ドサイド
ついにやって来たドサイド。
そしてついにアイネに闘技場の情報が伝わった。
今まで闘技場の情報を意図的にアイネには遮断していた。それは自分も出たいと言い出して面倒な事にならないようにするためだった。
そんな情報を知ったアイネは張り切り過ぎて面倒な事に……はならなかった。
それというのも昨晩からアイネのアレが始まったのだけど今回はいつもと様子が違った。
元気がないのだ。朝の訓練もほどほどに終わらせていた。
長旅の疲れが出ているのかも知れないとカナデさんは言っていた。
闘技場の事で騒がないのは良いのだけど別の事で問題が出た。朝からアイネが僕の傍を離れようとしないのだ。
アイネ曰く僕とくっついてた方が落ち着く様だ。思えばレナスさんもそういう時期があったな。
アイネが僕といたいというのは良いのだが、一つ困った事がある。
今回ドサイドでは僕は歩き回らないといけないのだ。まず最初に魔獣達を預けてから武具を脱ぎ、次に組合に顔を出して依頼の確認、その後に役所に行って治療士としての依頼を募集するつもりだ。
依頼の募集は残念ながら組合では行えない。本来治療士の仕事は役所が管理しているからだ。
そして組合は繁華街にあり役所は行政区にある為、基本的に離れている。
さらに役所では時間を取られるだろう。調子の悪いアイネを連れて行くのは気が引けたのだがアイネはそれでも僕といたいと言ってきた。
宿屋で休んでいた方がいいんじゃないかとも聞いたが、カナデさんが心が不安定な時は望む通りにしてあげた方がいいと教えてくれたのでアイネの好きなようにさせる事にした。
ただし、ミサさんにも付いて来てもらう。役所で仕事の話をしている時はさすがにアイネは一緒にはいられない。アイネが一人になる時間が出来てしまうからその間はミサさんに頼む事にしたのだ。
本当ならゲイルを連れて行きたい所だけど、今のアイネは魔獣達を傍に寄らせない。
ヒビキはそうでもないのだけどゲイルとナスは鼻がいい。アイネも女の子だ。自分の今の体臭を嗅いでほしくないのだろう。
そんな訳で僕はアイネと手を繋いでミサさんと一緒にドサイドの街を歩く。
ドサイドは今までのグライオンの都市とは少し様子が違う。
繁華街では戦士と思わしき屈強な人が行き交い衛兵の数も多い。
精細に描かれた人物画を飾っているお店なんかもある。どうやら闘技場で活躍している闘士の関連商品を売っているようだ。
繁華街を通り抜け大通りに出れば闘士の戦う姿が描かれた絵札やこれから闘技場へ行く人を狙った食べ物を扱った屋台が並んでいた。
時間がいいのか人の通り自体は少なく食べ物の屋台の店員も寛いでいる姿が見える。
しかし、人が少ないからか風通しが良く大通りに吹く風が寒さを感じさせる。季節は夏だというのに
「アイネ、寒くない?」
「んー……だいじょーぶ」
手を繋いでいるアイネは相変わらず元気がない。今回はそんなにも辛いのだろうか。
「あっ、アイネ。暖かい汁物売ってるみたいだよ。飲まない?」
「甘いのがいい」
「甘いの? 甘いのか……あるかな」
「アロエが果汁水を見つけたようですヨ」
「本当ですか? アイネ、果汁水飲む?」
「うん」
「じゃあ決まりだね。ミサさんどこですか?」
「こっちですヨー」
ミサさんの案内で果汁水を売っている屋台へ行く。
売られている果汁水はドサイド周辺で採れる果物ばかりのようだが知らない果実の名前は無い。
ただアイネは名前を見ても半分はどんな物か分からないようでどんな物かを教えつつも店員さんにどんな味かを聞いてアイネに選んでもらう。
「容れ物は道にあるゴミ箱に捨ててくれ」
「ゴミ箱?」
ミサさんが聞き返す。
