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この笑顔を見る為なら

 グライオン初めての夜。村の宿で二人部屋を三つ取れた僕らは組み合わせを決めそれぞれ部屋に入って一息つくことが出来た。

 僕と同室になったのは初めて一緒に宿に泊まるアールスだった。

 この組み合わせは気を利かせてくれたのかレナスさんがすすめてくれた。

 他の四人はレナスさんがカナデさんと、アイネがミサさんと一緒の部屋となった。

 

 アールスと二人で寝るのは本当に久しぶりな事だ。アールスが引っ越していく前、リュート村でお互いの家に泊まりに行って以来だ。

 いや、よくよく考えてみれば二人きりで同じ部屋で寝るというのは初めてじゃないだろうか?

 お互いの家に泊まりに行ったときは当然親がいたし、低学年の寮では一部屋三人が基本だったから二人きりで寝るという事はまずない。

 首都で再会した後も夜寝る時はレナスさんも一緒にいた。

 一つの部屋で二人だけというのは初めてなのだ。


「初めてなんだね、僕達が同じ部屋で二人きりで寝る事になるのって」

「ふぇ? そうだっけ? あっ、そうかも! うわっ、ちょっと恥ずかしいかも! ナギと一緒かー。えへへっ」


 驚いたり恥ずかしがったり笑ったりところころ表情を変えるアールス。


「恥ずかしいの?」


 首都のアールスの家でも一緒のベッドで寝たりしていたのにいまさら何を恥ずかしがる必要があるのだろう。


「えー、だってナギって男の子なんでしょ?やっぱり緊張しちゃうよ」

「ああ、なるほど。って、やっぱり今更だと思うんだけど」

「いやぁ意識しちゃうとさ……ナ、ナギは一緒にお風呂とか入らないよね?」

「強制連行されない限り入る気はないけど……」

「そ、そっかぁ。レナスちゃん大胆だよね。ナギと一緒にお風呂に入るんだから。ナギに見られたりするかもしれないのに恥ずかしくないのかなぁ」


 新鮮だ。今までこんな風に恥ずかしがってくれる事なんてなかった。

 昼間は子供のようにアイネやゲイルと一緒に荒野を駆け回っていたのにすっかり女の子らしい感性を持つようになったのだな。

 これは男として見て貰えている事に喜べばいいのか、それとも羞恥心を覚えるまでにアールスが成長した事を寂しがればいいのか。


「んふふっ。それだったら一緒に入らないようにしようか。一応僕は同性愛者だってカナデさんには言ってあるからごまかしは聞くと思うよ」

「そういう事にしてるんだ? アイネちゃんやミサさんには言ってないの?」

「アイネにはまだだよ。ミサさんは一応分かれている間にアロエには伝えたけど、そこから伝わってるかどうかは分からないな」

「そっかぁ。あっ、一応聞いとくけど、みんなの裸見てないよね?」

「見てないよ」


 見なくても一時期身体の線を完全に感じ取ってしまっていた事があるのは秘密だ。


「ならよし。まぁナギなら大丈夫だと思うけど、エッチなのは駄目だからね!」

「分かってるよ。皆を傷つけるようなことはしないよ」


 だけど僕がもしも男だったらどうなっていただろう? 僕は今の状況で我慢できるだろうか?

