我が家へ
アールスがトラファルガーに挑戦してから早くも二ヵ月ちょっとが過ぎ十月の末になった。
当初ルーグという都市に拠点を構えようと思っていた僕達だけれどいざルーグで不動産屋に話を聞くと西にある新たに建設中の都市ガルデが居住者を募集しているという話を聞く事になった。
ガルデは結界や行政区などの大枠はすでに完成していて今は人を呼んで経済を活性化させる段階に入っているらしい。
冒険者組合も本格的に動き始めていて秋になる前に西の未開拓地域関連の依頼は全てガルデに移ってしまうとの事だった。
それともしかしたら魔獣と共に住めるくらいの敷地のある家を借りる事も出来るかもしれないと教えてもらった。
今はまだ出来たばかりで一万人しか入れない広さの町規模と言っていいくらいの都市だけれど、それでもまだまだ人の入りは少なく土地が余っている状態の様だ。
住宅街に住んでいるのも都市になる前のガルデ村の住人だった人達や軍関係者とその家族、それに商人位だ。
行政区周りの高級住宅街予定地となるとさらに少なく大手の商会の人間や行政関係者くらいしか住んでおらず物価も住宅街と変わらずまだまだ安いようだ。
魔獣と共に住めるかもしれない、というのがその高級住宅街予定地の家だ。
高級住宅街予定地の土地は今は安いが人が増えれば税金が高くなるためお金持ちや税金が一部免除される行政関係者以外には長く住むには適さない場所だ。
しかし、そこで大手の商会が土地を行政から借りてアパートメントのような集合住宅や庭の広い家を建て、宿で泊まるより割高で貸し出しているんだとか。
年単位で借りられ宿に泊まるよりは快適だと不動産の人は教えてくれた。
問題は冒険者組合まで行くのが少し遠いという事か。それでも預かり施設を利用せず魔獣達と暮らせる事の方が長期的に見て安く済むと見た。
この話を聞いた僕達はドサイドに残ったレナスさん達と精霊を介して相談した結果ガルデに拠点を構える事になった。
不動産から話を聞いた翌日にルーグを出発し、ガルデで一日かけて物件を決めた。
一日で済んだのはアースが雨風を凌げる大きな小屋を伴った物件が少なかったからだ。
借りた物件は商人向けの物件で少々割高だったので、お金は僕が三分の二、共有資金から残りを出す事になった。
こんなに大きな金額の契約は首都アークで宿と預かり施設を長期間借りた時以来だ。
家は石造りの頑丈な作りな一軒家で、大型の幌馬車が二台は入る倉庫と荷物用の倉庫が一つずつあり、おまけに庭が広い物件だ。
馬車用の倉庫はそのうちアースが引く幌馬車を購入する事を見据えた物だ。
それから家と小屋の中を掃除したり家具を整えたりしてあっと言う間に時間は経ちドサイドのお祭りに行くのに家を空ける事になった。
ドサイドでのお祭りは大いに賑わっていて、都市の中心で行われたアールスの表彰式には小さな子供が潰れてしまいそうなほど人が集まっていた。
そのお祭りは一週間続き、僕達はお祭りを堪能する事が出来たのだけど、アールスだけは催し物に引っ張りだこでお祭りを楽しめていなかった。
なのでお祭りが終わった後買い溜めしていたお祭りの屋台で出されていた食べ物やおもちゃを使い身内だけの小さなお祭りを開いたのはいい思い出だ。
後アールスの絵姿も記念に買い額縁に入れて飾ってある。
さらにアールス関係の記念品をかたっぱっしから購入しアールスの小母さんにも危険な事をさせてしまった事に対する謝罪の手紙と共に送っておいた。
トラファルガーの鱗で出来た武具も出来上がった。アールスと僕用の成長に合わせて調整の出来る防具に僕用の円形の盾、ミサさん用の全身甲冑及び巨大な盾、そしてレナスさんとカナデさん用の動きやすさ重視の局所を守る防具だ。
弓の素材にもしようかという話が出たが、どうやら弓にするには向かない材質の様で諦めるしかなかった。
本当ならアイネの分も用意したかったのだけど、アイネは自分でトラファルガーの鱗を取って見せると息まいて拒否をしたのだ。
全ての防具が一ヵ月程度で出来上がったのは金属のように鍛錬して形を整えることは出来ないが、削り形を整え組み合わせるだけで良く普通の金属製の武具よりも早く出来上がったようだ。
出来は良くグライオンで買った武具が全て予備用になってしまった。
それにしてもアイネを除いた全員分の防具をそろえられるとは思わなかった。これで魔物と戦う準備は出来た。後は覚悟だけだろう。
……と思ったのだがガルデでは肝心の魔物と出会う危険のある依頼がなかった。
正確にはあるようなのだけど僕達が受ける前に他の冒険者に取られて受けられない状況だ。
