最後の試合
試合場にアールスが出てくると大きな歓声が上がった。
始めて闘技場に登録してたったの九試合。しかも連日戦って十日間で十試合目に挑むのが可愛らしい少女なのだからこの歓声も当然の事だと思う。
その事に対する非難や妬み嫉みの声も聞こえてくる。
結界に声を遮断する効果は無い。当然負の声も聞こえている。
それでもアールスは聞こえていないかのように立っている。いや、試合に集中していて実際に聞こえていないのかもしれない。
大会前という相手が慎重になり尚且つ負けを認めやすいという時期で、戦い抜きやすかったとしても戦い抜ける地力が無ければここまでは来れなかっただろう。
ここまでこれたのはれっきとしたアールスの実力だ。
周りの声なんて関係ない。僕にできるのはアールスが勝つ事、そして無事に帰ってくることを信じるだけだ。
アールスは真っ直ぐと相手の事を見ながら魔法陣を張り巡らしている。
もうすでに戦いは始まっている。
試合開始の合図と共にいつものようにアールスが魔法を撃ち先手を取る。
相手はアールスの魔法を軽い身のこなしで避けながら接近を図ろうとする。
アールスが接近してくる相手に対しどんどん魔法を繰り出す。けれど相手は時には避け時には魔法で相殺し距離を詰める事に成功した。
魔法だけで倒すというのは難しいようでアールスが魔法だけで勝てた相手というのは今までの試合で誰もいない。
いかに闘士達が魔法対策をしているかがよく分かる。
互いの間合いに入った所で相手の闘士は自分の背後に魔法陣を一瞬で構築し発動させた。
発動とほぼ同時に相手の闘士が一気にアールスの懐に入り込む。
発動させたのはアースウォールだ。アースウォールで自分の背中を押し加速したんだ。
何も知らなかったら急に加速した相手に対応するのは難しいだろう。
けれどアールスは奇襲と言える一撃を防ぎ逆に相手の首元に剣を置いた。
決着だ。
……そう思ったのだけどよく見るといつ取り出したのか短剣を持っていて、短剣の先がアールスの心臓の辺りを捉えていた。
「おしい! せっかくの好機だったのに……」
アールスが相手の奇襲を防げたのは前もってそういう事をしてくると分かっていたからだ。
レナスさんがメモしてまとめた闘士の情報をアールスは毎晩読み込んでいる。
だけどこれでもう自分の情報がアールスに知られている事に相手に気づかれただろう。
互いに武器を突き付けたまま動きを止めるがマナは互いに激しく動いている。
先にマナが動くのをやめたのはアールスだった。
アールスと相手の闘士の間にアースウォールが勢いよく出てくる。
相手はそれに気を取られたのかアールスが後ろに下がって相手の短剣から逃れる事が出来た。
アールスが離れた事によって仕切り直しになる。そう思ったが相手はアールスを逃す気はないらしい。
後ろに下がったアールスに対して相手はすぐさまアースウォールをアールスの後ろと左右囲むように生み出した。
それに対してアールスはアイスウォールを目の前に生み出し一旦蓋をした。
アースウォールを使わなかったのはアースウォールは地面の土を使う魔法なのだけれど、アースウォールを使われた直後の付近の土は魔法を使った人間のマナが浸み込んでいて別の人間がすぐに新しくアースウォールを使うのは難しいからだ。
そんな理由もあって僕はアイスウォールを多用するのだけど、アールスは土に愛着があるのかアースウォールを多用している。豊穣を司る神であるルゥネイト様の影響だろうか?
