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都市ガリアス

 グライオンに入国して数日。

 順調に旅は続き、もう少しでグライオン最初の都市ガリアスに到着する。しかし、今一つの問題が起こっている。

 きっかけは最初の日、アールスと話をした日の事だ。

 僕以外の皆がそろってお風呂に入った時にそれは起こった。

 僕は現場に立ち合ったわけではない。だからこれはレナスさんから直接聞いた話で、後に他の皆に話を聞いて事実かを確かめた。

 そして、その事件の内容というのが、着替えの際にアイネが「レナスねーちゃんの胸が取れた!」と、大きな驚きの声を上げてしまったのだ。

 ……お風呂から出たレナスさんは髪の乾かないうちに僕の元へやってきて椅子に座っていた僕のお腹にしがみつき顔を埋めて静かに泣いたのだ。

 そして次の日以降彼女の胸が膨らむ事はなくなった。

 一見するとただの笑い話である。だけどレナスさんは傷つき涙を流した。

 どちらが悪かったという話ではない。いや、アイネは確かにレナスさんに対する配慮が足りなかったが悪意があったわけではなく、レナスさんが不機嫌な顔になるとすぐに謝ったらしい。

 謝ったからにはそこで終わり……という風になればよかったのだけど、レナスさんの負った心の傷は中々癒えないようでアイネとの関係は良くないものになった。

 表立って喧嘩する事はないが、レナスさんがアイネの事を避けるようになってしまったのだ。

 アイネもレナスさんの事を苦手に思っているからかむしろ望んでいる節がある。

 これから一緒に旅していく仲間だ。仲良くしてほしいのだけど……。


 後々にこの不和が響かないようにと他の三人及びアロエとエクレアを交えて相談した。

 その結果まずは様子を見つつそれとなく二人の良い所をそれぞれに伝え良い印象を植え付け仲が良くなりやすい空気を作り出す事にした。

 無理に仲良くさせようとしたら反発が起こるかもしれないし、かといって放っておいたらいつまでたっても仲は良くならないだろう、という結論に達したからだ。

 そして、僕にはレナスさんの負った心の傷を癒す役割を与えられた。

 僕が彼女と一番付き合いが長いから妥当だろう。


 僕は都市に着くまでの間なるべくレナスさんのそばにいた事は僕にとって意外にもいい結果をもたらした。

 名前を呼ぶ事に口が慣れ、彼女への気持ちも慣れたのか落ち着くようになった。

 これで以前通りに彼女に接する事ができる。




 都市ガリアスはまだオーメストに近いからか一見するとアーク王国の都市と街の作りに変わりがない。

 聞こえてくる言葉も時折グライオン語が聞こえてくるくらいでアーク語が多い。

 これならばまだ道中の村の方が個性があった。

 荒野ばかりが続く所為か村には畑はなく、宿や預かり施設、観光や商人向けのお店が街道にそってずらりと立ち並んでいた。

 

 カナデさんによると首都グライオンに近づくにつれてアーク王国の都市とはまた違う姿の都市を見られるそうだけど、どのような物かまでは見てからのお楽しみと言って教えてはくれなかった。

 もっとも、僕は本で予習はしているので大まかな想像は出来ているが。


 グライオン語とアーク語の違いは極めて少ない。言葉使いがアーク語に比べて発音が独特で荒く聞こえる程度の……方言と呼んでも差し支えない差だ。僕の翻訳にもその影響が出ている。

