ドサイドでの再会
ドサイドに着いた翌日の朝、いつものように皆と一緒に魔獣達のいる預かり施設へと向かった。
アイネの調子は昨日と変わらずで僕と手を繋いでいる。
月のものの出血は大体二日から六日位まで続くらしいが、この分ではしばらく仕事ができないかもしれない。
預かり施設の入り口が見える場所まで行くと、入り口の前に見覚えのある髪をした人物を見つけた。
「あれって」
アールスがそう呟いてから駆け出した。
僕はアイネと手を繋いでいるから駆けだせないが一刻も早く確かめたいという気持ちはアールスと同じだ。
結果はアールスの様子で分かった。再会を喜ぶようにアールスの方から抱き着いたのだ。
「ねーちゃん。あれ誰?」
「ガーベラだと思う。アールスと一緒の学校に通ってた友達だよ」
「あー……三英雄の?」
「そうそう。統率者の」
「強いの?」
「強いよ。力がすごく強くてね、盾で受け止めきれないほどなんだ。おまけに視野が広くて周囲の状況把握が上手いんだ」
「へー。ねーちゃんでも受け止めきれないんだ。それでねーちゃんとどっちが強いの?」
「最後に訓練した時は互角に持っていけたけど今はどうかな」
アールスとガーベラの近くまで行くと二人は抱擁を解きガーベラが朗らかな声を上げた。
「皆久しぶりやな」
「久しぶり。ガーベラ」
僕以外のレナスさん、カナデさん、ミサさんもガーベラに挨拶を返す。
「おう。一人見慣れない奴がおるな」
「この子は新しい仲間で僕の後輩だよ」
「あたしはアイネ」
「うちはガーベラや。見た通りアールスのダチやな」
「会えてうれしいよガーベラ。でもなんでドサイドに? グライオンで貰った手紙じゃ忙しいって書いてあったけど」
軍に入って演習についてきたのかとも思ったが、たしか軍への正式な入隊は九月になると言っていたはずだ。
「後学の為にトラファルガー相手の軍の演習を見学しに来たんや。ちなみにここにいたのはあんたらを待っとったんや」
「待ってたってどいう事?」
「昨日でっかい魔獣連れた二人組の女がおるっちゅう噂を聞いてな、もしかしたらあんたらの事やないかって思うたんや。
んで、その予感はこうして的中したっちゅう事や」
「なるほどねぇ。ところで演習って見学できるの?」
「あぁ、あんま知られとらんけど軍に申し込めば出来るで。人がぎょうさん来ても場所に困るから定員制になっとるんやけど、今年はまだ空きがあるはずやから申し込めば見れるはずや」
「ガーベラはもう見たの?」
「見たでー。ものごっつい迫力やったわ。後二回で演習はお終いやから見たいなら早めに申し込んだ方がええで」
「ううぅん……見に行きたいけど実は演習が終わるまで治療士としてドサイドに滞在してほしいって言われてるんだよね」
「そうなん? じゃあ難しいかもなー。演習はティオ山でやるから往復に一日はかかるで」
「そっかぁ残念だな」
トラファルガーを一度見てみたかったのだけど。
「んまぁ時間がある時に会いに行ったらええんちゃう? 会いに行くだけならいつでも会いに行けるらしいで」
「トラファルガーに挑戦者と間違わられたりしない?」
「そこは平気や。挑戦するには軍か闘技場で貰える証が必要やからな」
「なるほどね。ガーベラは……」
「あの、ナギさん」
さらに詳しい事を聞こうとした所でレナスさんが止めてきた。
「そろそろ中に入りませんか? さすがの入り口の前でいつまでもお話しするのは」
「あー、そうだね。ガーベラ、時間あるならナス達に会っていかない? 聞きたい事もまだあるし」
「ええよー……っちゅうかうちも会いたいしな」
こうしてガーベラを連れて魔獣達のいる小屋へ向かう。
小屋の中に入るとゲイル以外の皆はまだ寝ていて、ゲイルは一匹だけ暇そうにナスの背に乗ってあくびをしていた。
僕に気づいたゲイルは立ち上がろうとするが隣にアイネがいる事に気づいたのかアイネの方に視線を向け立ち上がろうとしたままの格好で止まってしまった。
きっと近寄っていいのか迷っているんだろう。
アイネもゲイルの迷いを察したのか僕から手を離した……のですぐに掴み直す。
「挨拶するんでしょ?」
「うー……ねーちゃんはあたしをはずかしめるつもり?」
「挨拶ぐらいはしたいって言ったのはアイネでしょ。それにここで下がったらゲイルが傷つくよ」
「……分かった」
僕の後ろの方でガーベラが小さな声でアールスにアイネの事を聞いているのが聞こえてくる。
さらに僕達の話声で起こしてしまったのかナスが起きた。
そして、ナスが起きて動いた所為で中途半端な体勢で固まっていたゲイルが地面に落ちてしまった。
僕とアイネが動いたのは恐らく同時だったと思う。だけど先にゲイルを抱き上げたのはアイネだった。
「ゲイル大丈夫?」
「きー」
ゲイルは大丈夫というがアイネはヒールを使う。
先ほどまで近寄るのをためらっていたのが嘘のようにゲイルに対して献身的に接している。
「ぴー。ごめんねゲイル。気が付かなかった」
ナスはゲイルに頭を下げて謝り、ゲイルはナスに対して気にするなと返した。
「ゲイル。気をつけなくちゃ駄目だよ」
「きー」
この後ガーベラに初めて会うゲイルを紹介してから魔獣達用のマナポーションを作り、さらに毛の手入れをする。
ガーベラにも手伝ってもらったが、ガーベラもナス達の毛並みにご満悦の様子だった。
魔獣達のお世話が終わり少しの休憩時間に僕はガーベラにまだ聞いていない事を聞く事にした。
「ねぇガーベラ。トラファルガーを見たんでしょ? どんな姿の魔獣なのかな?」
「んー。なんちゅーかなぁ……でかいトカゲにとげとげの鎧を着せたような奴だったわ。ああ、あと普通のトカゲと違うて前足がこう腕立て伏せしてるみたいに立っとったな」
三ヶ国同盟で一般的に知られているトカゲは皆とても小さく、さらに脚が短く横に伸びているため一見すると地べたを這いずり回っているように見える。
ガーベラの話からトラファルガーは恐らくイグアナのような姿をしているのではないだろうか?
