目を逸らさない
ついにアールスが五連勝した。そして今日六戦目を行う。
今までの試合全てが時間のかかる試合だったけれどアールスは何とか勝ち抜いた。
しかし、これからは指名が入るようになる。次の試合がこれからの試合がどういう物になるかの分かれ道になるだろう。
集められるだけの情報は集めた。
朝の訓練場での運動でアールスは軽く流し体調を整える事に集中していた。
でも一日も休まずに六連戦だ。身体の傷はヒールで治せても疲れまでは回復できない。
「アールス。試合の疲れ溜まってない?」
走り込みを終えて休んでいたアールスにそう聞いてみる。
「全然平気だよ」
そう言って微笑んだ。
「あっ、でもちょっと緊張するから手を繋いでもらってもいいかなぁ?」
身を少し屈め上目づかいをしてくる。あざとい。けど僕に断る選択肢はない。
「もちろんいいよ」
「えへへ……ねぇナギ。昔みたいに歌を歌ってよ」
「歌か……」
昔、グランエルで暮らす前アールスに歌をよくねだられていたっけ。
あの頃は村に伝わる子守唄しか歌わなくて、僕の歌を聞いた子供達は何故かすぐに寝むってしまっていた事を思い出す。親御さん達によく感謝されてたなぁ。
「あんまり上手じゃないよ」
「それでもいいよ。久しぶりにナギの歌聞きたい」
「分かった」
歌は上手じゃないし独唱するのは恥ずかしくてあまり好きじゃないんだけれど、僕が恥ずかしいぐらいで緊張がほぐれるのなら喜んで歌おう。
でも一応その前に周囲に人がいないかを確かめてから。
歌は何がいいだろう? ナスがよく歌っている歌でいいか。あれなら歌詞を覚えている。
僕の固有能力の魔獣の誓いに統括されている自動翻訳を切り、他の人の迷惑にならない位でなおかつアールスには聞こえる様に声量を調整して僕は歌い出す。
アールスの為に歌っていると昔寮で子供達の面倒を見た時に歌を歌った事を思い出してきた。
特に小さい子は歌を聞くとすぐ眠くなるくせに良くねだって来たものだ。アイネもその子供達の中の一人だったっけ。
思い返せばレナスさんは歌を歌ってほしいと言ってきた事が無いな。
他の皆も訓練を終えるとアールスはレナスさんとも手を繋ぎ三人でそのまま闘技場へと向かった。
そして、闘技場の入り口でアールスは僕達から手を離した。
「じゃあ行ってくるね」
「あっ、待って」
受付へ行く前に腰袋から小袋を取り出しアールスに渡す。
「これ匂い袋。緊張を解す効果がある香料をレナスさんが用意してくれたんだ」
「本当に? ありがとうレナスちゃん。袋はもしかしてナギ? ルゥネイト様の印があるけど」
「そうだよ」
「うわぁ! 嬉しい! 二人ともありがとう! 大切にするね!」
アールスは匂い袋を大切そうに両手で包み込んだ。
「アールスさん。無事に帰ってきてくださいね」
「うん」
「無茶しないでね」
「分かってるって。それじゃ行くね」
闘士の受付へ行くアールスの背を見送り、残された僕達は観客用の受付へと向かう……その途中で僕達の名前を呼ぶ声が聞こえた。
アールスではなくガーベラの声だ。
今日は訓練場に来ていなかったから心配していたんだけど、ここで会えるとは思わなかった。
ガーベラは急いでる様子で息を切らしながらも僕達に詰め寄ってきた。
「二人ともアールスはどこや!?」
「受付にいるよ」
闘士用の受付のある方向に視線を向けるとガーベラは受付の方へ向かっていった。
そして、少し待っていると晴れやかな表情で戻ってきた。
「アールスに何か用があったの?」
「ああ、今日は初めて指名が入るかもしれへん重要な試合やろ? アールスの好きな食いもん差し入れたんや。もっとも用意するのに時間かかってもうたけどな」
「もしかして手作り?」
「そやで。あっ、今うち料理できたんかー思うたやろ」
だから今朝訓練所に来なかったのか。
「いや、それはないけど食べ物を差し入れるって言うのは意外に思ったかな」
「しゃーないやん。アールスに何かしよー思うたんやけど他に思いつかったんやもん」
「ははっ、ガーベラの気持ちは伝わってるよ。ガーベラはこれからどうする? 一緒に見る?」
「ん? んー。アールスの試合だけ見よう思てる。試合順見て早そうやったらさっさと入るし遅そうやったら他のとこで時間潰してからやな」
「そっか。僕達は試合見て情報収集したいし一先ずはここでお別れかな?」
今こうしている間にも試合は行われている。試合順の張り出しを待っていたらいくつ試合を見逃すか分からない。
「せやな」
「うん。じゃあまた後でね」
「またな」
ガーベラと別れレナスさんと一緒に観客用の受付へ向かい、受付を済ませて入場証を受け取り観客席へ向かった。
