寂しがりの獣 その2
五日間の道のりを経て目的の前線基地にやって来た。
前線基地と壁の周辺に雪は無い。アーク王国の北部の前線基地でも見た光景だ。
これは雪の中を魔物達が掘り進んで来ないようにするための処置だ。
アーク王国では積雪量はこちらほどではなかったけれどしょっちゅう雪が降ったり吹雪いたりしていたので冒険者に依頼が出ていたっけ。
前線基地の入り口に立つ兵士達に依頼の事を伝え依頼書を見せ僕が魔獣使いだという事を伝えた。
魔獣達を厩舎に預けてから所定の場所へ行くようにという指示と案内をつけてもらい、僕達は言われたとおりにする。
厩舎にはアースとゲイル以外の魔獣はいないようだった。僕達以外にはいないのか?
しかし、よくよく考えてみれば魔獣使いという職に就けるようになるのはとても難しく数が少ない。
最初から魔獣使い関係の固有能力を持っているか動物使いの時に使役している動物を魔獣にして初めて魔獣使いに就けるようになる。
けれど魔獣化に必要な魔素の濃度が濃い場所なんて三ヶ国同盟の領土内には普通はない。
ナスが魔獣化してしまったのはたまたま条件が重なって出来た偶然だ。
さらに魔素が濃い場所というのは魔物が蔓延っていてもおかしくない。
わざわざ壁の向こう側まで行って魔素の濃い危険な場所を探し心を通わせ信頼関係を築いた動物を魔獣化させる人間がどれだけいるか。
まぁいない訳ではないだろうけど数が少ないのは確かだ。
厩舎にアースとゲイルを預け案内に従って向かう。
案内された場所は事務室のような場所で事務員らしき人達が書類仕事をしている傍らで今回の依頼の詳細を教えてもらった。
目的の森はこの前線基地から半日ほどの場所にあり、三日後に集合期限までに集まった冒険者と一部隊三十人程の二つの部隊と一緒に出発する様だ。
森は広く魔物も住んでいて危険なため、森からある程度離れた場所に野営地を設置し拠点にする様だ。
食料に関しては軍から支給されるらしいが一体どんな味だろう。アーク王国の前線基地では美味しい物が出ていたっけ。
森の探索は一週間を見ており、一週間で何の成果も得られなかったら前線基地に戻り依頼は終了。軍としてはとりあえず安全確認をしたいだけの様だ。
しかし、もしも魔獣が敵対してきた場合は軍が討伐をするらしい。
もしも魔獣を仲間に出来た場合は危険な魔獣でもない限りはそのまま仲間に加えていいそうだ。
軍は欲しくないのかと聞くと他の魔獣使いが手懐けた魔獣でも十分人に慣れさせないと別の魔獣使いに懐くとは限らない上、馬くらいの大きさならともかく巨大な魔獣は場所を取るから特別欲しい訳ではないみたいだ。
しかし、場所に困るとはいえ食料を必要としない魔獣だ。いて困ると言うほど弱い存在ではないはずだ。
魔獣使いがいないからといって意思の疎通が出来ない訳じゃないのだから雇用という形で引き入れても問題ないはず。
となると……いらないというより必要としていないのか?
