三人の休日 その3
フェアチャイルドさんが買った物を置くために一旦寮に戻り、プレゼントを置くと今度は北東の地区、住宅街へ向かった。今日は時間的に住宅街を回ってお終いだろう。
夕方が近いこの時間帯の住宅街には人影は無かった。皆は何処で遊んでいるんだろう。そんな疑問が無意識に口から出てしまったようだ。僕の疑問に答えてくれたのはアールスだった。
「住宅街の真ん中あたりに空き地があるんだって。皆そこで遊んでるって言ってたよ」
「そんな所あるんだ?」
「うん。ヘレンちゃんが言ってたの。行ってみる?」
「そうだね。二人が良ければ見てみたいかな」
フェアチャイルドさんの方を見てみると頷いてくれた。こうなればもう後は決まっている。
「じゃあ行こー!」
アールスの掛け声と共に足が住宅街の中心を向いた。
……あれ? アールスは空き地の事を知ってて僕は知らないって……もしかして僕って……?
依頼に夢中になり過ぎていただろうか。いや、でもお昼休みは一緒に遊ぶ子沢山いるし。知らなかったのも聞かなかったからだし。
……そういう無関心なのがいけなかったのかなぁ。考えてみるとアールスも好奇心の強さが誰とでも打ち解ける事が出来る秘訣なのかもしれない。
「アールスさんはその空き地に行った事はあるんですか?」
「ないよ」
「詳しい場所は知っているんですか?」
「住宅街の真ん中辺りだよ」
「……」
「……」
フェアチャイルドさんが僕の方を見て来て視線がかち合った。僕も知らないと首を横に振る。
「大丈夫だって。私道に迷った事ないもん」
「そういえばそうだよね」
依頼でもカイル君達含め僕達の仲間は誰も迷子になったという話を聞いた事がない。
依頼で外で用事あるのは殆どが学校周辺のみだからかも知れないけれど、十歳に満たない子供が迷子にならないっていうのはよくよく考えたら凄い事なんじゃないか?
けれどフェアチャイルドさんは違う意見なのか微妙な表情をしている。
「えと、フェアチャイルドさん。もしかして違うの?」
「……アールスさんはナギさんがいないとすぐに寄り道するんです。それで迷子になりそうになったりするんです」
「え」
「そ、そんな事ないよ!」
「あります。珍しい物や興味を惹かれる物があるとまるで花の蜜に魅かれる蜂の様にフラフラと引き寄せられるんです」
「本当に?」
「本当です。ナギさんの前では見せていないようですが」
「わ、私そんな子供じゃないもん」
僕と顔を合わせようとしないアールスの様子はフェアチャイルドさんの言っている事が本当の事だと認めている様に見える。
フェアチャイルドさんの言っている事が本当ならなんで僕の前じゃそういうそぶりを見せないんだろう?
「はは、そうだよね……おっと、ごめん」
いつもよりも子供らしいアールスを見て僕の手が自然に動きアールスの頭の天辺に置いてしまった。
髪型は崩れていないはずだけど頭が触られたのが気に入らなかったのか、アールスは僕と繋いでいた手を離してから撫でた所をその手で押さえ口を尖らせてる。
「ナギ怒ってる」
「そ、そんな事ないよ」
「む~」
半目になって僕を見てくるアールスの姿は益々子供らしく見えてしまう。
「ほら機嫌治して。今日はそんな顔するために三人で歩いてるわけじゃないでしょ?」
離された手を繋ぎ直して説得を試みる。するとアールスは少しは落ち着いたのか口を尖らせるのをやめた。
けれど手は離されてしまった。一瞬嫌われたかと思ったけれどそれは違った。アールスは僕と腕を組んできたのだ。
「なんでわざわざ」
「罰」
よく見るとフェアチャイルドさんも僕と同じように腕組を強制されている。しかも今朝の両手に花状態よりもさらに密着させられて暑苦しいし歩きにくい事この上ない。
それでも僕達は再び空き地に向かって歩き出した。
……確かに歩きにくいんだけど、これって罰になるのかな?アールスの考えていることが分からない。横目でアールスの顔を見てみるとすまし顔をしているが口元が笑っている。
フェアチャイルドさんを見るとマスクをしているから表情は分からなかった。
果たして今の状況他人から見られたらどんな風に見えるのだろうか。仲のいいお友達なのか、それともアールスのハーレムなのか。
歩き辛い状態のまま子供たちがよく遊ぶという空き地へやってきた。
空き地は一軒家が建つほどの広さで、遊んでいる子は殆どが学校に入学する前位の歳の子達ばかりで、僕達位の歳の子は少ない。
「狭いね」
「村の広場のほうが広いです」
「さすがに広場と空地を比べるのは違うと思う」
「知ってる子いないなー。他にもあるのかも」
「探してみる?」
「みよー!」
アールスが僕の腕ごと勢いよく自分の右腕を上げたせいでちょっと痛い。いつまでこの罰は続くのだろうか。アールスが楽しそうなのが救いかな?
