思い出をあなたと
アースのお世話を終えた後ナス達の方のお世話をしてもらっていたレナスさん達と合流し疲れ切った身体で精霊達がアールス達の取った宿へと向かう。
宿は前情報通りの三角屋根の一軒家だ。
この村では宿はログハウスのような小さな木造りの家を一軒借りて泊まる形式になっている。
元々はこの村で仕事をしていた人達が住んでいた家らしく、鉱山としての役割を終えた後山を降りる人が増え住む人がいなくなってしまったから流用していたらしい。
この鉱山の役割が終わったのはもう何百年も前の事なのでさすがに当時のままの家という訳ではなく、観光客用に何度も作り直されているようだ。
鉱山として栄えていた時の家は今も資料兼博物として何件か残されている。レナスさんが見たいと言っていたから明日見に行く事になるだろう。
家の中に入るとレナスさんとアールスが迎えてくれた。
間取りは玄関を入ってすぐの部屋が居間になっていて椅子と机の他に空いた空間にソファーが置かれている。
奥の方に扉が二つあり、片方は物置になっていてもう片方が六人が眠れる寝室になっている。僕の実家よりも広い家である。
厠は外にあり、台所はない様だ。食事は外で済ませろという事だろう。
でもこういう観光地での値段って高いんだろうな。実際倉庫や厩舎を借りる時の値段も預かり施設の一日の利用料より三割増しだった。
でもいくら高くてもさすがに料理をする元気は……次の当番であるアールスとアイネならありそうだ。
しかし、今晩は外で食べるという事は誰からも反対されなかった。
夕食、頼んだ野菜炒めを頬張りつつ今日の事を疲れた様子も見せずに揚々と話すアイネが何か思いついたかのように声を上げた。
「あっそーだ」
野菜炒めを食べる手を止め、野菜が刺さったフォークを顔の横で揺らす。
「揺らすのお行儀悪いよアイネ」
そう注意するとアイネはむすっとした顔になった後刺さっている野菜を口の中へ入れた。
「それで、何がいいたかったの?」
アイネが口の中の物を飲み込んでから改めて聞く。
「むー」
まだむすっとしたままの顔のアイネはコップに入った果汁飲料を飲んだ後大きく息を吐いた。
「ねーちゃんってせんせーみたいに細かいよね」
「僕だってあんまり細かいこと言いたくないんだけどね、アイネは言ったら分かってくれるからつい言いたくなっちゃうんだよ」
僕の返答にアイネは微妙そうな表情を見せた。
「むー。まぁいいや。ねーちゃん。ここのお風呂って露天風呂なんだって。後で一緒に入ろーよ」
「……露天風呂」
「うん。ちょっと歩くらしいけどさ、景色を眺めながらお風呂に入れるんだって」
「アイネ、今日はもう暗いから景色見れないと思うよ?」
「あれ? あっ、そっか。じゃー明日の朝入ろ! 朝から入れるみたいだしさ、朝日を見ながら~なんてゆーのが人気らしーよ?」
「そ、そうなんだ。でも僕はほら、魔力感知が……」
「そんなのアースみたいにマナまとめちゃえばいいじゃん」
「……」
ミサさんはアイネの答えに感心したように頷いた。
「オゥ。確かにそうですネ」
今まで何とかごまかし隠して問題をすり替えていた事があっさりと暴かれてしまった。
ぶっちゃけ目をつぶらなければその方法でいいのだ。
目をつぶる表向きの理由は訓練の為だが、景色を眺めるという目的でお風呂に入るのならそもそも目をつぶる必要が無くなってしまうのだ。
今までは一緒に入らない理由として肌を見られたくないという理由と併用して断っていた。
レナスさんとカナデさんは僕の事を分かっているので深くは追及してこないし、ミサさんも空気を呼んでくれているのか誘ってくる事はなかった。
「ぼ、僕人に肌を見られるのって好きじゃないんだ」
「そーなの? でも一緒に入りたいなー。アールスねーちゃんもそー思うよね?」
「え? わ、私?」
急に話を振られたアールス。
アールスなら安心だ。僕と一緒に入るのは恥ずかしいと前に聞いている。きっと反対してくれるはずだ。
アールスと視線を合わせると何故か逸らされてしまった。
あれ?
「わ、たしも一緒に入りたいかなー……って。せ、せっかくの露天風呂だし、記念に……駄目かな?」
最後に気まずそうに上目遣いで見てくる。
裏切られた。まさかここでアールスに裏切られるとは思ってもみなかった。
レナスさんに視線を向ける。
「とても、とても良い提案だと思います。露天風呂なんてアーク王国にはありませんでしたし、景色がいいという話ですしそれを共有出来たらいい思い出になるのではないでしょうか。
美しい思い出、その中にナギさんがいないというのはとても寂しく思います」
レナスさんならそう言うよね!