いや、案外面倒なだけなのかもしれない。もしもわがままな性格の魔獣を仲間にしたらご機嫌を取るのに苦労するだろう。
うちの子達は良い仔だからそういう苦労は少ないのかもしれないな。
そんなこんなで出発の日になった。
結局僕以外の魔獣使いはやってこなかった。他の魔獣を見たかったんだけれど残念。
出発の前に二つの部隊を指揮する指揮官が森が初めての僕達に向けてなのか森での注意事項を教えてくれた。
けれどその情報は大体把握していた。
それと言うのも今日まで僕達は魔獣や森の詳しい地形所情報を集める事に成功したからだ。
髪の手入れに困っている女性兵士に僕がちょっと助言をしたらすぐに情報は集まったのだ。
魔獣についてはアースと同じくらいの大きさで四足獣だという事だけが分かった。
森に関しても元々大体の地形は地図で教えられたけれどよく巡回に行く女性兵士からさらに詳しい注意事項を教えてもらった。
たとえば凍った雪や枯葉で穴や段差が隠れていて踏んで怪我をする場合があるらしい。ここら辺は普通の森でもあまり変わらないか。
他にも木の枝に積もった凍った雪の塊が歩く時の振動で落ちてきたりと地図だけでは分からない危険がある。その為頭上にも注意をしないといけない様だ。
後は魔獣ではないが野生の狼も生息していて注意が必要だそうだ。
最後に指揮官は僕達が兵士さん達と一緒に探索する事を告げた。
これは僕達が昨晩に一緒に行動するかどうかを聞かれ一緒に行動する事を求めた結果だ。
一応初めての場所だ。兵士さん達と一緒に行動した方がいいだろうと判断しての事だ。
話が終わると出発の時間となった。
森までの道は整備されていないが雪は除去されていて通るのに苦労しなさそうだ。
もっとも、アースがいれば整地なんてあっという間なんだけれど。
軍馬はよく鍛えられているようでアースの事を恐れている様子はない。
一応警戒している馬もいるようだけれど騎乗している騎士が上手く窘めているみたいだ。
そして、朝から休憩を挟みつつ数時間歩き昼を過ぎたあたりで行進は止まった。
森まではまだ遠く目測で歩きで一時間はかかりそうな位置に野営する様だ。
まずは昼食を食べそれからテントを張るようだ。
そこら辺の事は全て兵士さん達がやってくれるようで僕達がする事は無い。
しいてあげるならアースの寝床をどうするかという事なのだけど、アースは適当に空いている場所の地面を操り掘り下げアースが入れるほどの横穴を作り上げた。
「ここで寝るの?」
「ぼふっ」
「汚れちゃうよ」
「ぼふぼふ。ぼふーぼふんぼふ」
外で寝て寒い思いをするよりはましだそうだ。
「分かった。家に帰ったらよく洗わないとね」
小屋を作るかと思ったのだけどどうやらこの辺の土は崩れやすく建物にするのは向いていないらしい。
とりあえず他の人が間違って踏み入れないように柵を作っておこう。
後部隊の指揮官にも伝えておかないといけないな。許可を取る前にやられてしまったけど大丈夫だろうか?
野営地での設営が終わり、完全に日が落ちて夕食の準備が始まる。
テントの中にいてもいい匂いが漂ってくる。
僕は今テントの中でゲイルの毛を梳いていて、僕のすぐ隣には本を読んでいるレナスさんが、そしてカナデさんとミサさんが少し離れた場所で楽しそうにおしゃべりをしている。
夕食の準備も僕達には何もさせないで兵士さん達だけでやっている。僕達はお客様待遇のようだ。
こういう依頼は初めてだけれどこれが普通なのだろうか? それともこういう待遇をしなければならないほど森の中は危険なのか。
中級の魔物と出会うかもしれない。そう思うと緊張してくる。
「きー?」
僕の緊張が伝わってしまったのかゲイルがどうしたの? と聞いてくる。
なんでもないと答えようとした所で隣のレナスさんが声をかけてきた。
「ナギさん? どうかしたんですか?」
「あ……いや、何でもないよ。ちょっと緊張してるだけだよ。レナスさんは大丈夫?」
「緊張ですか? はい。私は大丈夫です。何か暖かい飲み物を用意しましょうか?」
「いや、それよりも身体動かしてくるよ」
「そうですか? それでしたら私もお付き合いしますが」
「ありがとう。でも素振りするだけだから大丈夫だよ。ゲイルも心配してくれてありがとうね」
「ききー」
ゲイルの毛のお手入れを終わらせ剣と盾を持ってテントの外へ出る。
何度も基本の動作とミサさんに教わった応用の動作を繰り返す。
今までの特訓の成果が明日試されるかもしれない。そう思うと何か身体の奥から沸き立つものがある。
僕の力が魔物に通じるだろうか?
別に僕がいなくてもアースや精霊達がいるんだから大丈夫じゃないか?
僕って必要なんだろうか……。
剣を振れば振るほど悪い考えが浮かんでは消えていく。
けれど残り続ける思いもあった。
レナスさんを守りたい。レナスさんの助けになりたい。レナスさんが……。
頭の中がレナスさんでいっぱいになる前に素振りをやめた。
これ以上は駄目だ。自分で思っていた以上にあの子への思いが強すぎる。これ以上は抑えられなくなるかもしれない。
……けど緊張はほぐれた気がする。




