三人の休日 その1
アールスが首都に引っ越しをする事を伝えた日から今度はフェアチャイルドさんの元気がなくなってしまった。
フェアチャイルドさんは元々活発な子ではなかった。いつも大人しくて一歩後ろをついてくるような控えめな子で……そうだ、大和撫子みたいな子と言うのが近いのかもしれない。
身体は弱いけれどいつも冷静で、感情をみだりに表に出さない所は周りの子と比べても大人びているように見える。もっとも、その所為で周りの子からは何を考えているのか分からないと蔭で言われ避けられていて、アールスとは逆に友達が少ないんだけど。
そんなフェアチャイルドさんが他の子から見ても元気が無いように見えるのは、単にアールスと親友と呼べるほどの仲の良さの所為だろう。
アールスも親友と思っているのだろう。他のみんなに伝える前にフェアチャイルドさんに一対一で伝えたらしい。
親友がいなくなるのだから元気がなくなるのは当然だ。僕はその事でフェアチャイルドさんを慰めようとは思わなかった。いや、できなかったんだ。
何故ってそれは……。
「大体さー僕達に黙って相談もなしに決めるってずるいと思わない?」
「思います……」
慰めるよりも前に愚痴が出るからだ。
「水臭いよねー。僕達友達だと思ってたのに」
「私ももうアールスさんなんて知りません」
僕の愚痴に付き合ううちにフェアチャイルドさんのほっぺも真っ赤に膨れてきた。
「お前達さ、さっきから同じ事の繰り返しで飽きない?」
今年同じ部屋になったケビン君が迷惑そうに僕達を見てくる。
「ケビン君はアールスが黙ってた事怒ってないの?」
「そりゃあ少しは思うけど……むしろナギが怒ってる事の方が驚きだよ。お前が怒るって珍しいじゃん」
「僕は怒ってませんよ。僕を怒らせたら大したもんですよ?」
「なんで敬語? いや、だったらなんで愚痴ってるわけ?」
「愚痴りたいからだよ。ねー?」
首を傾げつつフェアチャイルドさんに視線を向けると乗ってくれた。ちょっとうれしい。
愚痴って心が少しは晴れたのかフェアチャイルドさんの表情が少し明るくなった……ように見えたらいいな。フェアチャイルドさんって表情筋が硬いのか表情の変化が分かりづらいんだよね。
愚痴り大会もケビン君の邪魔が入ったおかげでお開きになり、そのままシエル様に語りかけた。
最近のアールスは僕とフェアチャイルドさんに対してのスキンシップが増えている。寂しさの表れなんだろうと思う。そう思うと僕にアールスのスキンシップを拒否する事は出来なかった。
フェアチャイルドさんもアールスのスキンシップに困惑している様子だけど、嫌がっている様子はない。きっとフェアチャイルドさんもアールスと別れるのを惜しんでいるんだ。
今アールスは僕とフェアチャイルドさんを両隣に侍らせ腕まで組んできて両手に花状態だ。
そして、今何をしているかというと三人で街を散歩している。
思えば今まで依頼や買い物で三人で街を歩き回った事は数多くあるけれど、純粋に散策目的で三人で出歩いた事はなかった。
きっかけはアールスだ。アールスが昨晩僕達の愚痴り大会の後シエル様と話している途中にやって来て今日三人で一緒に散歩をしようと提案してきたんだ。
本当なら休みの日には剣術の補講があったんだけど、今日は休んだ。
最初に向かったのは学校だった。
学校が休みの日はナスを小屋の外に出して運動させる事に決めている。前日に前もって許可を貰っておかないと学校の敷地内からは出せないし、一緒に遊びたいからという理由では許可は下りない。
そのためナスとは校内でしか一緒にいられない。それでもアールスはナスと遊べるし問題はないだろう。
問題があるとしたらフェアチャイルドさんだろうか?フェアチャイルドさんはまだ苦手意識が取れないみたいで、ナスに触れる事はできるけれどまだおっかなびっくりだ。
鍵を先生から借りてからナスのいる小屋に着くと鍵を開けナスを外へ出す。
「ぴー」
「ナス―」
アールスが僕達から離れナスに抱き着く。
「フェアチャイルドさん大丈夫?」
「はい。まだちょっと怖いけど……」
フェアチャイルドさんも慣れようとしているのか少しずつナスに近寄って行く。
ナスへのスキンシップが一通り終わると僕達はナスの運動がてら校内を歩き回る事にした。
グラウンドでは剣術の補講が行われている。邪魔にならないように僕達は隅っこの方を使ってナスの相手をした。
