決意と秘密
最近アールスの様子がおかしい。いや、またおかしくなったと言うべきなのだろうか?
休暇中アールスは元気を取り戻していた。……取り戻していたと思う。
アールスの様子のどこがおかしいのかというと、僕と話をしていると不意にどこか物憂げな表情で遠くを見る事があるんだ。やはりお父さんの事が忘れられないのだろうか?
僕がそんなアールスの様子に気付いたのは三ヶ月前の春季休暇が終わってから一週間がたった頃だ。僕の気のせいかと様子を見ていたけれど、アールスは変わらなかった。
僕はどうアールスに切り出すか迷っていた。直球で悩んでいる事はないかと聞くか、遠回しに聞くか、小母さんに聞くと言うのもいいかもしれない。
とりあえずこのまま何もしないというのは無い。
どうするか。僕は退屈な算数の時間を一杯使っても思いつかず休み時間になってしまった。
迷った時はやっぱり情報収集からするべきかな。僕は最初に同じクラスのラット君に視線を向けた。
ラット君は今使った教科書を机にしまっている。声をかけるなら今か。
「ラット君」
「あ? 何? ナギさん」
ラット君の真正面に移動して最初から本題に入る。
「最近のアールス、どう思う?」
「え? 元気になったと思うよ。前のアールスさんは声かけにくかったから、よかったよね」
「そうだね」
ラット君は気付いてない?
僕は軽く会話を続けてからラット君から離れる。観察眼のありそうなラット君なら何か気づいてるかもと思ったんだけど。
本当ならフェアチャイルドさんとも話をしたいんだけど、今年はフェアチャイルドさんとアールスは同じクラスだ。
フェアチャイルドさんに話しかけたら絶対にアールスが混ざってくる。そうなるともう情報収集が出来なくなってしまう。
となると次はカイル君だろう。アールスには他にも親しい子はいるみたいだけれど、残念ながら僕と親しいというわけではない。
いや、僕に四人の他に親しい友達がいない訳じゃないんだよ? でもね、僕の親しい子っていうのは男の子なんだ。
いくら子供でも女の子は女の子。僕とは中々話が合わないんだ。その点男の子なら自分の精神年齢を下げれば対応はできる。今ではガキ大将みたいな扱いを同級生の男の子達から受けている。
元高校生男子が小学生のガキ大将か……改めて考えるときつい物があるな。
いや、そんな事よりカイル君だ。
カイル君の教室に行くと、カイル君はクラスメイトと楽しそうに話をしていた。これはちょっと割り込みにくいな。
急いでるわけでもないしアールスの様子を見に行くか?どうしようか。
僕が選択肢に悩んでいるうちに鐘の音が鳴ってしまった。
アールスの事焦るべきか焦らないべきか。そこが問題だ。命にかかわるような事じゃない限りアールスから話してくれるのを待つべきなんだろうか。無理やり聞いても苦しめる結果にならないだろうか?
放課後になっても僕は結論を出せなかった。
前世には迷ったらやらないで後悔するよりもやって後悔しろという言葉があった。今回はその言葉に従ってみるか。
僕はラット君に今日は用事があるから依頼はできないと伝え教室を出た。
そのままの足でアールスの教室へ向かう。
アールスは丁度フェアチャイルドさんと一緒に教室を出てきた所だった。
「あっ、ナギ」
僕に気付いたアールスが人懐こそうな笑顔で僕に近寄ってくる。フェアチャイルドさんもアールスの後ろをついて来た。
「アールス、今時間いいかな?」
「うん? 大丈夫だよ」
「二人で話がしたいんだけど」
「二人で? いいけど……レナスちゃんいいかな?」
「はい。私は先に帰りますね」
「うん」
「また後でね」
「それでどこで話す?」
「中庭はどうかな」
「いいよー」
中庭に行くと丁度良く人影がなかった。
中庭の中心にある大きな木の周りに置かれている長椅子の一つを選び、アールスに座るように促す。
「それで話ってなぁに?」
「えと、困ってる事とか、悩んでる事ないかなって思って」
「……どうして?」
「アールス最近僕と話してるとどこか遠い所を見る時があるから。前はそんな事なかったよね」
「……」
「勘違いならそれでいいんだ」
「……あのねナギ。私ね」
アールスは意を決したように強い眼差しで僕を見てきた。
「冬になる前に首都に行くの」
「首都に?」
旅行に行く、なんて理由じゃないだろう。そんな理由ならこんな目をするはずがない。
「私ね、首都で勉強する事にしたの」
