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威風堂々

 演習の日がやって来た。

 先日アールスが大怪我したので目を離すのは心配なのだけど、アールスに一度決めた予定を覆すのは良くないと言われてしまった。

 それに今回の遠出を魔獣達が楽しみにしていたんだ。とくにナス。

 ナスは人を乗せたい欲が噴出してしまったのだ。

 本来僕、ミサさん、ガーベラは全員アースに乗って移動する予定だったのだけど、ガーベラがナスに乗って行く事になった。

 なぜガーベラかというと自分からナスに乗りたいと言い出したのだ。ナスにガーベラが乗りたいと言っている事を聞いてみると素直に受け入れた。どうやら乗ってくれるなら誰でもいい様だ。誰でも……。

 そして、珍しい事に今回の遠出にはアースも乗り気でいる。どうやら自分よりも大きな魔獣に興味があるようだ。


 そんな訳で非常に後ろ髪を引かれる思いなのだけど予定通りティオ山へ向かう事にした。

 魔獣達を連れて北東にある大型の魔獣用の検問所から外に出てから他の二人と合流するために北の検問所へ向かう。

 くつわに手綱、鞍とあぶみを身に付け完全武装しているナスはとても機嫌がよさそうで足取りがまるで踊っているかのように軽やかだ。

 北の検問所前まで行きミサさん達と合流をするとナスは誇らしげに顔を上げ周囲に自分の姿を見せつけている。

 ナスにとっては今の格好は仕事着を着こんでいるのと変わらないのだろう。

 今日の僕達はナス以外は余分な装備を身に付けていない。

 人間組は一応お弁当の入った荷物袋と護身用に剣は持ち歩いているけど鎧は身に付けていない。

 それと、ガーベラは得意の大剣ではなく普通の長剣を持ってきている。

 大剣を持ってナスに乗るのはちょっと心配だったので何とかならないかと持ち掛けたら普通の長剣を持ってきたんだ。

 アースとゲイルも今日は身一つで身軽な格好で、いつもと変わらないのはヒビキだけだ。


 検問所から少し離れた場所まで行き、まずはナスにガーベラに乗ってもらう。


「乗り心地はどう?」

「んー。地面に足ついてちょい怖いけど、まぁあぶみがあるから平気やろ」


 僕も足がつくようになっているのだから僕よりも背の高いガーベラなら当然同じように地面に足がつくか。


「手綱の使い方覚えてる?」


 ナスは言葉は分かるけど速い速度になると声自体が聞き取りにくくなってしまうので手綱を使っての意思の疎通は必須だ。


「馬と同じやろ? 平気や」

「馬は馬でも馬車を引く方の馬だよ。僕は乗馬はした事ないからね」

「あれ? そやたけ。あかん。一応教えてや」


 御者と乗馬では手綱の使い方が違う……らしい。僕は乗馬の練習をした事が無いから違いは分からない。

 ガーベラに手綱の使い方を教えてから少し走ってもらう。

 そして、問題がないようなのでそのまま乗っていてもらい僕はヒビキを呼び抱き上げる。


「ゲイル。もう行くよ」

「ききっ? きー」


 草むらで遊んでいたゲイルを呼ぶと僕の肩に足を乗せ上半身を僕の頭の上に乗っけてきた。定位置である。

 ミサさんがゲイルに手を伸ばしてくるが僕の視界の上の事なので何をしているのかは分からないけど、ゲイルは楽しそうな声を出している。

 ミサさんが満足し離れるとようやくアースに乗せてくれるよう頼めた。


 アースに頼むといつも通り首の上辺りに乗せてくれる。定位置である。

 ミサさんはこぶの前方に乗せられ背中をこぶに預けている。


「皆準備は良い?」

「いいですヨー」

「いけるで」

「ぴー!」

「よし。出発!」


 僕の号令と共にアースが動き出す。

 最初はゆっくり動き徐々に速度を上げていく。

 そして最終的には僕が走るよりも少し速い速度に到達する。本気を出せばもう少し速く走れるけど、そうすると限界が早く来てしまう。

 ドサイドからティオ山までの道は草原が広がっており足元に石が転がっていても気づきにくい。

 その石をアースがマナを操りどかしていき、ナスはそのアースの後ろをついてくる。

 道中大きな岩が鎮座している事もあるけどその時は無理をせずに速度を落として回避していく。

 そんなアースの走りに落っことされないように気を付けなければならないから他の事を考える余裕もない。


 山へは予測通り一時間程で着いた。

 ティオ山は緑の少ない山でところどころ霧に包まれている。

 ここから先はアースから降りてガーベラに案内してもらう事になる。


「それにしてもトラファルガーはどうしてこんな北の寒い山にいるのでショウ?」


 山道を登り始めた所でミサさんが疑問を口にした。


「トカゲが寒い所に住んでいるっていうのは聞きませんね」

「あー、この山臭い匂いがするからあんまり人が入らんのやけど、ところどころにお湯が沸き出てるんやって」

「……」


 それはもしかして硫黄の匂いなのではないか?


「トラファルガーはそのお湯が目当てでこの山に住んどるらしいで」

「はー、変わった魔獣ですネ」


 なんてこった。温泉がトラファルガーに独占されてる!?