 僕の固有能力である自動翻訳は外国語は完全に翻訳されるが、方言程度の違いなら僕のイメージに則った前世の方言に変換される。

 外国語と方言の違いは多分僕のイメージなんだろう。アーク語と近いと感じれば方言になり、別物と感じれば普通に翻訳される。

 恐らく外国語でもアーク語に共通点を感じたら方言と同じように翻訳されるだろう。


 しかし、いくら密接な関係にあるとはいえ数百年間別々の国として存在していたのに言語の違いがその程度の差というのも不思議に感じるものだ。

 イグニティ語はグライオンよりも変化していて『あ』という母音が『え』に置き換わっていたりして、言葉の発音が全く変わっている。

 人によっては完全に外国語に聞こえるだろう。だけどイグニティ語も僕からしたら方言になってしまうのだ。


 グライオン語の勉強はきっちりとやったわけではない。何せ話せる人がグランエルの知り合いの中ではガーベラくらいしかいなかったし、旅先で出会っても情報交換や世間話をする程度だ。

 ガーベラのお陰で日常会話には困らない程度の言葉は覚えられたのだ。

 僕の固有能力のお陰で一度聞いた言葉は簡単に覚えられる。覚えた言葉をレナスさんとアイネに教えた。

 レナスさんは本当に簡単に言葉を覚えてしまった。フソウ語もそうだったのだけど、レナスさんは物事を覚えるのが早い。

 アイネは旅の途中にグライオン語とフソウ語を教えていて、さすがにレナスさんほどではない早さだけどグライオン語は日常会話には困らないくらいには覚えたと思う。

 アールスはガーベラから学べる時間が豊富だったおかげで困らない程度には習得しているようだ。

 カナデさんはすでにグライオンにやってきた事があり、アーク語で何とか乗り切ったという実績がある。アーク語との差が少ないからこそできた力業と言えるだろう。

 心配なのはミサさんだろう。ミサさんはまったく違う言語圏で育ったせいか方言となると聞き取りが上手く出来ない様だ。

 なのでグライオンにいる間僕は通訳としてミサさんが慣れるまでなるべく一緒にいる事になった。

 アイネにも一緒に行動しようかと提案したのだが、カナデさんの事もあってか必要ないと断られた。


 そんな訳でガリアスで僕はミサさんと一緒に行動する事になった。

 そして、アールスを誘い魔獣達を預けた後治療士としての所在確認の手続きと依頼の確認、ついでにこの国でピュアルミナが必要な依頼が来た時組合へ共有してもらう為に役所へ向かった。

 他の三人には宿を探してもらっている。

 治療士の手続きは僕だけではなくアールスも治療士なので少々時間がかかってしまった。

 今のところ治療士の依頼はどこにもないようだ。アールスが意外そうにしていたが、そもそも個人の治療士への依頼料は高い為依頼なんて早々出ない。

 都市で暮らす一般家庭の年収十年分程の値段がする依頼料。年収はいくら貯金しても丸々一年分が残るわけではないから貯めるのに十年以上かかってしまうだろう。

 村で暮らしている家庭では倍はかかるかもしれない。

 だけど、村に住んでいる場合はお給料が安い分村が治療費を一部負担してくれる。野生動物や魔物の襲撃での負傷、疫病なら全額負担だ。給料が安いのは村での有事の際の緊急用の共有資金にあてがわれているからだ。