でもレナスさんの言葉に僕は大きく心を揺さぶられた。
皆が露天風呂から見えた景色を楽しく話す中僕だけが取り残されるのは、それはとても寂しく思えてしまったのだ。
だけど、だけど……今回の思い出を共有するという事は皆の裸を見てしまうという事だ。
男としてそれはいいのか?
もう一度アールスの方を向く。アールスは恥ずかしそうに視線を逸らしたが自分の言葉を撤回する気はなさそうだ。
すがるようにカナデさんの方を向くが、カナデさんはおいしそうに食事をしているだけだった。いや、目が合ったがすぐに逸らされてしまった。
いいのか? 僕このままだとみんなの裸を見る事になるんだぞ? それでいいのか?
僕の良心は本当にそれでいいのか?
「ねーちゃん駄目?」
「無理にとは言いませんが……ナギさんと一緒に露天風呂の景色を見てみたいです」
僕が一緒にお風呂に入る事に反対する人はいない。
渋っているのは僕だけだ。
「う、う~ん……分かったよ」
僕の良心は二人のお願いと皆と思い出を共有したいという僕の気持ちによって完全に折れてしまった。
そして食事を終えた後の帰り道、僕はアールスに本当に一緒にお風呂に入っていいのかを確かめた。
「ナギに見られるのは恥ずかしいけど、私やっぱりナギと一杯思い出作りたいもん」
その言葉に否と返せるはずもない。
「そっか……うん。それは僕も同じ気持ちだよ」
覚悟を決めよう。
僕の身体は女の子。一緒に入る事に対して何ら違法性はない。
僕の気持ちの問題でしかないんだ。
良心を言い訳にして人の気持ちをないがしろにしていいはずがない。
翌朝、少しの寝不足を自覚しつつベッドから起き出た。
緊張からか夜中何度も目が覚めてしまってよく眠れなかった。
そして今も動悸が激しくなっていっている。
今日この目で見る事になってしまうのだ。皆の身体を。
女の子の裸体ぐらいで動揺している自分をつくづくへたれだなと思ってしまう。
ちなみに昨晩のお風呂は露天風呂ではない普通の銭湯をいつも通り皆とは時間をずらし入ったのでまだ露天風呂がどのような物なのかは確認していない。
まだ眠い目をこすりながら寝間着から運動時用の服に着替えているとアールスとアイネが起きてきた。
「おはよう」
「おはよー」
「おはよーねーちゃん」
二人が起きてきたので着替える手を早める。
そして、着替え終わったら二人が着替え始める前に櫛を持って寝室を出る。
椅子に座って寝る前にまとめていた髪を解き櫛で梳く。
この後は訓練でその後がお風呂。凝った髪型にする必要はないだろう。
半分ほど梳いた所でアールスが寝室から出てきた。
「あっ、ナギ髪とかしてるの? 私がやってあげるよ」
「そう? じゃああと半分くらいだけどお願いしようかな」
「うん!」
アールスが僕から櫛を受け取り梳き始めた所でアイネも寝室から出て僕が座っている隣の椅子に座った。
「アイネちゃんも髪とかしてあげるからね?」
「えー? いーよあたしはー」
「アールス。やってあげて。アイネほっといたら寝癖つけたまま外に出ようとするから」
「あははっ、分かってるって。ナギ、アイネちゃんが終わったら私の髪とかしてくれる?」
「もちろんいいよ」
「ありがと。髪型はどうする?」
「どうせ後でお風呂入るから簡単でいいよ。この髪留めで緩くまとめてくれるかな」
「分かった。私も今日はそうしようかな」
そして、アールスがアイネの髪を梳き終わった頃にレナスさんとミサさんが、僕がアールスの髪を梳いて纏め上げた頃にカナデさんが起きてきた。
最後に起きてきた寝ぼけ眼のカナデさんの髪を僕が梳いて髪型はいつも通りのツインテールにしておく。
それから全員がそろったという事で朝の特訓の時間だ。
まだまだ眠そうなカナデさんを皆で引っ張っていく。
いつもよりもカナデさんが眠そうなのは恐らく気圧や空気の薄さのせいだろう。
まずは魔獣達の所に向かい魔獣達を連れて空地へ向かう。
空き地とは言っても広い場所はなかったので今日の特訓は筋肉トレーニングと軽い組手だけになった。
アース以外の魔獣達は追いかけっこをしてもらったが身体が大きなアースは空き地では動き回るのは難しかったので土人形を使った補助に回ってもらった。
そうして日課である特訓をいつもよりも早い三十分ほどで終えればついにお風呂の時間となる。
魔獣達を元の小屋に戻し、着替えを持って露天風呂へと向かった。
露天風呂は僕達の泊まっている宿やお店のある場所よりも高い場所く奥まった場所にあり森の中を歩いていく必要があるようだだ。
