情報収集
遅いかもしれないが対戦相手になるかもしれない相手の情報を集めようと皆と相談し決起したのは良かったけれど、あいにくと今日は治療士としての仕事が組合に届いていた。
内容はピュアルミナを使用する物だ。依頼人は闘士で緊急性は無く怪我を治す時に体内に残ってしまった異物を消してほしいという物だ。
十分危険な気もするが今の状態で何ヵ月もいた様だ。
名前はこの都市に来たばかりの僕でも見覚えのある名前だ。
街中で見かける闘士の関連商品が売られているお店で見た名前だ。確か槍を持った巨漢だったはず。
関連商品が出ているのなら強くて人気があるのだろうと密かに警戒していた闘士の一人である。
しかし、お金持っていそうだけど何故この国のピュアルミナを使える治療士に依頼を出さなかったのだろう?
そこら辺をきっかけに世間話をしながら情報を集められたらいいのだけど。
組合で依頼を受け取ると僕はミサさんとライチーを連れて預かり施設に寄った後宿へ戻る。
ライチーは今回の連絡要員だ。
そして、ミサさんは名目上は僕の護衛兼手伝いとして、実際は治療士の活動に興味があり学ぶために依頼があった時はいつも一緒に行動している。
宿へ戻ったのは僕が正装へ着替える為だ。
急ぎの時や依頼人の居場所が現在地から遠い場所の時は普段着で行くのだけど、余裕のある時は正装で行く事にしている。
その方が受けがいいのだ。少なくとも正装して身ぎれいにし、さらに化粧で大人っぽくすれば依頼人は僕が治療士だと信じやすくなる。
お化粧は昔カナデさんに倣った事を実践し続けてもう手慣れたものだ。
髪飾りもつけるが派手な物になっていないかミサさんにも見てもらう。
そして、最後に自分でも鏡で確認する。自分で言うのもなんだが着飾った僕はきれいだ。ますますお母さんに似てきている気がする。
ミサさんはいつもの修道服から普通の服に着替え普通の戦士に見える様に武具を身に付ける。
最初の頃は普段着にしている修道服で着いてきたのだけど、毎回ミサさんが治療士だと勘違いされるのできちんと護衛に見えるような恰好をするようになったのだ。
ちなみに服はミサさんに合う女性用の服が見つからなかったので男性用の服を僕が改造した物だ。自分でもなかなかいい出来だと自負している。
着替えが終われば依頼人の住んでいる住宅街へ向かう。
依頼書には指定日は書かれていても指定の時間までは書かれていないのでいつ着いても問題ないのだけど、アールスの試合を見守りたいので早く済ませてしまいたい。
けれど正装して着飾っている事もあって恰好を崩す訳にはいかないので走る訳にはいかない。
速足で歩いて住宅街に着く頃ライチーからアールスの順番が決まった事を伝えられた。
試合の時間はお昼前。それを聞いて僕は一瞬走り出しそうになった。
治療の時間を考えて闘技場まで行くとなると試合に間に合うかどうかも分からない。
それだったら闘士の情報を聞いた方が後の為になるはずだ。
依頼人の家に着く。家は特別大きいという事は無く治療費を出せる人間の住める家とはとても思えないほど一般的な家だ。
関連商品を出すほど人気で強そうな闘士が住む家とはきっと誰も思わないだろう。でも闘士は怪我をしやすい。治療費を蓄えているのなら不思議ではないか。
玄関の扉を叩き声をかけると中から女性が出てきた。ミサさんよりも歳は上だろうか。
自己紹介をして用件を述べると女性は喜色をあらわにし家の中に向かってあなた、と呼んだ。
この女性は奥さんか。
奥の方から男性が出てくる。通りで何度も見た姿とは少し印象が違うけど、闘技場で試合を見た覚えがある事に気づいた。
お店に売られている絵姿は少々美化されているようだ。
依頼人に自己紹介をしつつ依頼書と治療士の免許見せ確認をしてもらうと家の中に招かれた。
居間に通され椅子を進められ座る。
全員が着席すると僕から話を切り出した。
治療内容を簡単に確認し治療に数時間かかる事と治療の際の体勢は特に指定は無く、たとえ歩いていても治せるので僕のマナが届かない距離まで離れなければ普段通りにしてもらって問題ない事を説明しておく。
そして説明が終わると早速ピュアルミナを使ってみると、依頼人の身体の表面のあちこちに黒い靄が見える。
黒い靄は楕円の形に見えていて、恐らくは試合で傷を負った際にばい菌が入ったんだろう。依頼には無いがこういうのもきちんと消しておかなくては。
そして、依頼書に書いてあったお腹の辺りにある異物。それは靄というには一つ一つが大きい。
