり、マナを共有する事で今まで以上にやりやすくなった余分な水分を取る作業をもパパっと終わらせてから軽く熱風を当てる。
乾かすのが終わったらここから先は力仕事だ。アース用のブラシを使いまずアースの体毛を梳く。
この手入れももう慣れたもので痒い所にブラシを当てるとアースは気持ちよさそうに声を上げる。
アースが終われば次はヘレンだ。
ヘレンの肌はアースに比べて柔らかい。なのでアースと同じようには考えないで力加減を気を付けなければならない。
しかし、やはりアースとは毛質が違う所為かブラシから伝わる手ごたえが悪い。
今のブラシでは太く硬いのでヘレンの太く短く柔らかい体毛とは相性が悪い。
しかし、ヘレンも体毛に合わせるとなると毛ブラシになり消耗による交換まで視野に入れるとさすがに旅の間は許容できない消費だ。
そうなると……マナを操って手入れした方がいいか。
前までなら選択肢にも入らなかったがマナの共有が出来る今なら出来る。
ためしにマナを操り梳いてみるが、駄目だ。マナを操ってもブラシのように梳くことは出来ない。
マナを固めたとしても動かせないのでは意味がない。
「駄目だね。梳けないや。これなら日光浴させた方がいい」
「そうですか……それでは新しいブラシを注文するのですか?」
「多分ヘレンに合うのは毛ブラシなんだけど、大きな毛ブラシを特注するとなると交換まで考えるとかなりのお金と時間がかかるはず。
残念だけどブラシはマッサージ用として作ってもらうしかないね。
明日組合に顔出した後作ってくれそうな所を探してみるよ。
ごめんねヘレン。満足させられそうなブラシを用意できなくて」
「くぃくぃ」
気にするなとヘレンは言ってくれる。
きっとヘレンはまだ体毛を梳く事の気持ち良さを知らないんだ。
ああ、旅が終わって落ち着けるようになったら絶対にヘレンに合うブラシを手に入れよう。
魔獣達のお世話が終わる頃にはすっかり夕飯の支度を始める時間になっていた。
ミサさん達もいつの間にか帰って来ていて家の中でくつろいでいた。
今日の料理当番はレナスさんとミサさんだ。レナスさんは寛いでいたミサさんを連れて台所へ向かう。
しかし、アイネだけは家の中に姿がない。
「アイネはまだ帰ってきてないのか……」
「お仕事長引いてるのかもね」
僕のつぶやきにアールスが答える。
「心配だな」
「様子見に行く?」
「仕事先知ってるの?」
たしか僕達が都市を出た時は日雇いの排水路整備の仕事を主に受けていたはずだけど。
「今は組合で働いてるはずだよ。外の仕事は寒いからいやだーって言ってた」
「よく組合の仕事にありつけたね。結構人気あったような?」
人気がある理由は単純で組合は暖房が効いてて暖かいのだ。
ついでに役所の手伝いも同じ理由で人気がある。
ただ両方とも報酬は安いのだけど。
「運が良かったって言ってたよ。たまたま次の依頼探してた時に新しく募集が出たんだって。私は別の仕事入ってたから無理だったんだよね」
「そっか。とにかく組合に行ってみるよ。ついでに治療師の依頼も確認しようかな」
「わかった。じゃあ準備してくるね」
「魔法石ちゃんと忘れないようにね」
「ナギもね」
そうして準備をして他の皆に組合に行く事を告げた後家を出た。
外は雪こそ降っていないが凍てつくほどに寒い道を僕とアールスは並んで歩く。
「ナギー。暗いし滑るし危ないから手ぇ繋ご?」
「いいよ」
アールスの提案で手袋越しに手を繋ぐ。
「静かだねー」
「そうだね。皆寒いからもう家に帰ってるんだよ」
「暖かくなったらさ、いろんな場所見に行きたいよね」
「どこか観光に向いてる所ってあったっけ?」
「南の方には遺跡あるらしいよ。レナスちゃんが言ってた。それに北の山にある水が高い所から落ちてくる滝っていうのがすごい迫力で一度は見た方がいいんだって。
毒の水だから近づいちゃ駄目らしいけど」
「滝か。そういえば川ってみないけど、その流れ出てる水はどこに行ってるんだろ? 湖とかもなかったと思うけど」
「地面の中に消えてるんじゃない?」
「そうなのかな」
「後ね、お祭りもあるんだって。楽しみだよね」
「ドサイドのお祭りはアールスがあんまり楽しめなかったからね。次は一緒に楽しみたいね」
「うん!」
「そういえばこっちではトラファルガーに勝ったこと騒がれてない?」
「冒険者には時々ばれるけどそれ以外の人には特には言われてないかな」
