全員集合
それはまだ幼くグランエルに行く前の光景だった。
幼い僕とアールスは並んで歩き村を探検していた。
探検を言い出したのはアールスだけれどこの頃のアールスはお淑やかに歩いている。
手は繋いでいない。はて、この頃は手を繋いでいなかったかと記憶を探ってみるがまるで霞をつかむようにうまくいかない。
僕とアールスは会話もなくただ歩き続ける。
おかしいな。この頃はよく話をしていたはずなのに。
僕の方から声をかけようとするけれど口が上手く動かず言葉を出せない。
ならばと腕を動かし手を繋ぐ。
するとアールスはびっくりしたという顔になった後笑顔を見せてくれた。
そして、僕達は手を繋いだまま歩いていく。どこまでもどこまでも……。
目が覚めると不思議と手に夢で繋いでいた手の感触がまだ残っているような気がする。
今日は皆と合流する。
久しぶりに会えるからアールスの夢を見たんだろう。
皆は寄り道の多かった僕達より先にオーメストに着いていてアールスの正式な登録は終えているらしい。
アールスと手を握っていた方の手をグーパーさせてからシエル様へ朝の挨拶を済ませ本格的に起き上がる。
ベッドから降りて魔法の光を灯す。
今泊まっている宿は石造りの一階建てで床は土の地面の上に絨毯を敷いているだけ。あまり良い宿ではないけれどここよりも良い宿は運が悪い事にすべて埋まっていた。
今僕達がいる場所は三国の中心であるオーメストへ向かう途中にある町だ。
オーメストのもっとも近くという立地の為町には宿が多いのだけど、北方の雪が解け始める春先という事もあり商人が大勢やってきているようだ。
見張りをしていてくれていたアロエにお礼を言ってから寝間着から普段着へ着替える。
着替えの途中にアイネが起きる。
おはようと声をかけるとまだ眠そうにしながらもまた僕よりも先に起きれなかったと文句を言う。
アイネは僕と一緒に遅くまで訓練をしているのだけど、体力は僕の方があるからその分早く起きられるのだろう。
今の宿には食堂のような食事できる施設はないため服を着替え身支度を整えたら置いてある荷物を持ち受付台で清算を済ませる。
宿の外に出て近場の食事処で朝食を取った後預かり施設へ向かう。
この町の預かり施設は商人がよく利用するだけあって普通の都市にある預かり施設よりも規模が大きい。
魔獣達の元へ行き具合の悪い仔がいないかみんなの調子を確かめてから朝の洗浄を済ませてしまう。
やる事をすべて終えるとついに出発だ。
道中僕に抱っこされているヒビキはカナデさんに早く会いたいようで落ち着きがなくしきりにまだかな、会いたいなと小さく呟いている。
一方精霊であるアロエはいつも通りアースの上でゲイルとわちゃわちゃとくすぐり合ったり揉み合ったりして遊んでいる。
ヒビキを二人の遊びに混ぜさせたいが、丸っこいヒビキの身体はアースの背中を転げ落ちてしまうのでそういう訳にもいかない。
ヒビキの頭を撫でると少しの間大人しくなってくれる。
撫ですぎると禿げそうなのでやりたくはないのだがオーメストに着くまでの間撫でていよう。
お昼前にはオーメストを囲っている壁にある大型の魔獣用の検問所に着いた。アイネとはここに来る前に分かれている。
さすがに僕達以外に並んでいる人はおらず手続きは手早く済んだ。
検問所を通り抜けると先にアールスとカナデさんの姿があった。
フェアチャイルドさんがいない。迎えに来るとはアロエから聞いていたけど、あの子が来ないとは思わなかった。アイネの方に行ってるのだろうか?