 値段の他にも、一つの都市に大抵一人はパーフェクトヒールが使える人がいるのでその人が依頼をこなしてしまうという理由もある。

 もっともグランエルのような前線基地や大森林に近い都市の場合は都市にいるのではなく、前線基地に在留していて都市にいないなんて事は珍しくないのだけれど。

 そして、軍隊からの依頼というのは基本的にない。軍に所属している治療士がいる為わざわざ依頼を役所に出す必要がないのだ。

 三年前の時のような治療士の手が足りなくなるような急時ならもちろん依頼が出されるがそんな事はめったにない。

 年に数回あるかないか位の頻度の依頼を旅をしている僕達が拾える確率は低いのだ。


 役所を出た後僕達は頼まれていた物を買いに行くために市場へ向かった。

 画一化された都市設計のお陰でたいして迷う事もなく市場を見つけられたのだけど、やはり違う国に来たというのにこれは少々つまらない。

 アールスとミサさんも見慣れた風景に明らかに意気消沈している。

 文化的違いはこの国の首都に期待する事にして今は買い物だ。

 レナスさんに頼まれたものは料理に使う調味料だ。

 調味料はグライオンで買った方が安いという情報を得ているのでオーメストでは買い足さずこのガリアスで購入する気だったらしい。

 市場で探してみると確かに安い。

 調味料の中でも塩や砂糖は値段は変わらないが香辛料の類が安いのだ。

 オーメストでの値段は調べてないので分からないが、確実にアーク王国で売られているものよりも一割ほど安くなっている。

 しかも見た事ない香辛料もある。一体どのように使うのか気になるが、今購入して試しに使ってみるという事はやめておいた方がいいか。味の研究は腰を落ち着かせて行った方がいい。

 珍しい香辛料に目移りしつつも目的の調味料を購入する。


 買い物を終えて預かり施設へ戻ろうと道を歩く途中僕の耳にかすかな泣き声が届いた。

 アールスとミサさんは気が付かないようで様子が変わった僕達に向かって首を傾げた。


「どうしたの?」

「ちょっとね……」


 マナを拡散させて泣き声の主を探す。

 すると大通りから横道に入ってすぐの所に小さな子供が顔を上に向けて泣いて立っている姿を発見する事が出来た。


「ちょっと荷物持ってて」

「ナギ?」


 僕は荷物をアールスに預け駆け出す。

 泣いている子供の近くにより、脚を曲げて視線の高さを合わせて声をかける。


「君どうしたの? どうして泣いてるの?」


 泣いていたのは男の子だ。

 僕が声をかけると男の子は声をあげて泣くのをやめて僕の方を見てくれた。

 そして、嗚咽を漏らしながらも話し始めて。


「うっ……おかんがね、おらんの」

「お母さんとはぐれちゃったの?」

「うん……」


 年の頃はルゥと同じ位だろうか。


「そっかぁ。それは困ったね。お姉ちゃんと一緒にお母さん探そうか?」

「ねーちゃんと?」

「そう。君の名前とお母さんの名前教えてくれるかな?

 おーいって一緒に名前を呼べばすぐに見つかるよ」

「ほんま?」

「うん。本当だよ」

「おれな、テルスっていうんや。かーちゃんはラーラ」

「テルス君にラーラさんだね。うん。じゃあ一緒に探しに行こうか」

「うん」


 テルス君は涙を袖で拭こうとした。僕はそれを止めてきれいな手拭いを使いふき取る。


「汚れた袖で拭いちゃだめだよ。後で目が痛くなっちゃうからね」

「ん」

「それでテルス君はどこから来たの? こっちの大通り? それちもそっちの路地?」

「こっち」


 テルス君が路地の方を指さす。


「そっちかぁ」

「アロエに探してもらいますカ?」


 いつの間にか僕の後ろにミサさんとアールスが立っていた。


「お願いできますか?」

『任せてー』

『ねーねーナギーわたしはー?』


 連絡要員としてエクレアと交代でこちらに来たライチーが自分も役に立ちたいのか僕の服の裾を引っ張ってくる。


「じゃあライチーは大通りの方お願いできるかな? もしかしたらお母さんがこの子を探しに大通りに出ているかもしれないからね」

『わかったぁ!』

「ナギ、私も手伝うよ?」

「ありがとうアールス。じゃあアールスは大通りの方を探してくれるかな。

 ミサさんは一応ここで待っていてくれますか? ここを集合地点にして何かあったら連絡が取れるようにしたいんです」

「大丈夫ですヨ。そういう事なら荷物はワタシがもちまショウ」

「お願いします」


 アールスが僕が渡した荷物をミサさんに渡す。


「ありがとうございます。テルス君。お姉ちゃんと一緒に路地を探そうか?」

「うん!」


 先ほどまでの泣き顔はどこへ行ったのか、テルス君は嬉しそうにうなずいた。


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