やる運動は簡単な追いかけっこだ。ナスが逃げて僕達が追いかけるというシンプルな遊びだ。
追いかけっこのルールでナスは追いかける側には回らない事になっている。これはナスが追いかけて間違えて角で人を刺さないように配慮をしての事だ。
そのルールに伴って追いかける側はナスの前には立ってはいけないというルールもある。
逃げ回る範囲も決まって、一定の範囲内に人が入ってきた場合は追いかけっこは中断となる。
ナスは流石に人間と比べてかなりすばしっこく、本気を出せば大人よりも高く飛び跳ねる事の出来るナスの脚力は僕達三人がかりでもナスはなかなか捕まらない。
特にフェアチャイルドさんは体力がないからすぐにばててしまって僕とアールスだけで追いかける事になった。
ナスの逃げ先を塞ぐ事はルール上できない。いつもなら三人でナスの逃げるルートを狭めるのだけど、フェアチャイルドさんが脱落気味の今二人でやるしかない。
一時間ほど追いかけっこをやったけれどナスに追いつくことはできなかった。けれどアールスは楽しそうだったから良しとしよう。
魔法で出した水で喉を潤して休憩した後はフェアチャイルドさんの動物への苦手意識を減らそうという話になった。
今までも友達内でさんざん話題には上がっていたけれど、フェアチャイルドさんはどうやら動物が何を考えているのか分からないから怖いらしい。
絵とかならかわいいと思うし好きらしいんだけれど、いざ生きている動物の目を見ると恐怖が湧いてくるんだとか。
ナスは頭はいいけれど、だからと言ってアイコンタクトを取れと言われたら僕も無理だ。僕にもナスの目がただ真っ赤な目にしか見えないんだ。
動物全般は無理でもナスは信頼できるようになってくれたら嬉しいんだけど、時間をかけるしかないかな。
「レナスちゃん。ほらほら、ナス動かないよ」
「う、うん……」
ナスはアールスの言う通り目を閉じて微動だにしない。目を閉じてるのはフェアチャイルドさんを怖がらせないためだろう。
アールスがフェアチャイルドさんの手を引きナスに触れさせようとしている。
「ナスね、すっごく優しいんだよ~」
「それは、知っています……」
「えへへ、そうだよね。ナスいい子いい子~」
「ぴ~」
アールスに褒められてナスは嬉しいのか耳をぱたぱたと動かした。その耳の動きにフェアチャイルドさんは驚いたのか身を竦めたのを僕は見逃さなかった。
きっとああいう予想外の動きも苦手な理由の一つでもあるんだろう。今のフェアチャイルドさんに必要なのはナスに対する信用だ。信用できないから怖いんだ。
フェアチャイルドさんが大きく深呼吸をしてナスの背中に手を伸ばした。ナスはフェアチャイルドさんの手を動かずに受け入れている。
「気持ちいい?」
「……はい」
触ったのは初めてじゃないはずだけど擦る手がぎこちない。時々ナスの耳を見ているのも気になる。
ナスを信用してもらうにはどうしたらいいだろう。ナス自身はよくやってくれていると思う。僕の言いつけを守って人を傷つけたり、怖がらせたりしていない。寧ろ僕含めしょっちゅう身体を触られているが、嫌がるそぶりを全く見せない。触られるのが好きなんだろうけど、嫌にはならないのだろうか?
二人と一匹が戯れて……そうそう、この世界ではナビィの事は羽とは数えない。他の動物と同じく匹だ。ナビィって兎と訳されないから違う種なんだろうけど、それが関係しているのかは分からない。
それはともかくとして、二人と一匹が戯れているのを見ていると癒される。
可愛い子供と可愛い動物が触れあっている所を写真やビデオで残せないのが残念だ。写真とか作れないかなーでも僕作り方なんてわからないんだよなー。
……そうだ、別に写真じゃなくてもいいじゃないか。絵だよ絵。なんで今まで僕は気が付かなかったんだ。絵描きさんに絵を描いてもらってそれをアールスにプレゼントとかいいんじゃないか? あんまり嵩張るのも問題かもしれないけど、アールスは首都に行ったら小母さんと一緒に暮らすはず。一緒に暮らすという事は自分の家がある。置き場所にはそれほど困らないはずだ。
ナスも一緒に描いて欲しいから場所は学校でって事になる。そうなると先生の許可も必要か。
そもそも絵描きさんっていくら位で仕事を引き受けてくれるんだろう?そこも先生と相談した方がいいかな。
アールスや他の子達に伝えるのは先生に相談した後の方がいいだろう。先に伝えておいて、どんな理由であれ計画が頓挫したらがっかりするだろうからね。