僕が魔眼で闘士達のマナの動きを調べ、レナスさんはメモ帳に闘士達の情報を書き記しているといつの間にか太陽が頂点を過ぎていた。
「もうお昼か。アールスの番は後どれくらいだっけ」
「あと二組ですね」
「あと二組か……」
意識すると心臓の鼓動が早くなるのを感じる。僕はアールスが戦う事にまだ慣れていないか。
今は試合に集中しなくては。
今戦っている闘士の片方も魔法を使い戦っている。
それにしても不思議な物だ。闘士達の魔法の扱いは二つに分かれている。魔法をほとんど使わないか多用するかの二つに。
魔法を使った方が強いと思うのだけど、使う闘士と使わない闘士の試合の勝率は意外にも五分五分位だ。
魔法を使う相手の対処をきちんと出来ている人は勝ち、出来ない人は負けるという分かりやすい結果でどれも勉強になる試合ばかりだ。
魔法を多用する人は魔法陣を前もって作って置き罠のように使っている人がほとんどだ。
魔法陣がある事がばれていても色々な手段で追い込もうとする闘士にそれをさせまいと立ち回る闘士。
アールスは初日を終えた時点でその事に気づいて伝えると翌日から魔法陣を設置するようになったと聞いた。
最初はあまりうまく行かなかったようだけど、昨日の時点では初日よりも余裕のある戦いを見せるようになった。
そして、ついにアールスの試合の番がやってきた。
場にアールスの姿が見えるとレナスさんが僕の太ももに手を置いてくれる。
僕はまだアールスの人と戦う姿に慣れていない。まるで子供のようで自分が情けないが僕はその手を両手で包み軽く握った。
レナスさんの手を握りながら魔眼でアールスと相手の闘士を確認する。相手は今まで試合で見た事のない人だ。やはり賞金稼ぎの闘士なのかもしれない。
互いに試合が始まる前だというのにいたる所に魔法陣を設置している。試合場に張り巡らされているマナは互いに干渉しあっているから目には見えなくてもどこに魔法陣があるか把握しているだろう。
こうも大量に魔法陣があると互いに自分の魔法陣なのか分かりにくくなるだろう。情報処理能力がこの試合の勝敗を分けるに違いない。
試合が始まると互いに魔法を発動させる。他の観客からしたら派手で盛り上がるだろうけど、僕からしたらアールスが無事に試合を終えてくれるか気が気でない。
序盤は魔法の応酬にすることを決めたようで互いに魔法の撃ち合いが止まらない。
マナの量は試合開始前に確認した限りではアールスの方が上だ。おまけに相手よりも少ない最低限のマナの量で相手の魔法を凌いでいる。
魔法を撃ち合っているだけの戦いなので技量差がどれだけあるか分かりにくいけれど、このままの状態が続けばアールスが優勢になるだろう。
相手も今の状況が続く事に危機感を覚えたのか魔法を発動させつつアールスに接近しようとする。
もちろん今の状況を続ければ優勢になるだろうアールスは相手の接近を許さずに逃げながら魔法を撃つ。
だけれど設置された魔法陣から放たれる魔法に邪魔されて簡単に追いつかれてしまった。
相手は左手に持った盾を前に出しながらアールスに接敵し、盾の陰から片手剣を振るう。
アールスは後ろに飛び避けようとするが、相手が素早くアールスのさらに後方に魔法陣を作り出した。
アールスがそれに気づく様子も見せぬ間に魔法が発動された。
試合場全体にマナを張り巡らせている所為でアールスのマナが薄くなっている。その所為で魔法陣が作られた場所は至近距離と言っていい距離だ。
発動されたのはアイシクルアロー。アールスが気づくも遅かった。アイシクルアローは、偶然かそれとも避けられないと悟ったアールスが狙ったのか鎧に当たった。
けれどそれで出来た隙を相手が見逃すはずもなく片手剣を突き出し追撃をかけてきた。
アールスはそれも避けようとするけれど避け切れず……左肩の武具の隙間に剣が突き刺さった。
「あ……アールスに……アールスの肩に!」
「ナギさん! 大丈夫です! あれぐらいの傷ならすぐに治せます!」
そ、そうだ。アールスならすぐに治せる。レナスさんの言う通りだ。
でも……まだ試合は終わっていない。
アールスは肩を突かれてもすぐさま右に持った剣でやり返すもそれは相手の盾に防がれた。だけど同時にファイアーアローを四本同時に相手の周囲に生み出し相手に向けて放った。
しかし、ファイアアローは全て相手の魔法で防がれてしまうが、アールスは動きを止めずに相手が構えている盾の陰に隠れ背後に回ろうとする。
だけどまるで見えているかのように相手は盾を横に振るった。
そして、それはアールスの頭をかすったように見えた。少なくとも直撃したようには見えない。