大きさ的に恐らく土が入り込んだんだろう。これで今まで炎症を起こさず平気だったのはヒールがあるからだ。
ヒールさえ使えば多少の違和感はあってもそのまま生活できてしまう。
腕とかの擦り傷に入った砂埃は新陳代謝でやがて排出されるのだけど、この依頼人の場合は体内の隙間に入り込んでしまって排出できなくなっているようだ。
中で癒着したりしているかもしれないから、こういうのを治す場合はヒールと併用する必要がある。
一応僕はピュアルミナとエリアヒールを併用出来るのだけど、折角なのでミサさんにヒールを使ってくれるよう頼む。
極小の傷や炎症などを治す時に最小限のマナで治すのは魔力操作と魔力感知の良い訓練になる。それにピュアルミナを授かればこの経験が生きるだろう。
治療開始から一呼吸置いてから今まで治療士を要請しなかった事の理由を聞いてみる。
責めるような口調ではなく、あくまでも疑問に思ったからという風を装う様に気を付けながら話を進めると、どうやら遠慮していたらしい。
この国で活動しているのは僕を除けば一人だけ。国を周って人を助けている治療士の邪魔をするのが気が引けた様だ。
ヒールで治療し我慢する、そういう人が多いのかもしれない。
世間話を交えつつ話題を目的の闘技場の話へ移していく。
それで分かったのは現在のドサイドには九連勝以上した事のある闘士は滞在していない事と六連勝した事のある闘士は大勢いるという事だ。
そして、普段あまり試合には出ないで五連勝した闘士が出たら賞金目当てでその闘士を狙う人が多いらしい。
中には四連勝中の相手に当たったらわざと負け、仲間に情報を渡しその相手を指名させて賞金を得る八百長まがいの事をする人間もいる様だ。
これは重要な情報だ。誰がそういう事をしているのか分からないから対策は無理だが知っているのと知らないのとでは大違いだろう。
他にも失礼にならない程度に強い闘士の情報を聞いているうちに治療が終わった。
依頼書に依頼完遂のサインをもらうと僕達は闘技場に向かって走り出した。
けれど、その途中でライチーから試合が終わった事を知らされた。
「ライチー。僕達はこのままミサさんの申し込みを済ませちゃうよ」
『レナスとごーりゅーしないの?』
「うん」
『わかったー』
「アリスちゃんはそれで良いのですカ?」
「ええ。ミサさんの用を済ませて後は情報収集をした方が効率的でしょう?」
「それはそうですけド、顔位は見に行きたいんじゃないですカ?」
ミサさんの指摘はまるで僕の心を読んだかのように的確だ。
「どうしてそう思うんですか?」
「ふふっ、アリスちゃんは表情を隠すのは上手ですケド、心配そうな顔を隠すのは下手ですヨ」
僕は思わず自分の顔に手を当てて今の自分の表情を確認した。
「……そんなに心配そうにしていますか?」
「ええ、とても」
この人はどれくらい僕の隠している物を見抜いているんだろう。
「んー。やっぱり顔だけでも見に行きませんカ? 心配なら素直に会いに行った方がいいと思いマス」
「でも……」
「迷っている時間はありませんヨ」
そう言ってミサさんは僕の手を取り引っ張っていく。強引だけど悪くない。引っ張られているのにまるで背中を押されているような気分だ。
闘技場まで行くと入り口でアールスが待っていた。
僕を見つけたアールスが当然のように僕に抱き着いてくる。
「えへへ~、やっぱナギがいると違うな~」
「違うって何が?」
「疲れの取れ具合。ナギの声と体温感じると落ち着くんだよね~」
「……そ、そうなんだ」
アールスにとって僕っていったい何なんだろう。友達でいいんだよね?
こんなの僕以外の男の子だったら確実に勘違いしているぞ。
「ところでレナスさんは?」
ライチーはもうすでにこの場にはいない。闘技場の近くまで来た時にレナスさんの所へ飛んで行ってしまったからだ。
「今日一日は試合をずっと見て情報収集するんだって」
「そっか。レナスさんもやる気なんだね」
「うん。私もお昼ごはんレナスちゃんの分も屋台で買ってから一緒に今日一日は試合見るつもり」
「え、休んでた方が良くない?」
「大丈夫だよ。見るだけだし。それに私が直に見た方が分かりやすいしね」
「ん。それもそうか……」
「もっとも今ここにいるのはナギに元気分けてもらうためだけどね!」
そう言ってアールスはさらに抱きしめてくる。恥ずかしいけどこの子の為になるなら受け入れよう。




