演習開始
「ナギ、トラファルガーは仲間になりそう?」
ディアナが家にしている石から出てきて聞いてきた。
「なりそうにないかな」
トラファルガーは僕がどんなに願っても仲間にはならない気がする。
「分かるのね」
「まぁ何となくだけどね。縁が無いって言ったらいいのかな。トラファルガーは皆とは違うなって感じるんだ」
バオウルフ様相手でもそう感じる事は無かったけど……思い返してみれば大森林で出会った魔獣の中にはそう感じる魔獣が確かにいた。
これは僕だけが感じている物なのかそれとも他の魔獣使いも感じる物なのかは判断がつかない。
「そう。強そうなのに残念ね」
「そうだね。でも連れて行くとなると面倒な事になりそうだよね」
そう言って周囲にいる観客を見渡す。皆トラファルガーに注目している。
「トラファルガーがいなくなると演習が出来なくなるし、挑戦する事も出来なくなる。
トラファルガーの姿も見る事も出来なくなるんだ。周りにいる人達の楽しみを奪うような事はしたくないかな」
火を噴いて観客を楽しませているトラファルガーを見て強くそう思う。きっとここがトラファルガーの居場所なんだろう。
それにしてもファンサービス精神が旺盛だ。演習が始まるまで退屈しないようにしてくれているのだろうか?
結局トラファルガーのパフォーマンスは軍の演習部隊が姿を現すまで続き僕達観客を楽しませてくれた。
演習が始まる前に柵の近くに配置されている兵士さん達に興奮して柵から落ちないようにと改めて強く注意喚起される。
そして、演習開始の銅鑼の音がくぼ地に響き渡るとトラファルガーはまるで挑発するかのように大きな声を出して威嚇し、尻尾で何度も地面に叩く。
兵士達の方はというと十人の重厚な鎧を纏い盾を持った兵が一番前に並び、その後方にとても長い槍を持った兵が並ぶ。さらにその後ろには弓を持った兵が二列になって配置されている。
そして、その縦四列横十列の塊は三つあり、銅鑼が鳴ると同時にトラファルガーを起点に扇状になるように動き出した。
その三つの塊の後ろには二十騎からなる騎兵隊が存在する。武装した馬に乗った騎士が槍兵の持つ長槍のように長くはないがそれでも大きな槍を持っている。馬上槍という物だろうか?
さらに騎兵隊の後ろには身軽そうな格好をした兵が何十人も待機している。
「ガーベラ。あの騎士の後ろにいる人達は?」
「補佐要員やな。魔法で援護したり負傷者を回復したり色々やる役や」
「へぇ。じゃあ吹き飛んだ兵を受けたのも?」
「あの人達やな。あっ、ほらあんな風に火を防いでるのもそうやな」
ガーベラの説明の途中、陣形を組むために動いていた三つの部隊の内の一つ、真ん中の部隊に向けてトラファルガーが火を吐いた。その勢いは強く遠く離れた場所だというのに火炎放射器のように真っ直ぐ火が向かっていく。
けれどその途中で火はかき消されてしまった。魔眼を使いマナを見ていたが火がかき消えた場所には大量のマナがあった。
どうやって消したかは分からないけど魔法を使った事は間違いないだろう。
補佐要員の方に目を向け、魔眼を調整してみてみると魔法陣が敷かれているのが分かる。ただ遠いからどんな魔法かまではさすがに分からないけれど、どうやら複数の人のマナを繋ぎ合わせて魔法陣を一つの形にしているようだ。
そして、移動が終わると弓での攻撃が始まった。
「なるほど。ああいう使い方もあるのか」
魔法陣の形にマナさえ流れていれば発動の際に使われるマナは魔法陣を使った人に限られることはない、というのは魔法石のような魔力道具によって証明されている。
あれは魔法石の中に封印されている魔法を発動させているだけなのだから。
魔法陣のないはずの神聖魔法も封印出来て使えるのだから魔法って言うのはきっと燃料となるマナは誰の物でもいいんだ。
なのに魔法を使うのに自分のマナしか使えないのは他人のマナを借りて魔法を発動させる事が出来ないからだ。