追撃で相手の片手剣の突きが繰り出されるが、アールスはそれが見えていないのかよける事もなく脇腹に突き刺さった。アールスは鎖帷子を着ているのに、だ。
「ああ……」
頭がくらくらする。吐き気もだ。
これ以上見てられない……だけど、目を逸らしたくない。
どうしてあんなにも簡単に刃が通るんだ? 魔法剣を使っている様子はない。鎖帷子だって出来の悪い物じゃないはずだ。なのに何故……。
「ナギさん……」
レナスさんが僕の両手から自分の手を離し僕を抱きしめてくれる。
「大丈夫……まだ大丈夫……アールスは……アールスは僕の……」
大切な友達なんだ。家族のように思ってる子なんだ。
「だから……目を逸らさないよ」
僕達の為に傷ついているあの子から目を逸らすなんて事しちゃいけない。
それにアールスだって諦めていない。
少しの時間動きを止めていたアールスだけれど、突き刺さった剣を引き抜いてそこから機敏に動き出した。
まるで痛みなんて感じていないかのような動きだ。
相手の懐に入り……素手で顎を殴った。
相手の鎧は軽鎧で鎧の下には鎖帷子らしき物を着ているので殴れるのは顔しかなかったんだろう。
それでも身長差があるから殴りにくいはずなのだけど、相手はアールスの一撃にひるみ、よろめいた所をアールスは体当たりをして転倒させた。
そして倒れた相手の腹に乗りそのまま魔法陣を作り、顔を一度殴りつけてからアイシクルアロー発動させ氷の塊を手に取り相手の首元に突き付けた。
「さ、最後の一撃は必要だったんでしょうか?」
アールスの行いにレナスさんは少し引いているようだ。
「必要だったよ。魔法を使おうとしていたからね。殴って気を散らせたんだ」
なんにせよ良かったこれで勝ちだ。本当によかった……これ以上傷つかなくて。
試合が終わった後僕達はすぐにアールスに会いに行こうとしたけれど控室に行く途中で職員に止められてしまった。
関係者以外は通れないというので治療士だという事を明かして通ろうかとも思ったのだけれどそれはレナスさんに止められてしまった。
ここで治療士だという事を明かしてアールスに会いに行くのはまずいというのだ。
ここで無理に入ってアールスが治療士に優遇されているという噂が立つと後々やりにくくなる可能性があるという。
いつでも治療士が傍にいて優遇されてすぐに身体が治してもらえると思われたらきっと他の闘士達は警戒する。
欠損した部位は回復訓練を行わないと以前のように動かすというのはすぐには出来ない。だから闘士達は欠損しないように気を付けて戦っていて、そこにアールスが付け込む隙も生まれている。
けれどだ、治療士が身内にいた場合すぐに治療してもらい回復訓練にかかる事が出来る……と思うかもしれない。
滞在期間を当然他の闘士達は知らないから早めに復活してくるでろうアールスを危険視して今まで以上に苛烈に攻めてくるようになるかもしれない。
そうなるとアールスが怪我をする可能性どころか命を落とす可能性も上がってしまうかもしれない。
どれも憶測にすぎないがありえないとは言えない可能性ばかりだ。
だからレナスさんは今はまだ僕が動く時ではないと説得してくれた。
僕は頭に上っていた血を下げレナスさんの言う通りその場を引く事にする。
アールスの様子はディアナが忍び込んで教えてくれるようだ。
少し疲れたので施設内の通路に時折置いてある長椅子に腰掛ける。レナスさんも僕を心配してくれながら横に座った。
「初日よりは気分はまだ楽だよ。少しは慣れたのかな」
「それは、慣れてよいのでしょうか?」
「慣れなきゃ駄目なんだよ。僕は」
これから僕達は何度魔物と戦うか分からない。戦い誰かが傷つく度にこんな風になっていたら皆を危険にさらしてしまう。
「ところでアールスの方はどうなのかな?」
「……今控室で治療していてもうしばらくかかるようです」
アールスには色々言いたい事や聞きたい事があるけど仕方ない。今は治療に専念してもらわないと。
「そっか……じゃあもう少し試合見ていようか」
「大丈夫ですか?」
「うん。レナスさんが抱きしめてくれたりして助けてくれたからもう大丈夫だよ」
「あ……た、助かりましたか?」
「うん。とっても」
「それは良かったです……くふ」
山での事といいここの所レナスさんには心配をかけてしまっているな。
一度きちんとお礼をしなくちゃいけないな。
タイムスケジュールを勘違いしていました。
本来は六試合目の日は演習を見に行く日でした。
なので演習を見に行く予定を今回の話の次の日に変えます。
それに伴い『優先すべき人』を一部改編しました。