「絵姿とか出回ってそうだけど意外と盛り上がってないんだね」
「私だって分かってないだけかもよ? 絵を描かれた時は髪降ろして鎧姿だったし」
「ああ、あの姿凛々しくて格好良かったよね。でもたしかに大人っぽかったかも」
「えー? それって私が子供っぽいって事?」
「んふふ。アールスは成長途中だからね。若いって言うのは否定しないよ」
「むぅ。またそんな煙に巻くような事言って……ねぇナギ」
「何?」
「ナギは旅に出てよかったって思ってる?」
「いきなりどうしたの。思ってるよ。皆といろんな場所に行くのは楽しいよ」
「ナギってまだ男になる方法探してるの?」
「前にも言ったと思うけど探してないよ。あったら嬉しいけどあるはずもないからね」
「じゃあさ、旅する理由無くない? ナギはどうして旅してるの? やっぱ約束守る為?」
「理由はやっぱフソウに行ってみたいからだよ」
「……本当にそれだけ? 約束無かったらナギってフソウに行こうとしてた?」
心なしかアールスの握る手が強くなっている気がする。
顔を見たいが毛糸の帽子と襟巻、それに暗さで表情は分からなくなっている。
「本当にどうしたの?」
「いいから聞かせて」
「うぅん……多分約束がなかったら行かなかったと思うよ。でもね、約束した事に感謝してるよ。
だってこうして皆と一緒にいろんな場所に行っていろんな風景を見て、いろんな食べ物を食べて楽しんでるんだ。
ヒビキ達とも旅に出なかったら絶対に会ってなかったよ。
だから僕はレナスさんと旅に出て良かったって思ってる。だからね、アールスが心配してるような事は無いと思うよ」
「……それなら、ナギが楽しんでるんだったらいい。私ね、もしかしたらナギが本当は旅に出たくなかったんじゃないかって、約束を守る為だけに旅に出て苦しんでるんじゃないかって考えちゃったんだ」
「そう考えたきっかけは?」
「アイネちゃんと話をして。アイネちゃんすごいんだよ。きっと私よりもナギの事理解してる。そのアイネちゃんがね、ナギに本来旅に出るような性格はしてないって聞いたんだ。
ナギが旅をするきっかけはレナスちゃんを守る為だけだって言ってた」
「……」
え、気づいてたの?
アイネ僕が旅に出ようとした本当の理由に気づいてたの?
「それは多分アイネちゃんがナギが旅に出るきっかけを知らなかったからそう思ったんだと思うんだけどね」
ああ、なるほど。僕の性格を知っていれば消去法で理由を察することは出来るのか。
思えば確かに僕はわざわざ危険を冒してまで旅に出るような性格をしていない。レナスさんの事が無かったらきっと僕は今頃ここにはいないはずだ。
「でもね、私ね、アイネちゃんの言ってたことになにも反論が出なかった。納得しちゃったんだ。ナギはわざわざ危険を冒すような人間じゃないって」
危険を冒さないっていうのが慎重とかならまだいいけど臆病だからっていう格好悪い理由なんだよな……。
「それで思ったんだ。ナギ無理してるんじゃないかって。約束を守る為だけに自分のしたい事抑え込んでるんじゃないかって」
「それは大丈夫。僕は僕のやりたい事をやってるよ」
「えへへ、それならいいんだ」
「逆に聞くけどアールスの方はどうなの?」
「……ナギなら分かってると思うけど」
「アールスの口から聞きたいんだ」
「ん……私もやりたい事やってるよ? ナギと同じ」
「んふふ」
それにしてもアイネは意外と僕の事理解してるんだな。
嬉しさはあるけれど用心もしないとな。
「……ナ、ナギはさ、アイネちゃんの事どう思ってるの?」
「どうってどうして?」
いきなりどうしたんだろうか。ほんの少し考え事した間に話題が一気に変わったぞ?
「いや、ほら……その、アイネちゃんってナギの事よく理解してるみたいだからさ、それを知ってナギはどう思ったかなって」
「感心してるけど行動原理がわかりやすいのかなって少し落ち込んでるよ」
「ほー……ふーん……それだけ?」
「まぁそれだけだけど」
「……アイネちゃん優しくしてあげてね?」
「……賄賂でも貰ったの?」
アイネ何かしでかしたのか?
「さすがにひどくない!? 何も下心とかないよ!?」
「でもいきなり優しくして、なんて言われたら疑っちゃうよ。素直に言っていいんだよ? アイネは何をしたの?」
「アイネちゃん信用ないなぁ……」
むしろ厳しくしている様に思われて僕の方が心外だ。……別に特別厳しくしてないよな?




