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毒の水

 レナスさんの風邪が無事に治り僕達は旅を再開させた。

 レナスさんの風邪は一日でよくなったのだけど念のために一日様子を見てから出発をした。


 目的のグラード山は首都グライオンから歩いて一日の場所にある。

 だけどそれは西側から出た場合の話。

 とても大きな街であるグライオンの東側から出て向かうとなると二日かかってしまう。

 けど別に予定が遅れているわけでもないので僕達はいつも通りの速さで道を歩いていく。


「ねーちゃん。どう? 新しい防具」

「やっぱり重いね。早く慣れなきゃ」


 僕は今購入したばかりの防具を身に着けている。革製の防具とは違った重さに早く慣れる為にもしばらくは外さない事にした。

 それに伴いしばらくはヒビキの抱っこ係はお休みだ。

 ゲイルも僕の兜の上はさすがに居心地が悪いのか今はアイネの頭の上にいる。


「ねーちゃん。かっこいーよ」

「あははっ。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「わ、私も似合っていると思いますよ」

「レナスさんもありがとう」

「ぼふぼふっ」


 突然アースが私も褒めてと言いながらドンドンと足踏みをして音を鳴らした。


「アースもよく似合ってるよ」


 アースには今左耳の傍の体毛の一部を三つ編みにして真っ赤で大きなリボンで留めている。

 リボンを選んだのはアイネで結んだのは僕だ。


「本当にきれいだ、アース。銀色の体に赤が良く映えてるよ」

「ぼふっ」


 時間があればアース用の髪留めを用意するのもいいかもしれない。

 装いを新たに僕達は進む。目指すグラード山へ。




 首都グライオンの壁を眺めつつ通り過ぎ半日ほど歩くと一つ目に村に着く。

 村に着くまでの間に軍隊が演習しているところに鉢合わせした。

 初めて見る軍隊の演習光景にアイネが見ていきたいとだだをこねた。

 軍の演習という物を見学していいのか迷ったけれど、アールスがアーク王国では見学は問題なかったという事を教えてくれた。

 それなら邪魔にならないように遠くから見学しようかという事になり、ナスに光を操って貰って演習の光景を拡大てもらいしばらく見ることにした。

 すると鎧姿の兵士さんが複数人やってきて僕達に職務質問をしてきた。

 どうやらアースの姿が目立っていたらしい。

 素直に見学したい事を話すと近くでの見学を許可をくれた。

 僕達はお言葉に甘え近くまで行った。

 演習は攻撃側と防衛側の二つの部隊に分かれて行っていて役割を交互に替えて行っているようだ。

 どちらも一糸乱れぬ動きを見せてその練度の高さをうかがわせる。アイネはその光景を真剣な表情で見ていた。

 しばらく見学をしてアイネが満足したところで僕達はその場を後にした。


 日暮れまでには次の村に着きたかったのだけど、どうやら見学でのんびりし過ぎたようで村が見えたのは日が沈み切る寸前の夕方だった。

 しかも、中に入ってみると村の規模は町と呼んでもいいほど大きいのだけど今の時期はグラード山への観光客も多いらしく宿が全て埋まった後だった。

 仕方ないので野宿できる場所を宿の人に聞きその場所へ向かった。

 野宿の出来る空き地には僕達以外にも人がいてアースは注目を浴びる事になったが、相も変わらずアースは注目される事を喜んでいる様子だった。

 野宿の準備を終えるとナスが僕の傍に寄ってきて自分の体を擦りつけてくる。

 今晩の料理当番はレナスさんとミサさんなので構う時間は十分ある。


「よーしよしよし」


 籠手を外しナスの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ぴぃー」


 ナスが鼻をぴくぴくさせ臭いと言ってくる。

 一日中籠手を着けていたせいだろうか? 自分の手を嗅いでみると確かにちょっと汗臭く感じた。


「ちょっと手を洗うから待っててね」


 魔法で水の塊を宙に生み出しそれに手を突っ込み良く揉みながら洗う。

 よく洗った後は水の塊から手を引き抜き余分な水を取ってから塊を水がはねないようにゆっくりと地面に落とす。

 そして改めてナスの頭を撫でた。

 ナスはぴこぴこと耳を動かした後ごろんと寝転がりお腹を見せてきた。

 一日中歩いていたせいで白いお腹が随分と汚れてしまっている。

 撫でるついでに軽く汚れを落としておく。

 手が汚れて二度手間になってしまうが仕方ない。そもそもまだ夕飯を食べておらず、魔獣を触ったままの手で食べる訳にはいかないからどうせ手を洗う事になるのだ。今土で汚れても大差はない。


