閑話 酔ってるとこ見てみたい
ガルデでの冬の暮らしに慣れ、雪かきの仕事も一段落ついた日の夜の食後の団欒の時間に暇そうにしていたアイネさんが思いついたようにそれを口にしました。
「ねーちゃんが酔ってるとこ見てみたい」
「いきなりに何言ってるんだよアイネ」
アイネさんの突然の発言にナギさんが叱るような言い方で返しました。
「だって見てみたいし」
「アイネちゃん。……ワタシもスゴク気にはなりマスが無理強いはいけませんヨ? 気になりマスガ」
「それって暗に飲んでほしいって言ってますよね? 飲みませんよ? お酒はおいしく飲める人が飲んでください」
お酒は嗜好品で高いのだからとナギさんは自分からは決してお酒を飲もうとはしません。
これにはアールスさんも同意していて皆で飲む時は二人はいつもお酒以外の物を飲んでいます。
ミサさんも自分からは飲まないけれどこれは軍神ゼレ様の教えである常在戦場の精神を心がけているためお祝いの席でもない限りはお酒は飲まないのです。
アイネさんはナギさんが飲む事を禁止しています。何でも身体がまだ小さいし未成年だから飲んではいけないのだとか。
ナギさんの前世の世界ではお酒はあまり身体に良くない事が分かっており、二十歳未満の人は身体に悪影響を与えるからとお酒を飲んではいけないらしいのです。
私やカナデさんはいいのかと聞くと身体が大きいし無茶な飲み方をしている訳ではないし法律で禁止されてる訳でもないから許容してくれているのだとか。
そんな訳でお酒を飲むのは私とカナデさん、それにナスさんだけ。
いつもお酒を飲む時はカナデさんと二人、時々ナスさんも交えて飲む位でした。
なのに突然アイネさんがナギさんの酔ってる所を見たいと言い出した。
一体どういうつもりなのか。ナギさんに迷惑かけるつもりなら叱らないと。
「アイネちゃん。いきなりどうしてそんな事言いだしたの?」
アールスさんがそう質問するとアイネさんは口先を尖らせて答えました。
「だってさ、ナギねーちゃんが酔って甘えてくるとこ見てみたくない?」
「ナギさん。どのお酒飲みますか?」
アイネさんの言葉は私の頭を見事に打ち抜いた。見てみたい。ナギさんが甘えている姿をすごく見てみたい!
「用意するの早っ! 飲まないからね!?」
「酔ったからって甘えるとは限りませんよぉ? 怒りっぽくなったり泣きやすくなったり人それぞれですからね~。まぁアリスさんがどう変わるか気にはなりますが~」
とりあえず甘い果実酒でいいでしょうか。度数はすぐに酔えるように高めのものにしましょう。
「そうそうカナデさんの言う通り……レナスさんお酒注がないで?」
「ナギは甘えるんじゃなくて狼になっちゃうかもね」
「ならないからね? レナスさん容器を口元まで運ばないで?」
「お、狼ですかぁ。エッチな事は駄目ですよアリスさん!」
「酔ってんの!? カナデさんお酒飲んでませんよね!?」
「アリスちゃんが狼ちゃんになるハズないじゃないデスカ~。ハハハッ」
「真っ向から否定されるとそれはそれで微妙な気持ちに……」
「オヤ? 狼になりたいのデスカ?」
「そんな訳ないでしょう……まぁもしなってもその時は手加減しなくていいですからね。本気で止めてくださいね?」
そう言ってナギさんは私の手から容器を取ってお酒を一口飲む。
すぐに微妙そうな顔をしたけれどお金の無駄だなぁと呟きながら少しずつ飲んでいきます。
「あっ、私おつまみ持ってきますね~」
おつまみを私も用意したいけれど私はナギさんのお酌をしなくてはいけません。
「大体なんでみんなそんなに僕の酔っ払い方が気になるのさ」
「普段真面目なねーちゃんがお酒で堕落したとこが見てみたい」
「悪趣味な……」
「そ、そこまでは言いませんけどぉ、お酒で溜まっているものを吐き出してもいいんじゃないかな~って思っただけですよぉ?」
「カナデの言う通りデース。アリスちゃんのようなは真面目な人は不平不満をため込みやすいデス。アールスちゃんのヨウに酔えないなら仕方ないデスケド」
「特にないですけどね、溜めてるものなんて」
「ナギさんはそういうのはきちんと口に出しますからね」
「そう思うんだったら止めてくれてもいいんだよ?」
「私はナギさん自身ではないのでもしかしたら何かあるかもしれません」
すみません。ナギさんの甘える姿を見たいのです。
それにしてもアイネさんは名前の事や温泉の時のように時々鋭い提案をしてきます。
私も見習わないといけませんね。
「なんだかんだ文句言ってもお酒飲むナギって付き合いいいよね」
「注がれちゃったし、明日は休みだし、別に飲めない訳じゃないからね」
そして、ナギさんが変化を見せたのは三杯目の途中からでした。
「僕は親不孝者なんですよ……」
「ナギさん?」
突然の自虐的な言葉に驚きナギさんのお顔を見ると、ナギさんは暗い表情になっていました。
「ド、ドウしましター?」
「前世では父親と兄より早く死んで、今世では女の子の身体に訳の分からない男の記憶が入っていて初めての子供の成長を楽しむ親心を踏みにじってしまたんですよ、僕は」
「オウ……」
「子供を助けた事は後悔してないんですよ。でも、僕が死んで残された父と兄の事、それに今の両親の事を思うと申し訳なくて……」
「アリスさん……」
「あの時きちんと自分の身も守れてれば……」
「ナギ、あんまり自分を責めちゃ駄目だよ……」
「アールス。恐怖を感じないって言ってるけど、死んじゃ駄目だからね! 絶対死んだら駄目だ! 死んだら残された皆が悲しむ!