「ぼふー……ぼふぼふ」

「入りたいの?」

「ぼふっ」

「んふふ。じゃあ休憩時間にちょっと探してみようか」


 演習は午前と午後に分かれて行われる。

 午前は割と早い時間から行われるため演習をする部隊は今日の為に前日からティオ山の麓までやって来て陣地設営を行うためだ。

 一応は山に住む人類と敵対する巨大な魔獣の撃退というのが演習の内容だ。その為の前準備という奴だろう。

 午前と午後に分かれているのは魔獣が複数いたり魔獣が強く一回の戦闘で倒せなかった場合を想定しているのかもしれない。


 温泉を探すとなると僕の蜘蛛の巣を使った方がいいだろう。

 お湯ぐらいならマナでも簡単に判別できるし、アースが入れる深さの温泉を見つけやすい。


「ぴーぴぃー」

「きぃー」


 考え事しているとナスとゲイルが変な匂いがすると言ってきた。


「んふふ。こういう時の為に用意してあるのさ。ちょっと苦しいけど我慢してね」


 ナスとゲイルは鼻がいい。時には鼻がいいのが仇になる事も十分考えていた。

 僕は腰袋からナスとゲイルの為に前々から用意していたマスクを取り出す。

 鼻と口を覆う形の物で作った時に二匹に着けて試してもらったので息が出来ないという事は無い。

 ナスとゲイルにマスクを着けてしばらく歩いてからかすかに臭いにおいがする事に気が付いた。魂に眠っていた古い記憶がその匂いが硫黄と同じ物だと告げている。

 懐かしい匂いだ。前世で家族四人で温泉旅行に行った時の事を思い出させられる。

 演習の行われる開けた場所まで行くと誰にでも分かるくらい匂いが強くなった。


「うー、これは確かに臭いですネ。アリスちゃんは大丈夫ですカ?」


 ミサさんは眉をひそめてそう聞いてきた。


「これぐらいなら大丈夫ですよ。ミサさんは駄目ですか?」

「いえ、大丈夫ですヨ。毒があるかどうかは心配ですガ」

「この辺りなら心配ないと思うで。なんか匂いがものごっつう濃い所だと危ないらしいけどな」

「そう聞くとあんまり安心できませんネ。アリスちゃん。アースちゃんには悪いですケド、お湯を探すのは諦めた方が……」

「んー……いえ、まずはマナを使って探しますから大丈夫ですよ。アースが入れるような温泉が僕の探知範囲内に無かったら諦めます」

「アースさんが入れるような所ってありますかネ?」

「トラファルガーが入っているようなので大丈夫じゃないかな、と。ただ縄張り内だったらトラファルガーに許可を貰わないよいけませんね」


 話を直接トラファルガーから聞ければ簡単なのだけど。


 それにしても演習が行われる予定の場所はやけに殺風景だ。

 学校の校庭程の広さのくぼ地は木は生えておらず大きな岩がいくつも転がっている。

 僕達観客は崖の上にいて、崖の近くには落下防止用の柵と兵士さんが等間隔で配置されている。

 観客も僕達の他にもちらほらといて皆アースの事を見ている。


「ぼふぅん」


 アースが毛並みが乱れてないかと聞いてきたのでとりあえず頷いておく。


「大丈夫。今日もアースはとてもきれいだよ」

「ぼふっ」

「おっ、トラファルガー出てきたで」


 ガーベラが指さす方向を見るとくぼ地の坂の上にある森の一部の木が揺れているのが見えた。

 指さした先の距離と角度、それに木々の陰でよく見えないが魔眼で見てみるとアース以上のマナの塊がくぼ地に向かって動いているのが分かった。

 マナの量はアースよりは多いがバオウルフ様よりは少ないだろう。

 そんな木々の間からひょっこりと黄色い頭が出てきた。

 ガーベラの言った通りトカゲにごつごつとした兜を被せたような形状の頭だ。頭の上には後方に向かって伸びる二本の角が伸びている。

 木々の間から頭だけを出しきょろきょろと辺りを見渡している。演習部隊が来てるのかどうかを確認しているのだろうか? 仕草がかわいらしい。

 左右に二度三度首を振った後トラファルガーは森から出てきた。

 首は細く長い。

 胴体は山なりになっていて背中には首の付け根からしっぽの先まで突起物が一列になって並んでいる。

 前足はガーベラの言った通り付け根が横に伸びているのではなく斜め下に向かって伸びているようだ。

 後ろ足に至っては太もも辺りが大きく膨らんでおり、足先は外側斜めを向いている。

 ぶっちゃけトカゲっぽさを大きく残したドラゴンだわ。

 しかも本当に虎柄だ。どういう変化を起こしたら虎柄になるのだろう。もしかしたら元々深い森に棲んでいて虎柄なのは保護色なのだろうか。

 柄はともかくその大きく力強い威風堂々とした姿はとてもかっこいい。

 柵の近くで観客の男の子達も興奮している。


 トラファルガーは森から完全に出てきて坂を下り観客のいる崖の前へとやって来た。

 まるで僕達を観察するように眺めた後横を向いて身体の側面を僕達に見せつつ顎を上げる。

 何となく見た事があるような仕草だ。

 男の子達の声が大きく上がるとトラファルガーはゆったりとした動きで円を描くように歩き出した。背中を見せる際には尻尾を振る事も忘れていない。


「なんだか出発前のナスちゃんみたいですネ」

「あはは……」

という訳でトラファルガーは某国民的RPGのドラゴンの姿をよりトカゲ寄りにしたものになりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 観客への効果的なアピールを心得ている……。 知能はかなり高いですね。 ……温泉ですが、もし入ったのを報告したら、来なかった人達みんなでブーイングしそう。 温泉宿でのアレコレを引き合いに出…
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