この子といる今を
十二月になると話に聞いていた通り吹雪く事は無くなった。
しかし、寒さはこれまでに感じた事のないほどの寒さで、全身を防寒具で覆わない限りすぐにでも凍傷になってしまうだろう。
けれど、こういう外に出るのが辛い時こそ冒険者の仕事が増えるというもの。
実際初級の仕事でも普段の相場の二倍、中には五倍以上の報酬である依頼もあるようだ。
もちろんそういう依頼は危険なようなのでまだグライオンの冬に慣れていないアールスとアイネには危険そうな依頼はなるべく受けないよう言ってある。
中級以上になると食料や生活必需品を雪の降らない土地から運ぶ仕事が増えている。
他にも冬の間だけ山で採取できる薬草の採取なんていう仕事もある。
こちらは危険な分報酬が破格で上級の依頼以上に報酬を貰えるようだ。何でこれが中級の依頼なのかは分からない。
一度四人で薬草の採取の依頼を受けてみようかとも考えたが、レナスさんの体調は万全じゃない。
レナスさんは一時期僕から離れられないほど気持ちが沈んでいた。冬季鬱って奴かもしれない。
実は僕も十一月の最後の方はちょっと危なかった。
十二月になると雲が少なくなり日の光が十分差すようになったから養生がてらレナスさんの手を引いて今日は組合へやって来たわけだ。
都市の外に出るのはレナスさんの調子が良くなってからにしたほうがいいだろう。
今日の所は慣らしという事でレナスさんと二人で公共施設の雪の処分をする仕事をする事にした。
本来は軍の仕事なのだけど、出来たばかりのガルデではまだ人手が足らず雪で埋もれた街道の開通に忙しいらしい。
カナデさんとミサさんは商人からの依頼である倉庫周りの雪かきと倉庫内の掃除の手伝いの仕事を選んだ。
二人と別れて僕はレナスさんの手を引き依頼人のいる役所へ向かう。
道中はディアナの力を借りてレナスさんが表面の解けて出た水を利用し雪をどかし固めている。
アースが雪像を作る時と同じ事をしているだけだ。
アースのように細かい動きはまだ出来ないけれど大量の雪をどかすぐらいなら問題ない。
そして、役所があるはずの場所に着くと……そこはまだ雪に埋もれていた。
何十人もの人が大人の男性の二倍はありそうなほど高く積もった雪をどけているが役所の屋根らしき物がある場所まではまだ遠い。
とりあえず近くにいた人に声をかける。
「すみません。冒険者組合で依頼を受けた者ですけど」
「ああ、冒険者? せやたらあっちの方に担当の人おるはずやから向こうで話を聞いてくれや」
「分かりました」
レナスさんの手を引き指示された方に行きもう一度同じように声をかけた。
すると運よく声をかけた人が担当だったようで依頼書の提示を求められた。
そして、その担当の人は依頼書を見せると安心したように頷いた。
「ようやく冒険者来てくれはったんか。早速なんやけれども道具持って雪を崩してくれへんか。崩した雪は適当に魔法かなんかで処分してもええけど、積もってる雪は魔法で溶かしたらあかんで。
下手に溶かして崩れられたらたまらんからな」
「私は精霊術士なんですけれど……」
「え? 精霊術士? 精霊の属性は?」
「火と水と光です」
「ホンマに!? せやったら話は別や! 一気に雪を解かせか?」
「それは難しいです。大量に雪を解かすと水になりますが、その水の処理が大変ですし建物ごとやると建物が痛む可能性があります。
少しずつ切り取っていくのがいいかと思いますが」
「それならそれでええわ。報酬は弾むさかい頼むわ」
「分かりました。私が作業する場所にはなるべく人が来ないように伝えておいてくれますか」
「分かった。それで隣の子も精霊術士なん?」
「違います。私は彼女の仲間ですが魔法は得意なので雪と水の処理は任せてください」
