閑話 あなたの傍に
上手くいかない。
他の誰にも気づかれないようにそっとため息をつく。
ナギさんと合流して以来ナギさんとアールスさんを二人きりにさせようと色々試してみたのだけれどどうしても第三者が入ってしまう。
その第三者というのはもちろん私自身も入っています。
私の意図を気付かれずに不自然ではないように断るのはとても難しく、時には自分の発言を逆手に取られ断れなくなってしまいました。
やはりナギさんは自分の気持ちに素直になる事が出来ないという事なのでしょう。
でも私はナギさんに少しでもアールスさんとの楽しい思い出を作って欲しい。
好きな人との思い出、それを作る手助けをするのが私のナギさんへのせめてものお返しだと思っています。
けれどナギさんはアールスさんと二人きりになる事を避けているみたいです。
もしかしたら好きすぎてアールスさんと二人きりになるのが辛いのかもしれません。
私にはその感覚はよく分からないけれど、大人向けの恋愛小説ではそのように書かれていた物がありました。
と言っても大人向けの恋愛小説は真昼間の外で接吻をするような破廉恥な描写が多く少々現実味にかけるものが多いので丸呑みで信じる事は出来ません。
しかし、もしも本当に辛いのだとしたら私のしている事は裏目なのかもしれません。
ナギさんとアールスさんの関係をどうしたらもっとより良い物にできるのでしょう。
答えが出ない頭ではローブ選びも上手く頭を働かせることができない。
頭を切り替える為に一旦ローブの購入は他のお店も見てからという事にし中断する事にしました。
そして、一人で武器を見ているアイネさんを除いた四人でナギさんの盾を見繕いましたがナギさんが気に入るものはありませんでした。
ナギさんの命を守る大切な道具。軽々に選ぶ必要はないでしょう。他のお店も回ってじっくりと見極めるべきなのです。
……だというのに、ナギさんはアイネさんの選んだ剣を手に取ると驚いた顔をした後すぐに嬉しそうな顔になり剣を誉め、その剣を見つけたアイネさんを誉める。
アイネさんはいつもそうだ。
いつもはナギさんの事を困らせるくせにナギさんに対して強く印象に残るであろう事を平然とやってのける。
寮に住んでいた頃はナギさんがアイネさんと会った日は必ずアイネさんの名前が出るほどでした。
そして決まって楽しそうにあの子の事を語るのです。
羨ましかった。
話題に出る事だけじゃない。私はアイネさんの素直にナギさんに甘える所がどうしようもなく羨ましかった。
私だってナギさんに身体でぶつかるように抱き着き甘えたかった。ナギさんに頬を両手で挟んでほしかった。我儘を言って困らせたかった。ナギさんの食べているご飯をかすめ取って怒られたかった。
でも私はアイネさんのようには出来なかった。
私もアイネさんのように自分に素直になりたいと何度思った事でしょう。
でも私にはアイネさんの様には出来ませんでした。
アイネさんのように素直になる事も困らせる事も怒らせる事も、私には勇気がありませんでした。
ナギさんの感情を一杯受け取っているアイネさんが妬ましい。
でも、ナギさんが幸せなのならアイネさんが傍にいるのも我慢できます。
我慢できるんです。
でも、だけど、アイネさんに負けたくないと思わずにいられません。
もしも傍にいられる人の数が限られていたら、私はアイネさんにだけは譲りたくないんです。
だからつい口からこぼれてしまう。
「ナギさん。籠手を装着した状態で確かめた方がいいのでは?
籠手を装着していたら重さの感覚も変わってしまいます」
言葉には確かに黒い感情が混じっている事を自覚できました。
アイネさんばかり誉めないで私を見てください。
そんな嫉妬が混じった言葉を口にして胸が苦しくなる。
ナギさんのお役に立ちたいという感情よりもアイネさんに負けたくないという感情の方が勝っている事に気が付き自分に対して苛立ちさえ覚える。
でもアイネさんには負けたくない。
「あー、確かにそうだね。次は籠手を見てみようか」
「はい。そうしましょう」
そうだ、ナギさんに会う籠手を探し出そう。そうすればアイネさんにしたように誉めてくれるはずです。
籠手の置いてある陳列棚へ向かい早速見渡してみる。
まずは外見から。
ナギさんはどんな籠手を気に入るでしょう。
ナギさんは関節の稼働は多少犠牲になってもよいから作りが堅固な物を求めているようでした。
そうなると変に尖った形をしている者よりも丸みを帯びた単純な形の物がいいように思う。
突起物があったら変な所で引っかかってしまうかもしれません。
そうなると選択肢は一気に狭まった。
次に選ぶべき個所はやはり内布でしょう。
内布が硬すぎると指が曲げにくくなり柔らかすぎるとすぐに駄目になってしまいます。
使いやすく長持ちしそうな物がいい。
一先ず適当に籠手を一つ手に取ろうとすると偶然にもナギさんも同じ物に手を伸ばしていました。
気づいた時にはナギさんの逞しい手と私の指先がぶつかってしまった。
「おっとごめん」
「いえ私の方こそすみません」
先に手を伸ばしていたのはナギさんだったので私が手を引っ込める。