「首都で……どういう事?」
「あのね、休暇が終わった最初の日に先生にお母さんと一緒に呼び出されたの。私の固有能力は伝説の勇者様と同じものだから首都で他の二人と一緒に勉強しないかってきょーいくいいかい?っていう人達から誘いが来てるんだって」
アールスの固有能力は勇気ある者。本で読んだことがあるけど、アーク王国を建国した伝説の勇者である初代国王アークと同じ固有能力らしい。能力は詳しい事は書かれていなかったけれど、勇気ある者を持つ者はその名の通り困難に立ち向かえる勇気と力を得る事が出来るらしい。
勇気ある者は伝説の勇者以外にも数人歴史上に現れ人々の危機を何度も救った事があると言い伝えられている。
そんな逸話を持っている固有能力は他にも二つあり、賢者の石と統率者の二つだ。
賢者の石はアーク王国の南西に隣接しているイグニティ魔法国の初代国王であるイグニティが、統率者は軍事国家グライオンの領土であるアーク王国の北西にある鉱山を魔物の手から解放したアーク王国の将軍が持っていたらしい。
「……え、他の二人ってまさか、賢者の石と統率者の固有能力持ってるの?」
「……うん。そうらしいよ」
アーク王国、イグニティ魔法国、軍事国家グライオンは同盟を結んでいてその名を三ヵ国同盟というのだけれど、その三ヵ国同盟では勇気ある者、賢者の石、統率者を持った初代の固有能力者達の事を三英雄と呼んでいる。
その三英雄は今まで一度たりとも同じ時代に三つ同時に固有能力を持った者が生まれた事はなかったらしい。
「しかもね、同い年なんだって」
「どんな確率だよ……」
アールスと同い年って事は僕とも同い年って事だ。そう、転生者である僕とだ。なんだか運命的な物を感じる。
「それでね、三人揃ってお勉強して、人を守って欲しいんだって偉い人が言ってたんだって」
「アールスはそれを受けたの?」
「うん」
「……冒険者になれないかもしれないんだよ?」
「……うん」
「世界中を回って、珍しい物見れないかもしれないんだよ?」
「それでもいい」
「……もう決めてるんだね」
「うん」
僕としては反対をしたい。僕はアールスと一緒に冒険したい。けど、それは僕の我儘だ。我儘だとわかっているんだけど……。
「僕は……アールスと一緒に冒険者をやりたいよ」
「え?」
アールスが意外そうな表情になった。まるで僕がそんな事を言うとは思わなかった、そんな感じの表情だ。
本当は言うつもりなんてなかった。こんな事言ったってアールスの負担にしかならない。けれど、魂ではわかっても僕の八歳の身体は正直みたいだ。
「僕は……」
僕は続きの言葉を何とか飲み込んだ。とても大きく飲み込み辛い言葉だったけれど、これ以上は駄目だ。これ以上はアールスを縛り付ける事になる。
「ナギ、私……」
「いいんだ。アールス。アールスの決めた道を行くのが一番いい」
自分でも分かるほど声が震えてる。
他人に絆されて決めた選択肢何て後悔するに決まってる。僕はアールスよりも年上なんだ。小さな子の邪魔をしちゃいけない。
「わたし、私だってナギと一緒にいたい。けど、私強くなりたいの。強くなって、お母さんを守りたいの」
アールスの目尻から一滴の涙が零れた。
「お母さんにいなくなってほしくない。お母さんともう離れたくないの」
アールスはまだ子供なんだ。そう思って当然だろう。
村の子供は幼い頃から親元から離されるというのが当然で、親から離れる寂しさをきっと寮の子達も余り意識した事なんてないはずだ。
四ヶ月半前みたいな魔物の襲撃から子供を守り育てる為に最寄りの都市に集める為、親元から離した子供達のフォローを先生達がしている。その為、先生達が親代わりと思う子も少なくはない。アールスも元はそんな子の一人だ。
けど、小父さんが亡くなり小母さんがグランエルに住む事になって少しタガが外れてしまったのかもしれない。
「小母さんも首都に行くの?」
「うん……」
首都は前線から遠い所にあり、グランエルからだと三週間かかる。考えてみればグランエルにいるよりも首都の方が安全だ。小母さんもそんな理由で首都に行くのを了承したのかもしれない。
「どれくらい勉強するの?」
「成人する年までだから六年とちょっとだって」
「六年?長い……」
いや、そんな事は無いか? 学校を卒業した後兵士訓練所や高等学校では三年学ぶ事になる。来年から六年間だとそれらの期間と同じ間学ぶ事になるんだ。