 いや、そもそも男だったら普通にあの子と……。

 考えるのはよそう。名前を呼ぶようになってからどうも気持ちが緩んでしまっている。

 今の状態では一緒にお風呂に入るのはやめておいた方がいいだろう。


「……」

「……」


 会話が途切れ部屋の中が静かになる。

 だけどアールスは何やら落ち着かない様子で荷物を置いた後部屋の中をふらふらと歩きながら時折僕の方を見てくる。


「ねぇ、アールス。晩御飯の時間まであんまり無いけど少し外に出ない?」

「外? うん。いいよ」

「じゃあ行こうか」


 貴重品だけを持って僕はアールスと一緒に部屋を出る。

 そしてそのまま一階に行こうとする途中でアールスが止めた。


「レナスちゃん達は呼ばなくていいの?」

「皆を呼ぶのはさすがに大げさだよ。僕はちょっと星を見たいだけだからね。アールスと一緒に」

「ん。分かった」


 アールスは少し困ったような顔をして頷いた。

 二人きりは嫌だったろうか? でも今のうちに話をしておきたい事もある。落ち着けるように広い所に出ようと思ったのだけど。


「なんだか困った顔してるけど行くのやめる?」

「え? あっ、違うの。行くのが嫌なんじゃなくて……その、私に話があるんだよね? 話しやすいように誘ってくれたんだよね?」

「……心読めるの?」

「それ位わかるよ。オーメストで会ってから時々話したそうに見てきてたし」

「そんなに露骨だったんだ……うん。そうだよ。二人で話したい事があるんだ。その様子だと僕が何を話したいのか分かってるのかな」


 アールスは露骨に僕から目をそらし言いにくそうに答え、僕はその答えに思わず耳を疑った。


「……あ、愛の告白?」

「……そう思った理由を聞きたいな」

「レナスちゃんに相談したらそうじゃないかって」


 あの子はいったい何を考えてるのだろう。眩暈を感じ瞼を閉じ目頭を押さえる。

 もしかしてマリアベルさん達に影響でも受けたのだろうか。


「違うからね?」

「ち、違うんだ」


 アールスは安心したように息を吐いた。

 アールスに落ち着きがなかったはずだ。告白してくるかもしれない相手と部屋で二人きりになったら平静でいられないだろう。


「とりあえず外に行こうか。話はそれからで」

「うん。そうだね」


 二人で宿の裏庭に出る。

 明るい時間が長くなった。少し前までは今の時間だと外は真っ暗になっていたのにまだ空が赤い。

 一番星でも探そうと視線を巡らせようとした時寒さで震えた。

 昼間はサラサが温度調整をしてくれていたおかげで気にはならなかったがとても寒い。

 明るい時間が長くなってもまだ寒い事には変わりないようだ。


「アールス、寒くない?」

「大丈夫。ナス達は大丈夫かな?」


 今いる村の預かり施設は小規模な所為なのか馬車と馬を管理する場所はあるがアースのような大型の魔獣を泊められる小屋はない。

 あるのは大きな空き地に馬車を止めておくための倉庫と馬を繋いでおくための杭の上に屋根と地面に藁が敷いてあるだけの簡素な建物だ。商人がよく通る為かどちらも数は多いようだが、どちらも大型の魔獣に対応しているわけじゃないから利用できないのだ。

 だから魔獣達は宿から少し離れた空き地に場所を借りてそこで身体を休めている。


「大丈夫だよ。風よけがあるからね」


 風よけはアースが作ったアースが三匹は入れるくらいの大きさの土のかまくらだ。

 もちろん勝手に作った物ではない。村長さんにお金を払ってきちんと許可をもらっている。


「でも話が終わったら一度様子見に行こうかな」


 マナポーションは分かれた際に用意しておいたけれど何か困っていることがあるかもしれない。


「それで話って何?」

「ああ、うん。実はね、グランエルでユウナ王女様と会って話をする機会があったんだ」


 空を見るのをやめてアールスの瞳に視線を合わせる。

 魔法の光で照らされているアールスの顔は微笑みを僕に向けている。


「ユウナちゃん? そういえば東の方に行くって言ってたっけ」

「うん。でね、そこでアールスの固有能力の事を聞いたんだ。

 ……恐怖を感じないって本当?」

「……そっか。聞いたんだ」


 アールスは笑みを絶やさず申し訳なさそうな声を出した。


「正確には感じにくい、なのかな。全く感じない訳じゃないんだよ?

 焦燥感っていうのかな。じりじりって胸の奥が締め付けられるような感覚がするの」

「どういう時に?」

「お母さんや……ナギとレナスちゃんの事考えてる時に。

 先生にね、私は最悪の状況をいつも想像しろって言われてるの。

 最悪だと思えるっていうのはそれを恐怖している事なんだって。

 そうやって私に恐怖心を教えようとしてくれたみたい。

 ナギが転んで頭ぶつけて死んじゃったり、レナスちゃんが病気で死んじゃったり、もしかしたら誘拐されてひどい目にあったり……どれも本当にあったら嫌な事。

 もう忘れそうなくらい昔に感じた感情を忘れないでいられるのは先生の助言があったのとナギ達がいるからなんだ。

 でもそれを他の人に置き換えたら悲しいとは思うけどそれだけ。助けた方がいいって頭では分かってるし多分実行もできるけど、感情が伴わないの。

 あっ、でもね。それも昔の話なんだよ。ナギのお陰で助けたいって思う気持ちが強くなったの!」

「え? 僕何かしたっけ?」

「ナギが言った事だよ。それまでずっと悩んでたんだ。私がナギ達以外の守りたいって思う理由を。

 もしもそういう時が来たら漠然とガーベラちゃんとかユウナちゃんを守るんだろうなってずっと考えてただけ。ナギ達を守りたいと思うのははっきりと失うのが怖いと感じるから。そう思ってた。

 でもそれだけじゃなかったの」


 話しているうちにアールスの瞳と声に徐々に熱がこもっていく。


「好きだから。そう、私は皆が好きだから守りたいの。ナギもレナスちゃんもお母さんもガーベラちゃんもユウナちゃんも皆好き。他にも友達はいっぱいいるけど、皆好き。

 好きな人を失うのはすごく怖い……って感じられるようになったんだ。

 一年半前ナギが気づかせてくれたお陰だよ」

「そっか……あの時の」


 あの日の事は覚えている。星がきれいな夜だった。そして僕が恥ずかしい事をアールスに言ってしまった日だ。

 言葉に嘘はなかったけれど翌日恥ずかしさでアールスの顔をまともに見る事が出来なかった。


「そうかぁ……」


 アールスの言葉に安堵する反面少々危うさを感じるところがある。

  恐怖を教えるという役目は僕がいなくても問題なさそうだ。だけどアールスの怪しく揺れる瞳はまるで熱に浮かされているような、そんな危うさを感じさせる。

 念のためにアールスのおでこに手を当てて熱を測ってみるが特段熱があるようには思えなかった。

 もっともアールスの平熱を把握していないから僕の感覚などあまり信用もできないが。


「なぁに?」


 キョトンとした顔で僕を見てくるアールス。


「汚れがついてたんだよ」

「そうなの? ありがと」


 僕の事を全く疑う様子もなく目を細めてお礼を言ってくる。

 僕は本当に嘘つきだ。

 アールスの僕の事を信じてくれる曇りない笑顔を見て強くそう思う。

 それでもこの笑顔を見る為なら、と思っている辺りどうしようもない。

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