「容れ物は紙で出来てるんや。飲み終わったらそのまんまゴミ箱に入れて捨てて貰うとんねん。そこら辺に捨てられたらゴミが溜まるからな」
見れば容れ物は紙で出来ているようで、それは前世で紙コップと呼ばれていた物とそっくりだった。厚みが違うくらいだろうか
「紙の容れ物って大丈夫なのですカ? 濡れて破れたりしないのですカ?」
「ああ。この辺でしか流通しとらんのやけどな、頑丈な紙でできとるからそこら辺は大丈夫や。まぁこの容れ物の分高うなっとるけどな」
「容れ物こっちで用意したら安くできませんカ?」
「え? ん~そうやな……まぁそっちで用意してくれるんならおまけしてもええかな。姉ちゃん美人さんやしな、一割でどうや」
「銅貨四枚いけませんカ?」
「はぁっ!? そりゃいくらなんでも吹っ掛けすぎやろ。銅貨四枚ってあんた」
ちなみに果汁水の値段は銅貨十二枚だ。普通果汁水の値段は五枚前後なので果汁水だけの値段で見たら割と妥当なのだが。
「十枚や。それ以上は……」
「この果汁水に使っている果物はどれも銅貨一枚で二個は買える物ばかりですよネ? 五枚で」
「紙の容れ物が高いねん。九枚でどや」
「そんな高い物を捨てさせるなんてちょっと考えにくいですネ。五枚」
「ほんまに高いんやって」
値切り交渉はミサさんに任せておこう。
「アイネ、決まった?」
「うん。でも買えるまでかかりそーだね」
「そうだね……」
ミサさんと店員さんの一進一退の攻防は僕の時間をかけたくないという言葉で何とか終わらせることが出来た。
値段はミサさんのがんばりで三人分で銅貨十九枚まで減らされていた。
僕だったらここまで値切れていなかっただろう。
お金は全て僕が出した。二人は遠慮したのだけど、アイネはいつも魔獣にお金を使ってくれているお礼、ミサさんにはいつもお世話になっているお礼として僕におごらせてもらった。
果汁水を堪能した後役所へ向かう。
役所の中は混んでいて受付までたどり着くのに時間がかかりそうだった。
アイネとミサさんには役所の玄関側の壁に並べられている長椅子に座って待っていてもらいまずは目的の受付を探す。
幸い僕が用のある受付は並んでいる人が少なかった。
僕の番が来て用事を話すと少し待たされた後別の部屋へ案内される。
別の部屋へ行く途中アイネ達の方を見るとアイネが眠そうにミサさんにもたれかかっているのが見えた。
話は小一時間程で終わった。ピュアルミナを必要としている人の募集に関しては役所の方から闘技場に話を通し告知してもらう事になった。
だがあまり人は集まらないだろうと言われた。闘士はお金は持っているがピュアルミナを必要としている人間は滅多に出ないらしい。
それに関してはそんなもんだろうと予想はしていたので問題はなかった。
むしろパーフェクトヒールを使える人間が欲しかったようだ。
今軍がトラファルガーとの演習の為に滞在していて治療士が演習部隊に取られているらしい。
毎日身体を欠損する闘士が出る訳ではないので今の所問題にはなっていないが軍の演習が終わるまで滞在してほしいとお願いされた。
てっきりこのドサイドには治療士が多くいるのかと思っていたがそういう訳ではない様だ。
今は開拓地近くに治療士が集まっていて常在の治療士は四人しかいないらしい。二人が教会関係者でもう残り二人が軍関係者。軍関係者の方が軍の演習部隊に取られていて、教会関係者の方は忙しく気軽に動かせる立場ではない。
パーフェクトヒールは治し終えるまでに時間のかかる魔法だ。大事故が起こった時など四人でははっきり言って心もとない数なのだけどそれがさらに半減しているというのは非常にまずいのではないか。