あの合体魔法陣の場合は他人のマナを借りているんじゃなく負担を分け合っているんだろう。
あれならば一人で使う第七階位魔法の広範囲魔法の威力を二倍三倍と増やす事が出来るのかもしれない。
ただ僕は第七階位魔法を使う予定はない。広範囲魔法というだけあって非常に範囲が広く最低でも都市の一地区の半分を覆うほどだ。ついでに資格が必要なだけあって威力も高い。
けど、今の僕なら同じ規模で同じ威力でなおかつマナの消費を抑えて魔法を扱う事が出来る。雑にまとめて薙ぎ払う必要がないのだ。
それに第七階位の魔法の威力を上げてもそれは過剰という物だ。合体魔法で使う利点で言えば範囲を広げ一人一人のマナの消費を抑えられて連発しやすくなる事だろう。
その範囲だって結局は個人の魔力操作の上手さが伴わなければ範囲が二倍なんて事にはならないはずだ。
第七階位魔法を使わないなら今の僕に合体魔法を使う利点がないように見えるがそういう訳でもない。
例えば僕一人だとマナが足りなくて使えない独自魔法を作ったとしてもナスやアールスと協力すれば使えるようになるのだ。
マナの消費を数人で分けて回復量とつり合いが取れる様にすれば持続時間を飛躍的に伸ばす事だってできるはずだ。これは研究し甲斐があるぞ。
僕が考え事をしているうちに弓による攻撃は止んだ。
トラファルガーの身体のあちこちに矢が刺さっているがトラファルガー自身は痛みを感じていないようだ。もしかしたら刺さっているんじゃなくて鱗の隙間に入ってるだけかもしれない。
「矢は効いてなさそうだけど……」
「まぁお約束ってやつやな。相手が未知の魔獣だった時の為の小手調べ。その練習や。一応目とか柔らかそうな所狙ってるらしいで」
「演習でもそこまでされちゃうんだ……」
「治せるからな。そんなもんやろ」
普通目は治らない物なんだけどな。それに目の近くには大抵脳があるんだから練習とはいえ目を狙うというのはやはり……。
「まぁ瞼閉じてるから刺さらんけどな」
「そ、そうか。目を閉じてる隙に動くって訳か」
三つの部隊が槍の届く位置に接近している。それに騎兵隊の後ろにいたはずの補佐要員の約半分がトラファルガーから距離を取りつつ囲っている。
恐らく尻尾が届かない距離だ。
「あれ危険な役やけどな、トラファルガーの動きや周囲の状況を観察して精霊経由で指揮官に情報を流す重要な役なんや」
「へぇ。精霊にやらせちゃ駄目なの?」
「演習やからな。精霊本人が現場にいない状況を想定してるんやろな」
「なるほど」
さらに火の息からいつでも守れるようにしているのか合体魔法の方からマナがトラファルガーの周囲に漂っている。
トラファルガーに近づいた三つの部隊も本格的に動き出している。
槍兵は長槍の先端にマナを集めてトラファルガーの身体を突き、重装兵は後方の兵を尻尾や爪の攻撃から守りつつ魔法を使い攻撃している。
弓兵も魔法を使っているがこちらは補助目的に使っているようだ。
しかし、どの魔法もトラファルガーの膨大なマナの前に焼け石に水の状態だ。
魔法剣を纏った槍もトラファルガーの鱗を貫けていない。
それでも魔法を使い続けているのはトラファルガーのマナと体力の消耗させているに違いない。
「それにしても鱗堅いね。いくらマナで邪魔されて軽減されるからって魔法剣を纏った槍でも貫けないなんて」
槍は鱗のない首元から胴体の正面部分を狙っているのだけどトラファルガーは身を低くして狙いにくくしている。
「最高の防具の素材になってるだけはあるっちゅう事や」
「金槌とかでなら破壊できるかな?」
「でっかいのならできるやろうけど、危険すぎるな。重いし平衡感覚も悪くなるから動きが遅くなる。爪や尻尾で迎撃するぐらいなら簡単やろな。
四肢と尻尾以外を狙うのにもあの図体はでかすぎる。あらかじめ高い所から飛び降りんと乗れんやろな。ただその場合は飛び乗るより重いもん落とした方がましやとうちは思うわ」
「うーん。厳しいか」
アールスが戦うにはどうしたらいいだろう。