トラファルガーの本気
山の表面をなぞり調べ終わると一息つく。とりあえずどういう地形をしているのかは分かった。
演習の方は三度交代して今は前衛部隊がトラファルガーの前に出ている。
トラファルガーの方はというと……なんだか身体から湯気が出ている。
「今日ってそんなに寒くないよね」
「あれな、体温が上がってものごっつう熱うなっとるらしいで」
「ああ……トカゲって体温調節できないもんね。大丈夫なのかな……」
「ああなると大分消耗してる証拠や。でも安心してええで。自分で魔法使って冷やせるからな。ほら見てみい」
トラファルガーの背の上空に魔法陣が構築され発動する。
魔法陣から大量の水の塊が現れトラファルガーに向かって落ちていく。
水の塊はきちんと制御されているようでトラファルガーの身体を蒸発する音を鳴らしながら包み込んでいく。
ここからでも蒸発する音が聞こえるってかなりの高温になっているのではないだろうか。
「体力自体は戻らんし、またすぐに体温は上がる。けどな、ここからやで。やっかいなのは。今のトラファルガーは文字通り身体が温まっとる状態や」
ガーベラの言う通りトラファルガーの動きが目に見えてよくなっている。
もしかしてこんな北にいるのはこの体温を抑える為なのだろうか?
冬になれば寒さで体温を下げられるから身体を思いきり動かせるのかもしれない。
「あの状態のトラファルガーは疲れやすくなっとる。せやから体力を削り切れれば軍の勝ち。出来なくて体力を回復させてもうたら負けや。勝つには休ませずに攻めるしかない。正念場やな」
「トラファルガーをひっくり返らせるのがことごとく失敗したのが痛いね」
「せやな。ここまでに脚の一本も持っていけたら良かったんやけど」
この演習トラファルガーに対して厳しすぎないだろうか?
……いや、練度の高さで軽傷で済んでいるようだけれど人間の方も下手したら死んでいる攻撃を何度もやられているか。
動作の一つ一つが良くなったトラファルガーの攻撃は三つの部隊を押し始めた。
「ガーベラ。事前に罠仕掛けておくってありかな?」
「そういうのは駄目らしいで」
「そっか……」
兵達は押され続け結局巻き返す事が出来ず敗北という形で午前の演習は終わった。
休憩時間になるとトラファルガーがこちらに向かって歩いて来る。
ガーベラによるとこれからふれあいの時間が始まるらしい。
そんなものがあるだなんて知らなかったと、何故教えてくれなかったんだという不満を含ませて聞くと驚かせたかったようだ。
トラファルガーの頭が崖の下からにゅっと伸び出てきた。
下を確認するとトラファルガーは二本足で立ち崖に前足を起き身体を支えている。
何となく犬が飼い主におねだりや甘えてくる時の仕草のようで可愛らしい。
観客の子供達もトラファルガーの近くによっている。
しかし、当のトラファルガーは近寄って来た子供達の方ではなく、何やらアースの方をじっと見つめていた。
アースに興味があるのだろうか?
「あのー。うちのアースに何か御用でしょうか?」
「ぐる?」
問いかけるとトラファルガーが反応を示し僕の方を見る。
自分が魔獣使いである事とアースは仲間である事、それに僕は能力で翻訳する事が出来る事を伝えるとトラファルガーは納得したように頷いた。
そしてアースを見つめていたのは体毛の美しさに見とれていたらしい。これには僕も思わず自慢をしたくなってしまった。
アースの毛並みの手入れは旅をしているという事もあって完ぺきとは言えないけれど皆と協力し合って手入れしているんだ。その努力が褒められているようでやはりうれしい。
アースにもトラファルガーが見とれていた事を伝えると嬉しそうに鼻を鳴らした。
ものはついでにと温泉を探す際に縄張りに入るかもしれない事に関する可否を伺うと無闇に荒らさなければ自由に入っていいと許可が下りた。
そもそも野生の動物も入ったりするらしい。猿とかいるのだろうか?
