赤い大地
ガリアスを出発する前、宿の食堂で朝食を取った後レナスさん達と合流する前に僕はアイネやミサさんと一緒に預かり施設に魔獣達を迎えに行く。
魔獣達のいる小屋の中に入るといつもの通り唯一起きているゲイルが迎えてくれる。
「おはようゲイル。何も問題なかった?」
「ききっ。きー」
「そっか。何もなくて何よりだ」
「きー」
『ゲイルおはよー』
ゲイルは僕との挨拶を済ませると次にアロエ、アイネ、ミサさんそして最後にエクレアと順番に挨拶をする。
そして皆との挨拶が終わると僕の頭に乗っかってくる。
「じゃあ出発の準備しようか」
「ハイ」
「あーい」
準備と言ってもアースに運んでもらう荷物をまとめるだけだ。
荷物の近くに寄ろうとした所でナスが起きた。
ナスはおはようと一鳴きしてからまだ寝ぼけ眼なのかよたよたとした感じで僕の方に近寄ってきた。
そして、僕の前にやってくるとごろんと寝転がりお腹を見せてきた。
どうやら僕を誘っているようだ。
だけど、ナスには悪いけど今は出発の準備をしなければならないのだ。構うのはその後という事に……。
「ねーちゃん。ナスと遊んでないで働いてよ」
「……はっ!?」
いつの間にか僕の右手はナスのお腹を撫でていた。一体いつの間に……完全に無意識の行為だ。
「ぴぃー」
ナスは名残惜しそうに離れた僕の手を見てくる。
「ごめんねアイネ。すぐやるよ。ナス、続きは終わってからね?」
「ぴー」
アイネに怒られてしまった。無意識とはいえいつも偉そうにお説教しててこれだ。かなり恥ずかしい。
荷物をまとめてからそれぞれの箱や袋をアースが運ぶ時に変にばらけないように紐で結び連結させておく。やる事は簡単だ。三人もいるから作業はあっという間に終わらせることが出来た。
あとはアースに起きてもらうだけなのだが、出発までにはまだ時間がある。
なので時間まで僕は改めてナスにかまう事にした。
預かり施設を出ると僕と魔獣達はミサさんとアイネと別れて大型の魔獣用の検問所へ向かう。
そして、ガリアスから出ると荒野の赤い大地が僕達を迎える。
地平の彼方まで続く赤い土に対し今世の生まれ故郷であるリュート村とつい比較してしまう。
リュート村の周辺は今の時期だと緑豊かで風が草木を揺らし心地の良い音楽を生み出していた。
赤い大地にあるのはところどころに生えている細く枯れていそうな木に最大でもこぶし程度の大きさしかない石ころだけ。
聞こえてくるのは風の音だけだ。
動物はおろか花さえない荒野。観光という点では面白みに欠ける風景。
吹き抜ける風は砂を舞い上げ口の中や目に入ってくる。
太陽の光を遮る物がないせいで大地は温められ空気は乾燥している。
魔素も濃く魔眼を使えば視界が赤く染まってしまう。しかし、魔素の濃さに喜んでいる者もいる。
アースだ。
魔素が大好きなアースは砂で汚れる身体の事を差し引いても機嫌がいい。
魔素に、ではなくこの荒野を喜んでいる仔もいる。
それはゲイルだ。
荒野には石がたくさん転がっていて、ゲイルは良く石を持ち帰って来るのだ。
さすがに全てを許していたら持ちきれないほどの重さになるので持ち帰って来た石と持っていた石を比べて厳選して貰っている。
もっとも、思い出がある方が大事なのか今の所更新された石はないのだけど。
そんな荒野も次の都市に着く頃には緑が広がっているとカナデさんが教えてくれた。
僕達の足で次の都市に着くのは四日かかる。
急げばもっと早く着くのだけれど、訓練もするのでそれぐらいかかってしまうのだ。
今日も皆と合流した後都市から少し離れた場所で訓練をする予定だ。
皆と早く合流したいのかナスとゲイルが早く早くと僕を先導しせかしてくる。
アースとヒビキはどっしりと構えているというのに落ち着きのない事だ。と、言ってもアースは性格上腰が重いだけだしヒビキは僕の胸に自分の体毛を押し当てて毛づくろいをしているだけだが。
ヒビキが満足して毛づくろいをやめた頃に皆と合流した。
ヒビキはパシパシと僕の腕を叩き降りたいと言ってくる。
言う通りに地面に降ろすとヒビキはカナデさんに向かってトテトテと歩いていきおはようと朝の挨拶をした。
カナデさんが頭を撫でながら挨拶を返すと満足したヒビキはくるりと身体の向きを変え、さくさくと砂を踏む音が聞こえるくらいの速さで僕の方へ戻ってきて抱っこをおねだりしてくる。
今日のヒビキの抱っこ当番は僕の番なのだ。
首都グライオンはグライオンの国土の中心部から東よりに存在していて、オーメストからだと大体一ヵ月ちょっとの道のりだ。
まずガリアスを出発して二日目に荒野に緑の植物がちらほらと見られるようになり、四日目の都市に着いた頃になると荒野だったのがウソだったかのように緑豊かな土地となっていた。
植物はアーク王国ではあまり見かけない物ばかりだった。
木は針葉樹でアーク王国の北側に生えているものと同じように見えたがレナスさんが別種の木だと教えてくれた。
どうやら幹の色と葉の付き方が違うらしい。
アーク王国の針葉樹の見た目なんて覚えてないのでレナスさんを誉めたのだが、どうやらレナスさんも見た目を覚えていたのではなく本から得た知識のようだ。
元々は山の事を調べていて、山に植生している植物を調べたついでにグランエルで見られる植物を調べたらしい。
しかし、植物に詳しいのはレナスさんだけではない。
花の都市に生まれたという事もあって……という訳ではないがカナデさんは植物の知識が豊富だ。