死ぬことに比べたら恐怖を感じないなんて全然問題じゃないんだ!」
「分かってる。分かってるよナギ」
「ううっ、ごめんよ……父さん、兄さん……死んじゃってごめん。
お父さんお母さん。普通の娘として生まれなくてごめんなさい……死に際のただの夢だと思ったんだよぉ。うぅ……」
「ナギさん……」
このままではいけないと思い泣き出したナギさんの手から容器を離して肩を抱くと、ナギさんは私に抱き着いてきました。
「あ……レナスさん。レナスさん……生きててよかった。本当に生きててよかったよぉ。
う……うわぁあああーーーん! あの時心配したんだからね! 全身に広がって赤くむくんで湿疹が出来てきれいな顔がもう二度と元に戻らないんじゃないかって!
ううぅ……きれいに育ってよかったよぅ……」
「あっ……し、心配かけさせてしまってすみません」
あの時の記憶はよく覚えていない。だから私がどんな状況だったのかは知りません。
ナギさんもあの時の事は教えてはくれませんでした。
けれどきっとこの様子ではナギさんには私は生きているのが絶望的に見えていたのでしょう。
「アイネ」
「な、何?」
ナギさんは私から離れ涙を手で拭いながらアイネさんの方を向いた。
「これから僕達は長期間家を空ける事が多くなると思う。仕事をしてれば多少の怪我もするだろうから怪我をするなって強くは言わない。
だけど無茶だけはしないで。アイネに何かあって悲しむのは僕達やご家族だけじゃない。ミリアちゃんだって悲しむはずなんだから」
「う、うん」
「その上でいろんな事を体験して楽しみなさい。僕はアイネが楽しむ事は……危険がない限りは止めない。
僕は別に抑圧したい訳じゃないんだ。この旅を目一杯楽しんで友達や家族に自慢できるものにして欲しいと思ってる」
「楽しむ……じゃあつよそーな人に挑んでもいーの?」
「相手が了承したらね。絶対に無理強いしたら駄目だからね! あと変な条件突き付けられたら絶対に断る事! 弱虫とか負けるのが怖いのかって挑発されても絶対に受けない事! 仲間が侮辱されようとも絶対に駄目! 絶対に勝てるって思ってても駄目だからね!」
「え、ええ……なんで?」
「僕の前世の世界の物語では挑発に乗った結果っていうのは大抵ろくな結果にならないからだよ! アイネはかわいい女の子なんだから自覚して!」
「アリスちゃんの前世の世界の物語は一体ドンナ内容なのでショウカ……」
「ナギねーちゃんって人当たり良いけど意外と他人の事信じてないよね」
「ナギさんは責任感が強いですから色々な悪い可能性を考えてしまうんですよ」
「ふんだ……どうせ僕は他人を信じられない後ろ向きな人間だよ。……皆に何かあったらと思うと怖いんだよ……どうせ僕は臆病者だよ……」
「ナギさん。そう自虐的にならないでください」
「そーだよねーちゃん。ねーちゃんがおくびょーなんて今に始まったことじゃないんだしそんなに自分を責める事ないって。それにあたしおくびょーなねーちゃん好きだよ?」
「慎重なのは悪い事ではありませんよぉ。今までの様子からも考えすぎて動けなくなるという事もないでしょうし~」
「わ、私は臆病なナギがいるからそれを参考に出来るんだよ。後ろ向きなのも悪い事ばっかじゃないよ!」
「ううっ……皆にこうまで言わせるなんて……なんて情けないんだ」
「うーん……アリスちゃんがココまで面倒くさくなるトハ、ワタシでも見抜けませんデシタ」
「へへ……どうせ僕なんて……」
「ナギさん。今日はもうお布団に入り休みましょう。今はちょっとお酒が入っていつも以上に落ち込みやすいだけですから」
「じゃあ連れてって」
「え?」
「連れてって! 寝るからレナスさんが僕を連れてって!」
自棄になったのかは分からないけれどナギさんはまるで抱っこをねだるかのように両手を私の方に伸ばしてきました。
普段からは考えられないようなわがままを言うナギさんかわいい。
「はい」
すぐさま椅子から立ち上がりナギさんに背を向けしゃがむ。
「ん……」
ナギさんが私の背に乗ったので手で支えつつ立ち上がる。重い……けど負けません!
「うー……」
「それではナギさんを寝室へ連れていきますね」
「うん。お願いね、レナスちゃん」
そして、居間を出てナギさんの部屋へ向かう途中……。
「ん……レナスさん……ありがとね」
「これぐらいは」
「すぅ……」
部屋に着く前に寝てしまったようで可愛らしい寝息が聞こえてきました。
心は男性とはいえ身体は私と同じ歳の女の子。かわいいのは当たり前でしょう。
ナギさんの部屋に入りベッドの上にナギさんを寝かせ厚いお布団を被せた。
離れる前にもう一度ナギさんの寝顔を見て、そして頬に触れた。
「レナスさん……」
起きていた?
すぐに頬から手を離す。
「僕の傍にいて……」
「っ!?」
それは寝言なのかもしれません。けれど、私はその言葉に捕らわれてしまったかのように動けなくなってしまいました。
「くふっ……わ、分かりました」
し、仕方ないですよね。ナギさんに頼られてしまっては仕方がありません。本当なら寝間着を用意したい所ですが傍に居ろと言われてしまっては仕方ないですね!
「ではお邪魔させていただきます」
ああ、久しぶりのナギさんとの睡眠。
……互いにいい夢が見れますように。