閉じ込められたアールスは土の壁をアースウォールの魔法を使い形変え脱出した。
しかしそこで複数のファイアアローがアールスを襲う。
脱出の際の隙を狙っていたんだ。
アールスは避けようとするが一つだけ左の肩当部分に直撃してしまう。
一瞬ヒヤリとさせられたが運よく服や髪に燃え移る事は無かった。
アールスは態勢を整える為か複数の違う魔法陣を展開し順々に発動させる。
その攻撃はさすがの相手もさばききれるものではなかったようで距離を取って全て避けた。
距離が離れた事によって一息つくかと思いきや相手も反撃を始めたから魔法の応酬が始まった。
魔法の応酬は最初は互角に見えたが徐々にアールスが押していく。
しかしそれは相手がまともにやり合おうとしてないからだ。その証拠にマナの消費という点ではアールスの方が消費が多い。
元々のマナもアールスの方が少ないから今の調子で魔法を使っていると先にアールスの方がマナが尽きるかもしれない。
けれど長期戦になれば有利なのは体力のあるアールスの方だと思われる。
ようはマナの量を多少相手よりも多く使ってもでも休ませず疲れさせられればアールスの方の勝ちがより近くなるという事だ。
しかし、相手の立ち回りを見る限り長期戦を挑む気はない様だ。
アールスの魔法をかわしつつ少しずつアールスに接近している。
アールスは近づけないようにしているが上手くいっていない。再び接近されるのは時間の問題だろうからそれまでにどれだけ相手を疲労させられるかが勝負の鍵となるのかもしれない。
少しずつ近づかれ再び互いの武器の間合いまで接近した。
相手の闘士は魔法で牽制しつつアールスに攻撃を仕掛け、アールスはそれを凌いでいる。
中々反撃の糸口を見つけられないようでアールスは苦しそうな顔をしている。
「上手いですネ。非力とは聞いていましたガ、その弱点を打ち込む角度と二刀流の弱点も突く事によって補っていマス。
二刀流は手数は増やせますガ、その分片手でしか持てず両手持ちに比べて保持力が劣りマス。
そこを突きつつ相手は両手で持ちさらに柔軟な体によって打ち込む角度を変えているんですネ」
「たしかに返し辛そうな所ばかり狙われてますね」
「それだけじゃないよ。打ち込むリズムを常に変えてる。そのくせ打ち返す隙も与えてない。このままだとねーちゃんやられちゃうよ」
「耐えきれれば相手が疲れて隙が出来ませんか?」
僕がそう聞くとミサさんは難しい顔をして首を横に振った。
「無理ですネ。今相手は連続攻撃によってアールスちゃんの防御をこじ開け隙を作ろうとしているんデス。このままだと押し切られてしまいマス。
魔法を使おうにもああもやられていたら考える余裕もないでショウ」
「とーか前までのねーちゃんなら勝ち目なかったかもね」
「かもねって……アイネはさっきやられるって言ったじゃないか?」
「このまま続けばね。でもねーちゃんがこれで終わるはずがないよ。このとーか間毎朝ねーちゃんの相手してたあたしなら分かる。ねーちゃん一試合毎に強くなってる。
今のねーちゃんは悔しいほど強くなってるんだ。だから勝てるよ」
アイネの口ぶりは本当に悔しそうだ。
アイネの言った事は本当なんだろう。たったの九試合だがアールスは確実に強くなっているのなら勝機はあるに違いない。
少なくとも僕はあると信じたい。
試合を新たな局面へ動かしたのはアールスだった。
相手の剣を大きく弾く事に成功させたのだ。
剣を弾かれた相手は回転運動を利用し素早く態勢を整えたおかげでほとんど隙を見せなかったが連撃は止まった。
相手の牽制の魔法をかわし今度はアールスが攻勢に出る。
「今どうやって相手の攻撃弾いたんだろう」
「一瞬でしたのでワタシも分かりませんネェ」
「今のは弾いたのではなくて受け流したんですよぉ」
そう答えてくれたのはカナデさんだった。
「受け流した……にしては相手が大きくよろめいていましたけど」
「相手のとっておきの一撃を受け流したんですよぉ。さっきミサさんが仰っていた防御をこじ開ける為の最後の一撃。きっとそれを狙っていたのではないでしょうか~?」
「それかー。ねーちゃんらしー」
「カナデよく分かりますネ」
「目には自信がありますから~」
なんにせよアールスが優勢になった。
このまま押し切れるといいのだけど。