そう言って雪の処理で地面に残っている水を一気に集める。
「へー! なるほど。これは心強いな」
正直この手の仕事はレナスさんがいれば僕は必要ない。なので僕は補助に回ればいいだろう。
集めた水で適当に魔法陣を使って温めて蒸発させる。熱せられた水のお陰で少し周囲が温かくなる。
魔法陣から登る湯気がすぐに凍り風に流されていく光景は少し面白い。
これは雪の処理に困った僕が独自に作った魔法陣で、魔法陣を形作っている物そのものに熱を持たせる魔法陣なのだ。
はっきり言って水みたいな触媒がないと意味のない魔法だ。
雪も触媒に出来るが魔法を使って溶かすのは禁止されているようなので使わないでおく。そもそも大量の雪を溶かすには効率が悪い。
これはアースに使ってもらうかサラサに雪を溶かしてもらい、雪が溶けて出来た水でディアナに魔法陣を使ってもらう事が前提の魔法陣なんだ。
しかし、こんな魔法陣でも魔法を使う人達には画期的なようで真似しようとする人が沢山いた。
難しい魔法ではないし使用用途も限られているので真似されても問題は無いが……一応魔法陣は熱くなるので魔法陣を構築する場所は考えた方がいい。
「この魔法陣を使う場合は周りの人と火傷に注意してくださいね」
注意だけはしておいたが……しばらく見てみると誰も魔法陣をまともに発動させることが出来なかった。
マナに水を混ぜて操る事が出来ない様だ。出来たとしても魔法陣を維持できるだけの集中力を保てないみたいですぐに形を崩している。
もしかしたら僕達以外に冒険者はいないのかもしれない。
冒険者じゃなければきちんと魔力操作の練習をする機会もないだろうから魔力操作が苦手でも不思議じゃない。
雪を処分しつつ僕も道具を手に取り教えてもらい他の人と交代をしつつ積みあがった雪を少しずつ崩していく。
鍛えてあるとはいえきつい作業だ。
レナスさんがいるのになぜまだ人手で雪を削るのかというと、レナスさんが役所の周りの雪を処理する間に他の人達は馬車が停められる空間を作る為だ。
馬車が必要な理由はもしも役所の建物が雪の重さで破損していた場合に馬車で修理道具と材料を確保する為だ。
亀の歩みのような速さで雪を削る僕らとは違いレナスさんはどんどんと雪を処理していき、ついに役所の壁までたどり着いていた。
そこで現場監督がレナスさんに一休みするように声をかけた。
マナを操るのには集中力が必要だ。それが膨大なマナの塊である精霊のマナを操るのならなおさらだ。
雪を崩す作業を切りの良い所で休憩に入りレナスさんの元へ向かう。
「レナスさん。体調はどう?」
「あっ、ナギさん」
レナスさんは僕に気が付くととてとてと速足で僕に近づき手を取る。
手袋越しに伝わる彼女の手の感触が心地いい。
さらにサラサがレナスさんの身体の周りの空気を温めているお陰で暖かい。
「少し疲れました」
「んふふ。お疲れ様。お茶でも飲む?」
「持ってきていたんですか?」
「うん。水筒に入れてね」
木製の水筒だがプリザベーションがかかっていて外気で冷えないようにしてあるので保温性はバッチリだ。
それにしても……朝用意して分かりやすく持ち歩いていたのに気づかなかったなんて。
注意力が低下してるのかもしれない。今回の仕事が仕事だし心配だ。
「上から雪が降ってきたら危ないから本当に気を付けてね。特に建物に積もってる雪なんかいつ落ちてくるか分からないから」
「はい」
容器に入れたお茶を渡しつつ注意をし、さらに精霊達にレナスさんの注意力が低下している恐れがある事をレナスさんには伝わらないようにマナの文字で伝える。
視線で確認するとサラサとディアナが頷いた。ライチーはよく分かっていない様だがサラサがきちんと伝えるだろう。
「そろそろお昼ですね。ナギさんはお腹空いていませんか?」
