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下見

 アールスが十連勝を成し遂げた翌日、アースに乗ってアールスと一緒に僕は再びティオ山へやって来た。

 魔獣達と僕達の他にはディアナが一緒にいるだけで他の皆はいない。

 ディアナを通してのレナスさんの連絡から街は昨日のアールスの十連勝達成の熱気がまだ冷めておらずまるでお祭り騒ぎだそうだ。

 けれど主役であるアールスがいないから盛り上がりには欠けているようだ。


「今アールスがドサイドにいないのは正解かもね」


 山道を歩いている途中暇でつい僕は頭に過った言葉をそのまま口にした。


「え? あー。今大変らしいもんね」

「落ち着くまで顔出して歩けなさそうだよね」

「そうだねー。これで私がトラファルガーに認められたらどうなるんだろ」

「それは誰にも言わなきゃいいんじゃない?」

「駄目駄目。もしもトラファルガーに認められて鱗貰ったらきちんとした表彰式を大々的にやるんだって言われてるもん。

 トラファルガーに挑む時は役所の人も同行するから勝敗をごまかす事も出来ないよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。トラファルガーに認められたら街を上げてお祝いするんだって。トラファルガーと一緒に凱旋するらしいよ」

「うわぁ……そんな事するんだ」

「それだけじゃなくてお祭りの間私の姿絵とかも売られるようになるんだって。その売り上げが一部私に入ってくるらしいの」

「それって下手したら僕よりもお金持ちになりそうだね」

「さすがにそこまでいかないよー」


 どうだろう。アールスはかわいいし最短日数かつ最年少で十連勝を達成して話題性も十分だ。


「……ところでそのお祭りっていつ行われるの?」

「色々準備があるからトラファルガー挑戦の一ヵ月後くらいを見てるって。負けたらもちろん何もなし」

「一ヵ月かぁ」


 それならばルーグまで行く余裕はあるか。

 いや、表彰式の日までアールスが打合せやら何やらでドサイドで拘束される可能性もあるか。

 ルーグでは滞在先として一軒家を借りようと思っているから僕はまとめ役という仲間の責任者として賃貸の交渉を行わなければならない。

 僕よりも上手く交渉できる人がいれば任せられるかもしれないが、あいにくと誰も家を借りるような交渉を経験した事が無い。

 誰も経験した事が無いのならまとめ役である僕が行かねばならないだろう。

 アールスと別れる事になるのだったらまた仲間を分けてもいいか。出来る事ならレナスさんにはアールスと一緒にいてもらいたいが……まぁそういう事態になったら考えればいいか。


 アールスと話をしながらあらかじめ聞いておいたアールスが希望する地形に近い場所へやって来た。

 そこは森の中で斜面の少ない平坦な地形をしている。

 しかし、平坦とは言ってもでこぼこが全くないわけじゃない。

 大きな岩が鎮座していたり動物が掘ったのか地面にところどころ穴があったりするのだ。

 これもアールスがあらかじめ希望していた事柄だ。

 地中に魔法陣を仕込む際に穴があればやりやすくなる。もちろん穴のある場所を把握しておかないと自分の足を取られる危険があるが、そこは魔力感知で地形を調べれば危険は少なくなる。