だがそれは説明を聞いて安心した。
一応演習部隊に取られている二人は完全に取られているわけではなく演習部隊の指揮下にあって大事故の有事の際は演習部隊が連れてきた治療士と共に治療にあたる事になっているらしい。
しかし、問題なのは役所から通されるいわゆる治療の依頼にはかかわれない事のようだ。
闘士の治療は依頼という事に形になっているので闘士の治療に動けるのは現状二人しかいないという事になっている。
治療士が少ないという事は重傷を負ってもすぐに治してもらえないかもしれないという事だ。
闘士の安全はパーフェクトヒールがある事が前提なので治療士が減るとその分怪我をしないように気を付けるため試合に迫力が無くなってしまうらしい。
この都市の財源は闘技場に頼っている部分もあり今のままでは客入りが減ってしまうのを危惧しているようだった。
僕が依頼された滞在期間は十日。演習部隊は八日後にはドサイドから撤収する予定だが不測の事態が起こった時の為に二日は残っていてほしいそうだ。
最初に提示された報酬は僕の滞在費に銀貨一枚。治療士としての仕事があったらきちんと治療費が貰える。
しかし、僕には仲間がいて滞在するとなるとこの報酬ではちょっと割に合わない。治療士の仕事があるかどうか分からない以上もう少し欲しい所だったので銀貨三枚にしてもらった。
それと僕の他に治療士がいるのにここで教えておかなかったら後々面倒な事になりそうだから一応アールスの事も話しておいた。
名前は伏せて治療士がもう一人仲間にいる事と闘技場に出るつもりなので恐らくは僕と同じ仕事は出来ないだろうという風に伝えた。
アールスの方は役所に依頼されたわけではないので滞在による報酬はないがもしもの時には連絡はいくだろう。
職員さんとの話を終えてアイネ達の元へ行くとアイネはすっかりと眠ってしまっていた。
「アイネ寝ちゃったんだ」
「ハイ。こうしていると故郷の弟妹を思い出しマス」
「……ご兄弟がいるんですか?」
たしかアロエの話によるとミサさんは二人兄弟を亡くしていたはず。他にも兄弟がいたのか。
「ええ。弟と妹が一人ずつ。二人ともアリスちゃんよりも年上ですヨ。二人がいなければ両親を残してレナスちゃんを探せませんでしたヨ」
「そうだったんですか……詳しく聞きたいけどとりあえず出ましょうか。アイネ、起きて」
軽く揺すってみるが全く起きる気配がない。
「仕方ない。背負っていくか」
「ワタシが背負いますヨ」
「いえ、僕にやらせてください。今日アイネは僕を頼ってくれたんです。だから最後まで僕がアイネを助けたいんです」
「そうですカ……それならアリスちゃんにお任せしますネ」
「はい」
ミサさんに手伝ってもらい眠っているアイネを僕が背負う。
ずっしりとアイネの体重が僕にかかる。
「ふふっ」
「アリスちゃんうれしそうですネ?」
「ああ、いえ、大きくなったなって思いまして。アイネの事は小さい頃から知ってますからなんだか嬉しくて」
「本当アリスちゃんはお姉さんですネ。ワタシにもその気持ちわかりマス」
「弟さんと妹さんがいるんですよね? 宿に行くまでの間話を伺ってもいいですか?」
「もちろんデース」
アイネを背負いミサさんの話を聞きながら僕はふとルイスの事を思い出した。
思えば僕がルイスをまともに抱っこしたのは赤ん坊の時だけだ。
外で遊ぶようになってから僕よりもナスに懐くようになった為膝の上に乗せたりお風呂の時に湯船に出入りする時に持ち上げる事はあってもきちんと抱っこする機会が中々なかったんだ。
特に背負うなんてした事が無いかもしれない。
次に会ったら背負わせてもらわなくては。