「僕はまだ空いてないけど、空いた?」
「そういう訳ではないですが作業を再開させてからまた昼食を取るとなると中途半端な所で休憩になってしまいそうで」
「ああっ、確かにそうだね。でもレナスさんはもう食べられるの?」
「大丈夫です。食べきれなかったら次の休憩の時に食べればいいだけですから」
「そっか。そうだよね。じゃあ一緒に食べようか」
「はい!」
現場監督に早めの昼食を取る事を告げてから辺りを見回して座れる場所を探す。
けれど周囲は雪ばかりで椅子の代わりになるような物は無かった。
仕方ないので適当に落ちている雪をかき集め固めプリザベーションをかけて即席の椅子を作った。これでお尻が冷える事は無いしサラサが纏わせているマナの熱で溶ける事もない。
そして、僕とレナスさんで並んで座りお弁当を広げる。
今日のお弁当は今朝焼いたパンを切って作ったサンドイッチだ。
お肉に野菜、それに特製のピリ辛ソースを挟んだサンドイッチは控えめに言って美味しく作れた。
「辛くない?」
「大丈夫です。とてもおいしいです」
「んふふ。よかった」
「このソースはナギさんが作ったんですか?」
「ううん。カナデさんだよ。この前の買い出しの時カナデさんが買った薬草を色々混ぜ合わせてたら偶然できたんだって」
「……それは食べて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うよ。僕が実際に食べて確かめたから」
「ナギさんが!?」
「ピュアルミナを自分にかける分には治療費かからないからね」
「うっ……で、でもそういう事はなるべくしないでください」
「あははっ、気を付けるよ」
「それでどういう効果のある薬草なんですか」
「えとね、保温効果のある薬草を中心に肉体疲労や滋養強壮に効くものを入れたらしいよ。まぁ寒さ対策だね。味が良かったから僕が料理に使ってみようと思ったんだ」
「薬草というより香辛料ですね」
「見つかったばかりの植物だそうだからまだ香辛料として認知されてないんじゃないかな?」
「それで効果はあったんですか?」
「うん。身体が温まって元気も出たよ」
「そうですか……それにしても新しい薬の処方なんて、カナデさんはお医者さんになるつもりなのでしょうか?」
「どうなんだろうね。興味がある事には違いないんだろうけど」
カナデさんの将来か。カナデさんは旅を終えたら一体どうするのだろう?
役所の雪かきの作業は暗くなる前に一旦終わりにし翌日に再開という事になった。
レナスさんのお陰で予定よりも早く作業が進んでいる事に現場監督は大いに喜んでいた。
「帰りに酒屋に寄っていこうか」
「はい」
お酒を買うのはレナスさんの憂鬱な気分を和らげる事ができるかもしれないという事で昨晩に意見を出して皆から同意を貰えたからだ。
レナスさんと手を繋ぎ街灯の明かりがつき始めた道を歩く。
「不思議だよね。十一月はすごく雪が降ってたのに十二月になるとぱたりと止むなんて」
「そうですね。前世の知識では理由とか分かりませんか?」
「さすがに分からないよ」
「ふふっ、さすがに分かりませんか。でもいつか分かる日が来るのでしょうね」
「そうだね。でも多分その日までは僕達は生きていられないだろうね」
「遠い話ですね」
「うん。とても遠いよね」
満月から日が経ち欠けている月を見上げ思う。僕の知る未来はあの月よりも遠い。
この世界の人があの月に届くのはいつになるだろう。
「……遠い話をしても仕方ないですね。それよりも身近な事を話しましょう」
「あははっ、そうだね。じゃあこれからの話をしようか。レナスさんはどんなお酒が飲みたい?」
「そうですね……」
僕の生きられない未来を考えるのはよそう。それよりもこの子といる今を少しでも長く楽しみたい。