木板が敷かれ整地された道はあるが道に迷わないように精霊達に案内してもらう。
森の中に入って大体十分くらいだろうか? 目的の建物が見えた。
建物はやはり三角屋根の木造建築で入り口は引き戸になっておりのれんがかかっている。どことなく和風だ。
だけど窓は何故か縦に長い楕円の形をしている。
のれんにはフソウ文字で露天風呂っぽい事が書かれている。
「何故フソウ風なのでショウ?」
ミサさんが首をかしげている。
「これフソウ風なんですか?」
「屋根はこっちに合わせているみたいですガ、引き戸とのれんの模様、それに窓の作りはフソウの建築物と同じですネ」
窓はたしかにアーク、グライオンどちらでも見た事のない形の物だ。
「ちなみに窓が楕円なのは木のうろを現しているらしいですヨ」
「なるほど」
大樹の国と呼ばれるフソウは樹齢の長く古い木が多く、大樹の中身をくり抜いて家に利用している所があると聞いている。
「本当になんでフソウ風なんでしょうね」
疑問を疑問のまま建物の中に入るといきなり受付があった。
内装もまた変わっていて受付の左右にある男湯女湯それぞれの入り口の前には虎のような猫科と思われる動物が彫り込まれている木彫りの衝立が置いてあり、壁にはフソウの物と思われる風景画や落ち着いた色彩で編まれた壁掛けが飾ってある。
壁の天井近くには赤い四角すいの笠をかぶったランプがつるされていた。
ミサさん曰く内装もフソウの物の様だ。
朝早くから本当にやっているのか疑問だったがどうやら営業しているようで受付の人に愛想よく挨拶をされた。
お風呂から出た後に休むための休憩室のようなものはない様だ。それとも奥にあるのだろうか。
受付を済ませるついでにこの建物の事を聞くとどうやらこの建物の管理人が昔フソウに渡った際に文化に惚れ込んだらしい。
フソウの文化を広めたくてフソウ風にしたのだとか。
受付を済ませて女湯の方の入り口を通り更衣室に入ると中は意外と広かった。
着替えを置いておく為の籠とそれを置くための棚、そしてくつろぐ為に置かれているであろう椅子と机がある。
更衣室と休憩室が併設されているおかげで広くなっている。
内装もやはりフソウの物なのだろう。装飾品はないが棚や籠、椅子に机などの家具は明らかに三ヶ国同盟で見られる物とは別の意匠が施されている。
僕が部屋の中に気を取られているとアイネがいつの間にか裸になっていた。
「ねーちゃんも早く脱ぎなよ」
油断していたせいでアイネの裸をもろに見てしまった。
見てしまったが……自分でも不思議なほどに平静を保っている。
おそらくアイネの身体がまだ大人になり切れていないからなんだろう。むしろ大きくなったなぁと昔のアイネを思い出し感慨にふけりたくなる。
「今脱ぐよ」
籠の前に立ち服を脱ぐ。他の皆の服を脱ぐ音が聞こえてくる。アイネの裸よりこっちの方が来るものがある。
横を向きたくなるのを我慢し服を全て脱ぎ去る。
「……」
見られるのは好きじゃないのは本当だ。
旅の途中何度もレナスさん達とお風呂に入った事はある。
それでもやはり慣れないのだ。自分の女の身体を見られるという事が。
気にし始めたのはやはり胸が膨らみ始めた頃だろう。
僕は男だというのに、もう十五年もこの身体で生きているというのに身体は女らしく変わって行く事に違和感を感じている。
その違和感が人に自分の身体を見せる事に抵抗を感じさせている。
「ナギ? どうしたの?」
アールスの声に僕はなんでもないと答える。
緊張している。自分の身体を見せる事もそうだけど、皆の身体を見る事も。
緊張が思考を暗い方向に行かせているんだ。
大丈夫。皆入る時は布で身体を隠しているはずだ。誰だってそうする。僕だってそうする。
深呼吸をし布で身体の前を隠しながら笑顔を作り皆の方へ向く。
「じゃあいこ……おっふ」
アールスはちゃんと布で身体を隠していた。
だけど、ミサさんは……よりにもよって一番恵まれた身体をしているミサさんは堂々と裸体を晒していた。
ミサさんの身体にぶら下がる巨大な物体はまるで……まるで……。
別に大きい派という訳でもない僕でもミサさんの物は刺激が強すぎる。
しかも男好みのぽっちゃり体系。僕にはミサさんの身体は目の毒だ!
感知で体形は把握していたけど、実際に見るとここまでの破壊力がある物なのか。
僕の中の男の欲望を刺激し曝け出そうとする圧倒的な肉感の暴力!
恐ろしい。僕はミサさんが恐ろしいよ。




