助言
闘技場の建物内にある闘士達の控室に続く廊下は闘士ではない客は途中までしか通る事が出来ない。
僕達は立ち入りが制限されている所まで行きアールスがやってくるのを待つ。
さほど待たないうちにアールスがやってきた。
アールスは僕達を確認すると速足で歩いて来て先頭に立っていた僕に抱き着いてきた。
「ナギ! 勝ったよ!」
「うん。見てたよ」
アールスの顔にはまだヒールで治りきっていない傷が残っている。
抱き着かれているから確認できないけどきっと身体中についた傷もまだ残ってるだろう。
「ナギの応援聞こえてたよ」
「えっ、そんなに大きな声だったかな」
「んとね、他の人達私の名前呼ばなかったからナギの声が目立ってたんだ」
「ああ、なるほど」
入場や試合の開始の時に名前の読み上げという物は無い。一応試合表は受付前に張り出されるのだけど、観客席から見える場所には試合表が張られることはない。
なので戦っている闘士の名前はいちいち受付前まで行かないと確認できないのだ。
アールスは僕を抱きしめていた腕を解き離れようとする。けれど途中で止まった。
僕の顔を見ている様だ。
「ナギ泣いた?」
「え? あっ、跡ある?」
「うん。目が真っ赤」
「あはは……アールスの試合見てたら感情が高ぶっちゃったんだよ」
「本当に? 本当にそれだけ? 誰かに泣かされたわけじゃない?」
アールスは無表情で僕の目をじっと見てくる。少し怖い。
「そういう訳じゃないよ。だから安心して?」
微笑みながら答えるとアールスは納得してくれたようで微笑みを返してくれた。
「よかったぁ。ナギが泣くなんて滅多にないから心配したよ」
「んふふ。それより疲れてない? どっかで休もうか?」
「休むよりお腹空いたよ~。お昼あんまり食べてないんだよね」
「そうなの?」
「うん。試合前はお腹にあんまり貯めないようにしたいから」
「なるほどね。じゃあどこか近くの食事処に入ろうか」
他の皆にもそれでいいかと確認を取ると満場一致で賛成だったので闘技場近くの食事処を探す事が決まった。
道中アイネがアールスにくっついて試合について質問を投げかける。
「とちゅーからまほー使わなくなったけど使うよゆーなかったの?」
「うん。魔法を使う余裕を作らせてくれなかった」
「やっぱ強かったんだ」
「強かったよー。力も技量も相手の方が上だったから全然攻撃に転じられなかったんだ。勝ってたのは体さばきと体力位だったね。体力の方は賭けだったけど」
「むー。あたしも戦いたいなー」
「もう体調は良いの?」
「試合見てたら良くなった!」
試合を見ただけで具合が良くなるとはアイネらしい。
アイネはアールスとの話を中断させレナスさんと話をしているガーベラに声をかけた。
「ガーベラねーちゃんちょっといい?」
「ん? なんや?」
話の途中で話しかけられてもガーベラは嫌な顔一つせずアイネに対応する。
「後であたしと戦ってー」
アイネのこういう今日初めて会った相手だというのに物怖じせず頼みごとをする所は尊敬に値するかもしれない。
「ええでー。うちもアールスの試合見て体がうずいとるからな」
「やたっ。アールスねーちゃん。ガーベラねーちゃんのじょーほー教えてー」
「えとねー」
「いやいや、それはずるいんと違う?」
「んふふ。だったら僕がアイネの情報を教えるよ」
「おっ、助かるわ」
「あっ、裏切り者ー」
「んふふ。これもアイネの為だよ」
実際アイネもこうした方がいいと思っているのか笑っている。
アイネは勝負事で自分だけが有利になりたいと思う子ではない。アイネが望むのは苦戦だ。だけど、だからと言って前準備を怠るような真似はしない。全力を尽くす勝負が好きなんだ。
そんなだからガーベラの情報を得ようとするし、自分の情報をガーベラに喋られても笑っていられるのだ。
話をしながら見つけた食事処に入ると全員で囲って座れる席がなかったため分かれて座る事になった。
アールスはアイネとの相談の為に分かれたのだけど、カナデさんとミサさんは二人の方へ行ってしまった。二人にもアイネの情報をガーベラに教えてもらおうと思っていたので少々残念だ。
