白に染まった日
雪が降った翌日、家から出ると世界は白に染まっていた。
積もった雪は高く一歩雪を踏みしめればすねの高さまで埋まってしまうほどだ。
「おー……すげー」
「白ーい!」
アイネとアールスが感嘆の声を上げる横でミサさんは慣れた手つきで雪を手に取り丸めてからアイネに投げた。
「つめたっ!?」
「どうですカー? これが雪という物デース」
「やったなー!」
アイネはすぐに地面の雪を取って反撃を始めるがミサさんは全て避けてしまう。
ミサさんはさすがに雪に慣れているようで足を取られているアイネとは動きが全く違う。
「ぬー!」
「アイネちゃん! 私も加勢するよ!」
アールスも加わり二人に狙われるミサさんもさすがに被弾するようになった。
「何やってるんですか三人とも! 雪かきをしなきゃ駄目じゃないですか!」
突然僕の横で怒声が響いた。
「ナギさんも見ていないで止めてください」
「ご、ごめん。楽しそうだったからつい」
いつもよりも目を細めているレナスさんが怖い。
怒鳴られた三人は手を止めてレナスさんに向かって謝罪をする。
「遊ぶのは後にしてください。特にミサさん。ミサさんは雪かきの仕方を教える側なんですから」
「はい……」
「まぁまぁレナスさん。初めての雪に興奮するのは仕方ないですよぉ」
カナデさんが持っている雪かき用のシャベルを一本僕に渡しながらレナスさんを窘めた。
「レナスさんだって初めての雪の時ははしゃいでたじゃないですか~」
「そ、それはそうですけど……」
「うふふ~。とりあえずレナスさんの分ですぅ」
そして、カナデさんは全員にシャベルを配り、怒られてしょんぼりしているミサさんを励まし元気を取り戻させた。
カナデさんが怒られた側でなくてよかった。お陰でなめらかに事が進んだ。
「ではさっそく屋根の上の雪からどかしまショウ! 雪をどかしても濡れて滑りますから十分気を付けてきだサイ!」
ミサさんの号令に全員でおーっと応える。
本来雪かきは精霊の力を借りれば簡単に終わる。けれど依頼で精霊達がいない時があるだろうから自分達の力だけでも雪かきが出来る様にと自分達の家は精霊達の力を借りずに雪かきをしようと決めていたのだ。
実際にやってみるとなかなか大変だ。
普段の筋肉の使い方と違うからか疲れるのが早い。
先に家の屋根の上の雪を降ろしてから下に降りて雪をどけて通り道を作る。
二つの倉庫の屋根は高く急な為そちらは精霊達に頼んだ。
そうしてすべてを終える頃には身体の小さなアイネとレナスさんは終わる頃には疲れ果てていた。
身体が冷え切る前に魔獣達のいる倉庫に入り中で入念に柔軟体操を行う。今日の訓練は軽くしたほうがいいだろう。
倉庫の中は僕が開発した暖かい空気を出し続ける魔法を閉じ込めた魔法石のお陰で暖かい。
この魔法を開発した時ミサさんに故郷の為にもぜひとも教えて欲しいと乞われた事があった。
暖かい空気を作り出す魔法陣というのは実はそれほど難しい魔法陣ではない。神の文字さえ勉強し理解できれば誰でも作れる魔法だ。
火の精霊が少ないグライオンではこの魔法が暖房用として一応認知はされている。されているが、神の文字の文字数が少ない割に消費マナが多い為一般に広がってるとは言い難いのが現状だ。
それも仕方ない事で人一人が入れる空間を満たすのに必要な暖かい空気を生み出すのには大体一秒間で一のマナが必要となる。
つまり一分作るだけで六十のマナが必要となり、マナが千超えていても三十分も持たないのだ。
そして今の人間が蓄えられるマナの限界は大体一万前後と考えられているがその半分のマナでも持っている人はごく少数だと言われている。僕だってまだ五千もない。回復分を考えても全然足りない。
そんな消費の激しい魔法だ、倉庫の中の暖かさも魔獣達のマナがあってこそ一日中保たれていると言っても過言ではない。
ヴェレスは精霊が多いからマナの量については問題ないだろう。
神聖魔法と普通の魔法という違いから併用できないが、三ヶ国同盟の都市の地下に刻まれている結界用の魔法陣のように地下に魔法石を用いた魔法陣を引いてもいいだろう。
なので僕はもちろん教えたのだけど一つ問題があり、いくら精霊の契約で故郷の家族と繋がっていても神の文字の知識がないと魔法陣を完成させることは出来ない。
そして、ミサさんの故郷であるヴェレスは精霊に頼って生きていた事もあり魔法陣の研究がまったく進んでいなく神の文字を読める人間は庶民にはいないようだ。
なのでとりあえず魔法陣を描いた紙だけを手紙で送ったのだけど、ヴェレスとは国交がない為いつ届くかは分からない。
少なくとも最初に出された手紙が一年以上は過ぎているのにいまだに届いたという報告がない為期待はあまりできない。