でも、六年も会えないのはやっぱり長い。会えるのが十五歳だとすると人生の半分近くもの間会えないんだ。アールスは僕達の事を忘れるかもしれない。その逆だって考えられる。
「アールス、本当にもう決めたんだよね」
念を押すようにもう一度聞く。
「うん。ごめんね」
「いいんだ……いいんだよ。皆にはいつ言うの?」
「……明日、言う」
「わかった」
僕の左手に重ねてきたアールスの手のぬくもりは、忘れる事は出来そうもなかった。
「……アールス、僕も言っておかなくちゃいけない事があるんだ」
「なに?」
「僕の信仰魔法さ、ルゥネイト様だって言ったよね」
「うん」
次の言葉が上手く出せない。唇がまるで重りのように口が動かず、舌もうまく回らない。僕は恐れている。これから告げる言葉でアールスに嫌われないかどうか。
でもこれは今言わないともう伝える機会がないかもしれない。
「……あれ、嘘なんだ」
「え?」
「僕に力を貸してくれているのはシエル様っていう、この世界にはいない神様なんだ」
アールスは僕の言葉の意味を少しずつ飲み込んでいるのか僕の言葉を何度も繰り返し呟き、やがて僕の方を見た。
「嘘をついてたの?」
アールスの目がどうして? と問いかけてくるようだ。
「シエル様の助言なんだ。この世界にいない自分の信仰魔法を使えば面倒な事になるって。僕もそう思ったから、嘘をついたんだ。ごめん」
「んと……別に怒ってないよ?だからナギ、泣かないで?」
そう言ってアールスの手が僕の頭を撫でてきた。
「な、泣いてないよ」
「でも泣きそうだった」
「うっ……」
「えと……よく分からないんだけど、シエル様?に助言されたってどういう事?」
「僕は神託でシエル様の声を直接聞く事が出来るんだ」
「どうして?」
「ん……最初から話す事になるけどいい?」
「うん」
僕は本当に最初から話す覚悟を決めた。変人と言われようが何と言われようが、僕は全てを話す。それが僕の……アールスに送る事が出来る信頼の証だと信じて。
僕は元々男だった事、事故で死に生まれ変わりこの世界に来た事を話し、シエル様の事を話した。
話してみて分かったけど驚くほどに話す事が少ない。
前世の事は証明できないけど、シエル様の事は魔法を見せれば納得させる事はできた。
しかし、その前世の事も魔法を見せる事なくアールスはすんなりと信じてしまった。
「だってナギって昔から男に生まれたかったって言ってたし、後女の人好きでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ナギって綺麗な人いるといっつも見てるよね」
やばい。そこまでばれてるなんて恥ずかしい。
この身体はまだ未発達だからか性欲というのは湧かないけど、それでも男の魂だからかついつい好みの人を見ると目で追ってしまうんだ。
「だからね、前世はよく分からないけど、ナギが男の子だって言われても今更っていうか……」
「そ、そっか……」
「でも、嬉しいな」
「嬉しいって何が?」
「ナギの秘密教えてくれた事が」
「そんなに嬉しい物なの?」
前世の事やシエル様の事はたとえ不特定多数に知られても面倒な事になるだろうという程度の秘密であって、本気で隠すほどの秘密じゃない。
その程度の秘密を聞いて嬉しい物なのか?
「レナスちゃんは知ってるの?」
「その内教えると思う。一緒に冒険する以上は隠し通せないだろうからね」
「そっかぁ。じゃあまだ知ってるのは私だけ?」
「そうだよ」
「そっかそっか。うれしーなーえへへー」
肯定するとアールスは何が嬉しいのか笑いながら僕の背中を叩きだした。
アールスは力が強いから叩かれる背中が痛い。
「痛いって」
「あっ、ごめんごめん」
口では謝っているけど顔はにやけたままだ。
「まったくもう」
「……今はまだ二人だけの秘密なんだよね?」
「え?正確にはシエル様も入れて三人かな?」
「シエル様は神様だから数に入れないの」
「そういうものなの?」
本人は神様ではないと言っていたけど。
「レナスちゃんにはいつ言うの?」
「……アールスの事が落ち着いたらにしようと思う」
遅くなるかもしれないけど、同時に伝えると余計に混乱させるだけだろう。
「そう……だよね。うん。そうした方がいいかも」
「……まずは明日だよね」
「うん……」
明日、みんなはどういう反応を見せるだろう。