お腹は空いていないけど甘い物を食べたい気分だったので果物を頼む事をレナスさんとガーベラに告げると、レナスさんから一杯泣いたのだから飲み物も頼んだ方がいいと言われてしまった。本当に気の利く子だ。
ガーベラからは泣き過ぎだと笑われてしまった。仕方ないじゃないか。傷を負っていくアールスの姿を見るのは辛かったんだから。
とりとめのない話は終わりにして注文した品が来るまでの間レナスさんも交えてアイネ対策を三人で考える事になった。
とは言っても最近武器を使った試合では負け越している僕と一度もアイネに勝った事が無いレナスさんでどれだけの助言が出来るか。
しかも僕は今のガーベラの実力を知らない。レナスさんにも確認をしたがどうやらレナスさんも分からない様だ。
アイネとガーベラ両方の実力を把握しているだろうアールスがいればよかったのだけど、残念ながらアールスはアイネに協力している。
「一番の問題なのがガーベラがアイネとは相性が良くなさそうって事なんだよね」
「そうなん?」
「アイネさんは体力はありませんがアールスさん以上に速いんですよ。短期決戦で挑めば五分以上の戦いを見せます」
「……たしかあの子ナギやアールスと同じ村の出身やったっけ」
「そうだよ」
「何? あんたの故郷なんなの? アールスだけならまだしもあのアールスと五分の戦いが出来る? あんたの故郷は超人の巣窟なん?」
「それは僕が知りたいよ」
アールスやアイネだけじゃない。僕という転生者までいるんだ。特異点か何かなのだろうかあの村は。
「つーか話逸れるけど三人共名前も字面は似た感じやな。あーから始まる名前や。流行りか?」
「流行りではないと思うよ。僕の母さんはイグニティ出身なんだけど、イグニティに咲いてる花の名前であるエイリシスっていう名前にお母さんはしようとしたんだ。
だけどイグニティでのエイリシスの発音がね、アーク王国の人にはアリスって聞こえるんだよ。で、お母さんはエイリシスって言ったつもりがお父さんにはアリスって聞こえて、役所に出した僕の名前がアリスになっちゃったって訳。
本当ならつづりも違ってたんだよ」
「その話始めて聞きました」
「聞かれなかったからね。両親の失敗談だから話しにくかったんだよ。
で、アールスの方はこれはげん担ぎらしいよ。男の子の名前つけて強く健康に育ってほしいっていう願いの元付けられたんだ」
「強くなりすぎやろ」
「あはは……で、アイネなんだけど、アイネの名前の由来は知らないなぁ」
「そうなんやねー。で、話すは戻すけどアイネはすばしっこくて武器は槍、剣、短剣一通り使える。体力に難はあるけど相手をかく乱するような動きを好んでかなりの戦闘狂?」
戦闘狂という所で僕とレナスさんは揃って頷いた。
「おまけに技量はアールスに匹敵する。聞く限りじゃたしかに大剣を使ううちとは相性悪そうやなー。うちが勝ってるの力位とちゃう?」
「そうだね。アイネは小さいからその分力はないよ。ガーベラがどれだけアイネについて行けるかが鍵になると思う」
「んまぁそこはなんとかするわ。もうちょい詳しい癖とか聞いときたいわ」
「いいよ。ただこれだけは念頭に入れて。アイネはそういう情報を逆手にとって利用してくる子だって事を」
「えっ、ナギが教える事も折り込みで戦い方考えてくるっちゅう事? あの歳で? なんなん? ほんまにあんたの故郷どんな魔境なん?」
「あそこまで強烈なのはあの二人しかいないよ」
「個性的っちゅう意味やったらあんたもそう変わらんけどな」
「そこはまぁ自覚してる」
女の子の身体に男子高校生の記憶を持った魂が入ってるなんて普通じゃない。
「とりあえず、癖の情報を教えると危ないかもしれないけど」
「アイネがそこまで考えてないかもしれない、やろ? まぁアールスがいる以上可能性は低いと思うけどな。それでも知らないよりはましやろ。
ひっかけてくるっちゅうのもまぁ念頭に置いとけばやられた時に立て直しがしやすい」
「うん。じゃあ教えるね」
僕とレナスさんは把握している限りのアイネの動きをガーベラに教えた。
そしてやって来た注文の品の味に試合を見ていて疲れ切った僕の心が少し癒される。
でもまだ足りない。甘い物を食べるとそれがはっきりとわかる。僕はこんなにも弱かったのか。
今無性にナス達に会いたい。