魔物に出会う危険のある依頼は総じて報酬が高く人気がある。しかも今はガルデに人が集まり始めている時期で。当然僕達と同じように仕事を求めている冒険者が多くいるという事だ。
幸い危険そうな依頼は無いが中級の依頼がない訳ではなかった。依頼の種類が多いのはやはり人が集まり始めている効果なんだろう。
勇んでいた所にいつも通りの荷物運びの依頼を受ける事になって少々拍子抜けしたが仕事に困りそうにないだけましだろう。
そんなこんなで今日まで仕事をしていて気づいた事がある。どうやらガルデは冬に備える為に仕事が増える様だ。
初級の依頼は掲示板から溢れんばかりに張り出され、報酬も僕達の知る相場よりも少し高くなっている。
その状況は中級も大差がない。
中級の場合は溢れているわけではないが短期の工事現場のような人員募集の依頼が増えている。
さらにガルデ周辺にある村々から雪かきのための人員募集の依頼なんてのまである。
内容は雪が降ってきたらしばらく村に滞在して雪かきを手伝ってもらうとの事で定員は大体十人前後までになっている。
報酬は悪くなく、初級からでも受ける事が出来る様だ。何故中級の掲示板に張ってあるのだろうかと初級の掲示板も見てみると同じような依頼がいくつも貼ってあった。
違うのは募集している村の名前くらいだ。なるほど。全ての階位から募集しているんだ。それだけ人手が欲しいという事だろう。
初級でも受けられると考えると報酬額が破格だ。人気がありそうだけれど、あまり取られていないのは出来たばかりの都市で初級の冒険者が少ないからだろう。
そもそも出来上がったばかりの都市というのはガルデだけじゃない。アーク王国の東側のように都市へ格上げされるのに十年から五十年くらいの差はあるけれど前線基地に沿って南に向かって等間隔で並んでいる。
僕達のように家を借りるというのは初級では難しいから、お金がないうちは南にある都市の方が発展していて住みやすいだろう。特に一番南の都市はグランエルと同じ百万都市規模に近づいてきていると聞いている。
そんな訳で初級の冒険者の少ないここでならアールスとアイネは仕事に困る事は無いだろう。
それはそれとして皆で受けられる雪かきの依頼だ。受けてみるか? いやいや、今年は初めて借家を借りての冬越えだ。僕達の家に積もるであろう雪を自分達でどうにかしなくてはいけない。サラサがいるから苦労はしないと思うが何が起こるか分からない以上はガルデから離れるべきではないかもしれない。
少なくとも家を空にするのは少し心配だ。
今回は見送っていいか。
さて、そうなると僕は何の仕事をしようか。
各々の事情で時間が合わなくて一人でこなせる依頼を手分けをして受けたから僕は今一人。
また一人の依頼を受けてもいいんだけど、中級で残っている依頼だと長期の物しかない。二人以上ならそこそこ割のいいのがあるのだけど。
中級の一人用の短期で取れる仕事というのは基本的に信用が必要とされる仕事が多い。
例えば大きな商会の簡単な荷物運びや倉庫番、身辺護衛なんかもそうだ。
身辺護衛なんかはさすがに一見さんお断りの世界だがその分破格の報酬が貰えたりする。
ただ失敗しただけではなく立場を利用して犯罪行為を行った場合は犯罪者として裁かれるだけに限らず組合の方から資格の永久はく奪と多額の罰金が科せられるのだ。
多分今ガルデには一人で行動している中級の冒険者が多いんだろうな。仲間が必要ないのか仲間を求めてここに来たのか、どっちかは分からないが残っている依頼を見ると二人以上で行動した方がいいかもしれない。
そうなると一番早く今の仕事が終わるのはたしかミサさんだ。明日で終わると言っていたかな? 今晩辺り誘ってみようか。
さて、そうと決まれば一日か二日で終わる仕事を初級から探そう。
仕事終わりの帰り道。すっかり暗くなり震えるような寒さを魔法を使って凌ぐ。
魔法って本当に便利だ。暖かい空気を服の中に生み出すだせるのだから。
これじゃあ寒さを克服できないな。魔法を使って暖を取れない時に困ってしまう。だけどこの暖かに勝てるはずもない。
けれど、その暖かさを一旦無くす必要が今出来た。
「雪か……」
空からひらひらと雪が落ちてくる。情報通り雪が降るのが早い。
目の前に落ちてきた雪を手の甲で受け止める。
冷たい。
雪はすぐ解けて水となった。
レナスさんも同じように雪を見ているかな。
アールスとアイネはどうだろう。初めて見る雪を見てどんな風になってるかな。今一緒にいないのが悔やまれる。
カナデさんはどうかな。喜んでるかな。寒がっているかもな。
ミサさんは雪があまり好きではないそうだけれどこっちの雪をどう感じるだろう。
早く帰ろう。帰って皆と話がしたい。
そう、暖かい我が家に帰るんだ。