一応そういう魔法陣がある、とミサさんの家族に噂を流して貰ったからもしかしたら国交が結ばれる方が早いかもしれない。
そんな事を考えつつ柔軟が終わるとナスが僕にすり寄ってきた。
「ナス。寒くなかった?」
「ぴーぴー」
「そう。よかった。ナスも外に出てみる?」
「ぴー!」
「んふふ。じゃあみんなで遊ぼうか」
「ぴー」
今日もナスの毛並みは良い艶をしてる。健康な証拠だ。
ブラシでナスの背中を梳くとナスは気持ちよさそうに息を吐く。
気温が安定した場所に住んでいる所為かナスの元の生き物であるナビィには季節による生え変わりで抜ける毛の量が増える事が無い。
だからかナスも生え変わりによる体毛の変化がないせいで寒さに弱くなっている。たぶん暑さも厳しいはず。極端な気温の変化に対応できないんだ。
今は倉庫の中が僕の用意した魔法石で暖かいが外に出るには服を着せる必要がある。
朝の毛づくろいを終えるとヒビキとゲイルも僕の所へやってくる。
二匹も元気そうだ。
ヒビキは自分の固有能力で温度を調節できるから服はいらない。
そして、ゲイルもナスと同じように生え変わりでの体毛の変化はないが、実は気温の変化には強い。空気の層を自分の身体にまとわりつかせ冷気と暖気を遮断する事が出来るのだ。
とはいえ空気の層を作るのにも集中力がいるようなので服は着せていた方が安心だろう。
アースを見るとレナスさんとアールス、それにミサさんがまだお世話をしている
アースはいつも身に付けている厚手の敷き物とお腹の辺りに自動発動する魔法石を持たせる。
それに付け加え今年はミサさんと頑張ってアースの頭用の防寒具も用意した。今日お披露目するのにふさわしいだろう。
それに最近アースは身体を洗う時以外に外に出ていないのでそろそろ外に出さないと運動不足だ。
一先ずナスを完全武装させる。
前足用の袖の付いたマントのような前部分が開いた服に小さな魔法石を取り付けた角カバーと耳カバーが一体となった帽子、それに首周りにはマフラーも巻かせる。最後に足を守るための木製の靴底を付けブリザベーションをかけた布の靴。
全てを身に付けたナスは僕でも思わず抱きしめてしまうほどかっこかわいいパーフェクトナスへ進化する。
「かっこいいよナス~」
「ぴー」
「きーきー」
「んふふ。分かってるよゲイル。次はゲイルの番だよ」
ゲイルは防寒具はいつもの石を入れる為のポケット付きの服から毛糸で作られたもこもこのセーターと帽子となっている。
「濡れたらすぐに水分取らないと駄目だからね」
「きー」
お次はヒビキなのだがヒビキはナスとゲイルに服を着せている間にカナデさんが着せていた。
くっ、僕が着せたかったのに。
ヒビキの服はひらひらとしたフリルの付いたドレスだ。デザインは持ち寄られた物をヒビキが決めたので防寒着としては機能しないが、ヒビキには自分の固有能力があるので問題ない。
ヒビキに服を着せたのは他の皆と合わせる為というのが大きい。
アースにも防寒具を着せる。
僕とミサさんが協力して作った頭用の防寒具はどうやら気に入ってくれたようだ。
皆で外に出るとゲイルが真っ先に通り道横に積まれた雪の上に乗った。
「ききー! きーきー」
「アイネ、一緒に遊ぼうって誘ってるよ」
「分かった!」
ゲイルのもとに駆け寄っていくアイネ。
今日は訓練するよりも遊んで雪に慣れる方がいいかもしれない。
「今日は訓練は止めにして雪に慣れた方がいいかもしれないな」
そう言葉にするとミサさんが同意してくれた。
「そうですネ。アイネちゃん上手く歩けないようでしたシ、戦闘訓練よりそうした方がいいかもしれまセン」
「ミサさんはさすがに慣れている様子でしたよね」
「それもありますガ、足の長さの問題でショウ。アイネちゃん小さいですカラ」
「ああ、なるほど。と、なると足がなるべく沈まないようにする必要があるな……」
「そうですネ。わらで作った靴があればいいのですガ」
「わらですか?」
「はい。ワタシの故郷では雪が降ったらわらで作った靴を履くんデス。雪で滑らないし暖かいんですヨ。しかも軽いから沈みにくいんデス。
しかし、こちらの国には無いようですネ。靴屋を見たましたが見つかりませんでシタ」
「なるほど……多分魔法でどうにかしてきたからですね。魔法で溶かしたりどかせば済みますから」
「うーん。まさに文化的違いですネ」
「しかし靴か……編み物の要領で作れますかね」
「編み物とはちょっと違いますが、ワタシなら多分時間はかかりますが作れますヨ」
「なら決まりですね。僕も手伝いますよ」
やっぱりミサさんがいてくれて助かるな。わらの靴の事はもっと早く話してほしかったけど。