「ナギ、ナスと楽しんでる所悪いんだけど今いいかな?」


 声に気づけばアールスが僕の目の前に立っていた。


「ん? 大丈夫だよ。ナスもいいよね?」

「ぴー。大丈夫。ボク傍にいない方がいい?」

「ううん。大丈夫。ちょっとお話したいだけだから」


 そう言ってアールスは僕の隣に中腰になり僕と一緒にナスのお腹を撫で始めた。


「それで話したい事って?」

「んー……レナスちゃんの事。病気治ったばっかりなのに山に登って大丈夫かなって」

「心配なんだ」


 僕が聞くとアールスはこくんとうなずいた。


「山って高くまで登ると息がしにくくなって疲れやすくなるんだって習ったんだ」

「その事か。それだったら大丈夫だと思うよ。今日の様子を見た限りじゃ病気の疲れはもう抜けてるようだし、初めての山登りだからゆっくりと登るつもりだよ。

 それに具合が悪くなっても僕達がいるからね。対処は出来るよ」

「そ、そうだよね。ナギだっているんだし……」

「んふふ。アールスもね」

「私何かできるかなぁ……」


 こうしてレナスさんの事に対して心配していると本当に勇気ある者の影響にあるのか疑わしくなるな。

 たしかユウナ様はアールスが不安や恐怖を元とした心配をするのは僕とレナスさんと小母さんだけだと言っていたっけ。


「その時にならなきゃ分からないよ。その時にはなって欲しくないけどね」

「うん……」


 ユウナ様に頼まれた恐怖を教えるというのを考えると今の状態は良い傾向なのかもしれない。

 だけど、良い傾向だからと言って放置していいのだろうか?


「不安に思う気持ちは分かるよ。でもさ、もうちょっとレナスさんの事も信じようよ」

「え?」

「レナスさんはアールスよりもずっと長く旅をしていたんだよ。グライオンに入ってからの事はもちろん風の強い日、雨の日、日差しの強い日、月のモノで体調の悪い日もあった。