「でかいってどれくらい?」
「高さはアースよりもちょっと大きいくらいやけど体長は尻尾を含めなかったら一.五倍位、尻尾も含めたら二.五倍位やったな」
「大きいね」
アースよりも大きいとは思わなかった。
「尻尾を使ったなぎ払いでは兵士は何人も吹っ飛んでたわ」
「えっ、それ大丈夫なの? 生きてるの?」
「ちゃんと盾構えてたし、多分ライトシールドをかけとったんやろな。
それでも吹き飛ばすくらいには勢いはあったようやけど、自分からふっ飛ばされる方向に飛んでなぎ払いの威力殺してたわ。
で、飛ばされた兵士は他の兵士達が上手く受け止めてたで」
「え、鎧着てるんだよね?」
「せやで。ふっ飛ばされてたの全身鎧着た人間やったわ」
「魔法使って受け止めたのかな」
「多分そうやろな。すぐに対応できるあたり高い練度がうかがえたわ」
「なるほどねぇ。壁を作って尻尾の攻撃を受け止めようとはしなかったのかな?」
「しとらんかったな。けど下手にアースウォールとか使うて安心しとったら大惨事になってたと思うで」
「そ、そんなに強いの?」
「ありゃあ生半可な厚みじゃ防ぎきれんわ。防ごう思うたら精霊に頼る必要があるやろな」
「そう言えばトラファルガーは火を吐くって聞いた事あるけど、そこらへんどうなの?」
「ああ、実際にごぉーって吐いてたわ。ただ対策取られとったから全然効果なかったけどな」
「対策ってどんな?」
「よく分からんけど戦ってた兵士に届く前にかき消えてたな。どうやってたんやろ?」
魔法だろうか? ヒビキの固有能力『炎熱操作』のような能力という可能性もあるか。自分の目で確かめてみたいが……明日依頼の確認のついでに見学しに行ってもいいか確認するか。
「他に注意するべき攻撃ってあった?」
「攻撃っちゅうか注意せんとあかん事はあるな。トラファルガーの脚の鱗は表面ざらざらしててな、足で払われると鎧なんかが削られてしまうんや。生身で食らったらえっぐい事になるから滅多に使わんらしいけどな。まぁ何も考えずに足を攻撃したらすぐに武器がおしゃかになるで」
「なるほど」
「いやに熱心に聞いてくるけど挑戦する気か?」
「僕じゃなくてアールスがね。ねぇガーベラ。アールスならトラファルガーに勝てると思う?」
「勝つのは無理やろな。鱗欲しいだけなら認められれば十分だから勝つ必要は無いで」
「そうなの?」
「トラファルガー何年生きとると思ってんねん。トラファルガーは毎年軍の相手しとんねんで? いくらアールスでも積み重ねてきた経験が違うわ。実際ここ二百年ほどはトラファルガーに勝って鱗をもろうた人間はおらんで。
まっ、うちも昔はそう勘違いしとったけどな」
最後にガーベラはおどけてみせた。
そもそもトラファルガーの情報は元々ガーベラから聞いたのもだから勘違いの元はガーベラなのではないだろうか。それを自覚しているからおどけてみせたのかもしれない。
「で、アールスが認められるかやけど、うちには分からん。そもそもトラファルガーがどういう基準で相手に鱗を渡したのかもよく分からへん」
「まぁそうか」
認める基準なんてトラファルガーにしか分からない。もしかしたらトラファルガー自身にだってはっきりとした基準なんて分からない可能性だってある。
「じゃあ挑戦権を得られると思う?」
「大会だったらまず無理やとうちは思う。大会になると三ヶ国中から挑戦権、賞金、名誉を求めて強者が集まってくる。さすがのアールスもそいつら相手に勝ち抜くのは無理やろな。
可能性が高いのは十連勝の方や。特に今の時期なら闘士が大会に向けて調整中だったり怪我をしないように戦うから多少はやりやすいんとちゃうかな」
「ふぅん。じゃあちょうどいい時に来たんだね」
役所の職員さんが闘士達の戦いが精彩に欠けると言っていたがガーベラが言っているような理由もあるのだろうな。