技量
お昼ご飯を食べている間にゲイルは何度もお風呂の出入りを繰り返した。
僕の忠告通りのぼせる前に身体を冷やしているんだろう。でも何度も入り直すという事はそんなに気に入ったのか。
ご飯を食べているうちにヒビキも起きた。ヒビキは温泉には興味を示さず、むしろ石の下にいる虫に興味が向いていた。
いかにも虫を食べたそうに涎を垂らし僕を見てきたが、毒を持っているかもしれないので食べさせる訳にはいかない。
駄目だよと言ったらむくれてしまったので代わりに僕のお弁当を少し分けたら途端に機嫌を直した。僕のお弁当に虫が材料の料理は入っていないんだけどな。
ご飯を食べ終える頃にはナスもお風呂から出て涼んでいた。
「ゲイルとアースもそろそろ出てねー!」
そう呼びかけるとゲイルはお風呂から出た。
アースの方は動きが鈍い。こっちには向かっているがわざとゆっくりと歩いているように見える。
のぼせたか? それとも滑るから気を付けてるのか。
意識を切り替え生命力を見てみるが特に変化は感じられない。いや、のぼせたくらいじゃそんなに変化しないか?
なんにせよ川の中に倒れたら危ない。いつでも助けられるように準備しておかなければ。……そう思ったのだけどアースは普通に川から出てきた。
「アース。のぼせてない?」
「ぼふぼふ」
大丈夫だとは言うが少し心配ではある。あるが……。
「うーん。とりあえず乾かそうか」
無事に戻って来たのなら心配するよりもすることがあるだろう。
魔法陣を使い温風を出す。そしてアースの膨大なマナに潜り込ませるように僕のマナをアースの身体にまとわりついている水分に浸透させる。
マナは他の物とは勝手に混ざらない。だからアースに膨大なマナがあろうと水分を纏っていれば僕のマナを潜り込ませられる隙となる。
精霊達の家がいい例だ。家の中に入っていればアースの膨大なマナの影響を受けずに済む。
これをトラファルガーに応用……と言いたい所だけど水にマナを瞬時に浸透させられるのは僕が知る限りでは僕とナス、それにユウナ様ぐらいだろう。
欠点もある。膨大なマナが邪魔している場合水分に術者が直接触れないといけないという事だ。トラファルガー相手にこれをするのは作戦がいるだろう。
マナを浸透させた水分は僕の思い通りに動くようになる。このまま水を魔法陣の形にすれば魔法を発動させることもできる。
だけど魔力操作の技量が高くないと魔法陣は小さく出来ない。僕やナス、ユウナ様ぐらいになれば極小の魔法陣を作る事もできるが、これもまだアールスには無理だ。
川や水たまりのある所ならトラファルガーも警戒するかもしれないけれど可能性がないわけじゃないか?
ただ流水だと流れに影響されてしまうのでマナを維持するというのは実は難しい。狙うならやはり水たまりか。
……いや、もう一つ方法はあるか。水分にマナを浸透させる時間と水を操って魔法陣を作る時間を稼ぐ方法が。
だけどあれを教えるのは僕だけの判断で出来る事じゃない。元々僕が一人で考え生み出した物じゃないんだ。
ちゃんと話して筋を通さないといけない。
アースの身体から余分な水分を取って十分に乾かしてからエリアヒールを使う。
神聖魔法はどんなにマナが多くても影響がないので便利だ。
「ナスとゲイルもエリアヒール使うからこっちに来て」
「ぴー」
念のためにナスとゲイルの身体も触って水分が取れているか確かめてから痛んだ体毛を癒す為にエリアヒールを使った。
三匹にエリアヒールを使いながら僕達はミサさん達のいる場所へ戻るため歩き出した。
その途中ディアナから連絡がありアールスの試合が始まった事を告げられた。
レナスさんによると相手は見た事の無い相手。恐らくは賞金狙いだろうと予測を教えてくれた。
昨日の事が蘇る。
アールスの着ていた鎖帷子は不良品ではなかった。破壊された痕はすっぱりと切られたもので、僕だったら魔法剣を使わないと出来ない痕だった。
そして僕が見た限りでは相手は魔法剣は使っていたかどうかは分からない。
分からないというのは遠くていくら魔眼を持っていても確認しきれないからだ。例えば魔法剣に使うマナを最小限にされたら相手のマナに自分のマナを接続していない限りは目視で確認するのは不可能だ。
ただそこまでの技量を持っていたというのは少し考えられない。そんな技量があるのならアールスに分からないように魔法陣を作れるはずだからだ。
アールスの魔力感知はまだまだ未熟だ。細いマナの糸で魔法陣を作られたら感知しきれないだろう。
そんな細いマナなら遠くからだと僕だって魔眼で確認することは出来ない。やられていたら魔法陣の無い所から魔法が出ているように見えただろう。
そこまで出ないしろ魔法陣に使う線はなるべく細くするべきだ。そうすれば相手の感知力によっては感知できなくなるのだから。
アールスの線とそれほど変わらなかったという事は技量はアールスと変わらないと考えてもいいかもしれない。
だから、きっとアールスの鎖帷子を切ったのは相手の純粋な戦士としての力量が高いのと剣が良い物だったからなのだと思う。
厚さが無い鎖帷子とはいえ突きで斬鉄出来る技量を持った人以上の勝利数を誇る人が今日の相手かも知れない。
そう思うだけで気が重くなる。
僕は不安を抱えたままミサさん達と合流した。
合流した際ミサさんは僕が不安を抱えている事をすぐさま見抜いてきた。
事情を話すとミサさんは僕の背中に手を添えて労わってくれた。
さすがは聖職者だけあってミサさんは心を落ち着かせるのが上手い。
気持ちが軽くなった所でもう一度ディアナが出てきてアールスの試合が終わったと伝えてきた。
昨日の試合よりも短い。その事に再び不安が心臓の辺りを覆ってくる。
だけどディアナは今回は無傷でアールスが勝ったと教えてくれた。
その事に僕は安堵し、そして疑いもした。もしかしたら僕を心配させたくなくて嘘をついたのではないだろうか? と。
昨日の戦いを見た後だとさすがに無傷というのは嘘だろうと思ってしまうが、かすり傷とかなら観客席からだと遠く見えなくて無傷に見えただけかもしれないか。
疑っても仕方ない。アールスが無事なのならそれでいいのだから。
午後の演習は軍の方が勝った。トラファルガーをひっくり返すのに成功し、前両脚を破壊出来たのが功を奏し動きが鈍くなったところに騎兵隊がかく乱し体力を使わせていた。
子供達からはトラファルガーを心配する声が多かったけれど軍を非難する声は聞こえてこなかった。軍は別に不人気とかそういう事は無い様だ。
演習が終わるとすぐにトラファルガーの傷の治療が始まったので僕達は帰る事にした。
治療が終わるまで待っていたらどれくらいかかるか分からないからだ。
補足
ナギにとってまだまだ未熟=一流と呼ばれるくらいの腕前