たしかに四人の事を考えれば納得も行く。四人の中でアイネと一番付き合いが長いのはフェアチャイルドさんだ。
アールスとは同じ村の出身だけれど最後に会ったのが学校に上がる前。話で聞いてはいても互いに顔を覚えているかどうか怪しい。
カナデさんも面識がない訳ではないけど、今回は僕の方からヒビキの為に迎えに来てほしいと頼んでいたのでこっちに来たんだ。
考えているうちに腕の中のヒビキがスポンと抜け出しカナデさんの下へ駆け出して行った。
止める暇もない。
二人の方を見てみればアールスがこちらの方へ駆け出している。
アールスがヒビキとすれ違う。そして、僕に向かって飛び込んできた。
飛び込んできたアールスをしっかりと受け止める。一年ちょっとぶりに再会したアールスはなんと言うか重い。太っている訳じゃなく身長が伸びたからという訳でもない。筋肉の密度が上がっている感じだ。肌もまるで金属かと思うほど固くたくましくなっている。この一年でどれほど鍛えたんだろう。
「ナギ! やっと会えた!」
「久しぶりだね、アールス」
抱擁を交わした後アールスの姿勢を整えしっかりと目を見る。視線の高さは昔と変わっていないほぼ水平と言っていいだろう。
身長も僕と変わらないように見える。大きくなったことは間違いないと思うのだけど僕と視線の高さが変わらないからよく分からない。
「えへへっ。ナギ、これから一緒に旅に出られるんだね。私嬉しい!」
「僕もだよ。アールスと一緒に旅が出来るのをどれだけ心待ちにしてたか」
「でもナギとは一緒のお仕事はできないんだよね。せっかく冒険者になったのに」
アールスが残念そうに視線を地面に落とす。
「あははっ、そこは後二年の辛抱だよ。それまではアイネと一緒にお仕事だね」
「うん」
「じゃあそろそろ預かり施設に皆を預けてアイネの方に行こうか。検問所人多かったからまだ時間かかるからちょうどいい時間になると思うよ」
「そうだね。でもその前にナス達と挨拶させてね」
「うん。いいよ」
アールスが僕の背後にいる魔獣達の方へ速足で歩いていく。
カナデさんの方を見るとカナデさんはヒビキと遊んでいた。
人差し指をくるくると回しヒビキがその指に食らいつこうとするがカナデさんが指を引っ込めた所為で空ぶってしまう。
この遊びは最初噛む力が強くてカナデさんを痛がらせてしまいヒビキがしょんぼりと落ち込む事もあったが、今では加減が出来るため噛んだ相手を痛がらせる事はない。
僕はカナデさんに近づき挨拶をする。
「カナデさん。お久しぶりです」
僕に気づいたカナデさんはヒビキを抱き上げにっこりと笑い応えた。
「お久しぶりです~。お元気そうで何よりですねぇ」
「そうですね。お互い無事に再会できてうれしい限りです。どうです? お昼は再会を祝して何かおいしい物でも食べに行きませんか」
「いいですね~。でもぉいいお店知っているんですかぁ?」
「一応前の町で調べました。詳しい事は皆が集まってからにしましょう」
「そうしましょう~。どんなお店があるか楽しみですね~」
カナデさんと話していると魔獣達との挨拶を終えたアールスがやって来る。アールスがヒビキにも挨拶をしてから僕達は預かり施設へ向かった。
預かり施設に魔獣達を預けた後僕達はアイネが入ってくる予定の検問所へ向かった。
僕の方にはアロエがいるからミサさんとの連絡に問題はない。
連絡を取り合い無事に三人の姿を見つける事ができた。
それとフェアチャイルドさんとミサさんは女性としては背が高いので見つけるのに苦労しなかった。
逆に背の低いアイネは通りを歩く人やフェアチャイルドさん達の陰に隠れてしまっている。
向こうも僕達の方を見つけたようでフェアチャイルドさんが手を振ってくれた。
あの子の顔を見れて自分の頬が緩み始めるのが分かった。
