強者
演習が始まって一時間ほど経ったが兵士達はトラファルガーに対して攻めきれないでいた。
三つに分けられた部隊は本来なら左右の部隊がトラファルガーの側面を取るように動くのだけど、トラファルガーはその動きをことごとく防いでいるとガーベラは説明してくれた。
どうやら連携の甘い所をついているらしい。上手く出来ればトラファルガーは側面を取る事を許してくれるそうだ。
つまり手加減してくれているという訳だ。なんという上から目線。
しかし何百年も演習相手を引き受けていたトラファルガーにはどんな熟練された部隊や指揮官でも裏を取る事は出来ないらしい。
もしも出来たら歴史的な快挙として歴史に名を残してもおかしくないとガーベラは言うが事実かどうかは分からない。
「僕には兵士さん達の方が劣勢に見えるけど大丈夫なの?」
「んー。まぁそれはこれからやな。そろそろ時間だと思うし」
「時間?」
「まぁ見とき」
そう言われて素直に待つ事にした。
それからちょっとしてガーベラの言いたい事が分かった。
トラファルガーの下から土の塊が勢いよく突き出てきた。トラファルガーはその土に左前脚を取られたがすぐに体勢を整え直した。
魔法陣は無かったから精霊魔法だろうか?
「あー。今回は失敗かー。あれほんまは完全にひっくり返す為にやったんやけどな、あんま成功率高くないねん」
土の塊が突き出ると同時に三つの部隊は後退。代わりに騎兵隊が十騎前に出てくる。
そして重さを感じさせないほど素早く馬は駆け、トラファルガーを取り囲む。
「なるほど。でもあれ氷の槍でやれば傷つけられるんじゃ?」
「無理らしいで。腹が比較的柔らかい言うても魔法剣使わんと普通の鉄の槍でも通らんらしいからな」
「本当に強いな……じゃあ落とし穴にするとか……」
「土ぐらいは操れてすぐに上がってくるらしいけど……それでも背中に乗る時間ぐらいは稼げるかもなぁ」
「それをやらないって事は対策されてるって事かな」
「いや、きっと練度を上げる為やろな。トラファルガーはどんな作戦でもとりあえず受けるんや。受けて甘いと感じたら蹴散らして、十分やと思ったら次の行動を待つんや」
「そうか。あの作戦がいつ必要になるか分からないから今の内に実験してノウハウを蓄えてるのか」
「せや」
騎兵隊はトラファルガーの死角を突いて突撃しすぐに離脱するという典型的なヒットアンドアウェイを仕掛けて注意を自分達に向けさせ後退する三部隊を援護している。
「あれって休ませるために後退させてるのかな? もう三つ前衛用の部隊を用意した方交代させやすそうだけど」
「基本的に魔獣討伐は三十人程度の一つの部隊で行われるんや。トラファルガーのような大きさの魔獣の場合は今の展開されてる規模になんねん。
殺すだけなら本来あれだけで十分なんや。
もちろん必要ならもっと増やすんやろうけども、もっと多くの部隊を動かすんにも金やがぎょうさんかかるからな。まずは必要最低限の部隊で動かせるように訓練しとんねん」
「なるほどねぇ。勉強になるよ。
それにしてもあの馬達足が速いね。しかも良く動く。魔獣じゃなさそうだけどよく訓練されてる証拠だ」
トラファルガーの攻撃を掠らせてすらいない。
「そうかぁ? 馬ってあんなもんやろ?」
「馬は本来臆病な生き物だからね。普通の馬は魔獣見たらすぐ逃げ出すよ。
だけど見て。トラファルガーから目を逸らしてない。そしてあの馬達の走り。怯えがないよ。持てる力を発揮してるねあれは」
「この距離でよく分かるなぁ」
「街中に入るとアースに怯える馬をよく見るからね。馬って怯えると顔を逸らしたり耳を後ろに向かせたり、尻尾を激しく振ったり地面を蹴りつけたりするんだ」
騎兵隊の攻防は控えの騎兵と上手く交代し休憩を挟んだので長く、しかも一騎足りとも欠ける事なく続いた。
だけどトラファルガーは疲れを見せるどころか傷つく事すらなかった。
「強い」
その一言に全てが集約される。
大きくて堅牢というのはそれだけで強いという事を改めて思い知らされる。
僕一人だったらあのトラファルガーにどうやって立ち向かったらいいのか分からない。
アースの時はどうしてただろう。たしかアイスウォールを使ってアースの背に乗り最後は残ったマナをすべてサンライトに込めて放ったんだったか。
神聖魔法ならトラファルガーに通用するだろうが、アールスには使えない手段だから考えても仕方ない。
アイスウォールを使ってトラファルガーに取り付くのも難しいだろう。
トラファルガーはアースと違って脚と尻尾を攻撃に使える。首だって長くて横にいる相手をかみつきやすい。
足場を作って駆け上がる余裕があるとは考えない方がいいだろう。
そうなると騎兵隊のように脚や尻尾のような身体の先端部分を集中的に狙って出血を狙うのが効果的か。
「ねぇガーベラ。脚の強度は身体よりはましなのかな」
「せやな。大分強度は下がるらしいで。けどやすりみたいになってるからな。攻撃するたびに削られるんや。交代する度に武器変えとるやろ?」
「うん。修理費が心配だよ」
「そこら辺は大丈夫や。あれ穂先石で出来とるからな」
「へぇ?」
「なんでも魔法で生み出した石を使ってるらしいわ」
「そっか……強度は魔法剣で補えばいいから使い捨て用と考えればいい考えだね」
ただそれも真似しにくいな。石を魔法で生み出すのは魔法陣があっても多くのマナが必要だけどアースなら作れるか?
いや、アースに頼むのならレナスさん用に作ってもらった旋棍のように丈夫な岩から加工してもらった方がいいだろう。
軍が石を生み出してるのはいちいち岩を切り出していたら岩が無くなってしまうからだ。
この問題は石造りの家を作る際にも問題となり、建築用の石材は専用の魔法陣を使って生み出されている。
僕達が仕事があるだろうと狙いをつけている現在作られている最中の都市でも石材を生み出せるだけのマナを持った人は稼げると聞いている。
いかん。思考が逸れてしまった。
石の武器を大量に作ったとしてもそれを持ち運ぶのはさすがに難しい。
いや? あらかじめ持ってきておいて隠しておけば何とかなるか?
「トラファルガーに挑戦した時ってさ、場所とかは指定できるの?」
「もちろんできるで。自分に有利な場所を選ぶのは基本らしいわ」
「なるほど。基本か」
そうなると僕がこの山の……まてよ?
「指定ってこの山の中じゃなくてもいいの?」
「ええはずやけど、山降りると障害物あんまない事考えると、この山で戦った方がええと思うで」
「ん。そっか」
山を降りるというのも選択の一つではあるけど、そこはアールスが決める事か。
とりあえずこの山の地形を把握しておこう。幸い演習の方はまだ状況が動きそうにない。少し意識を他の事に使っても大丈夫だろう。