 岩も身を隠す障害物になるし、森という場所も火の息の使用を抑制できるかもしれない。

 もしかしたら山火事を気にしないで使ってくるかもしれないが……その時は今朝アールスに教えた時止めの魔法で対処してもらう事になるだろう。


 半刻ほど探索すると別の場所に移りそこでも同じようにアールスが探索する。

 そして、二回目の探索を終えた頃には空腹を覚えたのでお昼休憩を取る事にした。

 森の中のひらけた適当な場所に決めて地面に敷物を敷いて荷物を降ろす。

 今日のお昼は屋台で売られていた出来合いの物だ。

 作って用意するには材料を祝賀会で使ってしまって残ってなかったから仕方がない。

 そうしてお昼を食べ終えた後の食休みの時間にアースがまたお湯に入りたいとおねだりしてきた。

 それに対しアールスは何とも言い難い微妙な表情を見せた。


「湧き出てるお湯に入るって本当に大丈夫なの? 汚くない?」

「大丈夫。色は透き通ってたし、毒みたいなものもなかったよ。

 僕も後で入ろうかと思ってるくらいだよ」


 そのための準備も今日はしてきた。


「そ、そうなんだ。ナギが言うんなら大丈夫なのかな?」

「んふふ。アールスは僕が気持ちよさそうに入ってる所を見ているといいよ」

「むっ。なんだか意地悪な言い方」

「温泉って気持ちいいんだよ。お湯の成分によっては身体に良く効く効能も違うし。

 魔法で生み出したお湯にはないものがあるんだよ」

「せーぶん? こーのー? お湯の中に何か入ってるの?」

「うん。僕も別に詳しいわけじゃないんだけどね。山で湧き出てるお湯には料理で言うと出汁のように色々な物が混じってるんだ。

 そのいろいろな物には毒の沼みたいに身体に悪い成分もあるけど、身体に良い成分もあるんだ。

 まぁこの山のお湯にどういう効能があるのかは僕も分からないんだけど……気分の問題だよね」

「ふぅん。私も入ってみようかなぁ」

「着替えの準備とかしてあるの?」

「一応持って来てあるよ。山で汚れた時の為にってレナスちゃんが勧めてくれたの。身体を拭く用の布もあるし」

「さすがレナスさんだ」


 よく気の利く子だ。


「後ね、ナギとはぐれて遭難した時の為の非常食とか、寒くなった時の為の防寒具とか色々用意してくれたんだ」

「ううん。確かに必要だよね。防寒は魔法で補えちゃうから忘れがちだ」


 僕も万が一を考え非常食は持ってきているが防寒具までは気が回らなかったな。

 考えてみれば防寒にマナを使うよりも防寒具を使ってマナを節約した方がいいのかもしれない。

 防寒具の重さなんてそう大した物じゃない。前世の記憶からの感覚で言えば大した事のある重さなのだけど、身体能力がおそらく前世の世界の人間よりも高いこの星の人間にとっては問題になる重さではないんだ。




 食休みの時間が終わり二ヶ所の候補地を回った後アールスは戦う場所を決めた。

 戦う場所は木々の密集度は低く、岩のような障害物は少なく平坦とはいいがたい地面がでこぼこしている場所となった。

 最初アールスは平坦な場所を希望に出していたが、探索をしているうちに気が変わったのだ。

 人間にとってはさほど困るほどではないがトラファルガーほど大きいと歩きにくくなるようなそんなでこぼこした土地。それがアールスの出した結論だ。

 どうやら歩きにくそうにしているアースから着想を得た様だ。

 後はアールスが地形を覚えるだけだけど、それはまた後日という事になった。

 すぐにトラファルガーに挑むわけじゃない。対人戦から対トラファルガー戦用に戦い方を変えなくてはいけないのだ。さすがのアールスも万全を尽くすのなら時間をかけなければいけない。

 まぁそうは言ってもアールスは一週間もかける気はない様だけれど。


 アールスの用事が一段落着いてようやく後回しになっていた温泉に入る時がやって来た。

 場所は前にアース達が入浴した川。

 前と同じように川辺に岩や石で囲いを作りお湯が流れ込むようにする。

 ナスとゲイルの分も作ってから僕とアールスの囲いの間にはアースウォールで仕切りを作っておく。

 これでアールスも安心して入れるだろう。

 アールスに髪をなるべく濡らさないようにと忠告してから僕は服を脱ぐ。

 誰もいないとは分かっていても野外で服を脱ぐというのは恥ずかしいものだな。

 ちょっと手間取っているとアールスの方から水にはいる音が聞こえてきた。


「ほあ~~~~~」


 アールスの気持ちよさそうな声が聞こえてくる。

 

「んふふ。気持ちいい?」

「うん。気持ちいー。完全に外だと気持ち良さがここまで違うんだねー。グラード山の露天風呂より気持ちいいかも。

 ……ただちょっと座りが悪いかな。地面の石でお尻がちょっと痛い」

「あははっ」


 僕も温泉の中へ入る。

 地面に腰を下ろすとお湯は丁度胸が浸かり浮くくらいの高さだった。

 我ながら完璧な仕事だ。

 普通のお風呂でも胸の重さが軽くなるけれど野外だと胸の重力からの開放感が比べ物にならないな。

 川のせせらぎに森から聞こえるさざめき、そして山を吹き抜ける風の音。

 なんて気持ちがいいのだろう。あの子も……いや、他の皆も来たらよかったのだけど。

 でもさすがに野外で裸になるというのは難易度が高いだろうか?


