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別れの準備

 ランニングの折り返し地点はナスの住んでいる小屋だ。小屋に着いたらナスの御飯を用意するのが日課になっている。

 今日もそれは変わらない。

 ナスの器にマナポーションを貯め、愛らしく飲む姿を堪能したらランニングの続きだ。

 けど、今日は少し違った。

 僕の隣でナスを見ていたアールスが、まだ器に口を入れて食事中のナスの頭を撫でた。

 食事中に頭を撫でられたナスは器から口を離しアールスの方を向いた。いつもなら食事中に撫でられても気にしないナスなのに、今日はどうしたのだろう。アールスのいつもと違う雰囲気に気付いたのだろうか。


「あう。邪魔しちゃった?」

「ぴぃ。ぴぴぃ」

「それよりどうかしたの? だって。アールスの様子が変だってナスも気付いてるみたいだよ」

「そっか。ナス……私ね、冬になる前にこの都市からいなくなるんだ」

「ぴぃ?」

「首都でお勉強する事になったんだ。六年位。だからね、もうナスとも会えないんだよ」


 ナスがアールスの言葉を確かめる様に僕の方に顔を向けてきた。もう完全に人の言葉理解してるなこれ。


「本当だよ」

「ぴぃ……」

「ごめんねナス」


 ナスの耳が垂れ下がり鼻を鉄格子の隙間に押し付けている。アールスは悲しそうな顔でナスの鼻横を撫で始める。


「ぴー」

「私が首都に行くのは冬になる前だからまだ一緒にいられるからね」


 アールスはナスを撫でてる手を離しそろそろランニングを再開させようと言ってきた。

 名残惜しそうにナスが鳴くけれど、どこかで区切りはつけないとこのままずるずると授業が始まるまでここにいる事になってしまうかもしれない。

 ナスと別れる前に僕もナスの頭を軽く一撫でして、そしてその場を離れた。

 後はアールスと一緒に寮に帰るだけだ。行きは遠回りしたけれど、帰りは朝ご飯の時間に余裕を持って間に合う様に真っ直ぐだ。身体も簡単に洗いたいしね。

 帰りの道すがらアールスに首都に引っ越す事をどう皆に伝えるのかを聞いた。


「考えてないけど……とりあえず友達皆には伝えたいな」


 アールスの言う友達とは学年全員という意味だ。学年全員と言っても一学年三十人程度。前世では一クラス分の人数しかいない。


「それなら先に先生に相談した方がいいかもね」

「んー? どうして?」

「一人一人に伝えるより全員に一度に行った方が楽でしょ?みんなを先生に集めてもらうとか……それが出来なくても、授業終わった後の連絡の時間にクラスを回るだけでも随分と違うと思うよ」

「んー……一人一人じゃダメ?」

「アールスがそうしたいならそれでいいと思うけど、大変だと思うよ?個別に話してる間に絶対他の子にも伝わってアールスに詳しく聞こうと詰め寄ってくるかも」


 詰め寄ってくるっていうのはさすがに言い過ぎかもしれないけど。


「誤解も生まれるかもしれないから、変な話が広まらない様に纏めて話した方がいいと僕は思う」

「誤解って?」

「うーん。例えば引っ越す理由がアールスが悪い事してグランエルにいられなくなった―とか」

「えー、私悪い事してないよ?」


 アールスが不満そうに言い返してきた。


「例えだよ例え。そういう話が出るかもって事。逆にアールスが成績優秀で特別に首都のレベルの高い学校に行く事になったーっていう噂だって出るかもしれない」

「それは間違ってないような」

「成績が優秀で行けるなら僕も行ってみたいけどね」


 僕は学年でも優秀な方だ。中身元高校生が勉強で小学生に負けるわけにはいかないから算数以外も魔法の訓練や筋トレの合間に頑張った結果だ。


「……ナギも一緒に来る?」

「いやぁ無理だよ。僕の固有能力なんてちょっと珍しいだけの普通の能力だし」

「そっか。やっぱり無理かぁ」


 でも、もし行けるのなら行ってみてもいいかもしれない。この国の首都は本でおおよそ読み知っているけれど、三ヵ国に誇れる美都という物を見てみたい。グランエルとどう違うのだろう。


 寮に着くと僕は早速部屋に戻りタオルを二枚持ってお風呂場へ行く。この時間だと湯船にお湯は張っていないけれど、タオルを濡らして身体を拭くくらいの事は出来る。

 お風呂場には僕以外にもアールスや数人の女の子がいるけど、そこは仕方ない。

 男の子がいないのはただ単に掻いた汗に対して無頓着な所為だ。女の子達も僕が身体を拭いていなかったら気にせずに一日を過ごしていただろう。

 この世界の人は身体を清潔にしているし、香水もあるから体臭を気にしない訳じゃないだろうけど、さすがに子供はみんな全く自分の体臭を気にしていなかった。僕も前世の習慣がなかったら気にしていなかったかもしれない。

 身体を拭き終わりお風呂場から出るとちょうど朝ご飯の時間になった。


 ロビーでフェアチャイルドさんを待っていると、フェアチャイルドさんが眠そうに目をこすりながら一階へ降りて来た。昨日の夜もまたあまり眠れなかったのかもしれない。マスクのお蔭かは分からないが夜中の咳の回数は減っている。……のだけど、無くなったわけじゃない。

 眠そうに起きてくる日は決まって咳が激しかった日だ。

 何度も考えたけれど僕の頭じゃこれ以上の対処法は思いつかなかった。前世の記憶があるとはいえ、所詮は高校生という事なんだろう。

 三人で食堂に行きカウンターで朝ご飯を貰い席に着く。

 アールスの両隣にいつもの用の僕とフェアチャイルドさんが座る。僕がアールスの右隣、その反対がフェアチャイルドさんだ。

 いつも通りの並びなんだけれど、今日はいつもと少し様子が違った。


「アールス、近くない?」

「そう?」


 アールスが僕に引っ付くように座っている。混んでいるわけじゃないのに。

 僕が指摘すると少しだけ横に動いた。まだ近いけど、物を食べるだけなら邪魔にはならないだろう。

 次に様子がおかしいと感じたのは登校の途中だ。

 いつもなら元気な声で喋りながら登校するのだけど、今日は声のトーンがいつもよりも低く、僕と手を繋いでいる。

 フェアチャイルドさんも心配そうにアールスを見ていたけれど、話題に出す事はなかった。

 もしかしたらアールスは緊張しているのかもしれない。

 僕だって皆に転校の事を伝えるのは緊張するだろうな。いや、むしろ誰にも言えないまま転校日になって先生から伝えるパターンだな。

 アールスの手は子供の手にしては硬い。剣ダコもできているため触り心地はよくないけど、それは僕の手も同じようなものだ。

 僕はアールスを少しでも安心させるために握る手に力を込めた。すると僕の気持ちが伝わったのかアールスは笑ってくれた。

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