お礼を言って早速温泉に行く事にしよう。だけどその前に最後にトラファルガーに最後のお願いをする。
「あの、最後に触ってもいいですか?」
「ぐるっ」
トラファルガーは僕のお願いを聞いてくれ顔を手が届く位置まで下げてくれた。
鱗は硬くてとても熱かい。
「こんなに熱くて火傷とかしないんですか?」
「ぐるぅぐるるぐる」
どうやら火傷はしないらしいけどすごく疲れるようだ。
今だって疲れているだろうに僕や観客達の相手をしてくれている。なんて良い魔獣なんだろう。
トラファルガーに一旦のお別れとお礼を告げてからミサさんとガーベラに改めてこれからアースを温泉まで連れて行く事を伝える。
アースの入れる温泉についてはすでに目星がついている。
偶然ではない。ティオ山には温泉が流れている川があるのだ。
源泉が高い所にありお湯が流れ出て滝になり、そこから川となっているんだ。
マナで確認しただけなので温度までは分からないが源泉からそう遠くないから大丈夫だろう。
目的の場所まで歩いて行くと徐々に硫黄の匂いが強くなって来た。
「アースは匂い大丈夫?」
「ぼふ」
ナスとゲイルはマスクの効果か問題なさそうだ。
ヒビキの方はというと……ただいま僕の腕の中でお昼寝中だ。というか演習の最初の方からずっと眠っている。
しばらく歩いて目的の場所に着く。地面には石や大きな岩が転がっていて足場が悪い。アースとナスに気を付ける様に言ってから慎重に川へ近づく。
肝心の川からは湯気が出ている。
温度を確かめる為慎重にゆっくりと手を川の中に入れる。
温度は問題ない。少し温いくらいだ。流れの速さも穏やかでアースなら足を取られることもないだろう。
次に手を川から離しアナライズのこもった魔法石を使い自分の手の状態を確かめる。
酸性のお湯の様だが皮膚に異常が出るほどではなく丁度良く殺菌されているようだ。これならアースが入っても大丈夫だ。
だけど毛には優しくないから後で体毛にエリアヒールをかけないとな。
「アース。入る前に一つ忠告。この川の中に入ると体毛が痛んでごわごわになっちゃうんだ。もちろん僕のエリアヒールで治せるから遠慮しないで入って大丈夫だけど、どうする?」
僕の問いにアースは考えるそぶりを見せた後それでも入ってみたい、と答えた。
「うん。じゃあ入っていいよ。滑らないように気を付けてね」
「ぼふー」
川の中に入っていくアースを見送った後前足で水面を叩いているナスに気づいた。
「ナスも入りたいの?」
「ぴー」
「んふふ。じゃあマスク濡れちゃうし外した方がいいかな?」
「ぴぃー……」
「ちょっとだけ外してみて駄目だったら着けたままでいいよ。ただし、出たらきちんとマナを使って水分を取る事。いいね?」
「ぴー!」
ためしに少しマスクを取ってみるとナスは猫のフレーメン反応の時のような顔をした。別にフェロモンを嗅ぎ分けてるわけじゃなくただ単に臭いからだろう。
とりあえず元に戻しておこう。
「駄目か」
「ぴぃ~」
「きーきー」
「ん? ゲイルも入りたいの??」
「きー。ききぃ」
湯浴びはしたいけどマスクはとる気はない様だ。
「じゃあ二人用の温泉別々に用意するからちょっと待ってね」
川の流れがゆっくりとは言え真ん中あたりはアースが入れるくらい深い。
安全の為にも川には入らせない方がいいだろう。
なので川のすぐ近くにまずは岩や石を円になるように適当に置き、さらに隙間が無くなるように小さな石を詰めていけば簡易のお風呂の出来上がりだ。
この工程をナス用とヒビキ用という風に大きさと深さを分けて行えばいい。
小石を詰める作業は二匹とも協力してくれた。
ゲイルがかっこいい石を厳選しようとしたけれどそれはさすがに止めた。じっくり厳選する時間はないのだ。
石の囲いが出来ればあとはマナで川のお湯を操り入れるだけでいい。
「二人ともは長湯しちゃ駄目だからね。特にゲイルは小さいんだから暑くなったらすぐ出でるんだよ?」
「きー」
お湯に浸かっていられるのは乾かす時間も考えると三十分くらいが限界だろう。
この間にお昼を済ませちゃおう。