開拓地で受けられる依頼の中にはまだ栽培方法が確立されていない植物や未発見の植物を探し出し採取する仕事がある。未発見かどうか見分けるには植物の知識が必要不可欠なのだ。
五感全てを使う鑑識には劣るが植物を見分けるだけならカナデさんの固有能力である眼識と相性がいい。どんなに細かい外見の違いでも見逃す事がないのだから。
だけれど、目新しい植物に興味を示したのはレナスさんとカナデさんではない。
アールスだ。
「うわぁ! 見てみて! また見た事ないお花咲いてるよ!」
「そ、そうだね」
アールスは珍しい物を見つけると僕の腕を引っ張り連れて行こうとする。
僕はそんなアールスに逆らえずなすがままとなっている。
「きれいだねー。なんていう名前のお花かな。レナスちゃんなら分かるかな」
アールスが無理やり僕を連れまわしているせいで他の皆とは少し距離が離れてしまっている。
グランエルで暮らし始めたばかりの頃のアールスもこんな感じだったな。
昔と変わらない様子が微笑ましくてつい口元が綻んでしまう。
「レナスちゃん。このお花なんて言うお花かなー」
近くまで寄ってきたレナスさんにアールスが花を指さして尋ねる。
アールスが聞いている花は低木に咲いていて桃色で花弁は小さいが、いくつもの花が集まって……前世ではなんと言っただろうか? たしかあ……さ……あし……そう、紫陽花だ。紫陽花の花のように丸くなるように集まっている。
「これはレジェリカという花ですね。山の麓に沢山咲いている花のはずですけど、種子がここまで運ばれてきたんですね」
「さっすがレナスちゃん!」
アールスはレナスさんの説明に感心しながら顔を花に近づける。
「あっ、アールスさん。あまり顔は近づけない方が」
「うぇ、なにこれ~」
レナスさんが止めようとしたが間に合わずアールスは顔をしかめた。
「なんか鼻に刺激が来たんだけどー!」
「レジェリカの実はとても辛い香辛料に使われているんですが、その辛さの所為なのか香りにも辛さが乗っているんです。
今はまだ実をつけてないので少し刺激があるだけですが、赤い実がなった時は目まで痛くなるそうですよ」
「う~」
「グライオンでは香辛料になる草花が沢山自生しているんですよ」
僕も少し近づいて花の香りを確かめてみる。すると鼻につんとした刺激がやってきた。
レナスさんが教えてくれたから耐えられたが何も知らなかったらアールスのように僕も驚いていただろう。
「んふふ。アールス。これに懲りたら無闇に知らないものに近づいたら駄目だよ。もしもこの花の香りに毒があったら大変だからね」
「はーい」
アールスは自分の鼻の頭を指で撫でながら渋々と言った様子で返事をした。
アールスは恐怖心を抱きにくい弊害で警戒も薄くなってしまっている。
こうして注意していけば少しは改善できると思いたい。
旅の途中の料理は人数が増えたという事もあって二人で料理を協力して作る事になった。
カナデさんは料理は出来ないが器具の用意ぐらいはできるので当然参加という事になる。
ちなみに実はミサさんも料理は作れるが得意という訳ではないようだ。
さらにミサさんはアーク王国の味付けに慣れていない……というか味覚がどうやら違うようでミサさんが作る料理は砂糖や果実をたくさん入れて甘くなってしまうのだ。
ミサさんにとっては普通でも、薄い味付けに慣れているアーク王国出身者には甘味が強く感じてしまう。
食後のデザートとして出すのなら問題ないのだが全ての料理となるとつらい物がある。
けれど自分にとって美味しいと感じられる物を食べた方がいいだろうという事で今まではミサさんが料理当番の時は完全に味付けを任せていた。
しかしこれからは二人組での当番を組むにあたって味付けの違う料理を分けて作れるようになる。甘い料理一色になる事はないだろう。
組む相手はカナデさんは僕と、ミサさんはレナスさんとだ。
カナデさんは料理が苦手なのでその分の負担は相方が背負う事になるので料理が一番得意な僕が。
ミサさんの相方はそれぞれ味の違う品を別々に作る事になるのでやはり手馴れている人間がいいという事でレナスさんだ。
アールスも料理は上手なのだけど、野外での料理の手際の良さは僕とレナスさんの方が上なのでアールスにはアイネと組んでもらう事になった。
さすがに旅の間僕とレナスさんが交代で料理を作っていたから腕はかなり上達していると自負できる。
アイネの料理の腕はごくごく普通だ。刃物の扱いは上手と言ってもいいだろう。だけど料理に力を入れるような子でもないので料理の腕は普通という評価に落ち着く。
新しい体制となった料理当番は順調に回り始めた。
そして変わったのは料理当番だけではない。
ヒビキの抱っこ係にアールスも入ってしまったのだ。
ミサさんはいつも鎧を着ているので抱っこされるのをヒビキは嫌がりミサさんが抱っこ係になる事はなかった。
アイネはレナスさんと同じような理由でヒビキから苦情が出る。アイネ自身も別にヒビキを抱っこし続けたいという事はなかったので抱っこ係にはならなかった。
しかし、アールスは違った。
アールスは抱っこ係があるという事を知るやいなや立候補をしたのだ。
これに僕とカナデさんは思わず真顔になってしまった。
駄目という訳じゃない。駄目という訳じゃないのだけど、ヒビキを抱っこできるのが一日おきから二日おきになった。なってしまったのだ。