「ねーナギー。一緒に入ってもいい?」

「へあっ!?」


 突然のアールスの申し出に変な声が出てしまった。


「な、なんで?」

「んー……一人じゃ寂しい。ナス達もそっち側だしさ」

「あー……」


 意図したわけじゃないがナス達の湯舟はたしかに僕と同じ側にある。


「いや、それだったら僕と交換する?」

「一緒に入ればいいじゃん」

「それは……恥ずかしくないの?」

「なんか前に一緒に入ったんだからいいかなって」

「う……わ、わかった。じゃあ僕目をつむってるから入っていいよ」


 幸い広さは余裕をもって作ったから詰めれば二人位は入る。ただ、その場合……アールスと密着してしまう事になるのだけど。


「やたっ。じゃあすぐそっち行くね!」


 アールスが湯船から出る音を聞いて僕はすぐに目をつむり少し移動してアールスが入る隙間を作る。

 アールスは言葉の通りすぐに僕が入っている隣に入って来た。

 アールスの身体が僕に当たる。やはり二人で入るには少し狭い。


「ふぃ~。気持ちいいね~」

「そ、そうだね」

「……ナギってさ、結構筋肉ついてるよね」

「え? そ、そりゃあ鍛えてるし。アールスだって筋肉あるじゃないか」

「触っていい?」

「……いいけど」


 許可を出すとアールスは早速僕の腕や足、腹筋を触ってきた。


「んー。さすがにガーベラちゃんほど固くはないね」

「えっ、結構固くなってると思ってたけどガーベラってそんなに固いの?」

「うん。んー。やっぱナギもミサさんみたいにはなってないね」

「ミサさんみたいに?」

「うん。ほら、ミサさんの身体ってさ触るとちょっと柔らかいんだけどしっかり触ってみると奥の方が硬いのがよく分かるんだよね」

「ああ。あれは多分脂肪が筋肉の上に乗ってるんだよ。皮下脂肪って奴でたぶんミサさんは脂肪が溜まりやすいんじゃないかな」


 前世では女性は皮下脂肪が溜まりやすくて落とすのが大変って同級生の女の子が嘆いてたっけ。

 この世界ではそういうのは聞かないな。そもそも脂肪が溜まって太ってる人というのもほとんど見ない。

 身体が大きい人は大抵元の体格が大きいか筋肉があるかだ。今世のお父さんなんかはその両方が理由で身体がとても大きいのだ。

 ミサさんに脂肪がついているのは人種的な体質の違いか? そうなるとレナスさんもそうなのだろうか? いや、それにしては脂肪が付いていないように見えるが……。


「男の子ってさ、やっぱミサさんみたいな身体が好きなんでしょ?」

「そうとは限らないよ。痩せてる方が好きだっていう人もいるし、そもそもミサさんは大きいからね。自分よりも大きい女の子は駄目っていうのも多いみたいだよ」


 旅の途中でもそう言った理由でミサさんに毒気づく人はいた。

 出会ったばかりの頃はそう言った人に対してアロエとエクレアがすぐさま出て脅しをかけるので止めるのが大変だったっけ。


「ナギはミサさんみたいな人が好みなの?」

「……どうしてそう思うの?」

「だってナギ前に露天風呂に入った時すけべな顔でミサさんの事見てたし」

「……やめて。そこはそっとしておいて」


 女の子にそんな事を指摘されるってどんな羞恥プレイだ!


「うりうり。どーなの?」


 アールスが肘で突いてくる。


「本当にやめて……そういうアールスはどうなんだよ。好きな男性とかいないの?」

「えー私? そういう事考えた事ないな」

「前にもそう言ってた気がするけど好みのタイプとかは無いの」

「えー? ナギが教えてくれたら教えるよ」

「よしっ。じゃあこの話題はお終い」

「あっ、ずるい! 教えてよー」

「駄目でーす。この話題はもう打ち切りでーす」

「むー。意地悪ー」

「んふふっ」

「……でもさ、本当の所どうなの? ミサさんの事好きなの? ナギが本気だったら応援するけど……」

「アールスの言う意味で好きって事は無いよ。尊敬はしてるし信頼もしてるけど」

「でも中身の年齢考えたら一番近いのってミサさんだよね?」

「中身の年齢なんて関係ないよ。僕がミサさんに感じてるのは仲間としての好意なんだから」

「そっかぁ」


 でも実際どうだろう? あの子がもしもいなかったら僕はミサさんと恋人になりたいと思っていただろうか?

 いままでそんな風に考えた事が無かったな。

 ミサさんだけじゃない。カナデさんも同じだ。

 どちらかと親密な関係になる未来もあるのだろうか?

 ……今の僕には分からないな。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「……ナギってさ、結構筋肉ついてるよね」 >「え? そ、そりゃあ鍛えてるし。アールスだって筋肉あるじゃないか」 >「触っていい?」 >「……いいけど」 この部分だけ抜き取って、ねじくれ…
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