指先に残った感触が心地良い。
「その籠手はどうですか?」
「うーん。重すぎるかな。大きさも合ってないし……」
「丁度いい大きさの物を探すのは難しいかもしれませんね。ここではどういう物がいいのかを確かめて鍛冶屋で注文するのがいいかもしれません」
「そうだね。でもある程度の目安みたいなものは決めておきたいね」
そうなると形よりも素材が大事になりそうですね。
ナギさんに持っていた籠手を渡してもらい重さを確認する。金属部分の厚みに反してずっしりと来る重み。ただの鉄にしては重過ぎる。
恐らく重くなる代わりにより頑丈になった合金製なのでしょう。
「店員さんにこの金属の事聞いてきますね」
「え? うん。いいけど、聞いてどうするの?」
「鉄よりも重いので合金製だと思うんです。ですから一応詳細を聞いておこうと思いまして。もしかしたら同じような合金製でももっと軽い物が見つかるかもしれません」
「なるほどね。頼めるかな?」
「はい。もちろんです。ナギさんは引き続き探していてください」
店員さんの所へ籠手を持っていき話を聞いてみる。すると今持っている籠手は新しく作り出された合金を使ったもので、鉄よりも重いけれど柔らかいが壊れにくくなっているとのこと。
柔らかいのに壊れにくいという事に少し理解が追い付かなかったのでさらに質問をしてみました。
どうやら金属というのは変形のしにくさ、損傷のしにくさ、破壊しにくさ、傷つきにくさの四つの要素があるようです。
変形しにくさというのは折れにくさや曲げにくさの事。
損傷のしにくさというのは物で叩いた時のへこみ易さ。
破壊しにくさというのは物で叩いた時に砕けるかどうか。
傷つきにくさというのは剣などで切った際に傷が出来るかどうか。
この四つの要素を念頭に入れて私が持ってきた籠手を考えると、この籠手は鉄よりも加工がしやすくへこみ易いけれど砕けたり引っかき傷が出来にくい金属だそうです。
問題のへこみ易さも同じ重さの鉄と比べても誤差のようなもので壊れにくさは鉄を超えているようです。
そして同じ重さの鉄以上の防御性能を期待できるのだと店員さんは説明してくれました。
ただし、持ってきた籠手に使われている合金の厚さはあくまでも最低限の厚さでこれ以上削ると変形しやすさと損傷のしやすさが仇になって鉄よりも防御性能が低くなってしまうそうです。
つまり今私が店員さんに見せている籠手と同じ合金で出来ている物より軽い物は無いしあっても危険だという事。聞いておいてよかった。
区別の付け方は青みを帯びていてなおかつ鉄よりも重い事だそうです。
今得た情報を元にナギさんの求める物をもう一度考えてみる。
まず堅固である事。金属の特性を考えると変形しにくい物の方がいい? それとも破壊されにくい方がいいのでしょうか?
両方を備えた金属が良いのでしょうが、店員さんに聞いてみるとその場合は厚みが増え重くなってしまうそうです。
最高の物を選ばなければ重さを抑えた物でもよい物はあるようなのでそこから選んだ方が良いみたいです。
ナギさんの元へ戻り教えてもらっことを伝えました。
そして、ナギさんは少し考えるそぶりをした後私と視線を合わせて言いました。
「そういう事なら軽くて破壊されにくい物を選ぼうかな。破壊されやすいってのは壊れる時に割れて破片になりやすいって事だよね?」
「はい」
「破片が飛んだら危ないっていうのもあるけど、一度壊れたら使い物にならなくなるかもしれないんだよね。その点へこんだり曲がったりの方が再利用できる可能性は高いように思えるんだ」
「なるほど。それでは破壊されにくく軽い金属で出来た物ですね?」
「うん。後傷がつきにくいっていうのも出来たら欲しいけど、最優先は壊れにくい事かな」
「ではもう一度店員さんに聞いてきますね。ついでに内布の方は決まりましたか?」
「うん。内布って言うか手袋かな。手袋の手の甲側だけに装甲を着けた物にしようと思う。
手袋の素材もいいの見つけたからそれにするよ。
レナスさん。色々調べてくれてありがとうね。
金属の硬さに四つも種類があるなんて思いもよらなかったよ。今まで硬いかそうでないかでしか気にしてなかった。レナスさんのお陰で視野が広がったよ」
「わ、私はナギさんのお役に立っていますか?」
「お役にって言うかいつも助けてもらってるよ。レナスさんがいて本当によかったって思ってる」
「本当ですか?」
「うん」
もう何度目になるのかも分からないくらい繰り返されてきたやりとり。
それでもナギさんに問わずにはいられません。
何度も何度も同じ事を聞いているのにナギさんは嫌な顔一つ見せずに私がいてよかったと答えてくれます。
誉めてくれるのは嬉しい。必要だと言ってくれるのも嬉しい。
でも、それはナギさんが優しいからそう言ってくれるのではないかと思わずにはいられません。
ナギさん。私は本当にナギさんの役に立っていますか?
お傍にいて迷惑ではないですか?
私はきっとこれからも何度も同じ事を聞いてしまうかもしれません。
あなたの傍に居続けたいから。