アールスに引っ張られるように周辺を見て回ってみるとアールスの言った通り他にも大きさの違う空き地が四ヶ所あった。
一番大きな空き地では大人数でサッカーの様なボール蹴り遊びをしており、それ以外の所ではどうやら目的別で分けられているらしい。追いかけっこなどの動き回る遊びをする空き地、おままごと等の比較的静かな遊びをする空き地、お母さんと一緒に遊ぶ空き地等だ。
計五ヶ所の空き地は割と近い位置関係にあり、空き地を回るのは楽だ……けれど、長く歩き回っていて疲れたのかマスク越しでも分かるほどフェアチャイルドさんに疲労の表情が浮かび上がっている。もう殆どアールスに引き摺られているような物だ。
「レナスちゃん。あそこの椅子まで頑張って」
僕が気づきアールスに言おうとしたタイミングでアールスも気付いたようだ。アールスは絡めていた腕を解き両手でフェアチャイルドさんを支えた。僕もアールスの反対側に付きフェアチャイルドさんを支える。
「ごめんね。気付くの遅くなって」
申し訳なさそうに謝るアールスに対しフェアチャイルドさんはただ静かに首を横に振った。
「いえ、私こそごめんなさい……」
息が苦しそうな為僕はマスクを許可を貰ってから取った。これで少しは楽になるといいけれど。
空き地に備え付けられていた長椅子に座るとフェアチャイルドさんは下げていた水筒を手に取り中身を少しだけ飲んだ。
最近は体力が付いてきたとはいえ流石にアールスに腕組されながら歩くのはきつかったか。
しかも今は夏。気温も高い。少し涼しくしようか。
「『ウィンド』」
風を操りフェアチャイルドさんに風を送る。
「……気持ちいい」
「ナギって色んな魔法使えるね」
「選択科目で魔法選んでるからね。でもこれ生活魔法だよ?」
「え!? そうだったの!?」
「うん。風を操るイメージをして他の生活魔法みたいにちょっと力を入れて名前を唱えれば使えるよ」
「生活魔法って便利なんですね」
「精霊魔法だって同じような事できるよね?」
「私は光の精霊と水の精霊、火の精霊としか契約を結んでいないんです……」
「増やさないの?」
「これ以上は負担が大きいんです……」
「負担? 何か身体に悪かったりするの?」
「いえ、その……精霊さん達はお喋りですから、四人以上相手にするのは無理かなって」
「……なるほど」
フェアチャイルドさんは暇な時に瞑想している様に目を瞑っている事があるけれど、それは僕がシエル様と話をするように精霊達と念話みたいな物で故郷の森にいる精霊達と話をしているらしい。
余り増やしたくないなら生活で必要な属性が優先されるのは当然か。
ちなみにフェアチャイルドさんは滅多な事では生活魔法は使わない。昔その理由を聞いた所によると、魔法を使うと精霊が拗ねてしまうらしい。私という者がありながらそんな物に頼るの!? って感じらしい。
使える精霊魔法の中で持っていない属性魔法を使っても同じらしいから性質が悪い。
フェアチャイルドさんの体力の回復を待っているといつの間にか赤く染まり切っていた空が東の方から暗い夜の色に染まり始めていた。
もう帰る時間だ。フェアチャイルドさんの方を見ると顔色は大分マシになっている。これならもう帰れるかもしれない。
「もう帰らなきゃだねー」
「はい」
「次のお休みも一緒にお散歩しようね」
「うん」
「その次のお休みもその次のお休みも……」
「はい。三人で一緒に色んな所に行きましょう」
「それで長期休暇になったら~あっ、ナギは村に帰るんだっけ」
アールスのその言葉にフェアチャイルドさんが視線でそうなの?と疑問を投げかけてきた。
「う、うん。そのつもりだったんだけど……」
正直迷っている。村にナスを連れて戻るとアイネと約束しているけれど、アールスと一緒に過ごせる最後の長期休暇だ。残りたい気持ちも湧いてきている。
「アイネと約束したんでしょ?だったら戻らなきゃ駄目だよ」
「……アールス。そうだね。約束したもんね」
長期休暇が終わったらすぐに首都に行くわけじゃない。アールスも約束を守れと言うし、そうした方がいいか。
「じゃあ長期休暇はレナスちゃんと一緒だね!」
「そうなりますね」
「えへへ~。一杯遊ぼうね」
笑い合う二人を見て僕は少しだけ胸が苦しくなった。こういうのを寂寥感を覚えるというのだろうか。