いかんいかんと頬に手を当てムニムニと揉みほぐす。彼女に変な顔を見られたくない。
フェアチャイルドさんはアールスのように駆け出したりはしなかった。
わずかに微笑みを浮かべゆっくりと楚々とした歩みだ。通り過ぎる人達も彼女の美しさに目を引かれている。
少し見ないうちにますますきれいになっている。
「ナギ。レナスちゃんが来てるよ。私達も行こう」
「あっ、うん。そうだね」
フェアチャイルドさんを確認して止めていた僕の足はアールスに促され再び動き出す。
そして僕は彼女の前に立ち、見上げて言った。
「フェアチャイルドさん。会いたかったよ」
そう言うと彼女の白く透き通った頬に薄く紅が染まる。
「わ、私もですナギさん」
本当に無事に会えてよかった。
アロエを通してフェアチャイルドさんの様子は聞いていたから改めて問う必要も本来はないのだけど。
「怪我とかしなかった? 病気とか大丈夫? 何か困った事起きなかった?」
「何もありません。安心してくださいナギさん」
微笑み応えるフェアチャイルドさん。
「ねーちゃんはレナスねーちゃんのかーちゃんか何かなの?」
フェアチャイルドさんの背後から出てきて呆れ気味に話しかけてきたのはアイネだ。
「だって心配じゃないか。フェアチャイルドさん身体弱いし、きれいだから変なのが寄ってくるかもしれないじゃないか」
「か、身体が弱かったのは昔の話です」
「それにアロエから毎日連絡聞いてたんでしょ」
「そうなんだけどさ……」
それでも聞かずにはいられなかった。彼女自身の口から大丈夫だと聞けないと安心できるわけがない。
「ナギったら心配性だよね」
アールスはくすくすと笑っている。
僕は恥ずかしさをごまかす為にまだ挨拶を済ませていないミサさんと向き合う。
「ミサさん。お久しぶりです。アロエを同行させてもらってありがとうございました。すごく助かりましたよ」
「アリスさんも元気そうでなによりデス」
「どうですか? これからみんなで再開を祝して美味しいもの食べに行こうと思っているんですけど」
「オゥ! それはいい考えデース!」
ミサさんがパンッと手を叩く。そういえばミサさんは今装備を身に着けていない。どこか宿にでも置いてきたのだろうか?
お店を探しに行く前にアイネがカナデさんとアールスに挨拶をする。
アールスとアイネはさすがに幼い頃に会ったきりなので互いによく覚えていないようだ。
アイネにはちょくちょくアールスの事を話してはいたけど、アールスには加入する事が決まったのが遅かったというのもありアイネの事はあまり話していない。一応学校にいた頃に手紙で話題として出したことはあったけれど。
だからまぁ何となく二人の様子がぎこちない。特に顔を知っているのは僕とフェアチャイルドさんとカナデさんだけれど親しくしているのは実は僕だけだ。
いちおうフェアチャイルドさんとは付き合いは長いけれど別に親しく付き合っていたわけじゃない。年が違う上に活発なアイネに対して身体が弱く温厚で物静かなフェアチャイルドさんとは活動範囲が違う。フェアチャイルドさんがアイネと会うのは僕と一緒にやっていた子守りの時間だけだった。
その上アイネはどうやらフェアチャイルドさんの事が苦手らしい。これは旅の途中で分かった事でフェアチャイルドさんの話題を話していた時に話してくれた。
どうやらアイネはフェアチャイルドさんから時々恐ろしい視線を感じていたらしい。詳しく聞くと決まって僕に迷惑をかけた時に感じていたとか。なんとも返答に困る答えだ。
それもあってか僕に対してぶりっ子しているように見えるフェアチャイルドさんがどうにも合わないそうなのだ。
僕からはあの子はいい子に見えるのだけど所詮は一方向から見れていないという事か。僕はもっと彼女の事を知らなくちゃいけないのかもしれない。いや、彼女だけではないか。