 アーク王国の北方じゃ足を取られる雪原や沼地を渡った時もあるんだ。

 気温とかはさサラサのお陰で快適には出来たけど、アーク王国を北から南、東から西と周ったのは間違いなく彼女自身の脚なんだ。

 自分自身の脚でここまでやって来たんだよ」

「あっ……そう、だよね……あはは、駄目だね私。今のレナスちゃんの事ちゃんと見れてないや」

「まだ昔の体の弱った頃のレナスさんの事を忘れられない?」

「うん……。私が引っ越す前のレナスちゃんって良く病気になってたし、少し歩いてただけで疲れてたから、その時のレナスちゃんの印象を引きずってるみたい」

「仕方ない事かもね。アールスはレナスさんと一緒に旅をしてまだ半年くらいだもの」


 僕はナスのお腹を撫でるのやめ、中腰もやめて腰を伸ばし立つ。

 そして調理を行っているレナスさんの方を見てみると、出来上がった料理をお皿に盛りつけているところだった。


「もうご飯が出来るみたいだ。アールス、そろそろ手を洗おう」

「うん。ねぇナギ、一つ聞いてもいい?」

「いいけど、何かな?」

「ナギはレナスちゃんの事好き?」


 なぜ突然そんな事を聞くのか。疑問に思ってアールスの表情をうかがうが穏やかな笑みを浮かべているだけで考えまでは見通せない。


「もちろん好きだよ」

「そうだよね。ナギがレナスちゃんの事信頼してるの良く伝わったもん」


 アールスは中腰をやめて立ち上がり宝石のような透き通った緑の瞳を僕に向けてくる。


「羨ましいな」


 アールスの瞳が揺れた気がした。

 微笑んでいるはずのアールスの表情はとても寂しそうに見えた。

 何かを言わなくちゃ。そう思ったがうまく言葉が思い浮かばない。

 そして、何かを言う前に時間切れとなってしまった。


「ご飯できましたー」


 レナスさんの声が聞こえてきた。

 アールスは僕から顔をそらしレナスさんの方を向いた。


「わーい! 今日のご飯何かなー」


 まるで僕が感じたものは気のせいだったというかのようにアールスは明るく元気に返事をしてレナスさんの方へ向かっていく。




 翌日、僕達はついにグラード山の麓の村近くまでやってくる事が出来た。

 グラード山の東側には小さな湖が二つある。街道を挟んで北側に比較的大きな湖が一つ、南側の遠い所に一つといった具合だ。

 どちらもグラード山から流れ出る水を蓄え出来た湖で一応飲む事は出来るが魔魚が生息しているので近づいたら非常に危険だ。

 魔魚が生息しているおかげで水中に含まれる魔素の量は非常に少なく魔物が生まれる事はない。

 恵まれた水源があるおかげで麓は緑豊かで香辛料の元となる草花が多く栽培されている。

 もちろん道中でアールスが痛い目にあったレジェリカという花もあった。


「ねーちゃんねーちゃん」

「ん? なに?」


 アイネが僕の肩を叩いてくる。


「山って毒の水出すんじゃないの? なんでこんな所で香草なんて栽培してんの?」

「あー」


 山から毒の水が出ると考えるのは学校の同級生でも子は多い。

 アトラ山脈からは毒の水が流れ出ているから間違いではないのだけど、別に全ての山が毒の水を流しているわけじゃない。


「んとね、まず勘違いなんだけど、毒の水が出るのはアトラ山脈からだけなんだよ」

「そーなの?」

「そうなの。グラード山から出る水は魔素の量は多いけど別に飲めない訳じゃないんだよ。生水だからちゃんと熱してから飲まないとお腹壊しちゃうけどね」

「へぇー」

「そういえばミサさん。ヴェレスはアトラ山脈に連なる山に存在するんですよね? そちらの方では聞いた事ないですけど毒の水ってあるんですか?」

「ないですヨー。アトラ山脈から毒の水が流れ出ると初めて聞いた時はびっくりしましたヨ。

 たしか魔の平野の途中から出ているんですよネ?」

「そーなんだ。じゃー何でアトラ山脈だけ毒の水が出るの?」

「んー。多分人にとって毒になる物が大量に埋まっていて、それが水に溶けて流れ出てるんじゃないかな」

「んー。それだとかなり広くその毒になる物が埋まってるって事になるよね」

「そうだね……確認できてるだけでもグライオンから魔の平野の途中までだもんね」

「魔物が住処を守るために魔法を使ってるって考えられない?」

「いや、それはないよ。魔物の魔法であっても魔法で出来た毒は神聖魔法のキュアで治せるからね」

「あっ、そっか」


 使う機会がないから忘れがちだがキュアはヒールと同じく誰でも使える神聖魔法だ。自然界の毒は消せないが魔法由来の物なら問答無用で消す事が出来る。というか恐らく魔物の使う魔法対策に授けられたものなんだろう。

 しかし、北の大沼地の毒はキュアで無害化出来るなどという話は聞いた事が無い。


「まっ、原因が何であれ確かめる方法なんて僕達には無いけどね」

「それもそーだね」


 話が終わると僕は視線をアールスの方に向けた。

 アールスは今アースの隣をレナスさんと一緒に話しながら歩いている。

 いつもと変わらない笑顔だ。

 昨日はアールスとは食事の後特に話はしていない。

 アールスの羨ましいという言葉がいまだに耳に残っていてる。何故こんなにも気になるのか自分でも分からない。

 分からないけど放っておけない気持ちになっている。

 だけどどう話を持ち掛ければよいのかが分からない。アールスよりも倍近く生きているというのに情けない事だ。


「ねーちゃん。アールスねーちゃんの事じっと見てどーしたの?」

「え? いや、ちょっとね。アイネはさ、アールスとはどう? 仲良く出来てる?」

「何? 突然」

「いやほら、合流してもう随分経ったからさ、どうなのかなって思ったんだ」

「んー? 仲良く出来てると思うよ? アールスねーちゃんとはよく話するし」

「そうなの? あんまり話してるとこ見ない気がするけど」

「訓練の時とか部屋が一緒の時は話してるよ。戦い方についてとかナギねーちゃんの事とか」

「僕の事?」

「うん。あたし達きょーつーの話題って少ないからさ、そーゆー所から少しずつ話広げてんの」

「そうなんだ。自分の事が話題になるってちょっと気になるな。どんな事話してるの?」

「別にふつーの思い出話だよ?」

「レナスさんの事は話さないの?」

「レナスねーちゃんって怒られた思い出しかないからあんまり思い出したくないんだよね」

「あー……いやいや、寮で僕と一緒に小さい子達の面倒見てたじゃない」

「そんな昔の事覚えてないよ」

「たった四、五年前の事じゃない」

「八、九歳の頃の事なんて覚えてないし」

「そういうもん?」

「そーゆーもんだよ。ねーちゃんは覚えてるの?」

「そうだな。割と覚えてるよ。アールスが迷子になったとか、学校からの帰り道の途中でお菓子を買った事とか、遊んでて転んだけどすぐに起き上がって僕に怪我した所見せてきた事もあったっけ」

「それはアールスねーちゃんと仲良かったからでしょ? あたしだってミリアとの思い出はちゃんと覚えてるよ。

 でも別にレナスねーちゃんとは仲良かったわけじゃないから覚えてないの」

「うーん。確かにそう言われるとその通りか」


 思い返せば僕だって特に仲良くなかった相手の事は覚えていない。

 レナスさんの事もよく覚えているからアイネも覚えているはずだと無意識に思い込んでしまっていたようだ。


「とにかくアールスとはうまく行ってるみたいだね。じゃあ次はミサさんとはどうかな?」


 アイネに質問を投げかけつつこの話題をアールスにもすれば話すきっかけになるだろうと思う事が出来た。

 一応僕はまとめ役でもあるから個々の感想について聞くのは不自然ではないだろう。

 ちなみにアイネに聞き取りをした結果、ミサさんへの好感度が高い事が分かった。

 ミサさんは強いだけでなく身体が大きい事がアイネの琴線に触れたようだ。

 レナスさんとはまだ微妙に距離感があるようだが、邪険にされている訳ではなく話しかければ普通に応対してくれるらしい。

 アールスやアイネだけではなく一応全員にも聞いておいた方がいいかもしれない。

 山を降りた後落ち着いたら改めて個人で面談する事にしよう。

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